表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
窓際社員の憂鬱  作者: 空腹原夢路


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/16

第13話 先駆者

午後の穏やかな時間帯だった。


窓際の席で書類を整理していると、軽い足音が近づいてきた。

顔を上げると、若宮が立っていた。


入社一年目の新人。数ヶ月前、AIを使って課長に叱られたと相談に来た、あの若手だ。


「先輩、ちょっといいですか」


あの時と同じ言葉。でも、声のトーンが全然違う。

落ち込んだ様子はなく、むしろどこか弾んでいる。


「ああ、どうぞ」


若宮は前と同じように紙コップのコーヒーを差し出した。


「差し入れです」


「ありがとう。で、今日はどうした?」


「報告があって」


若宮は向かいの椅子に座り、少し照れくさそうに笑った。


「あの時、先輩に言われたこと、ずっと実践してたんです」


「言われたこと?」


「AIに丸投げするなって話です。出てきた文章を自分で読み込んで、『なぜこうなるのか』を説明できるようにしろって」


ああ、あの時の話か。正直、僕はそこまで大したことを言った覚えはない。


「それで?」


「最初は難しかったんですけど、続けてたら段々コツが掴めてきて。AIの出力をそのまま使うんじゃなくて、自分の考えを整理するための道具として使うようになりました」


若宮は嬉しそうに続けた。


「そしたら、課長にも認めてもらえるようになったんです。『お前、最近資料の質が上がったな』って」


「そうか。よかったな」


「それで、実は……」


若宮は少し声を落とした。でも、その目は輝いていた。


「社内でAI活用のプロジェクトが立ち上がることになって、僕、担当の一人に選ばれたんです」


「……マジか」


「マジです。まだ一年目なのに、って自分でも驚いてます」


僕は素直に感心した。


「すごいな。一年目で抜擢されるなんて」


「いやいや、先輩のおかげですよ。あの時、先輩が『先駆者になれる』って言ってくれたから、頑張れたんです」


「俺は別に大したこと言ってないよ」


「また、そうやって」


若宮は苦笑した。


「でも、本当なんです。あの時、『道具は最初に使う人が怒られる』って言われて、すごく楽になりました。間違ってなかったんだって思えた」


「……」


「だから、ありがとうございます。先輩のおかげで、僕は自分で考えることの大切さが分かりました」


真っ直ぐな目だった。

数ヶ月前、戸惑いと罪悪感を浮かべていた目とは、まるで違う。


「俺のおかげじゃない」


僕はコーヒーを一口飲んだ。


「お前が自分で考えて、自分で行動した結果だ。俺はただ、ちょっと背中を押しただけだよ」


「そうですかね……」


「そうだよ」


若宮は少し考え込んでから、顔を上げた。


「先輩、僕……先駆者になれましたかね?」


その言葉に、僕は思わず笑った。


あの時、僕が言った言葉を、ちゃんと覚えていたのか。


「ああ」


窓の外を見た。午後の光が、オフィスを柔らかく照らしている。


「先駆者になれたな」


若宮は嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。これからも頑張ります」


「ああ。頑張れ」


若宮は立ち上がり、軽く頭を下げてから席に戻っていった。

その背中は、数ヶ月前よりずっと大きく見えた。


一人になって、僕はコーヒーを啜った。


先駆者か。


あの時、軽い気持ちで言った言葉だった。

でも、若宮はそれを胸に刻んで、自分の力で道を切り開いた。


言葉は、思った以上に人に届くことがある。

そして、届いた言葉をどう使うかは、その人次第だ。


若宮は自分で考え、自分で行動した。

俺ができたのは、ほんの少し背中を押すことだけだ。


でも、それでいいのかもしれない。


窓際の僕にできることなんてものは、たぶんそれくらいだ。

話を聞いて、少しだけ背中を押す。

あとは、その人自身が歩いていく。


窓の外には、午後の光が優しく街を照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ