「春、風と新人バイト」
「おはっす、小崎さーん!あっつ、ここ冷蔵棚近すぎじゃないっすか〜?」
春。四月。朝のラッシュ直前。
新社会人や新入生が増え、コンビニの空気も少しざわついている。
その声の主は、新人バイトの瀬戸 涼。大学生の一年生。茶髪、ピアス、やる気はあるが空回り気味。
「おはよう。涼くん、今日はレジ担当ね。納品は後でこっちがやるから」
「いやー、ほんとすみません、なんか先輩ベテラン感すごいっすね。……てか、5年って、マジすか?バイト歴?」
軽い。ちょっと見下すような、けれど悪意のない目。
「うん、まぁ、いつの間にかって感じかな」
正則はいつもの笑顔で返す。
それが彼の日常だった。
午前10時前、学生の列が一斉にやってくる。
菓子パン、飲み物、カフェラテ、会計。
レジを打つ涼の手がもたつき始める。
「あっ、バーコード読めねえ……え、ポイント?どこ押すんだっけ!?えっ、割引って何の?えっ、間違って現金ボタン押した!」
目の前の客が眉をひそめ、後ろの列がざわつく。
涼は顔面蒼白。
「すみません、少々お時間いただきます……」
そのとき、小崎がスッと横から入り、にこやかに言った。
「こちら、代わりに対応しますね。すみません、お待たせしました」
手早く処理を終え、客には丁寧な一礼。
バックヤードで項垂れる涼に、ジュースの缶を渡した。
「これ、余ったキャンペーン品。飲んどきなよ……内緒だよ?」
「……マジすか。……つーか、すみませんでした。俺、バイトなめてたかも」
「最初はみんなそうだよ。焦らなくていいから、慣れていこう」
「……小崎さん、やっぱすげぇっす。尊敬します」
「それ言うと、明日から冷蔵庫の整理全部やらせるよ?」
「ちょ、それはマジで勘弁!!」
笑い声と春の風が、コンビニのドアの隙間から入ってきた。
頑張れ、小崎くん。君の後ろ姿が、誰かの手本になってる。