採血制度導入報告 ~合理主義的搾取モデルの実証~
風呂上がりの一行がようやく落ち着きを取り戻したころ、
俺はエリザベートを呼び止めた。
「ところでエリザベート。……血、吸いたい欲求とかあるの?」
紅い瞳が一瞬だけ瞬く。
「ダンジョン内にいる間は、特に必要ありません。
ただ――血を摂取することで、私の成長が促進されるのは確かです。
なので……機会があれば、摂取したいと思います。」
「なるほど。了解。……でも、もうちょっと待っててね。」
「なぜです?」
「今はその“血”を、ダンジョン育成に使いたいんだ。」
「?」
理解不能――という顔。
そのわずかな眉の動きが、妙に人間らしい。
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「――というわけで、採血を行います。」
俺が宣言すると、周囲がざわめいた。
食後の満腹ムードが一気に冷める。
前に立たされたトーマスが、きょとんとした顔で首をかしげた。
その前には、ダンジョン製の採血キットが整然と並んでいる。
「トーマス、前へ。」
「えっ、はい。……俺、またなんか悪いことしました?」
「してない。ただ、血が欲しい。」
トーマスは露骨に引きつった笑みを浮かべた。
「……え、あの、マスター? その言い方……」
「安心しろ。吸うのはエリザベートじゃない。採るだけだ。」
「採る……?」
俺はキットを手に取り、エリザベートに差し出す。
「この注射器をこの血管に入れて、400ミリ抜いてくれ。」
「了解しました。」
エリザベートが無表情のまま、淡々と作業を始める。
その仕草は驚くほど丁寧で、ほとんど医療従事者のようだった。
トーマスの腕に針が刺さる瞬間、ほんの小さく息を呑む音。
赤い液体が静かにチューブを満たしていく。
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俺は全員に向かって言った。
「今後、1か月に一度、この採血をしてもらう。
400mlずつ。これが、ここで暮らすための“契約”だ。
この採血さえ協力してくれれば、
住環境は保証する。
食事、風呂、寝床――すべて維持する。
それに――さらに特典もある。」
「と、特典?」
誰かが不安混じりの声で聞く。
「そう。労働時間の短縮とか、食事のアップグレードとかね。
血を抜かれるのは嫌かもしれんが、
“自分の血で自分の生活を回す”って、ある意味、最高に合理的だろ?」
エリザベートが小さく呟く。
「……倫理観を、経済で殴ってますね。」
「血は資源だ。使わなきゃもったいない。」
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「エリザベート。各自に、俺とお前とジャック、その他眷属に対して
危害を加えない――その程度でいい。軽い誓約を結んでおいてくれ。」
紅い瞳が俺を見つめ、わずかに細められる。
けれど、表情はどこか柔らかくなっていた。
「……理解不能、ですが。
マスターは、やはり“生き物”を上手く回すことに長けていますね。」
「経営は愛だよ、エリザベート。」
「……その言葉、どこか間違っている気がします。」
紅の瞳がふっと揺れた。
嘲笑ではなく、呆れでもなく――
そこには、わずかな“敬意”と“畏怖”が混ざっていた。
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【現在のステータス】
項目内容
契約名《血液供与協定》
対象者人間32名(看守含む)
内容月1回・400ml採血(ダンジョン魔素転換率:血1ml=魔素10)
見返り生活保証(食事・風呂・寝床)/特典制度導入予定
効果ダンジョン魔素効率+25%/眷属安定率+15%
新システム“血液ポイント経済”解禁(供与量=貢献度換算)
エリザベート医療行動習熟+20%/倫理観混乱+10%/マスター理解度+3%
ここで、ついに“生活型ダンジョン”が本格的に自立しました。
もはや支配ではなく、社会システムとしての運用が始まっています。
「血=資源」「幸福=燃料」「労働=循環」
これらを“契約”として整えることで、
主人公の支配は暴力から完全に離れ、合理的秩序へと昇華しました。
そしてエリザベート。
彼女の“理解不能”は、もう拒絶ではありません。
マスターの思想を“異端”として受け入れ始めた――
この瞬間から、吸血姫は眷属ではなく、観察者として進化を始めています。
次章から、彼らの社会は「運営」と「思想」のフェーズへ。
いよいよ、ダンジョンは世界を飲み込む“企業”になります。
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読んでくれる一人ひとりが、このダンジョンの“魔素”です。




