「春の終わり、あたたかい風」
風が、少しずつあたたかくなってきた。
桜の花びらはすっかり散り、歩道には新緑の影がのびている。
夕方の陽射しはどこかやさしく、春の終わりと夏の気配が交差していた。
その日、小崎はいつも通りレジを打ちながら、店内の空気を深く吸い込んだ。
どこか、静かでやわらかい時間が流れている。
ふと、イートインの隅に、小さなランドセルの背中があるのに気づいた。
「こんにちは。もうすぐ夕方だけど、おうちは?」
声をかけると、少女は小さくうなずいた。
「ママ、病院。今日は遅くなるって」
ランドセルの横には、小さなお菓子と紙パックのミルクティー。
「お小遣いで買ったの?」
「うん。がんばったから、ごほうび」
笑ったその顔に、どこか大人びた影があった。
「ママ、ずっと病気でね。春休みに入院してたんだけど、今日少しだけ会いに行けたの」
少女はカバンから折り紙を取り出し、テーブルの上でそっと広げた。
「これ、ママに折ったの。……渡すタイミング、逃しちゃって」
淡いピンクの鶴と、薄紫のハートの折り紙。
少しよれてはいたけれど、どれも丁寧に折られていた。
「きっと喜ぶよ。それ、とてもきれいだから」
「……ありがとう」
少女はそう言って、ミルクティーを飲み干した。
「……春が終わると、ちょっとさみしいね」
「うん。でも、春の終わりの風って、あったかいでしょう?」
少女はぽかんとしたあと、ふっと笑った。
「……ほんとだ。あったかい」
立ち上がって、お辞儀をして、ランドセルを背負っていく小さな背中。
その後ろ姿を見送りながら、小崎はそっとイートインの机に残された折り紙を拾った。
もう一度、彼女が来たときに渡せるように。
頑張れ、小崎くん。
春が終わっても、君のやさしさは、あたたかい風と一緒に、誰かの心を包んでいる。