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試作

「新着のメッセージが届いています」


 ピコンという無機質な通知音と共に、画面の右端で、そう表示された。

 いつものキャンペーンだろう、と真っ先に思う。

 この時期になると、幾つかのゲーム作品が何割引きかされるのだ。要は、『安くします。だから買ってください!』という事だろう。経験上、こういったゲームが面白かった事はない。


 手を左右に動かして、カーソルを合わせる。

 手が真っ白なのは美容品の影響ではない。単にオレが外に出ていないからだ。外に出るときと言えば、買い物をするときぐらいだ。尤も、買い物と呼べるほど大層な行為ではない。大抵はコンビニに立ち寄って、堅あげポテトやアサヒビールなどのジャンクフードや酒を買うだけだ。

 夏休みだから大学にも行っていない。いや、夏休みでなくとも、殆ど行かないのだから、一年中こんな生活だ。学生の本分を全うしているのか、甚だ疑問ではあるが、一応は大学生だ。


「おめでとうございます。当選しました。」


 ・・・詐欺のメールか?

 率直にそう思った。

 この手のメールは多くが怪しい。特に近頃はネット犯罪が増加していると聞く。自分の祖母も投資詐欺に引っかかって何百万も損をしたのは、つい数年前のことだった。


「おめでとうございます。あなたはロルプレクエスト疑似現実版 テストプレイヤーに選ばれました」


 テストプレイヤー?

 何のことだと思考を巡らすと、ふとある事に気が付いた。

 一年ほど前にロルプレクエストの疑似現実版が出るというのが、世間のトレンドになっていた。因みに、ロルプレクエストというのは、80年代に世間を席巻したRPGゲームの事だ。勇者が魔王を倒す旅をする、という極めてオーソドックスな内容だ。RPGが多面化した昨今では、それ自体に大した特別感はないのだが、疑似現実という要素が大事なのだ。


 疑似現実とはその言葉通り、現実に限りなく近いバーチャル世界のことだ。専用の機具を身に付けて、仮眠状態にする。すると、さも自分がその世界で生きているような感覚でゲームが出来るというのだ。10年以上前にそういう題材のアニメが流行ったことは記憶に新しいが、今日に至って、まさに実現しかけている。


 いや、実現したのだ。



 それから家に専用の器具が届けられたのは直ぐの事だった。


 バーチャル、その言葉を聞くと、仮想の世界を思い浮かべる。夢で見た光景、ゲームの世界。まさに、作られた世界といえるだろう。決して、現実に存在する世界だとは思えない。


 ところが、バーチャル(virtual)という単語を調べてみると興味深い事が判然とする。バーチャルには、「事実上」または「実際の」という意味があるのだ。これは、「仮想」という意味からはかけ離れているように思える。ただし、辞書を見ると、こう留意されている。


 本当とは違うが、現実と殆ど変わらない。


 混乱しそうにはなるが、つまり、現実と仮想現実は全く差異がなくて然るべきモノなのだろう。

 このゲームは本当に仮想現実の世界を実現できているのだろうか?特に、魔法という現象は現実世界のどの物理法則によっても証明が出来ないと思うが、我々が未だ証明していない物理法則があるとでも言うのか。


 不気味な程に黒い器具がベッドに横たえられていた。

 ヘルメット・スーツ、コンピュータ装置。特にコンピュータ装置は大型で、持ち運ぶのには苦労した。冷却装置も付いている。何だか研究者かエンジニアにでも成った気分だ。


 マニュアルはよく読んだ。いよいよボルテージが上がってきた。まさか、本当に当選したとは。今更ながらそう思う。ほぼ諦めていたのに。恐らく一生分の運を使い果たしただろう。


 ヘルメットを装着する。エアコンがよく効いている部屋なのに暑苦しく感じる。そして、全身スーツを身につける。ちょっときつく感じる。いきなり渡すのではなく、前もって身長なりを測定すべきではなかったのか?まあ、いち早くプレイできるから我慢はできるのだが。


 さて、電源をオンにして、後は寝るだけだ。



 「ようこそ、ロルプレクエストの世界へ」


 目を開けると、そこは真っ白な部屋だった。雪国のように真っ白で、汚れ一つない部屋だ。

 そして、少女がいた。少女は勇者を歓迎するように、満面の笑みを浮かべていた。


 自分の身体がある。実体があった。現実と見間違えるような世界があった。色彩も、感覚も、目の前の少女も、自分の身体も、何の違和感もない。ただ、強いて言うとすれば、サナトリウムのように真っ白な部屋と、少女が立っているこの状況は実感が沸かない。


 「新しいセーブデータを選択して下さい」


 少女がそう言った。会話は可能なのだろうか。


 「あの・・・どうやって?」

 「まずは腕に付いているバンドの電源を入れましょう。凹凸部分があるのでそこを押してみてください。」


 それを最初に言って欲しかった・・・という気はあるが、とにかく押してみるとカチッと、痛快な音がした。


 「すごい・・・」


 思わず声が出た。何もない空間に画面が表示されたのだ。壁にプロジェクターで投影するなら未だしも、空間に投影するのは衝撃だ。


 「そうでしょう。これを開発するのは大変苦労しました。」


 少女はそう言って、ニコッと白い歯を見せた。

 さも少女が開発したような言い方だ。


 「それでは、新しいセーブデータを選択してください」

 指を空気に触れる。実感が掴めない。こうだろうか。案外難しい。


 「はい。完了しました。それではロルプレの世界にさっそく転移しましょう。あなたのご無事を祈っています。」


 ご無事?引っかかる。無事にプレイできなかったら、それこそ大問題だろう。


 と疑問を口に出す間もなく、転移はすぐさま行われた。




 

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