第7話 甘いフラペチーノ
昼休みが終わる少し前、同期の村上がコンビニの袋を提げてやって来た。
「よう、暇か?」
「見ての通り」
僕が肩をすくめると、村上は当たり前のように隣の椅子を引いた。袋からスタバのフラペチーノを二つ取り出し、片方を僕の前に置く。
「おごり」
「珍しいな。何かあったのか」
「まあ、ちょっとした報告」
村上はストローを刺しながら、妙に落ち着かない様子で周囲を見回した。
普段は軽口ばかりの男が、少し改まった顔をしている。
「あのさ、覚えてるか。前にここで愚痴ったこと」
「飲み会とかゴルフとか、付き合いに疲れたって話か」
「そうそう。あの後さ、思い切って断るようにしたんだよ。最初はビビったけど」
村上はフラペチーノを一口すすり、少し笑った。
「意外と何ともなかった。確かに誘われなくなったけど、仕事で困ることはなかったし。むしろ、俺の数字ちゃんと見てくれる人は見てくれてた」
「そうか。よかったな」
「それでさ、空いた時間で彼女と会うようになって」
「彼女いたのか」
「いたんだよ。でも全然時間取れなくて、正直やばかったんだ。上司との付き合いやめてから、彼女との時間増えて、ちゃんと向き合えるようになって……」
村上は照れくさそうに頭を掻いた。
「来週、彼女の両親に挨拶しに行く」
僕は思わずフラペチーノを置いた。
「……マジか」
「マジ。だから、まあ、報告っていうか……礼を言いに来た」
村上は真っ直ぐこちらを見た。
「あのときお前が言ってくれたから、踏み出せた。ありがとな」
僕は少し困って、視線を逸らした。
「俺は別に大したこと言ってないよ。フラペチーノの話しかしてない」
「いや、あれがでかかったんだって。無理に合わせる時代は終わるって、お前言ったろ。あの一言で、なんか許された気がしたんだよ」
大袈裟なやつだ、と思った。
でも、悪い気はしなかった。
「で、緊張してんのか。挨拶」
「めちゃくちゃ緊張してる」
村上は笑ったが、その目には確かに不安の色があった。
「正直さ、結婚とか考えると怖いんだよな。俺に家庭を持つ覚悟があるのかって。仕事だってこの先どうなるか分かんないし」
「……まあ、そうだろうな」
「お前はさ、そういうの考えたことないの?」
不意に聞かれて、僕は言葉に詰まった。
窓の外を見る。空は晴れているのに、なぜか眩しく感じた。
「……昔は考えたこともあったよ」
「昔は?」
「今は、まあ、いいかなって」
村上は何か言いたそうにしたが、それ以上は踏み込んでこなかった。
代わりに、フラペチーノを掲げた。
「とりあえず、うまくいったら結婚式呼ぶから。来いよ」
「窓際社員の俺でいいのか」
「そんなお前だから呼びたいんだよ」
軽口のようで、どこか本気の響きがあった。
村上が席に戻った後、僕は溶けかけたフラペチーノを啜った。
甘い。昔はブラックコーヒーしか飲まなかったのに、いつからかこういうのも悪くないと思うようになった。
——昔は考えたこともあったよ。
自分で言った言葉が、妙に引っかかっていた。
窓際に来てから、他人の相談ばかり聞いてきた。でも、自分のことはずっと棚に上げたままだ。
まあ、それでいいのかもしれない。
今はまだ。
窓の外では、午後の光がビルの谷間から覗いていた。
同期の幸せな報告は、素直に嬉しかった。それは本当だ。
ただ、その眩しさが少しだけ目に沁みた。




