第16話 窓際の風景
午後の穏やかな時間だった。
窓際の席で書類を整理していると、軽い足音が近づいてきた。
顔を上げると、藤原が立っていた。
「先輩、今いいっすか」
「ああ、どうぞ」
藤原は嬉しそうに椅子を引いて座った。手にはスマホを握っている。
「前に約束してたじゃないすか。子どもの写真、見せるって」
「ああ、そういえば」
「めちゃくちゃ可愛いんで覚悟してくださいね」
藤原はスマホを操作して、画面をこちらに向けた。
赤ん坊が写っていた。ふっくらした頬、閉じた目、小さな手。
「可愛いっすよね?」
「ああ、可愛いな。目が藤原そっくりだ」
「でしょ。もう毎日見てても飽きないんすよ」
藤原は次々と写真をスワイプしていく。寝ている顔、泣いている顔、笑っている顔。
「最近、つかまり立ちもできるようになって…それ見た時は泣いちゃいましたね」
「そうか」
「夜泣きは相変わらずキツいっすけどね。でも、朝起きてこの顔見ると、まあいいかって思えるんすよ」
藤原の顔は、半年前に相談に来た時とは全然違っていた。
あの時は、居場所を失ったような、不安げな目をしていた。今は、疲れてはいるけど、どこか満たされた顔をしている。
「職場の方はどう?」
「ああ、それも聞いてくださいよ」
藤原は少し照れくさそうに笑った。
「最近、後輩から育休の相談されるようになったんすよ。『藤原さんはどうでした?』って」
「へえ」
「俺が取ったから、取りやすくなったみたいで。なんか、先輩が言ってた通りになりました」
「俺が言った通り?」
「『ここで藤原がくじけたら、もう育休を取る男性社員はいなくなる』って。覚えてないっすか」
「ああ……言ったかもな」
「俺、あの言葉でだいぶ救われたんすよ。自分のためだけじゃなくて、後に続く人のためにもなるんだって思えて」
藤原はスマホをしまった。
「だから、ありがとうございます。先輩のおかげで、俺、頑張れました」
「俺は何もしてないよ。藤原が自分で頑張っただけだ」
「また、そうやって」
藤原は苦笑した。
「まあ、いいっすけど。とにかく、報告っす。俺、居場所、作れましたよ」
「そうか。よかったな」
藤原は立ち上がった。
「また写真見せに来ますね。成長したら」
「ああ」
藤原は軽く手を振って、席に戻っていった。
その背中は、半年前より少し広く見えた。
一人になって、僕は窓の外を見た。
夕陽がビルの隙間から差し込み、オフィスをオレンジ色に染めていた。
居場所は自分で作るもの。
いつか誰かに言った言葉が、頭の中で繰り返された。
藤原は自分で居場所を作った。
原田も、若宮も、みんなそれぞれの場所で、自分の道を歩いている。
僕は、どうだろう。
窓の外を見つめたまま、僕は静かに息を吐いた。
デスクの上には、一枚の封筒が置かれていた。
夕陽に照らされたその封筒を、僕はしばらく見つめていた。




