「夜勤明けと、新聞配達と、はじまりの手前」
朝の5時45分。
空がようやく薄青く染まりはじめるこの時間。
コンビニの照明が街灯よりも明るく見える頃、小崎は夜勤を終えようとしていた。
床のモップがけを終え、ホットスナックの補充も済ませ、あとは引き継ぎの準備だけ。
店内はまだ静かだ。
そんなとき、自動ドアがふわりと開いた。
入ってきたのは、新聞配達の男性。
帽子を目深にかぶり、防寒ベストの肩口には新聞の束が当たって跡がついている。
「おはようございます」
「……おはよう。今日は風、冷えるな」
言いながら、男性は缶コーヒーと肉まんを一つ手に取ってレジに並ぶ。
「お疲れさまです。配達、終わったんですか?」
「ああ、ようやく全部まわり終わって、ひと息ってとこだ。俺は超早起き族だからな」
商品を受け取った男性は、店を出ずにイートインの隅に腰を下ろした。
小崎も少しだけ近くに座って、交代のスタッフが来るまでのわずかな時間を休める。
「夜勤って、変な感覚ですよね」
「そうそう。こっちは終わり、でも世の中は始まろうとしてる」
「朝の喧騒に背中を向けて帰るのって、なんか……取り残された感じがして」
「でも、俺たちがいたから、誰かの“朝”が始まるんだよ」
新聞配達員はそう言って、ふっと笑った。
「あなたもそうだろ。誰かが目を覚ましたとき、ホットスナックが補充されてて、パンが揃ってる。それ、すごいことだよ」
「……ありがとうございます」
二人の間に、ほんの数分だけの静かな時間が流れた。
店の外では、新聞を受け取る住民や、早朝ランニングの姿もちらほら見える。
一日のはじまりが、じわりと街を動かし始める。
「じゃ、行くよ。そろそろ布団に入らないと、日が昇っちまう」
「お疲れさまでした。……おやすみなさい」
夜が終わり、朝が始まる。
頑張れ、小崎くん。
仕事の終わりに、誰かの一日が重なるその瞬間に、きっと意味があるんだ。