「夜のおにぎりと、ふたつのありがとう」
夜の10時をまわったコンビニは、少しずつ静けさに包まれていく。
この時間帯、客足も落ち着き、照明の明かりがやけに広く感じられる。
小崎はホットスナックケースを整理しながら、ふと棚に並ぶおにぎりを見つめた。
「……今日も、けっこう残ったな」
タイミングって、本当に難しい。
多すぎれば余るし、少なければクレームになる。
そんなときだった。
自動ドアが、チリンと控えめに鳴った。
入ってきたのは、作業着姿の中年男性。
顔には薄く煤のような汚れ、手には作業手袋がくしゃりと握られている。
「いらっしゃいませ」
「……悪いな。なんか、腹減ってさ。夜勤明けの現場帰りで、どこもやってなくて」
カップラーメンと麦茶、そしておにぎりをひとつ選んでレジへ。
会計を終えた後、男性はふと小崎に向き直った。
「……なんか、こういうのってさ。ほんとは座って食べちゃいけないんだろ?」
「イートイン、今の時間なら大丈夫ですよ。温かいお茶もセルフですけどありますし」
「……それ、ありがたいな」
しばらくして、イートインでおにぎりをかじりながら、男性はぽつりと言った。
「……こういう、あったかい場所って、夜は特に沁みるよな」
小崎は、そっと笑った。
「自分も夜勤ですから。気持ち、少しだけわかります」
その時だった。
再び自動ドアが開き、制服姿の高校生が塾帰りの荷物を肩に小走りで入ってきた。
「あ、あのっ!」
少年が手にしていたのは、作業員が使い込んだ工具ポーチだった。
「これ、落としましたよね!?さっき……」
「おおっ、それ……!」
立ち上がった作業員が、少年の差し出すポーチを受け取り、目を丸くする。
「助かった……ほんとにありがとう。これ、大事な道具でさ」
「いえ、塾の帰り道だったので、すぐ追いかけられました」
作業員は少年の肩をぽんと叩いた。
「今日この店、なんかすごいな。ふたりも、ありがとうって言わせてくれる奴がいる」
小崎は、レジの後ろでこっそり笑った。
頑張れ、小崎くん。
ちいさな親切とあたたかさが、静かな夜を照らしている。