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ダンジョンの社会的貢献を目的とした地位向上のすすめ ~奪わず与え従え支配するダンジョン育成記~  作者: 不可思議 那由多
第1章 対外接触と社会実験の始動 ~循環構造の外部展開と制度設計の初期実装~

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【閑話】 肉体管理報告 ~筋肉・混乱・入浴による社会秩序回復法~

――あの夜、いったい何が起きたのか、正直いまだによく分かってない。


眠っていたはずなんだ。

鉱山宿舎の、湿っぽい寝床で。

鉄臭い空気と他人のいびきに囲まれた、あの最悪の環境で。


――ドンッ。


突然、後頭部に衝撃。

「なっ……!」と思った瞬間、視界がぐらりと揺れた。

痛みはなかった。ただ、体の奥がふっと軽くなって、息をするのもどうでもよくなった。


そして――紅い瞳が見えた。


目の前に立っていたのは、夜の闇みたいに白い肌をした女。

髪が金色に光って、瞳が血のように赤い。

その瞳に吸い込まれた瞬間、世界がゆっくりと遠ざかっていった。


(あ……これ、死ぬやつか?)


そんな間抜けな感想を最後に、俺の意識はすとんと落ちた。


_____________________________


目を覚ました時、俺は知らない場所にいた。


地面が白い。

壁も天井も白い。

けど、暗くはない。空気の中に光が混ざってるような、不思議な空間だった。


そして、目の前には――“あの紅い瞳”。


「おはよう、囚人トーマス。」


声をかけてきたのは、黒いマントを羽織った男。

その隣に、紅い瞳の女が控えている。


何が何だか分からなかった。

ただ、体が動かない。喉が乾いているのに、言葉が出てこない。

恐怖とか驚きとか、そういう感情すらどこかへ行ってしまっていた。


(あれ……なんで、怖くないんだ?)


「安心しろ、何も取らない。ただ……少し“整える”だけだ。」


その男――マスターと呼ばれているらしい――の言葉で、俺の“再教育”が始まった。


_____________________________


最初は“風呂”だった。


室内なのに湯気が立ってる。

サウナ、水風呂、温泉。見たこともない設備。

「入れ」と言われ、訳も分からず服を脱いで湯に浸かった。


……もう、最初の一分で死ぬかと思った。

熱すぎて、息ができない。

けど不思議と、時間が経つにつれて、

体の奥の“淀み”みたいなものが流れ出ていく感覚があった。


汗が止まらず、頭が空っぽになる。

気づけば、何も考えたくなくなっていた。


サウナの次は水風呂。

それもまた地獄だった。

けど、出た瞬間――信じられないほど、体が軽い。


風呂も気持ち良い

体をこすると汚れが湯の上に浮いてくる

風呂って湯汚しちゃ駄目じゃなかったっけ?


「次、髪だ」

風呂から出るとそう言われた

若返ったジャックさん前は皺だらけの爺さんだったのに、

今は三十代ぐらいの精悍な顔。

その手にはバリカン。


「では、失礼します」


ジョリ……ジョリジョリ……。


音を聞いてるうちに、だんだん笑えてきた。

「俺、なんで坊主になってんだろ」って。

けど、悪い気はしなかった。

むしろ、なんかスッキリした。


鏡を見ると、別人みたいな顔になっていた。

自分でも分かる。――“生気”が戻ってた。


_____________________________


食事も衝撃だった。


見たこともない料理が、次々に現れる。

“生成料理”ってやつらしい。

ハンバーガー、ピザ、ビール。夢みたいなメニュー。


最初は疑ってた。

毒でも入ってるんじゃないかと。

けど、一口食った瞬間、全部どうでもよくなった。

肉が柔らかい。パンが甘い。エールが冷たい。

その瞬間だけは、囚人とか支配とか、忘れた。


気づけば腹いっぱい食って、眠った。

“熟睡の催眠”ってやつもあったらしいけど、

もうどうでもいい。あんな寝心地、人生で初めてだった。


_____________________________


あれから一か月。


俺は今、“採取班”のリーダーを任されている。

蝿さんズと蜘蛛さんズが森を探り、

ウルフさんズが仕留め、俺たちが回収して運ぶ。

完全な分業制だ。


……すげぇよな。

かつては剣を振ってモンスターを狩ってた俺が、

今じゃダンジョンの“狩猟指揮官”みたいなことやってるんだ。

囚人からの出世ってやつかもしれねぇな。


エリザベートさんは、相変わらず“理解不能”って言ってる。

でも、それを口にする時の声が、前より少し柔らかい気がする。

マスターも、“支配”って言葉を使うくせに、

なぜか“生かす”方向ばかり考えてる。


最初は怖かった。

けど今は――ちょっと違う。


風呂に入って、飯を食って、仲間と笑って、寝る。

それだけで、前よりずっと“人間らしい”。


たまに、夜中に思う。

あの時、後頭部を叩かれたのは、もしかしたら“救い”だったのかもしれない。


……いや、今でも頭はちょっと痛い気がするけどな。


それでも、悪くない。

このダンジョンで働くのは、地獄でも天国でもない。

ただの“生きる場所”だ。


今日も森でオークを倒し、帰り道で仲間と笑う。

そんな日々が続くなら――

俺はそれでいい。


_____________________________


「なぁ、エリザベートさん。」


「何ですか、トーマス。」


「マスターって、何考えてるんすかね?」


紅い瞳が、少しだけ細められた。


「……理解不能です。」


その答えを聞いて、なぜかホッとした。


――ああ、今日も世界は正常だ。

読んでくださってありがとうございます。

トーマス視点の今回の閑話、いかがだったでしょうか。


恐怖と混乱から始まって、気づけば“健康的な囚人生活”。

支配されているのに、なぜか満たされている――

そんな彼らの姿こそ、マスターのダンジョンの“日常”です。


誰かの命令で動いていても、

そこに笑いや食事や睡眠があるなら、

それはもう「生きている」と呼んでいいのかもしれません。



※感想・ブクマ励みになります!

読んでくれる一人ひとりが、このダンジョンの“魔素”です。

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