移転計画実施要領 ~新環境への適応と転居作業報告~
とりあえず“部屋”はできた。
殺風景ではあるけど、まあまあ快適だ。
……が、問題がひとつ。
――ここ、どこだ?
地中の中にぽつんと、いきなり部屋が一つある状態。
これじゃあ何も始まらない。
まずは、外の状況を確認しないと。
(ダンジョン開通しました!誰も来ません!――じゃ話にならん!)
どうやら、ダンジョンは“コア”を移動させることで、
全体ごと転送できるらしい。
でも、外の様子がわからないまま移動するのは自殺行為だ。
なので、まずは外の偵察から始めることにした。
偵察モンスター、いでよ!
「いでよ、ベルゼブブの眷属!」
――出てきたのは、蠅だった。
うん、蠅。
いわゆる“ブンブンうるさい方”の蠅。
正直テンションは上がらないけど、
安い、軽い、量産可能。コスパだけは最高だ。
8方向に一直線で飛ばして、
だいたい半径50キロ範囲くらいを調査できれば十分。
5日くらいは餌なしでも生きられるらしい。
……あっ、でも出口がない。
ダンジョンからの出口問題
どうやら“扉”は、部屋と外部を任意設定で作れるらしい。
ダンジョン空間そのものが異次元構造なので、
「この壁の裏が地上です!」って設定すれば、そこに扉が出現する。
ダンジョンは任意の場所に扉を設定できる仕組み。
扉を開けば外界と繋がるが、空間的には独立しているから質量はゼロ。
だから「壁一枚→扉→ダンジョン」というトリック構造も可能。
ただし、外界との質量差が大きいと、魔素の吸収効率が落ちるらしい。
……はいはい、仕様理解しました。
ちなみに出入口は横1メートル、縦2メートル以上。
蠅専用の小さな穴は作れない。
「チッ、地味に不便だな」
ゆっくりと設定を完了させると、
白い壁がゆらりと波打ち、
次の瞬間、光の縁取りをまとった木製の扉が現れた。
「よし、準備完了。いけ、ベルゼブブの眷属部隊!」
ブンブンブン……!
八方向に飛び立つ眷属たち。
羽音が部屋中に反響し、空気が微かに震える。
その瞬間、俺の意識が一気に拡散した。
――バッ!
視界が、八つに分裂する。
暗い洞穴を抜ける映像、木漏れ日の森、
冷たい湿地を滑るように進む感覚、
熱風が渦巻く岩山の影――。
まるで八つの命が同時に走り出したようだ。
「うわっ、視界8分割!? 酔う酔う酔う!!!」
脳内への情報量が多すぎて、意識がぐるぐるする。
……目、ないけど。
けれど、慣れてくると不思議な心地よさがあった。
風を切る感触、地面の匂い、世界の温度。
ああ、これが“外”か――。
やがて蠅たちは森を抜け、谷を渡り、空高く舞い上がる。
太陽の光が視界いっぱいに広がった瞬間、思わず息を呑んだ。
「……すげぇ、これが地上世界」
地中に閉じこもっていた時間が、急に遠い昔のように思えた。
ベルゼブブの眷属、想定外の成果
すいません。
ベルゼブブの眷属、正直ナメてました。
時速10kmで一日休憩しながらだけど10時間飛び続けること5日間――
結果、なんと半径500kmの地形を把握!
……そのまま力尽きて、ポトリと落ちたけど。
俺は君たちのことは忘れない。南無。
とはいえ、収穫は大きい。
半径500kmのほとんどは山と森。
そこにはオーク、ゴブリン、狼型、蜘蛛、蜂……想定どおりの魔物たち。
幸い、蠅たちは小さすぎて発見されなかったらしい。助かった。
さらに北東から南東へと流れる大きな川を確認。
……どんだけ山奥の僻地なんだここ。
だが、目的は果たした。
川を越えてさらに東10kmほど――
そこに、人里。小さな集落を発見した!
「よしっ! まずは目標クリアしたな」
【現在のステータス】
・種別:ダンジョン(無名)
・眷属:蠅 ×8(殉職)
蠅たちの羽音を通して、確かに世界を感じました。
風の冷たさ、光の眩しさ、命のざわめき。
どれも彼の身体には存在しない感覚でした。
それでも――確かに、外は生きていました。
地上には、彼の知らない温度がある。
奪い合い、腐り、繁殖し、循環していく。
この世界の“生”は、どうやら効率が悪い。
……だからこそ、面白い。
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読んでくれる一人ひとりが、このダンジョンの“魔素”です。




