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リンデは救急箱と血まみれタオルを持って先に精霊士長の所に行くと水の交信室を出て行った。その後、女の精霊士たちは更衣室で着替えをしている。蛇妖精の見張りはアッディルがすることになった。マディ曰く、アッディルは着替えが早いから後から更衣室に入ればいいだろう、とのことだ。
クララはアッディルと二人になったところで改めて頭を下げて礼を言った。
「アッディルさん、この度は本当にありがとうございました。おかげさまで命拾いしました」
あぐらをかいて蛇妖精の見張りをしていたアッディルは片手をあげた。
「おう、困った時はお互い様だ」
「あまり命の危機に陥ったことがないので、こういう時はどうお礼をしたらいいかわからないのですが……」
もう照明魔法も消えて暗いプールに戻った水を見て、クララは少し首筋が寒くなる気がした。
「礼はいらないだろー、人助けは当たり前なんだから」
「アッディルさん、重ね重ねありがとうございます」
ぺこり、とクララはまた頭を下げた。
「それにしてもその蛇は凄い力でしたね。私、結構力自慢なんですけど全然振りほどけなかったです」
力自慢、その言葉は本当にその辺の男より力がある、ということなのだがアッディルはそんな事は知らない。女の子にしては力がある、と受け取った。
「うーん、こいつ水と親和性が高そうだから水があればある程力が増すタイプかもな」
「じゃあ、この部屋に居たらまずいのでは?」
「いやいや、ばあちゃんの魔術で固められてるだろ?この黒いやつは相手の力を封じる魔術なんだ。この蛇はもう何もできないよ」
マディさん凄い! クララのマディへの尊敬度が上がった!
クララがアッディルと話をしているとライトミィが戻ってきた。
「クララ、もう動けるかしら?ワトゥール統括が話を聞きたいって」
その言葉にクララはその場でジャンプスクワットを三回してみて「動きます!」と、ライトミィに報告する。
「そう、なら行きましょう。アッディル、今回はありがとうございます」
「気にすんなー」
蛇妖精を視界に収めたまま、アッディルはマディと少し似ている目元を綻ばせて手を振った。この振りは「またな」の意味だった。
ワトゥールの部屋、クララが来るのは谷の都に来た初日以来だ。
「ライトミィ・セイントナ、クララ・メイです」
ライトミィがノックしてそう名乗ると中から入室の許可が出る。ライトミィとクララが続けて入室すると、中にはワトゥールと今の持ち場のリーダーであるエルシアがいた。
「クララ、ライトミィから話は聞きました。まずは無事で良かった」
「ありがとうございます」
エルシアは本当に心配してくれていたのか、クララに向かって歩き出そうとしてここがワトゥールの部屋であることを思い出し足を戻した。自分のテリトリーであるタオルの多いあの部屋であればクララの手を取って無事を喜んだことだろう。
「今回は災難だったね、しかし業務中に起きた出来事だから私たちも情報の共有をしなければならないんだ。数日中にこちらの報告書を提出してくれますか」
ワトゥールはデスクの引き出しを開けて紙を二枚出した。クララ用とライトミィ用だ。
「口頭での報告は無くても?」
ライトミィから確認が入る。
「できたら聞きたいのだけれど、クララは大丈夫かな?」
「大丈夫です! ……が、私の話、短いのですが」
「当事者ですからね、でも重要な話でもあります」
では、とクララは水の交信室にタオル交換の業務に行った事、アンジェリカに妖精を紹介してもらえると自分からプールに近づいた事、紹介してもらった妖精とは違う蛇の妖精に体に巻きつかれて引っ張られて水に落ちた事……を話した辺りで体が震えた。
「大丈夫?」
ライトミィが背中に手を置いてくれる。
今度こそエルシアが近づいてきて手を握った。クララは口を開けて空気を吸う。
「……水の中で、息ができなくて、それから、それから周りが明るくなりました。その後急に息ができるようになって、蛇の妖精が体から外れて、精霊士のアッディルさんにプールから上げてもらいました」
あとは、あとは、続きが出てこないクララにワトゥールは「もう大丈夫ですよ」と優しい声で言った。
「今回のことは人一人の命に関わる事です。精霊士長ともしっかり話をします」
エルシアが「よろしくお願いします」と、念押しする。
「よろしいでしょうか」
ライトミィに視線が集まった。
「今日はクララをもう寮に帰したいのですが」
えっ!? とクララ本人は驚いているが、ワトゥールもエルシアも頷いている。
「そうですね、クララさん今日は午前上がりで」
「ゆっくり休んでね」
「ありがとうございます」
この「ありがとうございます」はライトミィの発言だ。クララを置いてきぼりに話は進んでいく。
そのまま挨拶もそこそこにワトゥールの仕事部屋から出たクララはライトミィに手を引かれ詰め所に行き自分の傘を持って精霊殿裏口に来てしまった。
「あの、ミィさん、私まだ元気です」
「そう思ってるの、クララだけよ。パンダ! いらっしゃい!」
「はいなのよ」
その辺の水溜りを囲んで踊っていた妖精パンダが一匹やってきた。大きな葉っぱを傘にして。
「クララを二番寮まで送ってやって。私は仕事に戻るから」
「了解なのよ」
「えー」
「えー、じゃないの、クララ。貴女は大変な目に遭ったの。本当なら明日も休んでもらいたいくらいだけど、とりあえず今日だけ休んで。ミチルにもちゃんと説明しておくのよ」
じゃ、帰りなさい、そう言ってライトミィは睨むようにクララを見た。
「うーん、えと、帰ります」
ライトミィの眼光に押され、クララは傘を広げる。
「それでよし。報告書、帰ったら一緒に書きましょう」
いつもの目に戻ったライトミィに手を振りながらクララの本日のお仕事終了である。




