草の星・・三
草の星・・三。どうにもならない、変な風習や世の中の事は・・皆に知って貰う事ではないでしょうか。広めるだけです。外から自分を見る事によって・・可笑しいと思って頂く事です。無駄な行為をして居た。面倒くさい。と気が付いて下さるかも知れない。そんな思いを書いて居ます。
7月〇日
娘・詩織が東京から里帰りする事になりました。年1回・・夏休みの恒例の行事となっています。8月は、孫・葉月の誕生月・・直にお祝いが出来るから、嬉しいです。共に、楽しみにして居るんです。娘・詩織もお盆前に休暇を取ると・・土日祝日を上手く利用出来て、長い休みが取れるからです。かれこれ10年位、このパターンで続いています。年末年始に遠い里に帰るのは、道中の混雑も気になるし、嫁ぎ先を優先して考えて欲しいし(実の処、婿さんは好き嫌いが多くて困るから)。春休みはと云うと・・詩織(公務員)は年度初めの仕事があり・・何かと忙しいから、それどころではないと言うんです。そんな経緯で・・年1回、娘・詩織は我が家に帰って来る事が恒例になりました。
半月位前から・・お風呂の天井から壁、床、扉・・のカビを掃除します。しっかり綺麗にして置けば、もう一度前日に掃除して、当日は・・お風呂どうぞと言える訳です。お風呂掃除と、お湯張りを担当している、息子・治彦と夫・治夫に頼むんですが・・なかなかです。「日頃浴槽だけ、ちゃちゃと簡単に済ませている証拠ですよ。お手伝いと思って居るんでしょ!なかなか出来ないね!一つ位は家の仕事をちゃんとして下さいよ・・。サッサと私がしますから。1日で掃除しようと思うから、大儀くなるんよ。壁の1面をして、次の日にもう1面・・何でもない事よ。次の日は、扉のカビ取り掃除。次の日は床をこする。何で大儀いですか?簡単な事よ!」夫・治夫は脳梗塞後、左手を左腹に置いたままで、片手で作業をして居ます。「動くんだから・・左手使って、リハビリするんです」ガミガミ・・(ガミガミではなく、言っただけです)息子に聞こえたのでしょう・・治彦が出て来て、天井のカビの処を綺麗にして呉れました。ユニットバスだから、思うより楽に掃除出来ます。「ありがとう・・助かりました。気になって居た所なんよ」「来た日にすればいいじゃん・・」治彦はまだ文句を言って居ます。「いいえ!当日は、あれもこれも出来ないから・・今からやって置くんよね!」今から取り掛かると・・お布団も2回は干せるでしょ。花壇の世話・・庭の草取り・・部屋の整理・・。気になる事をして置きます。反対に、草ぼうぼうの実家を見ると・・気が悪いでしょう。それにね、こんなんでいいん?娘は真似するかもしれん。だから、綺麗にして置きます。その後は・・献立を考えて、買い物です。あれもこれも食べさせたいです。今回は、1日目・・手巻き寿司、主に海鮮になります。茶碗蒸し、揚げ豆腐の甘酢ソース。ポテトサラダ。食卓いっぱいに並びます。2日目は・・主に肉料理・・得意な豚バラ肉の煮込み。焙烙で焼いたカルビ焼肉。パンプキンスープ。野菜サラダ。etc.・・量は少しにして、皿数を多めに。3日目は・・日頃の家庭料理、あれもこれも・・詩織の好きだった味が並びます。1日位は外食も考えましたが、今は治彦が言うゲサラとか言うものが来るとか・・お金はなるべく使わない事にして居ます。4日目の朝早く家を発って、名古屋在住のお友達の作品展を見て、そこで泊めて頂くと言うんです。(折角来たのに、他で泊まらなくても・・と、思うけれども。娘には娘の世界があるから)
当日は治彦にお迎えを頼みました。帰りに小さなバースデーケーキを買って来て貰う約束です。以前は夫婦で駅へ送り迎えしたものです。身体が身軽に動いて居ました。最近はタクシーで出来てねとか、時間が空いて居ると、治彦に頼んだり。迎えに行きたい思いはあるんですが・・無理はしない事にして居ます。その間・・料理も出来るから、温かい物が直ぐに出せます。小さな事も、やり繰りして年のせいかな?体の衰えをこなしています。
② 8月〇日
「ただいまー」可愛い声がして、娘・詩織と孫・葉月が、二人してもつれるように玄関に入って来ました。「あれっ!・・ハーイお帰り!疲れたでしょう。何か冷たい飲み物・・何にする?」「う~ん・・」「麦茶?紅茶?・・ケーキは今にする?食後にする?」「う~ん・・」リビングにも入らないで、玄関で・・「ハーイお土産で~す。いつものブランデーチョコレートケーキ」「あっ!これ美味かったよ、ありがとう」「麗子伯母さんの処へ、どれかを持って行くね・・」「ありがとう。美味しい物ばかりありがとう。わさび漬けも・・はんぺんも・・横浜の焼売も・・好きな物ばかりよ。いつもありがとうね」話は次々とあります。「麗子伯母さんに連絡してくれる?明日か明後日しか伺えないけど・・お時間ありますかと」「ハーイ、メールします」と云う事でしたが、メールの返事は・・「明日は墓参りに行くことになって居るから・・。明後日は朝から、友達とマージャンの約束をして居るから・・」と云うので、詩織に断りのメールでした。今迄に無い事でした。いつもなら、孫の葉月に1万円のお小遣いを貰い、豪華なランチを奢って貰うという詩織の里帰りでした。自ずから麗子伯母さんには、高い物を買って頂ける。お母さんには、お祝いなどでも安く済む物が割り当てられて居ました。時には詩ちゃんも一緒においで・・誘って貰うんです。でも私の心は・・いつも遠慮して居ました。姉の処には、なるべく行かないで頂戴と言って居ました。昔々の蟠りがあるからです。でも、この頃姉の方から私を敬遠するようになりました。1年前迄、息子・治彦がゲサラが来る来ると、インターネットの噂を度々メールして居たから。息子は親切で情報をメールしたと言うんですが・・。お金貸して、とでも言うかも知れん。姉さんは、そういう人なんです。姉さんを頼る事は出来ません。今迄の事が頭をよぎります。そんなに困って居るんなら、力になりましょう。とか言うような人ではないんです。もしも今回、治彦の事でどんなに頭を下げても、お世辞を言っても・・お金は貸して頂けないです。詩ちゃんは、可愛らしくないからと、叔父、叔母に吹聴して。でも・・父の住む家の家賃は入れて貰えなかった。金の亡者になって居るんです。
「明日は、前から言って居る・・入学祝と詩織の昇進祝いの、万年筆を買って上げる。5千円づつ貯めた、友の会が満期になったから。朝から行って、軽いランチをして・・。帰って夕飯を作ると云う段取りでお願いします。えぇ~とお昼は、お父さんとお兄ちゃんは・・鍋焼きうどんか、ソーメンか何かを食べて貰いましょう」と云う事で、明日の事は決まりました。「明後日は葉月の宿題の、資料集めに美術館に行くので・・二人で行動しますから。お兄ちゃん、美術館まで送って呉れませんか?」「あぁいいよ、美術館までじゃね」「それでは、今夜は手巻き寿司で~す。すし飯は出来ているから・・海苔を炙るのを手伝ってね。段取りいいでしょ!我ながら、感心します。ウフフ・・茶碗蒸しも出来ましたよ。どうぞ召し上がれ~」「いただきまーす。乾杯!」「葉月は麦茶で、乾杯!」「お疲れ様・・今日はゆっくり休みんさい。お風呂、次々入って下さいね」誕生日ケーキは帰ってすぐ・・紅茶で頂いています。
③ 8月〇日
「万年筆売り場は5階よ・・下見して居るから」と言いながら、エスカレーターを上がります。「このお店で、時々洋服を買って居るんよ」「ふ~ん・・私の好みじゃないね」娘・詩織はこの頃、こんな事を言うんですよ。何か引っ掛かります。人が気に入って着ていると云うのに!「ここよ・・。万年筆を見せて頂きたいのですが・・」レジの処に居た、三人の店員さん・・小柄な方に、万年筆売り場の鍵が掛かって居るショーケースを開けて貰いました。「以前下見して居るんですが・・万年筆の色と細字か太字とかを本人に決めさせたいんです。この辺りからと思って居ます。高校入学のお祝いなんです。長く使える良い物をと思います。私のは、以前買ったこれです。書き心地いいですよ」と、私のを見て貰う。「G7の首脳にお土産として渡された会社の万年筆ですよね。私のは白よ、葉月ちゃんは?詩織は?三人で色違いで如何、ちょっと幸せ?」「う~ん」二人ともあんまり気に入ってない様子です。何でかしらね?長く使える、思い出になる物を上げたいと思って居るのに。実は、私が高校入学した時・・思いがけなく高校の売店で、母に買って貰いました。裕福では無かったから、人一倍嬉しかったのかも知れない。そんな思い出があるから、買って上げたいんです。母とは、私が22歳の時に永遠のお別れをしています。そんな思い出がありまして・・息子が大学に入学する時、黒い万年筆を買い求めました。そしてお便り頂戴ねと、葉書と一緒に持たせましたが・・。1枚も葉書のお便りは無く・・。その万年筆、今は私のペンケースに太字用としてあります。
「若い人は、この万年筆も選ばれますよ。人気です」決めかねているので、店員さんの声です。私は「ええっ!日本製ですか?」「いいえアメリカ製です。デザインで選ばれて居ます」「あっ!これ・・いいかも知れない」と、娘・詩織。私は「安いね・・予算の三分の一よ」「これがいいよ」と、葉月「ええっ!まぁ!」若い人に好まれそうな・・スポーティなデザインで、色も豊富にありました。娘は臙脂色を、孫は紺色の万年筆を選びました。共に細字用に決まりました。「インクカートリッジは、スーパーで買えますか?」私はまだ不満げに聞いています。「買えると思いますが・・」「インターネットで取り寄せるから・・とりあえず、10本入り2つ下さい」名前を入れて上げようと思って居たけれど、やめておこうかな。ヤレヤレ・・まっ本人がこれと言うんだから、良いかな。「軽いランチにしましょう・・」店を見ましたが「ファミリーレストランよりも、軽く済ませよう。皆にお土産を買いたいから、忙しい」「そうしようか・・あのドーナツのお店、まだあそこに在るんよ。ピアノのレッスンの帰りにね・・フフフ。お好み屋のお店は無くなった。二人のお姉さんは、別々にお店を持たれたと聞いたよ。一人はお好み焼き店・・もう一人の人は、明石焼きの店を開いて居て‥偶然に出会ったよ。長い年月過ぎたもんよね」「ふ~ん・・」話はあちこちに飛びます。短い時間に、何もかも話したいからですね。「そこのお店のピザトースト位でいい・・私と葉月は、タワービルでお土産を買って帰ります。電車で行って・・帰りはバスに乗って帰るから。お母さんは、先に帰りんさい」「そうするね。一緒に歩くのは疲れる。帰って夕食作って待って居るから・・」高校時代自転車で走った街並みを・・娘と歩くのは、感慨深いかも知れない。詩織はこの街で、そんな時間を作って居ます。お店は若い人でいっぱいです。「葉月ちゃん、ちょっと来て~冷たいジュースとピザを注文したから、持って来て頂戴ね。そうそうあの店のドーナツは、買って帰るから家で食べようね」あれもこれも食べさせたいんです。珍しい物でもないのに・・。
④ 8月〇日
お風呂は、家の3人は先に入って置く事にしました。皆を待って居ると、片付かないからです。2人には後で、またお湯を入れるといい。我が家では夜洗濯をして、部屋干しして居ます。作業工程が一つ減ります(次を干す時に取り込む)。そして朝、ゆっくり出来ます。年寄り家庭に向いています。
その夜の事です。娘・詩織は葉月の勉強を見てやっています。「あれっ!葉月ちゃん・・姿勢が悪いよ!お父さんにそっくりよ!」「見ても居ないくせに・・ぷんぷん」娘・詩織は夫(婿)の事を云うと、怒り出します。図星なんでしょう。言って欲しくないんです。婿にお世辞を言って欲しいんでしょう。でもつい・・本音出ますよね。少し抑えて抑えて「パソコンの授業では、姿勢を気を付けんといけんよ!背中、曲がっているよ!この頃の人・・姿勢悪いよね。背中曲げて、首を前に出して歩いている。パソコン入力姿勢の延長ですよ!本当よ!それに・・葉月ちゃん、好き嫌いが多いからよ。今からでも直してください!今直せば、背丈も伸びるから・・」玄関を入って来た時・・あれっ!と思いました。その訳は、背丈が伸びてないんです。その事を、孫・葉月は「もう5センチ欲しい」と、こましゃくれた言い方をします。まぁ高校生ですから、そんな風に言いますかね。祖母の立場から言えば・・好き嫌いの無い食生活。適度の運動。日頃の姿勢など思い当たります。重要な事です。親(娘)に言えば、気に入らない!この時期に直せば、治ると思うのに。本当にもぉ!絶対治して下さいよ。東京に帰ってからも気になるので、詩織にメールしました。『お願いは・・姿勢と好き嫌いを直す事。背中、マッサージオイルで、優しく摩って上げて下さい。薄皮を剥ぐ様な気持ちです。運動・・鉄棒で背中を伸ばすのはどうですか。小学生の時習っていた、水泳はどうですか。ヨガとか太極拳も良いらしいです。親子で如何ですか。良いと云うものは何でも試して見て下さい。そして、出来るものを続けて下さい。私達も、心配して居るんです。葉月ちゃんと詩織ちゃんの事・・宝物です』でもメールの返事は来ませんでした。言うだけは言わせて貰いました。行動して貰いたいものです。出来る事はする筈です。近くに住んで居れば、手助けも出来ますが・・それも叶いません。でも、悠長な事を言って居る場合ではないんですよ!
夫は娘に、10万円のお小遣いを貰って居ました。「詩織ちゃんの細腕で働いたのに、申し訳ないです。でも、今はありがとうございます。治彦の言う・・ゲサラが来ると良いんだけどね。治彦に手助けが要るかも知れんし。お父さんに預けて置きます。大事に持って居てくれるから。詩織の家に遊びに行けるといいね。お父さんの体もう少し良くなると、実現出来るかも知れない。楽しみです。詩織ちゃんの体は、大丈夫?去年の入院は心配しました。大事にして下さいよ」
⑤ 8月〇日
『去年は一番大変な事でした。詩織ちゃん達が帰ってから・・私、体が重くてね。押し潰されると云うか、叩きのめされると云うか。2~3日、詩織にメールも出来ない事でした。何故か分からないままで暮れになって・・親子だから、何処か何かで繋がって居るんかね?冬休み前に、詩織ちゃんが入院したと聞きました。私へのガミガミ指導は、詩織ちゃんの体の悲鳴でしたね。疲れですね。職場で精一杯働いて帰って、家に帰れば食事の支度をして・・。子供の面倒を見て、子育ての心配をして。その上、夫に気を使わなければならない。詩織ちゃんの心と体、休まる処があるんでしょうか?解って上げなくてごめんなさい!疲れて居るんだから、里に帰った時ぐらいは、時間などは気ままにさせて上げたけれど、何か手立てがあった筈。私ではなく、言う本人の体の事だと分かって居れば・・診察も勧めていたのに。私は昔から、このスタイルで子供を育て、毎日過ごして居るのに・・お婿さんの考え方を押し付けて来るのは困りますよ』と思って居ました。言っては居ません。『お見舞いに行きたいけど・・』『お父さんとお母さんがえっちらおっちら、その体で、来てくれる方が心配だから・・来ないで下さい。1週間で退院しますから』とメールで言うのでした。
そのガミガミ指導と云うのは・・ベランダに置いて居る洗濯物干しが古くなって居たんです。軽量で折りたたみ式です。30年位使いましたかね?それで・・洗濯物干し台を注文したと云うんです。(夫・治夫に相談の上)「ええっ!・・ベランダに、重たい物を置くのは困ります。家の壁に物干しを取り付けたいとは思って居るけれど。家の塗装をした時に見積もりを取るつもりよ。今はいいです。なるべく、物を買わないようにして居るから。それに・・夜、洗濯して部屋干しすると、夏の時期、昼前には乾いているし。タオルとか助かるんよ。3人で何枚も使うから・・フフフ」「ダメです!洗濯物は天日干しして下さい」「このままでいいです!それにまだ使えるし!」でも、もう宅配便で玄関まで届いて居ました。「あれ!まぁ!・・では、ベランダではなく、テラスに置いて下さい。畑との境目に置いて、シーツ等大きい物を干すときに使いますから・・外に置いて下さい」「了解で~す。組み立てるね。ポリの台に水を入れて重しにするね。何時か砂を買って入れてね」「ハーイ、ありがとう。シーツ等しっかり乾くと、気持ちいいから・・ありがとう」シーツとかタオルケット等大きな物が3人分干せて、とても助かって居ます。娘の気持ちと私の言い分・・ちょっと食い違って居ました。今度帰った時、使って居るからと、お礼を言わなければなりません。
その前の年も、そのまた前の年も・・帰って来ては、ガミガミ指導です。お母さんは、ずっと、このスタイルです。料理の味付けも、詩織が小さい頃からの味付けなんよ。お婿さんが我が家流を嫌うんでしょう?手作りの塩麴も、入浴剤のハーブのお風呂も、アロマオイルも。人様に差し上げると、あれ程に大変喜んで頂くのに・・我が娘の家庭だけ使っていないようです。娘の健康を願って、送って居るのに。どうしたものでしょう。「お母さんが作る塩麴は、売っている物より固いね」いくらでも調整できるのに・・フンと思いました。まだ娘が若い頃、ハーブで入浴剤を作り送りました。「お風呂に入って体を温めて、お布団に入って下さい。赤ちゃん出来た人もあるんよ」「フン・・1年置くと、虫が居たから捨てたよ」「まぁ・・捨てないで、返して下さい」嫁ぎ先の家にも送ると・・良かったら勧めて貰えるかなと思いましたが、意味は伝わりませんでした。「アロマオイルで葉月ちゃんの背中、優しく摩って上げてください。以前スパでマッサージして貰ったようにね。送るからね・・」「前に貰ったのが、まだある」と云う有様です。親戚の会社の醤油は態々送らない事にしました。どうせ何か言うんでしょ!毎年送って喜ぶのは・・米とソーメンですかね。お婿さんは、自分を誇示したいのか?親に対抗して、そお言うんでしょうか?娘の方が給料が良いかも知れない。そうそう2~3年前の事です、帰り際に「お父さんとお母さんに・・」詩織は10万円を置いて帰りました。「詩織ちゃんが働いたお金よ、うち等には勿体ない。大事に貯金してください」「仕送りしたいと思って居るんだけれど、出来ないから・・」「そ・そんな事をしてはいけませんよ。仕送りなんて!頼みもして居ません。此処は詩織の実家ではあるけれど、詩織の家ではありません。詩織の家は・・夫と葉月ちゃんと住む家ですよ。その家をしっかり取り仕切って下さい。何があっても、家を守るんですよ。強いてお願いするなら・・このお金で、客布団を買って下さい。結婚する時に持たせた布団に、親を寝かせるなんて!何年使った布団ですか!暖かくていい布団とは言え・・親に失礼ではありませんか!それともお婿さんは無頓着?親を親とも思わない人ですか?どっち」つい・・お婿さんを非難して居ます。言ってはいません・・娘が、間に入って気を病むからです。思っただけです。こんな事も、改めるべきでしょうか?「老いては子に従えよ・・」先日、旧友に忠告したばかりです。我が事となると・・難しいものです。
⑥ 8月〇日
娘・詩織のお土産を、姉に届けなければなりません。娘が来た時、一緒に行けたら気軽でしたが・・態々届けるのは気が重いです。仲が良くない姉妹なんです。価値観が(大切な物)違うからです。小さなチョコレートケーキ1箱・・娘は、届けなくてもいいよ。我が家で食べんさいと言うんですが。他に1件、用があるんです。それは・・母の形見の着物を返そうと思うんです。私も終活して居ますので、遺言通りの本当の持ち主に返したいんです。『浄土に昇天する日・・お姉さんは、この着物を着て行って下さい。浄土でお母さんに巡り会えるから。お母さんの方から、見つけて呉れるかも知れんよ。私が着て、棺に入る訳には行きません。何かあったねと心配するから。お母さんは仏様ですから、今迄の事は何もかもお見通しよ。分かって居るけれど、なるべく心配させたくないから。お姉さん着て下さい』と言うつもりです。
その形見の着物と云うのは・・私の人生の分岐点になった着物です。私・・22歳でしたか。
病室で母の世話をして居ました。「洗濯物を持って来ました。整理するね、タオルはここでいい?」とか・・その時でした。「麗子には・・浅葱色の付下げを上げてね」「えぇっ!な・なんで、そんな事を言うん?もうすぐ、家に帰るんでしょ」「ウフフ・・」母はニッコリ笑っていました。「だったら・・内には?」「詩ちゃんには・・縹色の可愛い小紋柄の着物を上げるね」「は~い、そんな着物あるん?見たことない。竹の地模様のある、浅葱色の付下げ・・お母ちゃんまだ着てないよね。縫って居るのは、見ていたんよ。完璧に縫えたから、見て見て・・と言ったよね」「ウフフ・・そうじゃったかいね。詩ちゃんの事は心配してないんよ。いい子ですよ。物事をよく考えて居るから。これから先、大丈夫よ。麗子がね・・」と顔を曇らせて言うんです。・・その日から1ケ月後、3度目のくも膜下出血で、母は帰らぬ人になりました。
それから・・葬儀も滞りなく済んで、どうにか日常が戻りつつありました。姉と二人で形見分けをしました。着物は少ないけれど・・叔母達にも1枚、お分け出来たかなと思います。「お姉ちゃんには・・浅葱色の付下げと聞いて居るんよ。これよ!内には、縹色の小紋の着物・・これじゃね。可愛い柄よね、お母ちゃんの好きそうな、色合いよ」どちらも、深い青を基調とした着物です。20代の姉と私には地味な着物でした。
その後・・「詩ちゃんの縁談に差し障りがあるから・・お父さんは如何されるんですかね。と言われるよ!3人の貯金を出し合って、家の頭金にしよう」姉夫婦の提案で、家を建てる事になりました。田舎の家を畳んで12年・・殊の外、持ち家は欲しかったのです。
只・・その家に住んだ2年間は辛い事でした。一番悲しかったのは・・母の形見のあの着物を、姉に箪笥から抜き取られた事でした。何もかも無くなったと思いました。この家を出ようにも、お金が無い。仕事は資格取得の為に辞めていました。その日から、姉を避けるようにして過ごしたものです。
そして・・お陰様で結婚出来て、30年過ぎた頃の事です。姉とは心が通じなくて、なるべく遠のいて居たんです。上辺だけのお付き合いです。そうすると、詩ちゃんの家計大変そうだからと・・古着を送って来るようになりました。何回も、何回もです。(あの事を言え!とばかりにです)サイズは大きいし、年の差があるから・・趣味も違うんです。それ程着た服ではなく、値札の付いた新しい洋服もありました。私はとうとう手紙を書いて居ました。『お姉さんありがとう。すみませんが・・同じ古着でも、お母さんのあの着物を、返してからにして下さい』これは私の常識でした。「詩ちゃんはしつこいね!」姉は詫びを言うでもなく、怒って居るんです。何で怒るんですか?お詫びの一言もないん?親しき中にも礼儀ありと云うのに・・と思いました。私の小紋の着物は、綺麗に洗い張りして反物になっていました。姉にと遺言した浅葱の付下げ着物は、姉のサイズに仕立て直してありました。2枚とも送って寄こしたのでした。もしも私がその着物を着るとしても、長襦袢から揃えなければならないし、お茶席など縁が無いし困ったものです。寧ろ母の仕立てた着物、その手を見たかったのに・・!母はあの時、仕立ての確認をしながら(表布と裏布のたるみを見ながら)「何年も縫うけれど、何処か思うように縫えない処があるもんよ・・。それがね、この着物はスゥスゥと完璧に縫えたんよ。見て見て・・」「ふぅ~ん」私は、チラッと見ただけです。いつも裁縫台に向かって一心に縫って居た母・・。肩を丸めて小さくなって縫う、母の姿を思い出します。母の一生涯の自分へのご褒美の着物です。一度も着ないままで、旅立ちました。姉と私の為だけの、ありがたい・・そして可哀そうな母の人生でした。
その着物を・・本当の持ち主に返そうと思うんです。私も終活していますから・・。
話は前後しますが・・着物を返して貰った後に、私は、あのモンシロチョウを見ました。
あのモンシロチョウと云うのは・・。形見の着物を、姉・麗子に箪笥から抜き取られた私は、涙涸れる迄泣きました。そうして、学校を早引きして母の墓にお参りする事にしたんです。その時の光景は、忘れられない不思議な出来事になりました。夢の中のように光に包まれて居ました。村の入り口の高い木立から・・ボロローンと言うメロディーと共に、2頭のモンシロチョウが舞い降りて来たんです。詩子の目の前、少し高い処で・・2頭のモンシロチョウは、上になり下になり、グイグイと必死においでおいでをして居るんです。若い私は、涙が溢れて止まりません。「お母ちゃん~」墓迄の田んぼ道を、上になり下になり、もつれるようにおいでおいでをして・・墓の登り口迄来た時・・すうっと高い空に吸い込まれるように、消えて行きました。墓の入り口迄、1㎞ありましょうか?母の魂でありましょう。母の魂が蝶の姿を借りて、この世に現れたのでありましょうか。蝶は、母は、大自然界はこれ程までに、私を守って下さっていると・・心強くそして、有難く思いました。
その後、不思議な蝶を見たのは・・30年後です。(蝶は何度も見ますが、何かを伝えて居ると云うか)あの形見の着物を返して貰った後の事でした。私は宅地建物取引主任者の資格を取って、住宅営業をして居ました。父の住む家の為と私達が住む家の為のローンを抱えて居ました。その上、娘・詩織の学費と生活費を送らなければなりません。住宅営業は頑張って居ました。でも、少し疲れが出る頃でしたか・・。建売住宅の現地で待機して居ました。2階の窓から、崖の下を見ていました。ボロローン・・何だかメロディーを聞いたように思いました。あれ・・あんな所にモンシロチョウが1頭います。崖の底の方で草花を探して居ました。ただ普通の蝶かも知れません。でもその時「次元が低いね・・」母は言って居るかも知れない。姉の立場を考えて上げる事でしたか?我慢して古着を貰って置く事でしたか?でも私は・・我慢出来なかったです。同じ古着でもあの形見の着物を返してと、言ってしまいました。
その後・・1棟分の営業成績を・・上司に掠め取られてしまいました。我慢して黙って居るべきでしたか?可笑しい事です。今で言うパワハラですね。現地事務所で退職願を書かされる始末でした。そのまま退職となりました。営業成績は良いが・・気が強い。頭を下げて、働かせて下さい・・とでも言うであろう。大きなローンを抱えているからの!と云う目論見でしょうか?でも私は、言いませんでした。正しいのですから、頭は下げません。可愛くない性質ですから貧乏します。解って居ますが、出来ないんです。仕方ないですね、胸を張って貧乏する事にします。娘の学費は済んで居ましたが・・家のローンは大きく圧し掛かって居ました。
失業保険のある10ケ月間で・・腰痛他体力補強を考えました。そして私へと言い残した、あの着物を洋服にリホームする事にしました。着物リホームのデザインブックを買い求め、製図して・・緊張してハサミを入れました。上着とベストとタイトスカートが出来ます。仮縫いは、近くに住む叔母に頼みました。そして丁寧に縫いました。我ながら・・満足のいく仕上がりでした。漸く私の物になりまして、スッキリしました。夏が過ぎるまで・・ウオークインクローゼットに掛けて居たんです。そうして・・涼しくなりましたある日、街まで出かける事にしました。あの洋服を着て見ましょう・・。
あれ!あれ!・・右片袖に一本の棒柄があるんです。それは・・北の部屋のカーテンの隙間から、優しい光に日焼けして居たんです。母の大事な形見の着物なのに、どうしょう。上着は、哀しいけれど一度も着ないままです。たった二人だけの姉妹・・仲良くしないなら、着なさんな!母の声が聞こえそうです。姉と仲良くする手立てを探しましたか?姉の立場を考えましたか?原因を考えましたか?
そうして・・母の子を思う心は偉大!!と気が付きました。享年49歳・・ここまで見通し出来るんですね。姉・麗子と私・詩子の性質をよく見て居ます。そして物欲の麗子が、抜き取る事を見透かして居ました。私の着物は・・染め替えした着物でした(着物の価値は低い)取られてもいい、詩子が悲しむ事の無いように。物にこだわる事の無いように。麗子の物欲を戒める為でしたか。詩子も母の思いを受け止める事が出来る年頃になって居ます。母の教えは、有り難く頂きました。
⑦ 8月〇日
『あの~お姉さん・今日か明日か、どちらかでお時間ありますか?・・10時前後でお願いします』現在姉は市内の一等地のマンションに、気ままに一人住まいをして居ます。『はーい、今日は家に居ますよ』『ではちょっとだけお邪魔します。詩織ちゃんのお土産を預かっていますから・・小さいですよ』と云うメールで・・姉の処に伺う事になりました。何年振りかです。コロナの前からですから、何年になりますか??5年位前の年の暮れでしたか。その日は・・いつもの様に古着を頂きました。姉は戦前生まれです。物のない時代の田舎で育って居るんです。三つ子の魂百まで、と云うように・・人は皆、古着を喜ぶと思うんですね。それはもお姉さんの癖、病気ですね。「詩ちゃんには、取り分け良いのを上げとるんよ」と言いながら・・。サイズは大きい。時にはMサイズで、値札が付いて居るのもある。それとなく私に買って呉れているんです。あの時は何の用事で訪ねたのか覚えて居ません。話は多分(要約すると)姉の長女・真理は遠くに住む従弟半になる人と縁談が進んで居たらしい。その為、家と地続きの借家を改装して、この地に住む迄になって居たという。けれど・・最近になって、その人から借金の申し込みがあったと云うので即、その縁談はお断りした。と云う事でした。「詩ちゃんの土地、買いたい人が在る内に、売りんさい」姉は、平気な顔で言うんです。「えっ!」お姉さんがそれを言うとは、呆れて物が言えません。姉さんと父さんの為に私は、どんなに苦労したか。あの土地が在るのは!あの土地が在るのは!と、腹立たしい思いがします。「取引のある不動産屋が言ってるよ。今の内に売りんさい!うちの借家は改装したばかりでね。売らんのよ」まさか私の土地を、その不動産屋に売らせると・・自分の借家に人を仲介して貰えると云うん?酷い考え方があるんですね。と、一度言って見たいものです。業者は、賃貸の仲介は嫌いますね。面倒くさいと言い・・買い手がある内、売る方向へ進めます。反対に条件悪く、売りたくても売れない物件は、安くする迄そのまま。人は皆そうしたものでしょう。話を切りかえて「従弟はどんな人?何度か行き来したんでしょ」「ビール腹でね酒はがぶがぶ飲むし、タバコはぱぁぱぁ吸うし、部屋は煙だらけ・・ほとほと嫌になった。今度来た時は・・先祖の墓にはバスで行って下さい。我が家は案内出来ません。と言うたんよ」「飛行機で遠い処迄来たのに、気の毒に。私も従兄弟に挨拶するべきかと思って居たけれど、そお言う訳なんじゃね。親戚と言うても・・付き合いのない親戚は、安心できないね」帰り際にまた姉・麗子が言うんです。「治彦君はどうですか。籍だけの・・」「ええっ!」そんな事を私に言えるんですか!治彦は若いし前途もあるのに!それに私、昔の事は忘れたいんです。御家とは、表向きのお付き合いをして居るだけなんです。心は閉ざしたままなんですよ。コリゴリです。お姉さんは勝手良すぎますよ。私は姉さんの道具ではありません。心があるんです。私の何もかも取るんですね。お金持ちだからと言って、酷い考え方ですよ。と思いながら「じゃあね・・」どれもこれも、話が分からないままで退席しました。その後・・『いつもの酒粕、搾りたて・・手に入りました。何個要りますか。お友達のKさんとで、何個お持ちしましょうか?』と、メールしましたが・・返事はありませんでした。旅行に行って居るのかな?年が明けても、返事はありませんでした。まぁいいか・・別にこちらから頼んで、持って行かなくてもいいことです。それともですね・・自分の言う事を聞かないなら・・村八分?の始まりですか。詩子はそれを望みます。とても嬉しいです。忙しくしていた頃でした。姉さんは暗号とか嘘とか引っ掛けとかをする人ですから。何の魂胆があるんでしょうか。姉・麗子への不信は増幅して居ました。信頼出来ない人は、誰でも敬遠しますよね。あれから・・5年位過ぎた事になりますか。そうそう・・去年詩織が伺う時、香典を立て替えて貰っていたから、お金を返しに行きましたかね。ランチを一緒にしようと言って貰ったけれど・・断って帰りました。治彦がゲサラゲサラと、盛んにメールして居る頃でした。聞かれると都合が悪いし、ゲサラの事は、分からないから退散しています。
今回は・・詩織の小さなお土産を届ける事と、母の形見の着物を、遺言通りに姉の元に置きたいんです。「えぇ~と何号室?忘れたね。多分・・ピンポン~」「ハーイ、どうする、あがる?」「うん、ちょっとだけお邪魔します」どうする?・・玄関迄出ようかと云う事です。以前とは待遇違います。ゲサラの件で、治彦がカードで借金して居る事を知って居るかも知れないと思いました。・・姉の部屋は調度品の設え等は年齢程、少し気を緩めて居る気がします。以前と同じテーブルの同じ席・・ガラス窓を背にして座りました(客席は2つですから)。川面がキラキラしています。「いつもながら・・いい景色ですよね」姉に社交辞令かな?を言って居ました。「これね・・横浜のブランデーチョコレートケーキ、美味しいよね。それからこれね・・」風呂敷に包んだ、母の形見の着物です。遺言通りにと思いました。姉はちょっとだけ着物を見て「あぁ~これね」軽く言うんです・・そうですね、その言葉しかないかもです。姉にとって若気の至りです。都合悪い、恥じる事でしょう。私にとっては、苦難を乗り越えた証なんです。「私、そろそろ終活しているから。お姉さん、お浄土に行く時この着物を着て行きんさい。お母さんが見つけて呉れるから・・。逝って、お母さんと積もり積もったお話をするんでしょ」「内ね・・その時の着物を作って居るんよ。訪問着を着て行くつもりよ」姉は即・・自慢気に言い返しました。立派な訪問着の柄が、私の脳裏を過ぎりました。私は、母に見立てて貰った・・あの付下げ着物(訪問着より格式ばらない)を着て行くつもりです。ツワブキの花の色と云うか、ヤマブキ色の地に・・楚々とした和風花柄の絵です。その着物で、OLを退職した日・・会社の皆様に挨拶をしました。母に着付けして貰って、見守られていました。思い出の着物です。あの優しい母の顔・・、母の最後の穏やかな顔でした。そして、結婚式の披露宴を夫・治夫の里でして貰った時に着た着物です。夫の叔母の沢山の着物(豪華な花嫁衣裳から、訪問着から)を借りましたが・・私の着物も一枚着て、皆様に見て貰いました。その後50代になって、洗い張りをして、八掛(着物の裏の裾の布地)を地味にしています。母に会って、私頑張りましたよと・・お話するんです。ウフフ・・。「お姉さんの着物が我が家にあっても困るから返しますよ」私にという形見の着物を返して貰った時、2枚一緒に送って来て(お詫びの気持ち?)20年の時が過ぎました。遺言通りに、納まる処に収まりました。「この頃清子がね、着付け習っているんよ。インターネットで習えるらしい・・」姉の次女清子の事です。「ふぅ~んインターネットでね、この頃いろいろ習えるね」「清子は、内とサイズが一緒だからね。この頃着物も着て居るんよ」良かった、清子ちゃんに着て貰えるらしい。青系(浅葱の色無地、竹の地模様あり)地味かも知れないけれど・・お茶席とか法事とか、楚々とした処に向いています。又、清子ちゃんなら、上手に帯や小物でアレンジして着て貰えます。母のあの着物は活躍するのでしょう。良かったです・・お母さん!一件落着しましたよ。
しかしながら・・50数年前、遺言通りに形見分けした時の、姉と妹になる糸口は見つかりませんでした。お姉さんは遠い世界に住んで居るかのようでした。会話はしましたが、心は通じていません。やっぱり、思う事が違うからでしょうか。
「先日の従妹会は如何じゃった?面白かった?」「全~然よ。面白く無かった。年が違うからね。話がないよね。子供の頃を知っているだけじゃから」「私は、グループになるのは嫌なんよ。反対よ!その中の一人が嘘を言えば・・皆にそうかと思われるし。一人(姉・麗子)が可愛らしくないと、憎んで居ると・・叔母達にも憎まれるし。実際にあった事ですから、なるべくグループには入りたくないんよ。また、以前出会った他のグループの件を思い出すと、お腹が痛くなるから。大きなグループでしたよ。手下にならなければ、皆で嫌がらせしてね・・。だから従妹会も、親戚といえども入らない。これからも欠席します。年も一回りも違うから、若い人達で会えばいいじゃない。私、終活してるから、お付き合いはもお広げたくないし・・」「まぁね、そうよね。その日のランチも安くて少なかった。飲み物も入ってあの価格よ。私が払うから・・と云う事にしたんよ」「ふぅ~ん何十年ぶりなのに・・折角会っても、立場が違うから楽しくなかったね」
その時の事です。「ポロンポロン~・・」テーブルの上のスマホが鳴りました。「あっ!真理ちゃんから・・」姉・麗子の長女からの電話でした。「予約するけれど・・基本にして置いて、当日プラス出来るけれど。それとも、初めからAクラスにする?」とか話して居ました。イベント参加か何かでしょう。「基本にして置いて、当日プラス出来る方が良いかね」豪華なイベントの話らしいです。「今ね、詩ちゃんが来ているから・・後でね~」「ああ~本当、治彦君によろしく・・!」「は~い、ありがとう」職場でしょうに、こういう電話が出来るん?なんで治彦によろしくなんですか?そうか・・もしかして、10時頃伺うと約束して居たから。豪華な話に誘い込むつもりかも知れません。雲行き悪いです。(いいねぇ~内も行きたい)とかは言えません。言いませんよ。桑原桑原・・。
インターネットの噂で・・ゲサラか来ると云うので、態々カードで借金をして遊んだ(情けない話)借金のある息子・治彦をお金で釣るつもり?誘うつもりなんでしょうか? この時、もしも今ゲサラが発動されると・・立場は逆転するのにな!私も姉には負けたくない気持ちがあります。特に、理不尽な行為に負ける訳には行きません。
ゲサラ発動とは、日本のテレビでは報道されませんが・・世の中の価値観とか、仕組みが全然違って来るそうです。世界経済安全保障改革法という・・世界の法律です。真に豊かに暮らせる世界を創造する。物質的な富から精神的な富への移行という形で起こるそうです。万病を治すと云うメドベットも来るそうです。お金の為に働くのではなく、と言うのですから・・泥棒、詐欺、殺人、闇バイト、などの犯罪・・それに無理な営業、引っ掛け営業他・・兄弟喧嘩や近所の人との争い・・些細な事の勝ち負けから、パワハラも・・。人の努力は関係ないらしい。私が見た全ての苦難が無くなると言うんです。それに債務免除があり、今迄払った家のローンも、返って来ると言うんです。ウワォ!凄くいいですよね、私その処でお金持ちになれます。ウフフ・・。父が住む家のローンを払う為に、私も働きました。住宅営業は、パワハラで辞めました。その後は・・服地の店にパートで勤めて、高級服地を買い・・オーダーメイドを習いました。父の住んだその土地は畑にして、果物や野菜、ハーブを植えて充分に楽しみました。これらの事は、私へのご褒美だと思えてなりません。本当にありがたい事でした。その上に・・今迄払った、ローンのお金を返して頂ける!とても嬉しいです。本当ですか!本当に嬉しいですよね!どうぞ!噂ではなく・・本当でありますように!お願いします。世界法ですから、日本も総理大臣が調印して居ると言います。後は発表を待つのみと言うんですが・・その発表も今日か明日かと言い・・1年も経って居ます。そんなに良い世界になるのなら、早くなって欲しいです。何故、なかなかですか?噂によれば・・今迄の勢力の反対が、猛反対があるらしい。お金の為に奴隷のように働いた人達を、開放させる光側の勢力と・・その仕組みを作って、自分達の至福の為に、皆を奴隷のように働かせた人達・・闇側の勢力との戦いだと言うんです。その戦いも終盤だと言って居ます。兎に角・・目先の事でなく、自分の為でなく、将来に向けて皆が良くなるようにと願います。どんなに栄えた王朝も、国家も、千年と栄えた試しがないと云うのに!その子孫は、一市民として今を生きて居ると言います。何を栄華と言うんでしょうね。ですからゲサラの事柄を公にして、皆で話し合う事は出来ないのでしょうか。掛かった年数と犠牲者が多過ぎますね。公にすると、自分達に都合が悪いから、その組織の反対もあるらしい。公にも出来ないのでしょうか?混乱をためらうのでしょうか。検証して頂きたいものです。(ゲサラの事は、よく分からないし、長くなるから、インターネットで調べてください)
今起こって居る戦争も、何の為なんでしょうね。お金?権力?資源?領土問題の為ですか?覇権争い・・世界の皆が、何の為の戦争なのかを考えて見るのはどうでしょうか。ゲサラが発動されると物質的な富から、精神的な富へと移行されるそうです。そうなると・・いつか各国の指導者、大統領の皆様方は、何の為に戦って居たのかな?と、思って下さいますでしょう?多分・・ぽかんとされる事でしょう。そして、プーチン大統領もゼレンスキー大統領も、習近平国家主席も、各国の指導者の方々も笑顔になって居られるでしょうね。恥じらいもあって可愛い笑顔です。と、私は思うんです。ウフフ・・失礼ですか?太古の昔、縄文時代は・・争いのない時代が長く続いたと聞いています。どの様に統治され、人々はどの様な思いで暮らして居たのでしょう・・。
「あの土地、今は如何して居るん?」「うん、まぁね・・」お姉さんに聞かれると、辛いものがあります。お姉さんとお父さんの為に払った長い長いローン、今度は隣に売れと言えますか?半分も回収できませんよ。身内が払って呉れなかった家賃・・今は人様から頂いて居ると云うのに!「隣に買って貰うのが、一番いいよ」またそんな事を言う!いい加減にして下さい。「駐車場にして居るよ。畑にして居る時は、体力あったけれど。ハーブを植えて、グッツを作って楽しかった!お陰でボランティア活動も出来たし、思い出になって居ますよ。柿は、兵庫県の名産・御所柿を植えて居たんよ・・赤く色づいても、渋みが取れなくて・・カラスがね、何回も食べて見ては、アッ渋い!と、ほっ散らかしていた。甘くなれば凄く甘い!!以前、持って来ていたでしょ。でも、足が速いというのか・・熟れすぎるから、市場にはあまり出回らないらしい。無花果も凄く美味しい品種でね。(銘柄忘れました)美味しいジャムを沢山作りましたよ。無花果の木があればこそ。キユゥイも、小さい実が沢山で・・ジャムを作りましたよ。畑があればこそでした。近所の皆様にも差し上げて、喜んでもらいました。これらの事は、我が家へのご褒美だと思いました。神様仏様、お父さんお母さんのお陰です。ありがたいと思っていました。10年間畑にして居ましたが・・夫・治夫が脳梗塞をして、今は外見には異状なく普通の人に見えますが・・用事は全然したくないらしい。左手は左腹で支えている感じです。動かそうと思えば、動くのに。口はべらべら喋って居ますよ。私が家を長い時間空けると・・弟や友人に電話をして居るし・・テレビショッピングで、お試し価格で取り寄せするのが趣味です。一度試して、断るのは私の役目よ。だから・・困ります、まぁ我慢の範囲と云う処でしようか。畑はね、夫が入退院し始めた頃でした・・畑に嫌がらせよ!ハーブに、熱湯を掛けたり・・夜盗虫を投げ入れたり。夜盗虫が異常に多いから分かりますよ。それに、大体ハーブは強い植物ですからね。ユーカリの木が突然に、半分黒くなって枯れたのも可笑しいと思いました。ハーブは薬草として、人の為になって居る植物です。植物にも魂があると思うんです。土地を売らせたい業者と、安く買いたい人達がくるんで居るんです。また、我が家の近所の工事業者からも・・今なら売るかな?情報が入るのかも知れません。(仕事の分け前が入るらしい)夫が病気になって、心が弱くなって居る時に嫌がらせです!とても憎い考え方です。私はこういう時に強くなるタイプです。許せないんです。・・この頃の事です畑は駐車場にしました。柿の木や無花果の木、数々のハーブ達、規格外の小さな野菜も、とても美味しかったです!残念です、惜しかったです。家の事も畑の作業も、主人の世話もあり、一人では手入れが出来ないからです。そうそう、この時の事も言って置かなければなりません。駐車場工事を頼んだ業者(若い担当者)と嫌な事がありました。隣のIさんと組んで、売らせようとして工事を進めないんです。発注者ではなく、買いたい人の為に尽力する事が分かりました。大体買いたい人と組めば、建て替え工事が受注出来ます。売る側とはそれでお終いですかね。私は工事の発注者です。何で私を罵るのでしょう。不思議な現象でした。良い仕事をして貰えると、次の工事もありますよ。と言う意味の事を言いました。・・しかしどうにか工事は済みましたが、擁壁面の補修工事は不満足でした。最後に値引きもありましたが・・使ってない高所作業車、やってない車止めの工事を値引きとしているだけです。文句を言っても、仕方がない人です。しかし駐車場仲介の仕事は、断固として断りました。これから長い付き合いをお願いするんですから・・信頼できるお店でないと困るからです。私がチラシ配ります。近所に心当たりがあります。宅建主任の資格あります。と、体よく上手く断りました。若い担当者は仕事の勉強になったでしょうか。人の大事な不動産を扱う仕事をして居るんですから。人の想いも受け止めなければなりません。今は別の店にお世話になって居ます。その店は、信頼できる仲介業者さんで良かったです。
その後1年程過ぎましたか・・訃報を聞きました。○○さんのご主人様は、突然に他界されたそうです。遅くなりました・・お供えをお持ちしましたが、受け取られなかったです。病名は心筋梗塞との事です。何故か私は・・ユーカリの木が枯れた時は、まだご主人様の声が聞こえて居たのに、その後突然に・・何故か思って居ました。誰にも言っていません。とてもお気の毒な事ですから。
「買いたい人が居る時に売りんさい。お隣に買って貰うのが一番いいんよ」姉は平気で、それを私に言うんです。まだ貸家は空いて居るん?この前来たのは、5年前だから・・時々空き家になるんですか?姉さんに売りんさいと勧められると・・私、病気になりそうに辛いです。代替え地と言う、提案もなく嫌がらせでしたよ。安く買う方法ですね。酷い考え方があるものです。それに、お隣さんの西側の家、売りに出て居ると云うのに!何故に私の土地を狙って居るんですか?可笑しいでしょう!両隣から狙われているから、私も大変です。で・・1週間では気になるから、5日か6日に一度買い物の途中に掃除に寄って居るんです。駐車場と前の道路と下の段の道路・・従って、両隣の道路半分を掃除します。その方法で、今は嫌がらせは納まって居ます。自分の利益しか考えない、困った人達が居るんです。姉さんも含めてです。
不動産を売ったり買ったりするのは・・多分人生で1回か2回でしょう。初めての経験かもしれません・・だから皆、業界が分からない。騙されたり、利用されたり、押し売り、無理に売らせたりです。一人の業者さん任せは、危ないかも知れません。もちろん親切な良い人も居られます。
私思うんです・・何度も買ったり、売ったりする日常の物・・洋服とかお菓子とか野菜とかは・・多くの人の力で育てられて、浄化して良い品、良い店になります。良い店が繁盛して居ますよね。だから私は、皆さんに不動産屋の不信を知って貰うと良いと思うんです。お店も人も、不信な工作をしなくなる。信頼を得て、少しづつ良くなり、繁盛するかも知れません。(不況で悠長な仕事は出来ないと言われるでしょうか。それとも、努力して貰えるでしょうか)
10年以上前の事です。・・東京在住の、友達の里の家が売りに出されました。以後この地には、兄弟共に帰る事は無いと決まって居ました。1年経ち2年経っても、その家は売れませんでした。ようやくやっとの事で、お隣さんと契約となったそうです。随分安くして・・仲介料を払って・・税金を払って。友達は落ち込んで居ました。後からの事です、その売り物件の新聞広告には。○○町西〇◇番地の△と掲載されて居ました。本当の番地は・・○○町東〇◇番地の△でした。西ではなく、東なんです。間違いに気が付く人も、親戚も居なかったのです。なかなか売れなかった物件を、契約の後にそれを理由に覆す事に気力が無かったのでしょう。でも、工作した関係者には、しこりが残って居る筈です。業者さんは、こんな裏技もあるんです。いいえ!いいえ!お茶の子さいさいです。日常茶飯事ですかね?
「さてさて私、帰りますね・・一応鍋焼きうどんの準備をして居るから、二人で作って食べるでしょう。心配だから早めに帰ります。買い物もあるし・・お元気でね」長い瞑想?迷走?をしました。会話をしたのは「 」内の部分だけです。
その後は、いつもと変りなく毎日が過ぎて居ます。只、非通知設定の無言の電話・・すぐ切れる電話が多々あります。以前からも、非通知設定の無言の電話はありました。お姉さんからでしょうか。お姉さんは暗号を使う人になりましたか。どういう意味なんでしょうか。私・・どうして良いか分かりません。姉さんと私は、元の鞘に収まる事は無いでしょう。お姉さんは、子供の頃から元気でした。だからこれからも・・元気で長生き出来ますよ。老後は、高級施設入所も考えて居るのではないですか。私はどうでしょうね。やっとのことで、毎日を生きています。夫・治夫の事で、一日の大半が過ぎます。後は子供達の為に・・治彦と詩織の為に全力で生きて行きます。子供達の心の支えになります。お姉さんとお父さんの為に使った、時間と想いは・・子供達の為に向けます。今迄出来ていなかったから、反省です。私も充実した老後を送りますよ。
⑧ 10月〇日
北入りの玄関前に造って貰った花壇は、とても重宝して居ます。家の北側ですから、どの家も蔦とか、紅葉とかの木々、石灯篭そして門扉を造って居られます。我が家は当分の間・・造園工事をしませんでした。家だけ建てて貰って・・私が会社を辞めたものですから。何とかやり繰りして、玄関前に花壇と、ポーチ、そしてフエンス工事を25年位前に発注しました。それ迄の間は、煉瓦で囲ったり、プランターに花を植えて楽しんで居ました。そうすると・・春から夏、秋にかけては、玄関側にとても優しい採光があるんです。この団地のこの通り・・春夏の期間、太陽は家の北側を通って、西に沈みます。冬の間は、家の南側を通ります。畑にして居る所は、野菜が良く育ちます。ホーレン草、チンゲン菜などは、種をびっしり撒いて、間引いて食べます。(狭い畑で野菜を育てるコツ)いろいろレタスは、やわらかいですよ。家の西側は、風通しも良くて、日陰ですから・・芽出しのトレーを置きます。季節になると、種蒔きとか差し芽をすると・・殆ど成功します。芽が出てくれて、ありがとう・ありがとう。ペチュニアさん~まだですか、そろそろ芽が出て来てよ。おーいおーい、まだですか・・。独り言を言います。その時お金が無かったから、ありがたい物を頂きました。日照です。住んで実証済みで造りましたから、北側の花壇はとても重宝して居ます。その上、通る人が見て下さいます。「綺麗にしておられますね・・楽しみです」とか言って貰えます。嬉しいものです。
その時造った、木のラティス(格子状の柵)がそろそろ傷んで居る事、気付いて居ました。でも・・もう少し、持てそうでした。登る習性のある花で隠して、我慢して居ました。しかしある朝、そのラティス・・壊れて、道路に落ちて居るんです。そう簡単に、道路に落ちるものではありません。上板のネジを外さなければなりません。その後ラティスを外すには、柱にある溝を確実に平行に上に揚げなければ外れませんでした。ですから、手慣れた人が(作業者)壊れて居るのでついでに、態と壊したのだと思いました。そんな風習あるようです。ですからこちらも、1ヵ所ラティスを外すよりも3ヵ所外す方が自然で良い・・。そして、ラティスを花壇より奥・・家に立て掛けました。その間にプランターが1列置けます。花壇の花が、全部見えるし、広がって良かったと思いました。支柱が残っています。取らなければ、と思いながら・・自分では取れません。(お金幾らかかるかな?)そのままにして居ました。そうして居ると・・勢いの良い、紫ペチュニアが支柱を登り始めました。ペチュニアが登るん?凄い!と思いました。株が大きくなると、支柱に括り付けました。支柱も使い手があります。このままにして置くのもいいかも知れません。春にはスイトピーを植えて、夏には朝顔などに役立ちます。ウフフ・・ウフフ・・工夫です。楽しいです。
態々壊した作業者さん・・残念!工事が入ると思って居た事でしょう。ラティスが壊れて、道路に落ちて居た日・・それを見て居た私に、時を待って居たように、最初に挨拶をして通った人・・この工事をした会社の社長さんでした。(ご用命では・・)そして、ラティスを外して居ると、手伝ってくれた人・・どうするのかを探って帰りました。なんか嫌なんですよね。それに25年前・・造園工事は計算間違いがありました。輸入ブロックだから返せないから、他に使ってくれと言うんです。ブロックを削って、他のケ所の工事もして貰いましたが、大いに不満足でした。削ったり、割ったりした輸入ブロックが散乱して居ました。割ったブロックは捨てるんだと言うんです。(惜しげもなく)捨てるには、愛おしくて・・自分で余地の敷石にしました。フェンスの飾り物は減らして、出費を少しでも減らしました。同じ町内ですから、不満足工事を人には言わずに、こちら我慢して居るのに!この社長さんは「この工事は、儲からなかった!」と言う始末でした。子供のような事を言うんです・・。子供に怒られますよ!そんな失礼な事は言わない!社長さんは、忘れて居るんでしょうか!せめて、次の工事は遠慮して下さい!ましてや・・小さなラティスの取り換え工事など、儲かりませんよ!それとも会社は、それ程困って居るんですか?いえいえ・・きっかけにして、あれこれ工事を勧めるつもりでしょう。だから、そのままでいいんです。今は我慢して居ますから。
⑨ 10月〇日
「お父さん、もう少し体調良くなったら・・詩織の処に遊びに行きませんか?生活見るだけでもいい。体を無理して居るかも知れん・・」「うん・・行って見ようかの」「歩く練習するんよ。公園から、少し遠回りして帰りんさい」「今日はゴミ出ししたぞ・・」「新幹線で、行き帰り一泊しながら、オムツして、ウフフ・・東京まで行けるでしょう」「ハハハ・・どうかの?」「今すぐではないから、目標ですからね。横着をすると、もう行かれん事になるんよ!」「・・・」「ウフフ・・今度の土日、公民館祭りあるようですよ。行って見ませんか。絵手紙、習字、コーラス・・お父さんでも出来そうなサークルがあるかも知れん。探しに行こう。家で、パジャマのままでテレビを見て・・1日終わりだから体に良くないよ。何日か何曜日か分からなくなって・・惚けが始まるんよ。行って見よう!」「行って見るかの」やっとの事で決まりました。それに娘詩織の事が気になるんですね。いつも我が家は、物事がなかなか決まらないんです。これが脳梗塞の病後と云うものでしょうか。
「詩織の所へ行くのは、もうちょっと待ったら・・豪華に行って帰られるのにな」「えっ!・・ありがとう。けれども待ちくたびれました。それに私、貧乏でも工夫して楽しんで生きているから。お金上手く使えないかも知れない」息子・治彦はゲサラが発動されると・・給付金が入ると言うんです。「でも、皆にも入るんでしょう・・我が家は、並行して貧乏のままなんでしょう?でも、待って居ますよ。ありがとう。まぁ・・お父さんも今から体力作りですから、給付金、間に合うかも知れんね」治彦は、ゲサラが来る・・今日か明日かと、信じて疑いません。親が疑うと気に入らないので、穏便にしています。待って居て良いのでしょうか。
昔・治彦は『ノストラダムスの大予言』と云う本を買って来て、信じて疑わなかったです。中学生のころです。現実逃避する性質があるんでしょうか。結果は、1999年7の月・・何も起こりませんでしたね。反省の言葉も、説明も何も無かったです。この時、親も一緒に考え、手立てする事でしたか。このゲサラの対応に似ているような気がして居ます。もう50歳を過ぎていますが、私が育てた息子です。何としても・・良い方向へと念じるばかりです。
⑩ 11月〇日
昔昔の事です・・あるニースを聞いたのは、私が高校生の時でした。宇宙飛行士、ガガーリンの有名な言葉・・地球は青かった・・。大気圏外から初めて地球を見た感動の言葉です。それを聞いた私は、何と美しい地球なんでしょう。素晴らしい、凄いです!・・海の青でしょう。野や山の青なんでしょう。この頃それに・・草の上に落ちた朝露の光る青を・・人々の営みを加えました。
ロマンチックに夢を広げて居ました。この青い地球を守らなくてはなりません。子供達の為に何としても守り、残さなければなりません。
今から60年前(1961年4月12日)・・旧ソビエトの宇宙飛行士、ユーリー・ガガーリン氏が人類初となる宇宙飛行に成功した。その時発した「空は非常に暗くて、地球は青みがかっている」日本語に直訳することで・・地球は青かった・・ロマンチックなニュアンスになり、ガガーリンが実際に言った名言として広まった。と、言う事です。近頃スマホで調べました。
この場合は、美しい名言となって広がりましたが・・。訳す事で、人を介して伝える事で、介した人の思惑が入って・・悪い方に伝えられたり、全然違う意味になって伝わる事もあります。ゲームにありますね。7~8人位のグループを作って、最初の人にある事を伝えると、次の人はその事がになり、次の人は何とかという事になり・・最後の人には、全然意味の違う事が伝わって居た。正確に伝わる事は先ず無いらしいです。人の間に生きると云う事でしょうか。物事を確かめながら対処しなければなりません。争いごとの始まりは・・小さな言葉のニュアンス・・人の小さな思惑が入る・・かも知れません。でも!ニュースだけは中立で、本当の事をお願いします。世の中全てを疑って掛かる事になります。過去にもありましたね。第二次世界大戦の最中・・日本軍の大勝利を連日報道されて居ました。国民は勝利を信じて、疑う事は無かったのです。戦地に赴き戦い、尊い命を落とされた人は何人でしょうか。あまりにも酷いです。本当のニュースが報道されて居ましたら・・(皆は識字があり、良識があります)早くに負けを認めていたでしょう。原子爆弾投下も食い止められていた筈です。負けを認めると云う事・・美しいと思って居ます。日本の文化、囲碁・将棋の対局の姿を見て感じています。
何のための戦争なんでしょうか。人口削減の為ですか?それこそ・・可笑しいです。人は、素晴らしい知恵を限りなく持って居ます。一心に働く事が出来ます。特色ある文化を創り出します。生活を受け継ぎ、子孫に残します。人は宝と云う事を挙げれば際限がありません。領土、権力、際限ある資源を奪う為に戦っているんですよね。無限の可能性を秘めた、大切な人を亡くして・・何を求めて居るんでしょう。指導者はカスを求めて居るんですね。住む人のいない領土。従う人のいない権力。使う人のいない資源を求めて、何の為に争いをするのでしょうか。人こそ宝ものではないでしょうか!
⑪ 11月〇日
詩子は10歳の時、故郷を離れて広島市内に移りました。小学校は全校生徒2000人のマンモス校に転入しました。去年までは教室が足りなくて、2部式授業でしたとか・・。今年突貫工事で、教室は増築されたそうです。原爆投下後10年経って居る頃です。市の中心地とを隔てて居る、低い山のお陰で・・爆風は遮られて、家屋の倒壊は免れました。しかしながら・・家の歪には大修理が必要であったそうです。黒い雨とか土壌汚染とか言う放射能の話は、大人の話として傍で聞いて居ました。詩子は体が余り丈夫ではありません。保健室で少し休んでは、教室に戻るという日もありました。街の生活、環境に慣れるまで・・少し日数が掛かりました。他の事は、余り覚えていませんが・・一つだけ気になる言葉がありました。
『笑顔で挨拶をしましょう』です。先生方はそうして、廊下で指導されるんです。隣のクラスの先生にも「先生、お早うございます」「はい、お早うございます。はい、お早うございます。もう少し、にっこりすると可愛いよ!口角を上げて」生徒達はニッコリして・・「先生お早うございます。皆さんお早うございます」「はーい、お早うございます。皆さんお早うございます」
あれから・・長い年月が流れ、私も人生最終章になりました。いつ痴呆症になるか、いつお迎えが来るかと、云う年になりました。ですから、書いて置きたいんです。・・あの笑顔の指導の事です・・。本を読んだりすると、何となくその意味が分かる気がして居ます。
ある本には・・人は病気になってベットに寝ていても・・何も出来ないけれども、出来る事が一つあると言うのです。にこやかな顔で人に接する・・。この事に通ずる教えを、子供達は頂いたのでしょう。
和顔施という仏教用語があります。(インターネットで検索)人と会う時には、穏やかに、にこやかに、笑顔で接するということ。難しい顔で接すると、相手も難しい顔になる。
子供達の笑顔は、地域の人達の心を明るくして、どんなにか和んで貰った事でしょう。
子供達の笑顔は、戦後の経済不安、原爆症の後遺症・・家族の悩みを、どんなにか和らげた事でしょう。先生方の優しい眼差し、子供達への思いやりが感じられてなりません。
この地には・・広島高等師範学校が1902年(明治35年4月)設立されて、男子教員を養成。全国に著名な教育者を輩出しています。
この地には・・安芸門徒と云われる、信心深い多くの門徒さんが居られました。
水を下さい。水を下さい。と言いながら亡くなっていく人をそのままにして・・。地獄を見るような光景でした。生き残った人もまた、心に深い痛手を受けて居られるのでした。100年もの間、この地には草木は生えないだろうと噂されました。けれども次の年・・夾竹桃の花がいち早く芽吹き、アオギリが芽吹きました。それに子供達の元気な笑顔は、どんなにか人々を勇気づけた事でしょう。人あればこそ!この地に、知と愛があればこそです。お陰様で早くから・・この街は美しく復興して居ます。(現在は戦後79年です)そうそう・・中学校の数学の時間・・授業の大半は冗談なんです。笑って笑って、最後に方程式の問題を一つ解くんです。頭の中(悩み)を空にして、問題を解かなければ、当時授業にならなかった。その先生から聞いた事があります。高校の数学の教師もまた、ユーモアたっぷりの先生でした。お陰かも知れません・・私達同級生が集まれば、ユニークな時間になります。しかし近頃は・・一人減り、また一人減りです。「三途の川みんなで渡れば怖くない。なのに!・・アハハ!アハハ!」
⑫ 11月〇日
姉・麗子とは、年の離れた姉妹ですから・・出会った人達も、そして考え方も違います。それぞれ自分の尺度で人を見ますから・・もう違う世界に居るんです。姉にも母の魂が心配しながら見守って居る筈ですから、姉の事は、一旦ここでおしまいにします。我が家の事で大変なんです。
娘・詩織の事は・・何としても力になって上げたいです。私の母は亡くなってからでも、私を見守り導いて下さいました。母の魂は、か弱い蝶になって私を見守り、そして導いて下さったのです。最初に母の魂だと気付いたのは、母があの世に旅立って2年位経って居ましたか・・泣きながら母の墓迄歩いた日の事です。村の入り口の、高い木立から二頭の蝶が、メロディーと共に舞い降りて来ました。蝶はまさしく一心に、高くなり低くなりして、おいでおいでをして居るんです。詩子の目の前、少し高い処でした。涙がボロボロと零れ落ちました。墓への登り口に来た時です。秋の空高く、吸い込まれるように消えて行きました。お母さん~お母さん~涙を流しました。詩子は涙を流して・・少し元気になりました。もう一つ忘れられない光景があります。夫の転勤から帰った時ですから・・詩子は40歳を過ぎて居たでしょう。5年間お墓参りもご無沙汰しました。母の墓に通じる道で、入り口付近です。若い頃見た、あの蝶々が舞い降りて来た辺りから・・眼鏡をかけた婦人が歩いて来らて居ます。「あれ!」普段着の着物を着て、白い割烹着姿・・下駄ばきでしたか?そして割烹着の下の手に、何か隠し持って居られます。母の仕草と同じなんです。「あら!!」婦人はだんだん近づいて来ます。母にそっくりそのままの婦人です。まさか!お母さんと言っていいかな。如何したらいいかな?まじまじと顔を見ながら通り過ぎる処でした。「お帰りなさい・・」母の声がしました。「えっ!」婦人はニッコリして居られました。「ただいま・・」ちょっと肩を上げて、恥ずかしそうに答えました。詩子もニッコリして通り過ぎました。お供えの花を持って居たから、分かるんでしょうか。やっぱり、墓の中のお母さんの魂だから・・かも知れない。詩子は少しして、振り返って見ました。近くの人と立ち話をされて居 るそのご婦人・・横顔も後ろ姿も母に似ていない、別の人になって居られました。後日その事を叔母に話して見ました。信心あるその叔母は「その時だけその人の体を借りて、お母さんが迎えに出て来て下さったんよ」と云うのでした。あと一つ・・崖の下の草地に、不思議な動きをする蝶を見た時です・・。何故か私は「次元が低いよ。上手に世の中渡りなさいよ!」と戒められたと思いました。あの形見の着物を返して貰った時です。その後私は、勤めていた会社をパワハラで退職しました。52歳の時でした。未練などありません。しかしですね・・家のローンを抱えて居まして、やりくり大変でした。最近感じる蝶は・・一人で畑仕事をして居る時です。スーッと、時にはメロディーと共にポロローンと・・。「お母さん今年、野菜の芽がなかなか出ませんね、どうしてかね?苗から植えたゴーヤは、小さい実が3っしか出来ないし、隼人ウリときたら・・全然よ、花も咲かないんよ。小さい畑に植えてあるんだから、気を使って欲しいですね。申し訳ないから、精一杯実を付けて上げよう。とかねぇ。温暖化・異常気象ですね。植物にも、寒さ(厳しさ)必要なんですね。この頃野菜が高いから!それにね、これ以上柔らかい野菜は無いかな?と云う程・・柔らかいホーレン草、リーフレタス出来ますよ。採って直ぐですから、美味しいですよ。昔話や神楽にもある・・若い娘をさらって食べる鬼の場面・・気持ちはこんな感じかな?ウフフ・・。間引いた野菜は小さいから・・ホーレン草、春菊、チンゲン菜、三種を一緒にして、豆腐で嵩を増して白和えを作りました。副菜一品出来ました。夫と息子に食べさせたくて・・。「家で採れた野菜よ、初物よ」とか食卓で話題になります。まぁ此処で今更言わなくても、お母さんには全~部分かって居ますよね。仏様ですから。
随分前ですが、運転しながら聞いた・・7円の詩・・と云うラジオ番組を覚えて居ます。葉書が7円でした頃から続く長寿番組なんでしょう。葉書で投稿された話題を紹介している番組です。担当は、永 六輔氏でしたか?運転中で、書き留められませんでした。内容は・・この世に生きている人が、亡くなったその人を思い出すと・・この世で働くことが出来ると言うのです。この世に来りて人々を救済、浄土へと導いているそうです。だーれも思い出して呉れなくなると・・本当に死ぬのだそうです。と云うような事でしたか?・・近頃読んだ本、それにスマホで検索してみました。
弥陀の回向成就して 往相・還相ふたつなり
往相回向・還相回向
「往相」とは「迷いの世であるこの世から、清浄なさとりの世の浄土に生まれて行くすがた」(相)
「還相」とは「浄土に生まれた者が、この迷いの世に還りきて人々を救済し続けていくすがた」(相)
阿弥陀様の救済の力が(本願)、私たちに向かってはたらき続けること。(回向)(本願力の回向)
とか言う事らしいです。
ちょっと聞いた話ですが・・阿弥陀様の浄土は、空っぽ・お留守なんだそうですよ。何故かと云うと・・浄土に生まれ、仏様になられたら・・この世に還って、私達のために忙しく働いて救済、さとりの浄土へと導いて下さって居るからだそうです。
やっぱり・・母はあの時、本当に私のために働いて下さって居たんです。ありがたいです。姿は・・か弱い蝶になって・・力強く咲く日日草になって・・美しい虹になって・・そよ風になって・・可愛い小鳥のさえずりになって・・。私を支えて居て下さいました。ありがたい事でした。
⑬ 11月〇日
私の母は死して尚・・魂は、か弱い蝶になって私を守り導いて下さいました。私は娘・詩織を守り、導く事が出来るでしょうか。娘の様子が心配なんです。ガミガミと我が家を指導して帰るんです。洗濯物干しが如何じゃぁ・・味付けが如何じゃぁ・・我が家の味付けは、昔からこうなんです。今更言うのは可笑しいですよ。職場では上手く行っているんでしょうか。家庭は上手く行っているんでしょうか。気持ちを楽にさせて上げたいけれど・・私、未だ仏様じゃないから。メールや電話で穏やかに接する事を試みます。『焦らずに、葉月ちゃんの姿勢を治して上げてください。親がパニックになってはいけませんよ。今なら治りますよ。それにお仕事大変なんでしょうね。春に・・お父さんと一緒に伺いたいと思います。私達、目標が出来て良かったです。お父さんは毎日リハビリするようになりましたよ』とメールして見ましょうか。如何でしょうか。今、何か言うとイライラするんでしょうか。『お父さんはリハビリしていますよ。暖かくなったら・・詩織ちゃんの処に、遊びに行きたいからです』にしようと思います。あれこれ言わなくてもいいかも知れない・・。親は、家庭を見るだけで安心します。
息子・治彦は・・ゲサラが来るからと言うので、働かないで一日中インターネットに向かって居ます。「何をしているん?分かるように説明をして欲しいよ」「何度も言ったけれども・・分かって呉れない~」と言うんです。私もインターネットで検索してみました。(確認の為です)噂ですか?ありますね・・ゲサラは今日か明日か、いや発動されたとか・・!でもニュースで、ゲサラの事は全然出て来ませんね。どうなって居るんでしょうか。世の中の常識は、非常識だった。世の中の非常識は常識かも知れない。世の中をよく見ましょう。とか・・。如何したものでしょうね。本当の事が分からない!困りますよ!本当に良い世界になるのなら・・公にして・・皆で協議して、良い方向に出来ないものでしょうか。それぞれが損得抜きにして、皆のために。将来の世界の為に、考える事は出来ないものでしょうか・・。
そうそう・・そうですね。それが出来ないから、今、戦争をして居るんでしたね。
私の宗教は南無阿弥陀仏ですから・・南無阿弥陀仏と念じます。それぞれの、よりどころとする宗教で、お念じしましょう。「本当の世の中になりますように!」
⑭ 11月〇日
ですから、どうして皆、あんな事をするんでしょうね?意味が分からないんですよ。と書いて居るんです。良い悪いと言うのではなく・・只、書くだけです。読んだ方の判断で、良い方向になるかも知れません。世の中には、こんな事をする人が居るんだ・・と、広く知って頂くのも良いと思うんです。参考にして、高く大きな考え方の出来る人になって下さい。知らなかった私、詩子はこれからやり直しですね。人生最終章・・まだ間に合います。
姉・麗子との関係も修復できないで終わります。仕方ないですよ。人は皆・・自分が正しいと思って居るんですから。価値観が違うからですね。姉は姉の価値観で正しい。私は私の価値観で正しいと思って居ます。いつか、もしも私の文章を読んで、詩子の嫌う処は何か?嘘や引っ掛けかな・・気付いて貰えるかも知れない。と思っています。
近所の人達も、何だか分からない事をして居ました。花壇の、古くなったラティスを外した人。壊れかけて居たから、ついでに壊したんですね。後の行動でも分かりますね。工事関係者が、仲間の為にする、その風習よくないです。ラティスは外して、プランターをお置いて居ます。工事は頼みませんよ。
ずっと以前の事ですが・・我が家で、黒い猫がリンチされた事がありました。ニャーニャー鳴く猫と、ペタペタと突っ掛けの足音・・。そお遠くない処から、だんだん近くに聞こえて来ました。当分猫はニャーニャー我が家の隣?で鳴いて居ました。クーラーは息子の部屋とリビング、2台かけて居ましたから、隣の事だと思って居ました。少しして・・またペタペタという、突っ掛けの足音が近づいて来ました。そして・・ギャギャギャ猫は喧嘩して、噛みつかれたようです。人が塀を飛び越えた音がしました。でも・・隣の事ですから、我が家は平安でした。暑い夏の日でしたから・・畑の様子も見ないで、何日か過ぎました。ところがです・ところがです・・我が家の南天の木に、蔦に絡まって黒い物が掛かって居るのを見つけました。よく見ると・・猫なんです。猫が死んで居るんです。目が飛び出た顔が、地面に転がって居ました。どうして此処に居るん?隣の筈よ!と思いました。夫が区役所に相談すると・・お昼前には取りに来て頂けると云う事でした。可哀そうです・・小さな箱に入れて、白い不織布を掛けて上げました。そしてこの事は誰にも・・言いません、黙って居ました。
この話・・出来過ぎて居ました。何の為なのか不思議なんです。数日前・・旅先のホテルで寛いでいる処へ携帯がなりました。「あの~今いいですか?今度、○○先生の集いがあるんです。参加してください」勉強会の世話人からでした。「えぇと・・いつですか?」「今度の木曜日・11時です」「ちょっと無理ですね。明後日は花火大会を見て、その後は温泉に一泊して・・東京の娘の処に泊まります。主人はもう一泊します。私はお友達と会って、一足先に家に帰ります。集いの当日ですから・・参加出来ません。すみません」「分かりました。気を付けてね」「ありがとうございます」と云う事で、電話を切りましたが・・いつ私が帰るのかが分かります。それに夫は1日遅れて帰る事・・。(リンチ用の猫を捕獲したけれども、当人は留守である事を指示役に相談)そんな訳で・・木曜日の夜に決行となったのでしょう。息子は家に居ましたが、主人は居ません。怖がらせて、手下にするには格好の日です。只・・その策略を受け取る方は、極楽とんぼでした。おまけにお土産を届けて、主人は明日帰るんよ。と付け加えて居ます。ウフフ・・。猛暑でした。クーラーを掛けて居ましたから、物音は遠くから聞こえて来るように思いました。そして気が付いたのは、1週間位過ぎて居ました。暑いから畑の様子は見なかったからです。犯人はヤキモキした事でしょう。その後も騒がなかった。黙っていたから、当てが外れた?というか・・。こういう事も、神様・仏様・母の仏様に守られて居るんでしょうね。
区役所に引き取って貰って、2~3日過ぎた頃の事です。夫・治夫とお茶して居ました。「○○さんは、何で我が家で猫をリンチしたんじゃろうね?」「はぁ?」「黒い猫のリンチ!よね」「はぁ?わし知らんで」「えぇっ!お父さんが、蔦を切って猫を外してくれたじゃないね。お父さんが区役所に電話して頼んだよ。何で知らんのね?可笑しい事を言うね」死んだ猫を詩子に見せないように・・下ろして居ました。見るなよ・見るなよ・と言いながら、治夫の声は震えて居ました。なのに・・何故に知らんと言うんでしょうね。「私、見たんよ!」と、怒ったように言って居ました。見たのではなく、若い人の足音を聞いたです。しかし前後の有様と後の行動で、確信を持って言いました。近所に波風を立てるのは良くないからか。しかし外で言う訳ではないのに!家の中で、夫婦の会話で誤魔化しが入るのは、とても嫌な気持ちになりました。夫は何を思って居るんでしょうか。誰かに操られて居るんでしょう!多分あの人・・車の中で、身の上話を聞いてあげて・・丸め込まれたんでしょ。私はこの辺りの、何と云うか・・考え方を改めて上げたいんです。猫をリンチした事を胡麻化したらいけません。そのままで仲良くしよう。とは、何事ですか!今迄成功して居るから・・するんでしょうね。皆は分かって居るんですよ。分かって居て従って居るだけです。その人は偉いから・・面倒くさいから・・適当にあしらわれて居るんです。どちらがいいですか。悪い風習は止めますか。それとも・・嫌われて、適当にあしらわれますか。
この話、面白い続きがあるんです。ある日の事・・夫・治夫は、公園ゴルフの帰りらしい、婦人と立ち話をして居ました。介護用の車椅子を載せる為に、車を改造して貰うらしいです。その作業を見守りながら、夫と婦人はいつ迄も・・何の話があるんでしょう。こちらも見ないで、長い事立ち話をして居るんです。私は夕飯の支度に取り掛かる時間です。花壇に水を撒かなければなりません。立ち話が偉い長いので・・足元にホースの水を掛けてやりました。「この忙しいのに!水ぐらい撒きんさいや!家の用事をして下さい!」「ウハァ!怒られた!水を掛けられた」治夫は笑いながら、家に入りました。そのご婦人も「それでは・・」と言って帰られました。夕飯前に聞いて見ました。「さっきのご婦人はどなた?」「うん・・○○さんのお母さん」「フ~ン・・」よく知っている人でした。可笑しいね?私を見ないで、挨拶もしないで・・立ち話をするんでしょう。何で?・・
変装して迄・・○○さん宅は、見間違いもある事を知らせて居るんでしょうか?可笑しい。面倒くさい。悪事を証明している!夫・治夫にだけ「私、見たんよ!」と嘘を言って居るのに!夫はそのグループに操られて居ると思いました。何のために?詩子に年寄りの介護をさせたかった?して貰うではなく・・させる為に!怖がらせて、人を安く使う?普通では考えられない行為でした。介護保険で、家事もして貰えると云うのに‥何で詩子を使いたいんですか?何で?と、また振り出しに戻ります・・。余談ですが、その変装スタイル(帽子の下にタオルをかけて顔を隠し、目だけ見える)は以後、秋の終わり頃迄続いて居ました。
⑮ 12月〇日
以前にも、この不思議な考え方をする人達に出会った事があります。10年以上前の事になりますか。詩子は施設の屋上ガーデンに、花を育てるボランティアをする事になりました。屋上の入り口には、先輩ボランティアさんが担当する、花壇がありました。詩子は新参者ですから、奥にある花壇を担当する事になりました。花壇は・・高さ70センチ位、幅80センチ位・・長さは6メートル位かな?花壇の東側一列には、高さ1メートル位に剪定された植栽がありました。植栽の前には、紫の粒粒の花を咲かせるヤブランが植えてありました。それに草です。「此処に植えて下さい」「はぁ?此処ですか」「ヤブランは抜いて貰っていいですから。肥料は買って置きます。隣の花壇のSさんと一緒に使って下さい」「分かりました。よろしくお願いします。ヤブランは他に移植して置きますね」担当者は看護師さんの仕事の傍ら、ボランティア担当もして下さるらしいです。事務所は2階にあります。花壇のその土は硬い硬い・・。ヤブランを抜いて、土づくりから始めなければなりません。スコップで深く掘って、家にある牛糞、鶏糞を入れて見ました。硬い土を何とかしなければなりません。思い付いて、籾殻を入れて見ました。半年後には、土は多少はフカフカと軟らかくなるでしょう。植える場所は、植栽の前ですから、幅40センチ位しかありません。詩子はハーブの資格を持っていますから『ハーブガーデンを作ります』と、事務所にも届けて居ます。ハーブの大体の種類は育てて居ました、株分けすればいいのです。日当たりを考えて、盛土の区画を造りました。ハーブだけでは見た目、寂しいから・・間に背丈の低い、パンジー、ビオラ等植えるつもりです。という段取りをして帰りました。
ところがです・・2~3日後に屋上に行って見ると・・籾殻がぶっ散らかって居ました。あれ!あれ!どうしたん?・・雀の悪戯です。籾殻で遊んだようです。籾の中の米を探したのでしょう。入所者さん、施設の方に申し訳ないです。辺りを綺麗に掃除して、事務所にお詫びをしました。「雀に土を耕させて居るのかと思いました。ウフフ・・」「すみません。掃除しました・・雀が悪戯に来るとは、思いもしませんでした」(雀に耕して貰うのもいいかな?ピーチク、パーチク、ペチャクチャ、ピーチク・・おしゃべりしたでしょうに・・)直ぐに家に帰って、釣り糸を持って来て、花壇に2本張りました。雀は出られないと思そうです。身の危険を感じて、来ないそうです。畑で野菜を育てて居た時、習得しました。
という始まりで、屋上ガーデンのハーブボランティア・・1年過ぎました。花壇の前列には、花手鞠の赤い花を並べました。家の花壇と同じです。差し芽で根付きます。赤い花が垂れ下がりますから、喜ばれました。ハーブは、レモンタイムから始まって、隣はスペアミント、マジョラム、ペパーミント・・と続きます。間には秋から冬・春まではパンジー、ビオラを植えました。花壇の裏・・草茫々の処、大きな草だけ抜きました。とてもスッキリして良いです。お客様に、花だけ見て下さいね。とは言えません。周りの草も目に入るからです。そうこうして居る内に、施設の方も対処して下さって・・広い屋上綺麗になりましたよ。朝の散歩をする人・・家族と語らう人・・お弁当を食べる人・・ハーモニカのメロディーも聞こえて来ました・・。此処でボランティア出来て良かったです。ありがたいと思って居ました。
1年過ぎたある日の事です・・屋上に上がって、担当花壇を見ました。あれ!?不思議な予感がしました。そこには、隣の花壇担当者、Sさんのマスコット・・子豚のマスコットが来て居るんです。何でだろう?何でだろう?まぁ元の定位置、隣の花壇の中ごろに返しました。それから忙しく水を撒き、パンジーの花柄取りをします。全体の様子を見て帰ります。帰りがけに気が付いたんです。子豚のマスコットが来ていた処、その下にダンゴ虫がいっぱい・・今にも広がる処でした。あれれ・・掬ってビニール袋に入れて、家に持ち帰りました。半分は掬ったでしょう。もう少しで手遅れになって、花壇に広がる処でした。
次の週・・隣の花壇担当者、Sさんに出会いました。詩子は怒って上げたんです。プンプン「入所者さんが教えて下さったよ!マスコットを置いてね!プンプン、ダンゴ虫は掬って持ち帰りました」罰にとは言いませんでしたが「花壇の向こう・・草の生えてる所、大きい草だけ抜いたらいいのに。プランター置けますよ」「はい・・」Sさんは神妙にして居ました。すみません。と言ったかどうだか忘れました。その後も、Sさん担当花壇の向こうは草茫々で、一向に綺麗にはなりませんでした。その後の事です、水撒きをするボランティア・Yさんが現れて・・不思議な考え方は、だんだんエスカレートして行きました。
今頃になって思うんですが・・あのマスコットを置いたのは、Sさん本人でしょうと・・。分かるようにしておく。(そお云う風習もあるのかな)引っ掛けですかね。もしも詩子が、そのダンゴ虫をSさん担当の花壇に返したならば・・。現場を押さえられて、手下にされる処でした。とても嫌な考え方です。もしかしたら・・皆、知って居るんでしょうか?知らなかったのは、詩子だけ?そういえば、あの日(ダンゴ虫がマスコットの下に)Sさんは、詩子と入れ違いに帰って行きました。姿を遠くに見ましたので、挨拶もしませんでした。
水撒きをするボランティア・Yさんは、施設の近くに住んでいる人で・・透き通った緑色の大きな翡翠の指輪を指に直していました。作業するには、不釣り合いの指輪でした。心当たりがありましたので、聞いて見ました。「○○会の方ですか?お嫁さん宅に伺った事があります。マンションから、お宅が良く見えましたよ。私の近所のFさんから、お宅の事を聞いて居ます。宝石のお店もされているとか・・」「・・・・・・」「私、今は○○会辞めていますよ。貴女は、中学校の先生をされていたんでしょ」「・・・・・」これから起こる事をお嫁さんに、近所のFさんにも訴える事も出来ましたが・・家の中をかき乱す事になるし、面倒なのでそのままにしています。
10月中旬、花屋さんの店先に、漸くパンジーの苗が並び始めました。金曜日でしたか・・ホームセンターで早速買い求めて、帰りに花壇に植えて帰りました。土日は、ボランティアは出来ないからです。それに土曜日・日曜日は家族の方のお見舞いがあると思うからです。家族揃って屋上ガーデンを見て頂き・・少しでも和んで下さるかと思いました。
そして火曜日・・先日植えたパンジーは、元気に根付いて居る事でしょう。水を撒きに、屋上ガーデンに上がりました。入り口の処で、患者さんと家族さんに出会いました。「お早うございます」「ありがとうございました」日よけの帽子と首に巻いたタオル、手袋で作業者と分かります。詩子担当の花壇は、パンジーは、元気?・・あれ!あれ!ありません~「あのー、パンジー知りませんか?」帰られる家族さんに聞いて居ました。「知りませんよ」私に聞いて貰っても困ります。という顔をされました。そうですよね。すみませんと思いました。先日植えたパンジーをよく見ました。根切り虫に食われたかのように、根元から切られて居ました。多少の茎を残して・・。20鉢買ったとして・・まともな苗が2~3の苗しか残ってないのは可笑しいです。1匹の根切り虫は、そんなに沢山食べません。やっぱり可笑しいです。ボランティア担当者の事務所は、2階に在ります。いつもそこで名札を頂いて、入った時間と帰った時間を記入して、管理されて居るのでした。階段を急いで降りて・・「ハァハァ・・あのー、先日植えたパンジーがないんです」「そお云われても・・私達、植えたパンジーを見ていないから・・どうにも出来ません」と女性室長の冷静な言葉でした。「そうですか・・」直ぐにホームセンターへ行ってパンジーを買い求めて、植えて帰りました。同じパンジーでも、色迄同じには出来ませんでした。切られた事を、患者さんに気付かれないようにと願いました。その後も、やはり何度か根切り虫に?やられました。またパンジーを植えました。次は・・大きな夜盗虫が入って居ました。数えると・・49匹。1年間で約230匹になりました。次は案の定・・除草剤も撒かれました。その年、パンジーは鉢に植えて育てる事にしました。施設の警備担当の方が、気付いて下さいました。陰ながら、いつも見守って居て下さっている方です。「除草剤が入ったかも知れん・・」「ボランティアに嫌がらせして、何になるんでしょうね?ウフフ・・」「アハハ・・何ですかの・・」詰め所に何度か訴えましたが・・「此処にも除草剤ありますよ」「えぇっ!此処にも、なんで?」此処に何であるんです・・「いえいえ」と、若い人が言いました。(人は普通やり返すのかな)庶務の人にも訴えました。スマホで調べて「ある条件が揃えば、大量発生するそうですよ」警察にも訴えました。警察官退職された方が、相談室に居られました。「捕まえても何じゃったかの~。それよりも・・のお~」近くの若い警官は「器物損害位ですよ」それよりもとは?仕返しですかね?・・世の中、どうなって居るんでしょうか?詩子だけが知らないのでしょうか。
この頃でした・・病室に一輪挿しを活ける、ボランティアさんグループが居る事を知りました。この人達の為に、切り花を植えて欲しいのかも知れません。それならそうと、最初に紹介があればいいのに。それが無いのは・・何故でしょうか?散々嫌がらせをした後でしたから・・手下になれと言う事でしょうか。手下にはなりませんよ。それに、暗号が全然分かりません。ですから暗号集団には入りません。暗号を受けて行動したならば・・責任は、行動した人になります。皆さん、子供達、暗号にはどうぞ・・気を付けて下さい。噂もですね・・。行動した人の責任になりますからね。
Sさん担当の花壇は、切り花用の花が植えられています。苗を差し上げた事もあります。自分達で植えると良いのに。足らないのでしょうか?やっぱり、詩子に植えさせたい!手下にしたい・・。でも私・詩子は、とても忙しくして居ました。少しの時間を見つけては、花壇の世話をして居るんです。その当時は、60坪余りのハーブ畑を作り、バジルを病院食に取り入れて貰い・・キッズのハーブ学習に関わり・・自死された方の家族さんにハーブで和んで頂きました。それに夜盗虫も取って居るんです。大変手間が掛かります。ハーブを植える事で、入所者の皆様に喜ばれて居るのに!ハーブではなく、切り花を植えなさい。と、命令して居るのでしょうか・・。
コロナが広まり・・屋上ガーデンは閉鎖されました。夫の入退院もあり、手が掛かるようになりました。丁度良いタイミングで、このボランティアを辞める事になりました。その間・・6年弱、夜盗虫を捕るのは5年間でした。1年間で約230匹×5=約1150匹捕った事になります。そして誰かさん、よく育てたものです。太った夜盗虫・・Yさんの庭を見てみたいと思ったものです。手間が掛かった事でしょう。何の為にですか?不思議でした。そして、我が家の道路側の花壇にも異常があるようになり・・南側の畑にも、大きな夜盗虫が約50匹居ました。これは夫・治夫が投げ入れて居るのを見ました。黒い猫が我が家の南天の木で、リンチされて居たのもこの頃でした。何を目的とする集団なんでしょうか?不思議な考え方をする人達なんですね。夫は、町内会のKさんの身の上話を、車の中で聞いて居る内に・・丸め込まれたようです。
「ボランティアに嫌がらせをして、何になるんでしょうね・・ウフフ・・」「アハハ・・何ですかの・・」「いつ辞めてもいいボランティアなのに・・嫌がらせします?」警察を退職された方で、館内の警備を担当されている方です。この方が時々声を掛けて下さるので、詩子は癒されて居ました。
嫌がらせは、とても不思議でなりません。なのにこのボランティアが続いたのは・・花達の頑張りを見たからです。夜盗虫が残って居たり、除草剤が撒かれたり・・花達にとって過酷な環境でした。それなのにこの花壇の中で・・種を残す事を使命とするのでしょうか。スペアミントも、マジョラムも・・奥のヤブランに隠れながら・・1株残って居るんです。1株あれば大丈夫・・差し芽で増やします。パンジーも早めに枯れました。夜盗虫が残って居たのでしょう。でも・・早春、5~6株のパンジーの苗を見ました。1㎝にも満たない苗なのに、既にパンジーの姿をして居ます。覗き込んで見ました。姿かたちパンジーです、とても可愛く出来て居ます・・万歳を言いたい程に嬉しかったです。他にも、その年咲き終わったペチュニアの花も、桜草も・・日陰に置いた育苗箱から、自然に芽が出て居るんです。大きくなった順に、花壇やプランターに植えます。とても助かりました。植え替え時期にパンジーやビオラの苗を買うだけでした。後は次々と芽が出て来るんです。花達・・こちらの様子を見て居るんでしょうね。「ありがとう・・」「頑張ろうね・・」詩子と花達との掛け声です。
日当たりが良くて、そよそよと風が吹き・・蝶がいて、小鳥達がピーチクパーチチクと歌い・・花達や、ハーブ達がいて・・その日詩子は、浄土に居るかのように穏やかに一時を過ごしていました。
水撒きは、お昼を過ぎて居ました。花柄を取って、花壇の様子を見て、液肥を上げて・・最後に水撒きをして居ました。『ポロロ~ン・ポロロ~ン』なんだかメロディーを聞いたような気がしました。あら!あれ!れ!・・虹が・・小さな虹が・・CDを掛けたかと思うくらいに、小さな虹が・・植栽に掛かって居るんです。凄いです・綺麗です。振り返って見ると・・西の空、昼下がりのお日様は、まだ高い処にありました。思わず・・ありがとうございます。そして手を合わせて居ました。虹のシャワーを上げるんです。元気になぁれ。大きくなぁれ。花にも植栽にも、手にも・・。虹の大きさは、その日により違いました。お日様との角度が違うからでしょうね。太陽も、雲も、風も、花も木もハーブも万物(宇宙の、ありとあらゆるもの)響きあって居ます。素敵なハーモニーを奏でて居るんですね。この光景を見る事が出来た詩子は・・お陰様で、少々辛い事でも耐える事が出来ました。そして思うんです・・同じ場所でボランティアをして居る・・SさんにもYさんにも見えて居る筈なのにと・・。
年の瀬になると毎年・・白いティッシュペーパーが、広い屋上に5~6枚撒いてありました。この一年の事は、白紙にせよと云う事でしょう。屋上ガーデン終わる日には・・白い型紙(ワイシャツの芯紙か)2枚詩子が道具を置く棚に置いてあるんです。持ち手のある物・・以前、ベンチに置いて居た道具袋の持ち手部分が、引き裂かれて居ました。別の年には、バケツの底を足で踏んだのでしょうか?底が壊れて、水は汲めません。もったいないから、道具入れに使って居ました。その事まで覚えて呉れて居たんです。只の悪戯ですか?自分達の思うように・・手下にならないから悔しいですか?お祖母さんという立場の人達がして居ると思います。中学生達がいじめをするのは・・お祖母さんの姿を見ているからでしょうか。何という、意味の分からない事をする人達なんでしょう。出会った時から、屋上ガーデン終わる日まで(最初から最後まで)暗号でした。多分仲間の中では通じるのでしょう?世の中を暗号で生きて行く人も居るんですね。
⑯ 12月〇日
もしもゲサラが発動されたなら・・最初に何をしましょうか。
夫・治夫の故郷へ贅沢旅行をしましょうか。ちょっと高いホテルに泊まりまして、叔父上・叔母上に会いに行きたいです。叔父は90歳になって、今尚矍鑠として居られます。でも、早い方が良いんだけれど・・。叔母は、施設に入所と聞きました。夫の元気な姿を見て貰いたいんです。でも、夫・治夫は元気じゃなくて・・今リハビリして居るんです。頑張って居ますから、もう少しで行けると思います。治夫は小学生の頃、母を亡くしていますから、殊の外・・叔父さん叔母さんには可愛がって貰いました。健在でした祖父母にもお世話になりまして・・夫・治夫があるんです。何もお返し出来てなくて・・出世とか会社経営とか、自慢できるものが無くてすみません。普通の夫です。でも、心根の優しい治夫があるのは・・皆様のお陰です。お礼の言葉は、上手に言えないけれど・・会いに行きたいです。会えるだけでいいんです。
弟達を迎えて・・豪華な食事をして、兄貴ぶりを見せたいです。兄弟の家族揃って、温泉に・・。ゲサラが来ると、そんな事が出来るかも知れません。でも、皆に等しく給付されると云うんですから、へこさか(あべこべ)年老いた兄を労わって貰えるかも知れないですね。
ゲサラ、早くお願いしますね。可愛い息子が言いますから、応援します。インターネットの噂では・・○○国は、もう出ているとか云うんですよ。日本も、クリスマス迄にはとか・・今日か明日かとか・・年末迄とか・・言って何年になります?噂は拡散するからでしょうか?本当だけを広めて下さい。そお云う訳には行かないのが世の常ですかね。その人の立場があります。テレビの番組で、全然取り上げないのは何故なんでしょうか。混乱を招くからでしょうか?単なる噂なんでしょうか?深層を知りたいですね。そうそう・・あの人は処刑されている、今居るのはゴム人間なんです。という噂・・。ゴム人間が、前と同じに生活できますか?と言いたいですね。世間で嘘を言う。悪い噂を流すと・・その人は、いつか相手にされなくなりますよ。インターネット上では・・平気で、何度も言えるんですか?ゴム人間は、耳の後ろを見ると分かるらしいです。何故に言えるんでしょうか。根拠はあるんでしょうか。もしもゲサラがなかなか進まない原因があるとすると、行動に責任を持たす為の・・練習時間なんでしょうか?親ですから、息子の肩を持ちたいです。皆の為に、良い方向に進みますようにと念じます。
それから帰りには、娘・詩織の家に寄りたいです。孫の姿勢の事は、何もアレコレ言わないけれど・・。ヨガのポーズ、一緒にやって見ましょうか。一緒にオイルマッサージ・・やって見ましょう。薬効もありますが、念力よ!お母さんの念力が効くかもしれないから。何でもいい、良いと云うものはやって見ましょう。それに・・メドベット(メディカルベット)万病を治すというベット。・・もうすぐ予約できるようになると云うんですよ。インターネットの噂にあるんです。噂ですが、その噂多いですよ。本当であって欲しいですね。何故に進まないんでしょう?・・万病を治すと云う、宇宙技術らしいです。希望を持ちましょう。体力は付けて置きましょう。
その帰りには、鎌倉に泊まって・・嫁ぎ先のお母さんに挨拶しましょうか。盆暮れのお届け物と電話だけで済ませて居ます。お互いにいい年になりました。心置きなく旅立つ事が出来るように、暇乞いをしたいと思います。鎌倉は何年振りに訪ねますかね?え~と・・コロナの前、葉月ちゃんが、まだ幼稚園でしたか?約10年振りになりますか。箱根迄の途中・・大学駅伝を応援した事を思い出します。60歳代は良かったです。体が支障なく動けました。夫と息子と私・・3人で交代で運転したものです。もしかすると我が人生の一番よい時でしたか・・。70代後半にもなりますと、目が弱ります。足腰が弱ります。機敏さが無くなりますね。本当に困ったものです。その上、夫の痴呆症・・始まりそうです。ちょっと待って下さい。お願いします。ゲサラのメドベット来るかも知れませんから・・。万病を治すというんです。
あと一つ、気掛かりな事があります。畑から駐車場にした折に工事をして貰いました。擁壁の石積壁のモルタル塗りが、剥がれ落ちて来ています。工事から1年以内に発覚して居るんです。隣との境目1メートル位の処から、縦にひび割れが来ています。その処は明らかに、セメント・砂利・接着剤の割合が違う事が分かります。別の日に工事をして居るのが分かります。他の業者が言って居ました。「こういう事があるから、その日の内に工事は済ませています」「そうですか・・業者さんには分かって居たんですね」嫌がらせですね!次の工事を出させる為の作為です。両隣が買いたいと、待って居るからです。この業者と隣はグルですね。畑にして居る時から・・嫌がらせ。ハーブに熱湯を掛けたり、夜盗虫を投げ入れたり・・。一人一回何かしても、受ける方は何十回にもなります。ですから、異常である事が直ぐに分かるんです。中には姉の家に出入りして居る業者までが「買い手がある時に売りんさい・・」と言うんです。一人一回「売りんさい・・」と言っても、受ける方は何十回も聞く事になるんです。だからもう・・鳥肌が立ちます。とても嫌な気持ちになります。どんなに頑張って、この地のローンを払った事か・・隣に安く売る為に残しているのではありません。老後の家計の楽しみの為です。この頃そのひび割れが大きくなり、モルタルがボロっと、落ちて来ているんです。町役場の生活支援課に相談しました・・。女性担当者さんは、話を親切に聞いて貰いました。話せる処があって良かったと思いました。「前の家も空き家です、隣の向こうの家は売りに出て居るのに、何で私の土地が狙われるんでしょうね。日当たり良くて手頃なんです。両隣で半分にしたいらしい。としても・・畑に夜盗虫を投げ入れてはいけません。一匹ずつ捕りました。とても手間取りました。熱湯はいけません。とても嫌な思いをしました。証拠が残らない事をするんです」最後に「施工した業者に相談してみて下さい。契約書の保障期間2年は過ぎていますが・・不良工事が発覚して、他の業者の見積もりを取ったのは、1年以内ですから・・。契約書にマーカーして置きましょう」と言うのです。「そうですね・・」と言って帰りました。ですが・・やっぱり、その業者には頼みたくありませんでした。隣の奥さんも、その業者も、何の為か私を罵るんです。ガミガミと云う、罵り声が今も耳に残って居ます。この年になって罵られるのは避けたいです。へそくりは無いから・・ゲサラ給付金お願いしたいんです。欲を言えば、垂直壁にして、安心して置きたいんです。
⑰ 12月〇日
12月中旬を過ぎますと・・何だかインターネットの噂、騒がしいです。どうなんでしょうね?物価は、確実に高くなっています。キャベツ・白菜・500円以上。大根・レタス・ほうれん草・300円以上。ガソリン代・電気代・水道代・通信費・・凄いです。毎月家計から出て行くお金、凄いです。何とかならないでしょうか。・・通貨切り替えあるのかな?と思ってしまいます。
インターネットの噂ですが・・クリスマス迄には、何か来るらしい・・。日本にも、何か大きな物が来るらしい・・。本当に来るのかな?偉い騒がしいけれど・・。何にも来ませんでした。
「ケーキは別の日に買いに行くからね。ささやかですが、今年のクリスマスイブの食事にしましょう。小さい頃からの恒例・・唐揚げ・ポテトサラダもありますよ」「ごめんね・・僕の云うゲサラがなかなか来ないから・・」息子・治彦がごめんねと言って呉れました。これ迄どんなにか心配した事か。貧乏は慣れています、工夫してやり抜いて居ますから大丈夫。でも捉え処の無い、不安だけは辛いものでした。3年?になりますか。心休まる日はありませんでした。ずっと心配ばかりしました。信じたら疑わない・・猪突猛進する息子・治彦なんです。その息子が、素直にごめんね・・と言うんです。安心したと云うか・・病気では無いと思いました。嬉しい言葉でした。治彦の言葉を確認するために、3年前に開いたインターネットの噂欄です。今日来るか・明日来るが・・何度もです。少し疲れました。全く嘘ではなく・・一つ希望を持たせて居るんです。1月1日に何か・・。そしてまた1月6日に何かある・・。本当に良い物でしたら、公にして皆で考えるべきではないでしょうか。闇バイト、詐欺、騙し合い、殺人。戦争もない世の中になれば、良いではありませんか。
私も投稿しなくてはなりません。今回この辺で、投稿準備に入ります。ゲサラの結果は、次の稿でお知らせします。待って居て下さいね。草の星・・一旦終わりという事にしましょうか。苦難が無くなる。病気も、宇宙技術で治して貰える。お金の奴隷のように働かなくてもいい世の中になると云う。世の中の仕組みが、今迄とは全然違って来るそうです。楽しみでしょうか。立派過ぎて、不安でしょうか。
人間の心の葛藤を書く事も、人の醜い姿を描く事も出来なくなります?今回この物語で、最後になるんでしょうか?人間の苦難が無くなると云うのですから・・。凄いですね。今迄の事が、苦難が・・愛しいです。そんな世の中になるんでしょうか?
青い地球・・草の星・人々の営み・・人間の苦難を、頂いて・・試練を受けて光って居るんでしたね。
⑱ 12月〇日
詩子が勝手に思うんですが・・。独断と偏見なんですが・・。ゲサラ・・ちょっと浄土に似て居るんじゃあないでしょうか。
ゲサラ(世界経済安全保障・改革法)は、世の中の仕組み、価値観、考え方を改めて・・人々が幸せ(やりがい)を見つけて、平穏な日々を過ごすことが出来ると云う・・。
浄土(私の浄土)は、施設の屋上ガーデンボランティアをしていた時見た(感じた)、光と虹、花、蝶、そよ風、小鳥たち・・万物と響きあっている世界です・・。花壇に除草剤、夜盗虫、ジュースを入れるYさんSさんグループには、見えなかったのでしょうか。同じ場所でボランティアをして居たでしょうに。そして私は・・花が足りないと・・困る事は無かったです。日陰に置いたトレーには、こぼれ種から次々芽が出て来ていました。大きくなった順に、プランターに植え替えました。とてもありがたい事でした。そんな小さな幸せがある事・・皆に知らせて上げたいと思いました。浄土を語るのには、まだまだ勉強が足りません。ゲサラを知っているかと言えば・・殆ど分かりません。ですから、この辺りで失礼します。
終わり
ゲサラの噂、投稿欄を見ました。最初は、息子の言うゲサラ、確認のために見ました。見るだけです。だんだん感化されて・・そんなにいい世の中になるのなら・・何故に時間がかかるのかな?テレビのニュースでは、何故に取り上げないのかな?世の中皆・・嘘なんだそうです。えっ!嘘・・。何を、誰を、何処を信じればいいのでしょうか?皆・・嘘は困りますよね。自分で、方向を選ぶ事だそうです。あれほどの苦難を克服したのに。苦難を糧として、ダークなお話が書けるようになりました。それが、嘘なんですか?これからは、苦難の無い、病気の無い世の中になると言うのですから・・。これから、私・詩子は・・楽しい・面白い・お話が書けるんでしょうか・・。