「ひびの入った願い」
「このチラシによると、この店にあるはずだろ!」
レジ前で声を荒げたのは、初老の男性だった。
レシートを握りしめ、顔を真っ赤にしている。
対応していた瀬戸は、しどろもどろになりながら言葉を選んでいた。
「あ、あの……それ、発売日が今週の月曜でして……午前中には売り切れちゃって……」
「それじゃ困るんだよ!わざわざここまで来たんだ!」
小崎がすぐにバックヤードから出てきた。
「こんにちは。何かお探しでしょうか?」
「このアイドルのクリアスタンドだよ。“バイオレット・タン”っていう子の!このチラシに“この店舗限定”って書いてあるだろう!」
聞けば、男性の小学生の孫娘がバイオレット・タンの大ファンで、この週末に大がかりな手術を控えているのだという。
「せめてこれを枕元に置いてあげたくて……少しでも元気を出してほしくて……」
その言葉を聞いた瞬間、瀬戸は目にいっぱい涙を浮かべ、ぐしぐしと袖でこすりながら泣き出してしまった。
「そ、そんな話……ズルいっす……!ぐすっ、オレ、ちょっと、どこか探してきます!」
小崎は系列店に電話をかけたが、やはりどこも完売。
しかし、最後に卸業者へ問い合わせると——
「破損返品分が、いくつか残ってます。展示不可だけど、送りますか?」
「ぜひお願いします!」
その情報を聞いた瀬戸は、鼻水を垂らしながらもママチャリに飛び乗り、卸業者の倉庫まで一っ走り。
一時間後、汗だくで戻ってきた瀬戸が手にしていたのは、土台にひびの入ったバイオレット・タンのアクリルスタンド。
「……これじゃ……ダメか」
肩を落とす男性。
だが、小崎は笑った。
「これなら、なんとかなります!」
休憩スペースで、小崎が取り出したのは接着剤とヤスリ。
昔、プラモデル作りが趣味だった名残で、店の隅に工具一式を置いていたのだ。
ひびの入った部分を丁寧に削り、接着。
角度を調整しながら組み立てていくと——
そこには、少しだけひびの跡が残る、でもちゃんと美しいスタンドが完成した。
「……ありがとう、ありがとう……!」
男性は声を震わせながら、何度も頭を下げた。
数週間後。
夕方のコンビニに、あの男性が写真を手に駆け込んできた。
「見てくれ……!孫がな、手術終わって……元気に笑ってるんだよ」
その写真には、病室のベッドの上で、アクリルスタンドを大事そうに抱えながら笑う、小さな女の子の姿。
「君たちがいなかったら、あの子の笑顔は見られなかった。本当にありがとう……!」
瀬戸はまたも目を真っ赤にして、何度も頷いていた。
小崎は写真を見ながら、ただひとこと呟いた。
「よかった……」
頑張れ、小崎くん。
たとえひびが入っても、その想いが繋がれば、きっと誰かの笑顔になるんだ。