「誤解と列と、すれ違い」
夕方のピークタイム。
レジには買い物を終えた客たちが列を作り、店内はざわついていた。
瀬戸涼はレジ対応に追われながらも、丁寧な接客を心がけていた。
そんなとき——
「ちょっと、これどういうこと!? 私、さっき支払ったはずなのに、レジ通してないってどういうことなの!?」
声を荒げて現れたのは、買い物袋を提げた中年の女性。周囲の視線が一斉に集まる。
「申し訳ありません、ですがレシートを拝見しても……こちらの商品は……」
「あるって言ったじゃないの!ちゃんと聞いてたのよ、あなたが“入ってます”って!」
涼が冷静に対応しようとすればするほど、女性の語気は強まっていく。
「お客様、落ち着いてください。もしかしたら何か誤解が——」
「誤解なんかしてないわよ!」
列の後ろでは客たちが気まずそうに目を伏せ、空気が張り詰める。
瀬戸の表情にも焦りが浮かび始めていた。
「……こっちは急いでるのに!ちゃんと責任持って対応してよ!」
売り言葉に買い言葉。
一瞬、涼が口を開きかけたそのとき——
「すみません!」
割って入ったのは、小崎だった。
「こちらで一度確認いたしますので、もしよろしければ少しだけお時間を……」
「もういいわよ!こんな店、二度と来ない!」
主婦は怒りにまかせて出口のドアを乱暴に開け、そのまま去っていった。
静まり返る店内。
列の客たちが徐々にざわめきを取り戻し、何事もなかったように再びレジが動き出す。
瀬戸は、軽く頭を下げながら淡々と仕事を続けていた。
それから、ちょうど一時間後。
自動ドアがそっと開いた。
そこには、あの女性が立っていた。
「……あの」
レジの前で、小さな声が響く。
「……さっきは、ごめんなさい。私の……勘違いでした」
手には、さきほどの商品とレシート。
他店で購入したものを、うっかりこちらで買ったと思い込んでいたのだった。
「お騒がせして……ほんとにすみませんでした」
瀬戸は驚いた顔をして、それから、ふっと微笑んだ。
「大丈夫です。……来てくれて、ありがとうございます」
小崎も横から静かに頷いた。
「誰にでも、そういうことってありますから」
女性は頭を下げ、足早に店を後にした。
頑張れ、小崎くん。
言葉がぶつかっても、素直な“ごめんなさい”は、ちゃんと誰かの心をほどいていく。