JKの下敷き
フィクションでは空から女の子降ってきがち
学校の屋上に彼女はいた。僕はその真下の中庭を、何気なく通りかかっただけだった。きっと彼女は気が動転していた。でなければ、屋上の柵から身を乗り出したとき、自分が今から飛び降りようとしているまさにその場所に誰かいないかくらいは確認するはずだ。しかし、彼女はそうしなかった。涙で目が濡れていたのか、もしくはただ単に恐怖を堪える意味合いで目を瞑っていただけかもしれないが。
「いてて……」
若干の痛みを残す首を抱えながら、ベットにもたれて僕は思う。いやたしかに、頭上の確認を怠った僕も、悪いと言えば悪い。ただ、不幸なことに、僕は空から女の子が降ってくるという現象は、フィクションの中だけで起こる演出なのだと思っていた。なにせそんなシチュエーションは、人生で一度も体験したことがなかった。見たこともなかった。
ところがつい昨日、僕は一度目の体験をした。彼女――同級生のキラリさんは、4階建ての校舎の屋上から、僕を見事な下敷きにして飛来した。
幸い、僕たち2人は特に命に問題のない状態で、病院に運び込まれた。キラリさんにとっては、生き残ってしまったという事実そのものが問題かもしれないが、誇らしいことに僕のクッション性は抜群だった。僕としても、どうせ何かが頭上から落ちてくるのなら、その初体験が華奢で柔らかい女子高生でよかったと思う。もしもこれが、硬い建築材やら岩石やらであったならば、今頃もっと苦しい思いをしているか、酷ければ両親や友人と二度と会えぬ状態になっていたかもしれない。とにかく、多少の骨折と出血。僕もキラリさんもその程度のケガで済んだのだ。
「……てなわけで」
状況を整理しつつ、僕は腕を組む。まだ慣れない、柔らかい感触が、両腕に乗っかる。
「これからどうするよ」
「……あんたが考えなさいよ」
「なんでよ。こう見えて僕パニックだよ」
「そんなの私だってそうよ」
声変わりしかけの低い声で、キラリさんは答える。いかにも思春期男子という感じ……。
「ていうか、なんでよりによって駅前集合なの」
「え、いいじゃん僕ら2人とも駅近なんだから」
「そういう問題じゃないわ」
「ええー?」
「なるべくなら見られたくないし、聞かれたくないの!」
「ならそんなに声張り上げないでよー」
たしかに、通りすがる何人かの目線が、こちらに向いているのがわかる。格好も、仕草も、最善を尽くしているつもりではいる。が、やはり違和感が残るのだろう。
「……あんたの態度、ほんとムカつく。もっと真剣に考えなさいよ」
僕をきりっと睨め付けながら、キラリさんは言う。そんな状況がなんだかおかしくて、僕は笑いだしてしまう。なんてったって、これ以上ない皮肉だ。
「何言ってんのさ、睨んだってしょうがないよー」
僕は長い髪の毛を背中側にかきあげながら言う。
「だって、君の体じゃん」
心と体が入れ替わるというのはなんとも言えぬ不思議な感覚だ。日常生活での不便も多い。特に、キラリさんを取り巻く環境は混沌としている。なにせ、一度は自殺するという決断にまで彼女を追いやったのだ。いつしか僕だって、まいってしまうかもしれない。
「まあ、でも……」
周りの目を気にしつつプイプイしているキラリさんを目の前にして、僕は思う。我が体ながら、なかなかに良い表情をしている、と。こうして彼女の気が紛れるのなら、今しばらくの入れ替わり生活も、悪くはない……かもな。