養鶏場
たまご祭りのきっかけはこれ。
コロンの日常へようこそ。
※こちらはホラージャンルです
「あ…道を1本間違えたかな…」
新しい取引先に挨拶に行った帰り道。
事務所に戻るため近道したつもりが、道を間違えてしまったようだった。
このまま行けるかと進んでみたが、次第に少なくなっていく民家。
それとともに狭くなっていく車道。
失敗した。
さっきのところでUターンしておけばよかった。
どこかUターン出来そうなところはないかと周りを気にしながらゆっくり進む。
すると草が生えていない場所に
[ たまご販売しております↑ ]
と書かれた立て看板を見つけた。
「そういえばたまごなかったな…」
今朝、冷蔵庫の中から取り出したたまごが最後のひとつだったと思い出し、美味しいたまごを見つけた事で道に迷った失敗をチャラにしようと考えた。
[ たまご販売しております↑ ]
看板の矢印に沿って進む。
[ たまご販売しております↑ ]
[ たまご販売しております→ ]
右にハンドルをきり、木々に囲まれた細い脇道に入って行く。
少し進むと視界が開け、そこには冬の枯れた農園が広がっていた。
枯れた草木の黄土色を、オレンジ色の夕日が照らす。
生き物の気配のない、なんとも言えない不安な光景。
あと少ししたら闇が降りてくるのだろう。
[ たまご販売しております↑ ]
運転席に沈んでいた体を起こし、前のめりになりながら慎重にすすむ。
アスファルトで舗装された道は終わり、その先は砂利道に見える。
ゆっくり進もうとした時、道の入り口両脇に、枯れ草に隠れてH鋼杭が埋め込まれているのを見つけた。急いでブレーキを踏む。
「あぶなっ!……ウチの車じゃ通れないか…」
その手前はちょうど車の切り返しが出来るようになっていて、そこでUターンしてから車を停めて降りてみる。
冬の冷たい風がひゅっと通り過ぎて行く。
[ たまご販売しております。販売所↑ ]
建物は見えないけれど、この先にあるのだろうか。
深く轍が刻まれたぬかるみ。
―――どうしてここで引き返さなかったのだろう―――
私は泥に足を取られないように一歩前に進んだ。
農園というだけあって、こんもりと土を盛り上げて小さく区画整理されているあとが見れる。葉のない木々がぽつんぽつんと立っている。
自分の他に誰もいない。
「本当にたまごあるのかな…」
そんな事を呟きながら奥へと進む。さっきより闇の色が濃くなっていく。
ところどころに木があって、奥が見えなくなっている作り。
垣根のように並んだ木を抜けた時、朽ちた蔵が見えた。
蔵に入る木戸はボロボロで取れかけている。その中に農具が置いてあるのが見えた。
不意にバサバサと音がして、中から鳩が2羽こちらに向かって飛び出してきた。
「わっ!」
鳩は竹藪に消えて行く。風で擦れる竹の音が大きく聞こえたと思った時、竹藪に隠れていた鶏舎が現れた。
コッコ…コッコッコ…
鶏舎の中からは微かに鶏の声が聞こえてくる。
少し開いた扉から中を覗くと、鶏はきちんと並んで餌をつついていた。
人の影が2つ、ゆらゆらと揺れているのが見える。
ここで働く人だろうか。
[ たまご販売所 ]
鶏舎の脇にある小さなプレハブ小屋。正面に回ってみるとシャッターが閉じていた。
もう何年も開いた形跡がない。
変だなと思い、さっきの人に声を掛けようと振り返った途端、どこから集まったのか鶏舎の屋根を覆い尽くすほどの鴉が一斉に鳴き出した。
空はもう闇の手前。
鶏舎やその周りの建物に明かりがつくこともなく、音もなく闇が近付いてくるのを感じた。
そこで初めてただならぬ恐怖を感じ、一歩、また一歩と後退る。
先程人がいた鶏舎の横を抜ける
「え?」
どこにも鶏の姿などなかった。
鶏舎の窓ガラスは割れ、中は枯れ草に覆われていて、人がいた形跡などなかった。
ここに来てはいけなかった…
急いで車に戻ろうと、来た道を戻る。
真っ直ぐ歩いて来たはずなのに、道は歪み、自分がどこにいるのかわからなくなってきた時、車の防犯クラクションが鳴りだしライトが点滅した。
鳴り止まないクラクションと、点滅するライトを目指して走り出す。
転がるように車に乗り込むとすぐにエンジンを掛けた。
防犯用のクラクションが鳴ったはずなのに、辺りには誰もいない。
鶏舎の上を円を描くようにたくさんの鴉が飛んでいるのをバックミラーで確認しながら、その場をあとにした。
あれから数日後、取引先の人にさりげなく養鶏場の事を聞いてみた。
「ああ。ずいぶん前に借金を苦にした夫婦が自身の営む養鶏場で首を……」
だから揺れていただろう?
イラスト★ウバクロネ様
半分くらいはフィクションです。
ウチの車に防犯なんちゃらはついていません。呼び方が違っても許してください。
最後までお読みくださりありがとうございました。