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黒い拘束から逃れられずうねうねと動く蛇の妖精を見張りながらソフィアはアンジェリカに問う。
「何があったか最初から説明できますか、アンジェリカ」
どきり、とアンジェリカはすくみ上がる。自分が精霊や妖精と交信するのには不必要なクララとケーティの交流を持ちかけて、水辺にクララを近づけたのはアンジェリカである。怒られるだろうと思いながらクララとライトミィが水の交信室にタオルを持ってきた所から経緯を説明した。
「えっ、あの小さい人魚、クララとの会話を要求してそれを飲んだのか?」
「ケーティはいい子なんです……」
「そうですね、ケーティは信頼できる妖精です」
「だとしても、雑用係も仕事中だったろ、なぁクララ」
精霊士だけで話をしていると思ったのだが、クララも話の輪の中に入っていたようだ。
「すいません、私も妖精と話せるということで楽しくなってしまいまして……」
「……見えない人はそうなるかー。つか、妖精ならパンダでいいじゃんか」
この谷の都に来てからパンダは毎日の生活に入り込みすぎていてご近所さん感覚だったのだ。クララとしては非日常にちょっと憧れる年頃、妖精と話せるなんて中々無い。
「クララがプールに近づいた事、アンジェリカの過失ですね」
ソフィアは一番アンジェリカの事を考えているが、だからこそ駄目なものは駄目だと思っている。一人前の精霊士に育てる為には時には厳しくなければいけない。
「え、でも私は自分でプールに近づきました!」
「いいのよクララ、本当にごめんなさい、息ができないのは苦しかったでしょ」
「死んでないので全ては経験みたいなものです!」
クララの言葉にアンジェリカもソフィアもアッディルもギョッとする。マディはにこにことクララを見る。
「クララ、あたしも結果論は大好きだよ、経過より結果は大事だね。でもそれじゃ駄目な時もあるのはわかるね」
「それもそうですね」
優しく言われてクララ自分の意見を引っ込めた。言われてみればそうだな、と思ったのだ。思ってしまったからには嘘はいけない。
「アンジェリカさん、怒られる時は一緒です!」
なんて頼れる言葉だろう、アンジェリカは嬉しくなったが首は横に振った。
「怒られるのは私だけよ」
「えー」
なんだか変わった奴がいる。めちゃくちゃ精霊が周りに居るのに全く見えてないし、アッディルはクララを眺めていると水の交信室の扉が開いた。
「やあ、怪我人はどこかな?」
リンデが救急箱片手にやってきた。
「あ、リンデさん!こんにちは!」
「こんにちはクララ」
「なぜリンデさんが?」
「医療魔法が使えるからだね。いざという時の医者役もやってるんだ」
この人なんでもできるな、クララはしみじみした。
「リンデ、先にクララを見てやってくれ、妖精に絡まれて水に落ちた」
「分かった、アッディルはもう少し気合い入れてタオルを傷口に押し当てるように」
アッディルの持っているタオルには血が付いている。実は今も出血は続いているのだ。
「あの、私は特になにも……」
「うん、手を出して」
服も乾いて健康です、と言いたかったがリンデは有無を言わさなかった。手のひらを上にして差し出すとリンデはその手を取って魔力を流す。
「何してるかわからないと不安だよね、魔力光らせるよ」
光がクララの手から腕を通って全身に広がっていく。皮膚の少し下を光が走っているようだ。じんわりじんわりと光が広がっていって、およそ一分間。
「サーチ完了、健康です」
健康診断された。
「凄い筋肉量だね、クララ。そのままでいられるようならいたほうがいいよ」
「えへへ」
なんだか褒められたので笑っておいた。
「じゃあ、次はアッディル」
「頼むわ」
アッディルにリンデが近づいてタオルを外すと腕に小さな穴が二つ空いて血がダラダラと出ていた。
「蛇型妖精に咬まれた。そこに転がってるやつ。毒がないか調べてくれ」
「わかった」
傷口を見た後、すぐにタオルを押し当てたリンデはクララの時と同じようにアッディルの手を取って魔力を流す。一分間より長い時間のあと、リンデは手を離して救急箱を開ける。
「毒の類は無いね、消毒と止血しておくよ」
救急箱から薬を出すリンデを見てクララは小声でソフィアに聞いてみる。
「医療魔法って怪我は治せないんですか?」
「小さな怪我は自分の治癒能力で治さないと自分で自分を治す力が低下してしまうんです。治そうと思えば一瞬ですよ」
なるほどなるほど、クララは頷いた。
アッディルの怪我の手当てが終わったリンデは救急箱から袋を出して血のついたタオルを入れる。
「クララ、このタオルはこっちで処分するからきみの所のリーダーに伝えておいてくれるかな?」
「はい……洗えば使えるのでは?」
「血がついたから、洗浄魔法を使わないと綺麗にならないよ」
「そういうものなのですか?」
「そういうものよ」
最後はアンジェリカに諭された。




