「雨のあと、やさしさの匂い」
午後五時すぎ。昼の熱気がまだ残るなか、突然の黒い雲が空を覆いはじめた。
「うわ、来るなこれ……」
コンビニの窓から空を見上げた遠州灘子が、ぽつりとつぶやいた。雷鳴が小さく響いたかと思うと、ほどなくして土砂降りのゲリラ雷雨が襲ってきた。
「急にすごい雨……!」
工藤遥が、カーテンのように降り注ぐ雨を見て声を上げた。小崎も、外に出ていたドリンクケースを急いで屋内に入れ、シャッターの隙間をタオルで拭いていた。
そのときだった。
「……あれ、あの子……?」
遠州が、店の前を歩くひとりの中学生の女の子に目を留めた。
制服姿の彼女は、全身びしょ濡れ。小さなバッグを抱えて、とぼとぼと歩いていた。
「ちょっと、ずぶ濡れじゃない……見過ごせないね」
遠州がすぐさま傘を持って外に出ようとすると、工藤も一緒に立ち上がる。
「私も行きます!」
雨の中、二人は駆け寄り、声をかけた。
「ねえ、あなた大丈夫?近くの子?」
「あはは……学校から帰る途中で……傘、持ってなくて」
女の子は恥ずかしそうに笑いながら目を伏せる。
「風邪ひいちゃうわよ。ちょっと中で体拭いて、服も替えよう」
「え……でも、そんな……」
「いいから、ほら!」
——コンビニのバックヤード。普段はスタッフが着替える場所に、乾いたタオルと遠州が持っていた替えのシャツ、そして工藤が貸したウィンドブレーカーが用意された。
「さ、さあ、これで……」
と工藤が言いかけたとき、小崎がタオルを抱えて中に入ってきた。
「タオルと——あ、す、すみませんっ!!」
「ちょっと小崎さん!今はいいから店戻っててください!」
工藤の怒声に小崎は素直に頭を下げ、そそくさと退室した。
——20分後。
雨は嘘のように止み、空には赤く染まった夕焼けが広がっていた。
制服の上にウィンドブレーカーを着た女子中学生は、遠州と工藤に何度も頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました……お店の人なのに、こんなにしてもらって……」
「いいのよ。通りすがりでも、困ってる人を見過ごすのは性に合わないの」
「……お姉さんたち、かっこよかったです」
その言葉に、工藤は顔を真っ赤にして「そ、そんな……」と小声で答えた。
少女は深くお辞儀をして、夕陽の差す坂道を帰っていった。
「……なんか、昔を思い出したわ」
遠州が空を見上げて呟く。
「私も、子どものころ、大雨でずぶ濡れになったとき、おばあちゃんがタオルで包んでくれたのよ」
店内には、雨上がりの空気と、ちょっとだけあたたかい余韻が残っていた。
頑張れ、灘子さん、遙ちゃん、今日も誰かの一日が、少しやさしくなったよ。




