「夜勤の灯りと、あのスイーツ」
夜勤のシフトは、少し静かで、少し寂しい。
店内の蛍光灯は変わらず明るいけれど、外の世界はすっかり眠っている。
カフェラテの補充を終え、レジ前でふと背筋を伸ばしたときだった。
「……こんばんは」
振り向くと、そこには見覚えのある女性が立っていた。
——ベージュのコート、白いスニーカー。
——それに、ちょっと高めのスイーツを手にした、あの人。
「……あっ、こんばんは。また、来てくれたんですね」
「ふふ、覚えてくれてたんですね。……この和風スイーツ、やっぱり食べやすくて」
微笑みながら、彼女はレジにスイーツを差し出す。
「ポイント、まだキャンペーン中ですか?」
「はい。あと三日で終了です。今日入れて、あと二回は……来られますね」
そう言ったあと、小崎はちょっとだけ照れたように笑った。
「……今日も、箸いりますか?」
「はい。スプーンより箸の方が、崩れなくて食べやすいんです」
袋詰めを終えたあと、彼女はイートインの端っこに座り、ノートパソコンを開いて何かを黙々と打ち込んでいた。
時折、ため息をつきながら画面を見つめては、少しだけ眉をしかめる。
しばらくして立ち上がり、小崎のところへやってきた。
「……あの、変なこと聞いていいですか?」
「はい、どうぞ」
「人って、ちゃんと伝えたいことを、全部言葉にできると思いますか?」
突然の質問に、小崎は少しだけ考えた。
「うーん……難しいですけど……言葉にできない部分も含めて、ちゃんと伝えようとすることが、大事なのかなって思います」
女性はふっと、目を細めた。
「……ありがとうございます。その答えで、書き終われそうな気がしました」
「お仕事、されてるんですか?」
「はい、ちょっとだけ。夜は集中できるので」
「それなら、また来てください。夜は、けっこう静かで、考え事には向いてます」
「そうですね。……また、来ます」
彼女はそれだけ言って、静かに店を後にした。
それだけのやりとり。
それだけの時間。
だけど、不思議と、ほんのりあたたかい。
頑張れ、小崎くん。
名前も知らない誰かと交わす、静かな夜の挨拶が、きっとまた誰かの心を癒している。