衛生管理混乱記録 ~過剰清潔化による社会構造の破綻例~
いよいよ、新しい侵入者(住人)がやって来た。
予定通り、五台の馬車。
御者席には御者と冒険者が一人ずつ。
馬は小型の実用種で、いわゆるサラブレッドのような“走るための馬”ではない。
看守二人は……まあ、馬車の中で偉そうにしている。
中にいるだけで偉そうに見える俺に問題ありか。
――というわけで、予定通り十二名が宿舎に到着した。
出迎えはジョンとポールの二人。
俺は周囲に配置した蜘蛛さん達を通じて、多方向から監視している。
距離があるため、会話は拾えない。
(さて、さっさと中に入ってもらおう)
今回の作戦は「パターンB」。
到着時間によって行動が変わる仕組みだ。
夜なら休息誘導、昼なら食事誘導、というわけ。
今は昼前。つまり――昼食タイム、パターンB。
視点を部屋の隅の蜘蛛さんに切り替えると、ようやく声が聞こえた。
看守の一人が叫ぶ。
「なんだこの状態は!?」
「何がどうした、ミック」
ジョンが怪訝そうに返すと、
「綺麗すぎるだろ……!」
その瞬間、俺も察した。
――やばい。
スライムさん達、ずっと清掃続けてたんだった。
壁、床、天井――どこを見てもピッカピカ。
しかも艶出し液まで分泌してる。
(……いや、優秀すぎるだろお前ら)
蝿さんも、蜘蛛さんも、スライムさんも、ウルフ達も、
本当によく気が利く。
俺の命令以上のことをやってくれる。
(嬉しいけど、今回はマイナス方向に優秀だな……)
俺は溜息をつき、決断した。
「仕方ない。睡眠薬作戦は中止だ。
――蜘蛛さん部隊、出動。計十二名、拘束」
数十匹いた蜘蛛さんのうち十二匹が、
スルスルと天井から降り、馬車の一団を瞬時に絡め取る。
(うーん、仕事早い)
「よし、行くぞエリザベート」
隣で静かに控えていた吸血姫が頷く。
「予定より早いですね。何か問題が?」
「うん。宿舎が――綺麗すぎた」
「……???」
「普通さ、男ばっかりの脳筋集団って掃除しないだろ?
それがスライムさん達のおかげで、汚れ一つないんだよ」
「なるほど。通常ではあり得ない状態が、
私達には“普通”になっていたということですね」
「そう。俺の衛生基準、この世界じゃ異常なんだよ」
「……仕方ありませんね。
それこそが、マスターの“マスターたる由縁”ですから」
「お、エリザベートもだいぶ分かってきたな」
彼女はわずかに微笑んだ。
紅い瞳が、どこか誇らしげに揺れる。
⸻
宿舎に着くと、そこには――首だけ出たミノムシが十二個。
「……うん。蜘蛛さん達、今日も絶好調だな」
「エリザベート、軽い催眠、何人まで効きそう?」
「とりあえず全員に試みます。
失敗した者だけ、別の方法に切り替える形でよろしいですか?」
「素晴らしい。それでいこう」
俺は満足げに頷いた。
最近、彼女の思考が確実に俺に近づいている。
合理、観察、効率――
そして、時々の悪ノリ。
蜘蛛さん達は状況判断が早くなり糸だし能力上がってるし
スライムさん達は命令を待たずに周囲を整えるようになった。
そして、エリザベートも――もう、俺の意図を言葉にしなくても理解して動く。
……支配が深まるほど、みんなが“成長”していく。
なんか嬉しい事ばかりで、
今日の俺は、ちょっとだけ多幸感に酔ってしまう
【現在のステータス】
項目内容
作戦名:再教育キャンプ・フェーズ2(侵入者初期拘束)
新規対象:輸送隊12名(看守2+囚人10)
効果:宿舎制圧・抵抗抑止成功
補足:スライム過剰清掃による作戦前倒し
ボス:吸血姫エリザベート(理解度+5%/実行判断速度+10%)
備考:衛生基準の異常化による心理混乱発生中
清潔で秩序立った世界ほど、外から見れば異常に見える。
それは理想の裏返しであり、狂気の前兆でもあります。
外部の視点が入り始めたことで、
この“楽園”の異質さがより際立つ章でした。
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読んでくれる一人ひとりが、このダンジョンの“魔素”です。




