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昔声オタだった私が元推しに突然プロポーズされました


「加藤潤之助?」


5年間のブランクが有るものの、その声を聞き間違えるはずは無い。だって、私が15年間ずっと好きだった人・・・。


目の前の付き添い人はマスクをしてサングラスをかけているけど、声だけは隠せない。







武田香穂は35歳で4歳の男の子を育てるシングルマザーである。離婚の原因は元旦那のモラルハラスメント。

元旦那の好きな料理が出なければ、まともに飯も作れないのか。

生活費を五万しか貰えないためお小遣い制を提案すれば、お前らに使う金なんか無い。

体調が悪い時でも俺の飯は?看護師なのに体調管理もできないの?

等々色々有ったが、多すぎるためここでは割愛しよう。


結婚するまでは優しくて誠実な人だと思っていたのだが、結婚して急変。4年間は耐え忍んだが、流石にこれ以上は無理だと思い一年前に離婚。看護師として働きながら香穂は結婚していた時の生活よりも自由に楽しく生活を送っていた。一人息子の旭の事も可愛くて仕方ない。

少し辛い事と言えば、仕事と子育てに追われて趣味という趣味もなく友達ともなかなか会えないという事くらいである。







そして、冒頭へと戻る。


定期受診で来た顔見知りの患者さん。休みだと言う息子に付き添ってもらい嬉しそうに色々と世間話が止まらず、担当の北村先生も困り果てていた頃、息子が止めに入った。


「母さん、先生もお忙しいから世間話は辞めよう」

「え!?加藤潤之助?」


その声は香穂が昔大好きだった声優と同じ声だ。結婚前迄の15年間青春時代を全て捧げて、来た。高校生の頃なんか、潤之助としか結婚しない!などとほざいていた事もある。しかし、30目前で色々と焦ったわけだ。このまま結婚できなかったらどうしよう・・・子供欲しい!と。焦って婚活した結果、どうしようもないモラハラ野郎と結婚してしまったわけであるが・・・。


「あら、看護婦さん息子とお知り合い?」

「あ!いぇ、あ、あすみません。・・・その・・・ファンだったんです」  


潤之助が地方都市のこの街の出身な事を香穂は知っていた。だから、高校生特有の若気の思い込みで彼と出会い結婚できるのだと妄想していたのだ。そして、友達には堂々と宣言していた・・・完全な黒歴史である。


「申し訳ありません」


慌てて香穂は頭を下げる。変な空気になる前に、気を遣って北村が声をかけた。


「じゃ、加藤さんいつもの血圧の薬と、湿布出しときますね」

「はい、先生」


サングラス越しになんとなく香穂は視線を感じ、怖くて淳之介の事は見れなかった。気にしない様に仕事に集中する。


「では、お大事になさってくださいね」


加藤親子を診察室から見送ると、香穂は大きなため息が漏れた。


「加藤さんの息子さん、有名人?」


カルテの入力をしながら北村が声を掛けてきた。顔はパソコンに向いているため表情は確認できない。


「声優さん・・・ですね」

「へ〜。世の中狭いね、こんな地方にも居るんだ。じゃ、次の患者さんお願い」

「はい」


カルテの記入が終わると次の患者のカルテを開き、脇にある消毒液を2回プッシュして北村は香穂に顔を向けた。







その後トラブルも無く香穂は仕事が終わり、院内併設の託児所に旭を迎えに行った。笑顔で出て来た旭と先生に挨拶をして、手を握り2人で職員用の駐車場まで楽しく歩いて行った。


「今日は何したの?」

「七夕飾り書いた」

「そっかー。もうすぐ七夕か〜」


香穂はどちらかと言うとそう言うイベントごとは苦手である。準備がめんどくさい・・・と言いつつも旭が生まれてからはそれなりに頑張ってはいた。七夕くらいだと笹を飾るくらいではあるが・・・。

もう少しで駐車場と言うところで不審な男が2人の方を見ていた。季節は梅雨が終わりかけてこれから夏本番と言った季節で有る。男はマスクにサングラスと言う、少し怪しい格好だ。しかし、直ぐに香穂は今日見た男性の格好と同じ事に気づいた。


「武田香穂」


好きだった声に名前を呼ばれた。


「え?なんで・・・名前・・・」

「覚えてるよ。俺が無名の頃から長い間応援してくれたファンだから。ても、名札見てファンレターの名前と同じだったから気づいたんだけど・・・」


潤之助がマスクとサングラスを取ると、二重の切れ長の目と視線が合う。


「ママ?」

「あー、えっとこの人はねぇ・・・」


香穂が説明に困っていると、旭の前でしゃがみ込み、目線を合わせて顔を覗き込む。


「ママの昔の男だよー」

「な、何言ってんの!?」


まさかの発言に、香穂はそれなりに大きな声をあげてしまう。いや、ある意味間違っては居ない・・・一方通行であったが。


「昔の男?」

「そうそう。こんな事言うとパパが怒るかな?」


潤之助はくしゃっと笑うと、目尻に皺が寄る。それも、昔と変わりない。


「パパは居ないよー」

「あ、そうなの?お名前は?」

「あさひ!」

「ちょっと突然何なんですか?」


目の前に現れた、昔大好きだった男に呆気に取られて香穂はしばらくフリーズしていた。しかし、個人情報を聞き出す潤之助に流石に焦り旭を隠す様に前に立ち、睨みつける。


「いや、あれだけずっと応援してくれていたから、パタっと姿も見せなくなって、手紙もプレゼントも届かなくなって。気になったたんだよね」


潤之助は照れ臭そうに立ち上がると、今度は香穂に目線を合わせる。顔一つ分、香穂より潤之助の身長は高い。


「今ではそれなりに売れているけど、デビューして数年は全くだったから・・・。その頃から一所懸命応援してくれていた子は多くないし、覚えてるよ」


優しい口調で、穏やかに潤之助は話す。

香穂が潤之助の声を初めて認識したのは、イラストが気に入って買ったドラマCDだった。少ないお小遣いから奮発して買ったのは今でも覚えている。少年の様に幼い声で悪役を演じていた。そこまで目立ったキャラでもなく、シリーズ序盤で消えた。最初はその悪役が大っ嫌いだったが、なぜか出なくなってポッカリと穴が空いた様に寂しくて。何度も何度もCDを聞くたびに、その悪役が好きなのだと気付きそれと同時にその声にも魅了された。


そして、彼の名前を調べてデビュー3年目の23歳だと言う事がわかった。しかも、出身地も隣の街で親近感も湧いた。8歳年上の彼に直ぐにハマり、ファンレターを人生で初めて書いて直ぐに出した。それから1年も経てば、彼の名前をテレビで見る機会が少し増えてきた。当時はまだ、公式サイトやファンクラブも無かったから彼の出演作品を調べるのには凄く手間がかかった。メインは新聞やテレビ雑誌とアニメ雑誌だ。しかも、地方故に放送されない作品も多々あり、何度涙を流したことか。

そんな気持ちをファンレターに認めて、送ったのも今では恥ずかし思い出だ。ちなみに、彼から返信が来た事は無い。


香穂が大学生になり、バイトを始めた。その頃には彼もそれなりに売れてきて、イベント出演も増えてきた。バイト代で遠征し、初めて生の彼を見た時は本当に感動した。大声で名前を呼ぶと、彼と目があった気がして嬉しくて胸がドキドキした。バイトと大学と遠征に暮れた4年間。潤之助の出演するイベントやライブ、公開録音、行けないイベントもそれなりにあった。もちろん金銭的な面と、行きたくても当選しなかったイベント。当選できなかった時は一晩中泣いた。親にも心配されるレベルで次の日には隈を作り。


大学卒業後、看護師になってもその生活は変わらない。家ではアニメにドラマCD、ラジオ。休みの日はイベント遠征。個人のライブイベントには必ず参加して、2度あった握手会の時には失神しそうになった。


でも、それも全部5年以上前の思い出だ。いや、元旦那と付き合い始めた頃から少しずつ、イベント参加が減った。そして、結婚して子供が出来たことで、それまでと同じ時間とお金を使えなくなった。熱が冷めたと言うより、優先順位が下がったからおのずと足が遠のいた。ここ5年の潤之助の動向を香穂は全然知らない。ただ気になるアニメは隙間時間に見ているから、時々潤之助の声だ!と思う事はある。


そして、何故か今大好きだった潤之助が目の前に・・・。


「それでも、ただ大勢居るファンの1人ですよね?」


「大切なファンの一人だよ。でも、あんな所で名前呼ばれて正直驚いた・・・。またファンレター来ないかな・・・って思っていた子の名前を見たらつい来てしまったというか・・・」

「すみませんが、子供も居るので失礼します」


さっさと帰って夕食の準備をしたい。こんなところで時間を食っては家事が消化できない。香穂は頭を下げて、旭の手を引いて歩き出す。


会いに来てくれたのは正直、嬉しかった。忘れていたときめきが復活したのか、早歩きで心拍数が上がっているのかはわからないが香穂の心拍数は上がっていた。でも、一つ思うのは今日だけが特別だという事だ。潤之助会う事はもう無いだろう。







日曜日の午後、家事などのやる事を済ませて旭を連れて公園にでも行こうかと、出かける準備をしている時に携帯が鳴った。着信は実家の母からである。


「もしもし?何、お母さん」

「あ、香穂?今からうちに来れん?」

「どうしたの、急に」

「あんたの知り合い来とんよ。ほら、あんたの好きだった声優さんの潤之助?あんた、いつ知り合ったん?お母さんびっくりしたが!全然、年取ってないなぁ。香穂が好きだった頃と変わらんが。あ!あんたの話ししたら部屋見たいそうで、あんたの部屋で待ってもろうとるよ」

「えぇ!?ちょ、なんで??今から直ぐに行く!」


出かける準備はほぼできている。実家まではアパートから車で10分程の距離なので、比較的直ぐだ。香穂は慌てて鞄を手に取り、旭に声をかけた。


「旭、これからばぁばん所に行こう!」

「公園は~?」

「ごめんね、また今度。ばぁばんとこでおやつ食べよう」

「わかった~」


香穂は急いで旭を車に乗せ、安全運転を心がけて実家へと急いだ。こういう時に限って信号によく捕まりイライラしてしまう。10分の距離がやたらと長く感じた。なぜ、潤之助が実家に居るのか・・・。


「ばぁば~、来たよ~」

「旭!久しぶり」

「旭、ばぁばと居てね」


香穂は慌てて、2階にある元自分の部屋へと向かう。それなりに築年数も経っている家のため、急げば足音がそれなりに響いた。


「おかえりー」


ドアを開けると笑顔で潤之助が出迎えた。


「いやいや、何で潤之助が実家に居るの!?意味わかんない」


「お母さん、香穂が俺の事が好きだった事、覚えていてくれていたみたいで数日前に病院で会ったこと伝えたら普通に上がらせて貰えたよ。初対面なのにね、びっくりした」


43歳には見えない爽やかさで微笑む。


「いやいや、びっくりしたのはこっち!なんで・・・」

「マネージャーに俺の部屋にある、ファンレターの宛名・・・確認してもらった」

「え?」

「香穂のファンレターは大切に取ってる」


色々と思いを綴ったファンレター。この世にはもう存在すらしないであろうと思っていた物がまだ残っていると言う事実に香穂の思考はフリーズする。


「いや、直ぐに捨てて。帰って燃やして!」


しばらくして、香穂は慌てて潤之助に詰め寄る。


「嫌だね。自信を無くしかけていた時に貰った手紙もあるし、捨てれませんねー。俺の物だし?てか、すごいね!こんなに俺の事愛してくれたのね、嬉しい」


潤之助は部屋を見回す。壁に飾ってあるアニメや本人のポスター。コルクボードにはブロマイドや缶バッジの数々。本棚にはキャラソンにドラマCD、アニメにイベントDVDそして写真集。ほぼ加藤潤之助関係の物ばかりである。香穂の宝物だった物ばかりで改めて潤之助本人に見られて恥ずかしくて仕方がなかった。


「でも、今はここに住んで無いんだ?」

「あー・・・そうですね」


潤之助は少しだけ寂しそうに笑った。


「香穂~、お茶淹れたから降りてきなさい~」


階段の下から母親の声がする。潤之助はもう一度部屋を眺めると、香穂の腕を取り部屋から出て行く。仕方なく香穂は手を解き、そのまま階段を降りて居間へと案内した。


「お母さん、改めてすみません。急に来てしまって。旭くんもこんにちは」

「こんにちは!」

「驚いたわぁ〜。新手の詐欺かと思ったけど、名前聞いて顔見たら香穂が好きすぎて結婚するとか、言ようた人だったから、思わず招き入れてしもうたわ。お父さん居らんでよかった」

「じぃじは?」

「ゴルフよー。旭が来るの知ってたら、行かんかったじゃろうね~」


旭と母親がのほほんと会話をする中、潤之助があるワードに食いついた。


「え?俺と結婚するって言ってたの?」


香穂は手で顔を隠して、首を横に振る。とても恥ずかしい・・・。


「黒歴史なので気にしないでください」

「28歳かなぁ。そのくらいまではずーっとよ?私らも心配しとったけど、どうにか30で結婚して一安心。ただ・・・相手がねぇ~」

「お母さん、旭も居るんよ?」

「まぁ、ええが。憧れの人に色々と聞いてもらいねぇ」


香穂は段々と頭が痛くなってきた。母は暴走気味に香穂の事をペラペラと話す。親子仲はわりかし良く、潤之助の事も包み隠さず話していたため、母親の方も潤之助に対して親近感がある様だ。


「去年この子離婚したんよ。・・・ちなみに、加藤さんは独身?」

「はい、未だに独身ライフを謳歌しています」

「あら~、香穂頑張れば夢が叶うんじゃない?旭、加藤さんがお父さんはどう?」

「いやいやいやいや、そんな迷惑になりそうなこと言わんで


潤之助はニコニコとしたままで感情が読めない。香穂は母の暴走がどんどん加速する事を止めに入る。


「加藤さん、ここまでどうやって出来たんですか?」

「タクシー」


流石、潤之助・・・。ここまでタクシーを使えば5千円はかかるだろう。香穂であれば公共交通機関を駆使する。


「なら、送っていきます!お母さん、旭を見といて」

「デート?」

「デートとか久々ぶりだなぁ」


香穂は突っ込む事すら辞めた。完全に母と潤之助のペースである。


「旭、ごめんけどお母さん、この人を送ってくから少しばぁばと待っといてくれる?」

「旭くんも、一緒に来ればいいのに」


旭は首を横に振る。


「あら、嫌われたかな?」


またしても旭は首を横に振ると、潤之助をジッと見つめる。


「僕、ばぁばの家でご飯食べる」

「あらまぁ、2人で晩御飯食べてきなさいて」


まさかの旭からの提案である。香穂は潤之助を見るとその場にしゃがみ、なぜか嬉しそうに旭の頭を撫でる。


「なら、次は3人で行こうな」


旭は大きく頷いた。香穂そっちのけで、何故か身内が潤之助を受け入れはじめている体制に慄く。15年も魅了されてきたわけで、声優としての才能も人タラシの才能も一流なのだ。しかも、旭との約束のため香穂が拒否するわけにもいかない。次も会う確約になってしまった。




◆◆◆◆◆◆◆◆




2人は香穂のコンパクトカーに乗り込む。香穂は流れ的に仕方なくドライブをして夕食を摂って潤之助を送り届ける事となった。


「忙しいでしょ・・・。旭と約束して良かったんですか?地元とは言え、都心から新幹線だと片道3時間ですよ」

「あー、知らないか・・・。今は俺、比較的仕事が少なくて。だから、4日ほどまとめて休み取って帰ってきてたんだ。取り敢えず、明日には東京に戻ってまた休みがあった時に帰ってくるよ


車内にはタイミング悪く潤之助の曲が流れ始める。いつもは旭の好きな教育番組の曲を流しているが、流石に大人2人で聞くのもどうかと思い、自分のプレイリストを選んだ。最近の曲なんかは全くわからないのでユリの知っている曲はそれなりに古いしオタク趣味だ。


「あー、ごめんなさい」

「なんで?」

「自分の曲とか大丈夫ですか?」

「キャラソンとかだと少し恥ずかしいけど、こんなキャラしたなって懐かしいし、忘れない」


運転中のため、潤之助の表情は確認できないが少しだけ、声に元気がない様な気がした。


「なんか元気ありません?」

「あー、少しね。俺と会ったから、俺の事調べたりしなかった?」


勿論、少しだけ調べたくはなったが、帰れば忙しくすっかり忘れてた。


「してないです」

「なんだろ、香穂は俺の事ずっと応援してくれているものだと思っていたから、凄くショックかも・・・。ファンレター来なくてもイベントで見かけなくても、俺の事応援してくれているだろうな・・・、て」

「ごめんなさい」


なんだろう・・・。別に香穂が悪い事をしたわけでは無いのに、この罪悪感。


「駆け出しの頃もまぁ、少ないけどファンは数人居たんだよ。でも、皆大人でさ。欲丸出しで・・・。なんとなく、パトロン?みたいな感じに見えちゃって。その中で、唯一高校生の香穂からのファンレターは、俺じゃ無くて俺の声に純粋に惹かれてくれていると感じたんだよな・・・。キャラも含めた俺に。だから、香穂のファンレターで何度も元気もらった」


落ち着いた声が耳に心地いい。香穂の大好きな声が車の中の空間を支配する。


「最近、週刊誌に載ったんだよ。若手の声優に性行為強要したって。所謂、枕ってやつ?」


潤之助の声が急に低くなる。思っても居なかった情報に香穂に言葉が出てこない。


「あ、ちなみにそんな事実ないから!」


無言の香穂に気づいたのか、潤之助が慌てだす。車の中で朗読劇を聴いている様な感覚だ。


「俺の事好きだった若手の女の子にアプローチかけられて、断ったらさ・・・。全くの出鱈目の記事が載った。取り敢えず名誉毀損で訴えるつもりではいるけれど、イメージがガタ落ちして仕事が減ったんだよ。それで、休み貰ってこっちに帰ってきたら、香穂が居た。これでも、だいぶ落ち込んでいたから、なんか運命感じた。思わず、香穂の事を出待ちしたり、実家訪ねてみたりして・・・。初めてファンの気持ちがわかったよ」


運転中で潤之助の顔は見れない。見れない事が香穂にとってなぜか残念に思えた。


「香穂の家に行ったら、部屋まで通されていろいろ見ていいよ、って・・・。雑誌のスクラップブックとかも丁寧にしていて本当に嬉しかった」

「引っ張り出したんですか!?」


押入れに仕舞っていた物まで見られたのは想定外だ。


「俺さ気づいたんだよ。香穂が近くに居れば、なにか自信が出てくるんだよ・・・。俺の昔からのファンが一番近くにいるって言う安心感もあるし」

「いや、ここ5年ほどは全くですよ?結婚してから、忙しくて自然と離れちゃって」

「それも一種の着火剤だよ。引き止められず、悔しい!て言う」


潤之助の表現のしかたの意味がわからない。


「俺と結婚しない?」

「・・・頭、大丈夫?」

「正常」


潤之助は何を言い出し始めたのか。香穂は驚きの申し出に事故らない様に、冷静に務める。


「私の事、そんなに知らないのに?」

「知らないけど、・・・俺と結婚したかったんだろ?」

「いやいやいやいや、黒歴史」


顔が見えないので、本気なのか冗談なのかわからない。イベントでの彼は冗談が好きで面白い事も沢山していたし、言っていた。だから余計にわからない。


「それにさ、香穂と結婚したら噂の上塗りできていいと思うんだ・・・」

「それ私には何の得もない・・・」

「え?得しかないよ?俺と結婚できる。旭くんも、満更でも無さそうだったし」

「むしろ、バツイチ子持ちは問題ないの?」

「無い、無い。俺もう43歳だよ。香穂も30半ばくらいだろ?」

「35・・・」

「8歳下の奥さんとか、一般人的には喜ばれる」

「いや、一般人では無いからね。下手したら20下でも結婚したい女の子は沢山いるでしょ」

「居るけど、流石にそんなに下は範囲外と言うか・・・。週刊誌で懲り懲りだ。ま、考えてよ。生活環境が変わるのが嫌なら別居婚とかあるし、なんなら旭くんが小学校上がるタイミングで上京でもいいよ」


自分勝手に話を進める潤之助に香穂は気づかれぬようにため息を吐く。


「なんなら、耳元でプロポーズしようか?」


そう言うと、香穂の方に身を乗り出し香穂の耳元に唇を持ってくる。


「香穂、結婚するぞ」


香穂は、背中にザワザワした感覚が走り慌てる。


「ちょ!運転中、危ない」


一番好きな声に耳元での結婚の申し込み。ファンなら確実に憤死ものだろう。


「ちゃーんと、香穂の好みでしたけど効果ない?」


(効果は絶大ですよ!比較的ちょろいんですから)


香穂の好きだったキャラ達に寄せてくれたのだろう・・・。香穂の書いたであろうファンレターの内容まで覚えていてくれたのが驚きだし、嬉しい。


「取り敢えず、帰ったら最近の作品とか送るから、後で住所教えて。教えてくれなかったら、お袋の受診日に託けるし」


それだけは辞めて欲しい。院内にも一定数、潤之助の事を知っているスタッフが居るだろう。注目は浴びたくない。


「・・・わかりました、後で教えます」

「連絡先もね」


潤之助は嬉しそうに、携帯を弄り始める。


ある意味15年も片思いしてきた相手である。結局この後、香穂が潤之助のペースに飲まれ、周りに後押しされていつの間にか少しずつ話は進んでいく事になる。


気づけば、6年のブランクを経てイベントに参加する事になったのは入籍予定日の前日だったとかなんとか。旭と2人関係者席に座り、ソワソワしたのは潤之助には秘密である。



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