「夏休み最後の日」
八月も後半。陽射しはまだ強いが、風にはほんの少しだけ秋の匂いが混ざっていた。
この日の昼過ぎ、小崎正則はレジ横で商品補充をしていた。隣では、工藤遙がアイスの冷凍ケースを整理している。
「……今日、なんか店内ざわざわしてますね」
遙がつぶやく。
「うん、小学生や中学生が多いね。明日から学校だからじゃない?」
「うわ〜、そうか……わたしも明日から学校かぁ……」
遙が思い出して、アイスケースの中に突っ伏すように項垂れる。
そのとき、自動ドアが元気に開いた。
「よう! 小崎兄ちゃん!」
近所の団地に住む悪ガキ三人組、小学三年生の常連たちだった。
先頭を切って入ってきたのは、口達者でリーダー格の天野タケル。
その後ろに、無口だけど喧嘩っ早い堀川ソウタ。
そして、ちょっと天然なボケ担当、佐久間レン。
「アイス、アイス〜!」
三人は我先にと冷凍庫の前に並び、おのおの好きなアイスを選ぶ。
そしてレジで小銭を差し出すと、イートインスペースへ直行した。
「……明日から学校ってマジ?」
「マジだよ……地獄」
「おれさー、宿題さー、日記だけしかやってねー」
「日記書いたの? すげーじゃん」
「“きょうもアイスを食べた”って、三日分くらいコピーして書いた」
「天才かよ!」
大笑いする三人に、小崎と遙も思わず吹き出す。
「いいなぁ……小学生」
遙が言うと、三人が一斉に振り返った。
「えっ、姉ちゃんも学校?」
「うん、高校。明日から始まるよ」
「……高校って、やっぱテストとか地獄?」
「……テストより、朝起きるのが地獄」
「あー、それめっちゃ分かる!」
三人はまたアイスにかじりつきながら、ブツブツと明日の不満を吐き出していた。
「ランドセルの中身、昨日のまま……」
「オレ、給食着洗ってない……」
「それより、先生の顔思い出せない……」
「それはヤバいだろ!」
遙はそれを聞いて、くすっと笑った。
「みんな一緒だね。私もノートどこにしまったか忘れたし」
「姉ちゃんも!? なんだ、じゃあ安心したー!」
イートインに夏の残り香のような空気が流れる。
小崎は、カウンター越しにそのやりとりを眺めながら、ふっと優しく笑った。
——こうして夏が終わっていく。
静かで、賑やかで、ちょっとだけ切ない。
頑張れ、小崎くん。
そして頑張れ、みんな。
夏の終わりの午後は、笑い声とアイスの甘さでできている。