「命の音、届いた夏」
七月末、午後五時を過ぎたころ。夕日が傾きかけ、コンビニの影が長く伸びていた。
「小崎くん、冷凍のアイスバー出しておいてくれ」
「はい、今持ってきます」
「なんか今日、夕方なのにやけに暑いですね……」
工藤遥が額の汗を拭きながら、レジを見回す。
そのときだった。
——キィイイイイイイイ——ッ!
外から、ブレーキの音とともに、鈍い衝突音が響いた。
「……っ!」
三人が顔を見合わせた。
「遥ちゃん、店番お願い!」
オーナーの指示に、小崎はすぐさま非常用の棚からAED(自動体外式除細動器)を抱えて走り出した。
店の外、すぐ目の前の信号付近。
小学生くらいの女の子が、夏服姿で道路に倒れていた。その傍らで、普通車の傍らに立ち尽くす女性が、茫然とした表情で立っていた。
「信号、赤だったのに……あの子、飛び出してきて……」
女性は震える声で繰り返していた。
倒れている女の子のもとには、近くにいたらしい母親が駆け寄り、泣きながら名前を叫んでいた。
「美月! 美月!……お願い、返事して……!」
その後ろから、オーナーも駆け寄る。
「おい!息、してないぞ!」
「オーナー、AED持ってきましたので……!」
小崎は状況を一瞬で把握すると、自分にできることを冷静に思い出した。
「誰か、日傘や上着を貸してください!女の子の体を日陰に!」
「タオルか何かで、周囲から見えないように隠して!」
近くの買い物客が手伝い、タオルと日傘で少女の体を覆う。
小崎は素早く少女の胸元の服を脱がせ、AEDのパッドを胸に貼り付けた。
——《心電図を解析しています。患者に触れないでください》
静寂の中、機械の音声が告げる。
「……頼む……」
——《ショックが必要です。ショックを実行します》
「皆さん、下がってください!」
次の瞬間、ピッと音が鳴り、少女の体が軽く跳ねた。
「……っ、ゴホッ……」
少女の口から、小さな咳が漏れた。
「ああ!美月!」
母親が泣きながら娘に抱きついた。
その直後、自転車に乗った制服姿の今永弘文巡査部長と、新庄優真巡査が現場に駆けつけ、新庄巡査がすぐに交通整理を始める。
そして今永巡査部長が話しかけてきた。
「オーナー、小崎さん……状況は?」
「どうやら信号無視で飛び出した女の子が車にはねられまして……呼吸がなかったので、AEDを使用しました。」
「了解です。引き続きご協力をお願いできますか?」
「はい!」
「おうよ!」
小崎とオーナーは返事をする。
今永が頷き、すぐに周囲の安全を確保し始める。
しばらくすると、遠くから救急車のサイレンが近づいてくる音が聞こえた。
——ピーポーピーポー……ピーポーピー……
事故発生から数分後、救急車が現場に到着。
駆けつけた救急隊員が少女の状態を確認し、母親に声をかけていた。
別の救急隊員は管制室と無線のやり取りをしている。
「呼吸あり、意識は混濁、バイタルは安定しています…」
少女はストレッチャーに乗せられ、母親と共に救急車に乗せられる。
そして救急隊員の1人が小崎の方を向き、真剣な表情で問いかける。
「AED使用したのはあなたですか?」
「はい。事故後に駆けつけて、呼吸がなかったので使用しました。おそらく心肺停止から3分以内だと思います」
「ありがとうございます。あなたのおかげで、この子は助かります」
救急隊員が頭を下げた。
——夜。
店舗に落ち着きが戻り、空は群青に染まり始めていた。
工藤遥は、心配そうに何度も入り口を見つめていた。
そして、パトロール中の新庄が姿を現した。
「オーナー、小崎さん……さっき本部から連絡がありまして……」
息をのむ小崎とオーナー。
「女の子、命に別状なく……障害もおそらく残らないと言うことですよ!」
「やったぁ……!」
小崎とオーナーは思わず声を上げ、グッとガッツポーズを交わした。
遥は涙を拭いながら、笑顔を浮かべた。
「よかった……本当によかった……」
——頑張れ、小崎くん。
君の冷静さと訓練が、ひとつの命をつないだ夏の夕暮れだった。




