三話、革鎧(7)“ご飯パート”
「ヤッホー、リリよ! 今回の一口メモ!」
「今回の名言はアメリカの作家、アーマ・ボンベック」
『私は食いしん坊ではない。食べ物の冒険家だ』
「ラーナは食いしん坊なんだけどねー!」
「革鎧も出来上がったし……」
「わたし達はこれから冒険するわ!」
「ここから本編でーす!」
【異世界料理一品目;革鎧のポトフ】
この期に及んでもリリは食べる勇気が出ない。
「あのー、わたしー、気が進まないんだけどー……」
「リリが作ったんじゃん! 先に食べなよ!」
(まぁそうなるわよねー、食べないわけには、いかないわよね……どうにか……)
「っあ、この鍋、鉄製じゃないのね?」
「これっ? 正式な名前は知らないけど、オーク鉄って言われてるよ?」
「ふぇーー」
(異世界の鉱物かなぁ?)
「はい、どーぞ」
「っえ!?」
現実逃避をするリリに、ラーナは優しさからなのか、それとも逃さないという意味なのか、スプーンに乗せた革鎧の破片をスッとリリの目の前に置いた。
「どーぞ!」
どうやら逃がさないという意味らしい……
「っあ、はい」
ニコニコと満面の笑みでスプーンを置くラーナ。
リリは威圧感のある笑顔に負け、自分に言い訳を始める。
(だって逃げられないしー、ラーナさん大きいしー、あんなナイフ使いをする旅人VS空は飛べるけど魔法も使えないピクシーって……5秒も持たないわ)
「あぁもぅ! 分かったわ、食べるわよ!」
「やったね、よろしくねー」
覇気のない合いの手が入り、リリは覚悟を決めて、両手を合わせる。
「いただきます!」
「どーぞー」
(っえ、ラーナさんは食べないの?)
そう思ったリリだが、勢いで革鎧の破片を口に放り込んだ。
「うん……う……うん?」
「ど、どぅ?」
匂いはポトフに近いが、野菜がない分とローズマリーを入れた分で、ほのかにローストビーフに近い香りがする。
「これは……」
「これは?」
「噛み切れない」
(か、硬ったーい)
「えぇー」
リリの言葉にラーナは落胆した。
しかし臭くはないので、リリの頭の中では何とかなる気はしている。
(味は塩味、風味は若干の獣臭はするけどちゃんと消えてるから、思ったよりいけるわ)
「臭み消しは成功したみたいよ?」
「ほんとにー?」
「食感は最悪だけどね」
「そっかー……」
意外にも、肉らしい味もちゃんとしていた。
リリの想像していた以上に革鎧は判断が難しい食材であった、野性味があり肉々しい、ただただ噛み切れないというのが問題なのだ。
(固くなった豚肉と、飲み込めなくなったホルモンがくっついてる感じ? なんて言えばいいんだろう? これ)
「なる……ほ、ど? うーん、不味くはないけど? これは……どうなの?」
(調味料さえなんとかすれば、意外とどうにかなるの……かな?)
この先また食べるときの為に、少し考えてみることにした、もちろん、二度と無いに越したことはないのだが。
(例えば、赤ワインで一日ぐらい漬け込んで、ニンジン、玉ねぎ、セロリ、ニンニク、ローリエと一緒に弱火で一日ぐらい煮込めば……うん、これならいけそうだわ。噛み切れるならだけど)
口の中に残る革鎧の硬さに、顎への疲労感を覚えながらも、リリは更に考えを巡らせる。
横ではラーナが「うーん」っと悩んでいた。
(醤油と酒と味醂で煮込めば、辛うじて角煮の体は取れそうな気も……いやっ違う、味付けより調理法よ……っあ、じゃあ細切りにして生姜をたっぷり入れれば、しぐれ煮に……あーこれが正解だわ)
表情をコロコロ変え、唸りながら頬張るリリを見て、ラーナも意を決したように鍋に手を伸ばすと、一際小さな塊を指でつまみゆっくりと口に入れた。
「……んーーー!!」
ラーナは口に入れた革鎧をモグモグと食べながら、激しく地団駄を踏んだ。
「すっごーーい! 美味しいーー! リリ、これ美味しいよ!」
「ほ、本当に?」
「うん! 革鎧を食べられるようにするなんて、リリは本当に凄いねぇー」
「そっそうかな? エへへッ」
さっきまでの不安をよそに、笑いながら頭を掻くリリ。
更にラーナはとびっきりの笑顔で、とびっきりの賛辞を送り続ける。
「錬金術師みたーい! ボクってば、ほんとーに感動しちゃった!!」
「いやぁ、そんな素直に褒められると照れるわね」
「でも、だって、美味しいよ!!」
なぜかあたふたと慌てるラーナの物凄いベタ褒めに、心の中では天狗になるリリ。
(この状況でこんなに美味しいものを作れるわたしって……才能が恐ろしいわ!)
ラーナはふんぞり返るリリに満面の笑みを向ける。
そのまま直ぐに鍋に向き直り、大きな塊を取り出すとそのまま隅に噛みつく、そして思いっ切り引っ張る。
ギュー……パチッ!
破裂音と共に革がちぎれる、そのままモグモグと一心不乱に噛むと、ラーナはゴクリと飲み込んだ、そしてまた隅に噛みつき引っ張る。
バチッ! モグモグ、ゴクン。バチッ! モグモグ……。
(もう革鎧に夢中ね、こんな状況じゃしょうがないわよねー)
二人は一言も発することもなく革鎧を食べる。
リリはまだ一口目を嚙み続けているだけだが、ラーナを見ていると声をかけるのは憚られたし、必死に食べる姿は可愛くもあった。
しばらくバチッ! バチッ! っと勢いよく食べていたラーナ。
急にクリクリした大きな目から、大粒の涙がボロボロと溢れ出て来た……
「ぅ……うぅ……」
「ラーナ……さん?」
突然のことにリリは何を言えばいいのかわからない。
ラーナの涙は止まらないが、小さく呟く声が聞こえてくる。
「本当に……本当に、死ぬかと思った……」
「……っ!!」
ラーナの呟きにリリは絶句した。
彼女の今までの言動は、どこか死ぬことを受け入れているようにリリは感じていたからだ。
「食べ物があって良かった……ひっく……美味しいよぉ、うぅ……良かったよぉぉ」
裕福ではなくても、決して貧しくはない家庭で育ったリリ。
もちろん、ラーナ程の空腹を感じたこともない。
大粒の涙を零しながらも一心不乱に食べ続ける姿に目頭が熱くなる。
(……きっと辛かったのね。本当は怖かったのね)
実際の気持ちなど分からない、それでも予想はつく。
リリは想像だけで恐怖にブルブルッと身震いした。
(こわっ! やめよ、やめ!)
二人が出会ってから思い返すと、常に明るく振る舞い、かしましかったラーナである。
人目も憚らず、ボロボロと涙を零し、黙々と革鎧を食べる少女にその面影はない。
(まっでも、気に入ってもらえて良かったわー! せっかくなら美味しく食べてもらいたいもの)
リリは逆に微笑ましくも思った。
「にしても……凄い顎と歯の力だなぁ」
考えることを止め、明後日なことを呟くリリは、涙を零しながら一心不乱に革鎧を食べるラーナを、ただただ眺め続ける。
もぐもぐと噛み続ける口の中、一口目は消えてくれそうもない……
空腹は最高のスパイスだと言うが、人は泣けるほどの空腹に耐えられるのか。
物があふれる世界、食べることに困らない人には一生かけても感じないような飢餓感は、果たしてスパイスとなりえるのであろうか?
(やっぱり、想像じゃわかんないわね……味わいたくもない!)
すっかり日も落ち、月明かりしかない砂漠で、焚き火のパチパチという音と、ラーナの革鎧を噛みちぎるバチッという音だけが、不規則に、それでいて楽しげに鳴り響く。
「ヤッホー、ラーナだよー!」
「ヤッホー、リリよー!」
「リリ、ホントーにありがとう!!」
「っね! わたしって天才でしょ?」
「そうだねー!」
「もっと褒めても良いのよ?」
「「次回『SS、ボクがボクと呼んだ日』」」
「異世界って理不尽だわー」
一週間26日までは3話投稿する予定です。
7:30、13:30、21:30の予定ですが、前後する可能性があるのでご了承ください。




