「すれ違いの、コーヒーと肉まん」
朝の通勤ラッシュが一段落したあとの、少しだけ静かな時間帯。
コンビニには、遅めの出勤や一服を取りに来た会社員がちらほら訪れていた。
その日、小崎はホットスナックのケースを磨いていた。
「……あーもう、やってらんない……」
聞こえてきたのは、スーツ姿の若い男性。
名札がついた名刺ホルダーが首からぶら下がっている。
新入社員らしきその男性は、カフェラテとチョコクロワッサンを手に、イートインの奥に座る。
「ちゃんと挨拶してるのに、“声が小さい”とか“やる気がない”とか……そんなつもりじゃないのに」
小さくつぶやきながら、スマホをいじるその表情は、どこか疲れ切っていた。
小崎はレジから少し離れた場所で、その背中をそっと見つめていた。
——一方的に怒られるだけの毎日。
彼の心の中には、小さなすれ違いのトゲがいくつも刺さっているように見えた。
やがて彼は、静かに席を立って帰っていった。
次の日の朝、同じ時間帯。
「おはようございます」
いつもより少し低い声で挨拶して入ってきたのは、がっしりとした体格の中年の男性。
胸には昨日の青年と同じ会社のロゴ入りネームプレート。
缶コーヒーと肉まんを手に取り、イートインの奥の席へ。
昨日、若者が座っていたのと同じテーブルだった。
肉まんの包みを開けながら、ぽつりとつぶやいた。
「最近の若いのは、こっちが声かけても何考えてるかわからん。挨拶ひとつ、まともに返ってこないしな……」
その言葉に責める色はなく、むしろ戸惑いに近かった。
「怒ったつもりじゃないんだけどな……怖がられてるのかもしれん」
小崎は奥でドリンクケースを拭きながら、ちらりとその様子を見ていた。
昨日と同じ構図。
でもそこにあるのは、気づかれずにすれ違う気持ちだった。
一方は、自分の精一杯が届かないと悩み。
一方は、ちゃんと接しているつもりが響いていないと落ち込む。
ほんの数メートルの距離。
だけど、その間には見えない壁があった。
どちらが悪いわけでもない。
でも、言葉って、やっぱり難しい。
小崎は黙って、ゴミ箱の袋を交換しながらふと考える。
(ちゃんと届くって、どういうことなんだろうな……)
やがて男性は、缶コーヒーを飲み干して、深くため息をついた。
「ま、今日も一日、やるしかないか」
そう言って、重たい足取りで店を出ていく。
頑張れ、小崎くん。
君が見てるこの風景も、きっと誰かの人生の一部なんだ。
すれ違いの先にある、小さな“わかりあい”を願いながら