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プールの水面近くには梯子が数カ所設置してある。その内の一つに雑用係の女の腕を引っ張って連れて行くと飛びついて登り始めた。
空気で包まれて息が出来る状況とはいえ、妖精に水の中に連れ込まれたのならさぞ怖かったのだろう、とアッディルが思っていると小さな人魚は女に頑張れ!、と声をかけていた。うん、この人魚の妖精は問題なさそうだ。
アッディルは梯子は使わずにプールの縁に手をついて腕の力でプールから上がる。
梯子を掴んだままプールから上半身を出してそのままぐったりと動かない雑用係の女に少し驚いたが、腰を抜かした状態で動けなくなっているだけのようだ。
「大丈夫か、あんた」
「た、たすけて、いただき、ありがとう、ござい、ます」
息はできていた筈なのだが、雑用係の女は息も絶え絶えにそう言った。
「あーん! クララ! 無事で良かった! あたしはさっきの蛇野郎をシメてくるわ!」
そう言って小さな人魚は水の中に戻っていく。
アッディルが水の交信室全体を見渡すとアンジェリカともう一人雑用係がこちらに向かってきていた。
「クララ! クララ!」
アンジェリカはアッディルと共にプールから上がったクララ目掛けて走っていた。後ろからライトミィが「走ると危ない!」、と言っているが無視をして。
アッディルがクララに手を貸して全身を水から引き上げられプールの側に座り込んだところに抱きつく。なんか変な感触だ。不思議な顔をしてるとアッディルが「空気膜を消すぞ」、と指を鳴らす。
ぱちん。
ちゃんと触れている感触。アンジェリカは服が濡れるが気にせずにクララをもう一度抱きしめた。そもそも水の交信室では濡れてもいい格好である。
「なんかタチの悪い妖精に絡まれてたぞ、俺も咬まれた」
そういえば腕から血が流れているアッディルにライトミィがタオルを渡してくれた。アッディルはこちらの雑用係はたまに廊下で見る顔だな、と思いながら礼を言う。
「後輩を助けていただきありがとうございます」
雑用係からも礼を返された。
「当然のことだ。災難だったな、そっちも」
「あんな妖精いるんですか?」
「いや、人の世界に来るには妖精も色々あって、基本的に戦闘用の召喚魔法で喚ばれた時以外は攻撃的な事はしない筈だ……妖精パンダがたまに人を攻撃するが、あれは人の法とちゃんと照らし合わせて判断してる」
ライトミィはクララの肩にタオルをかけてやりながらアッディルに問う。
「じゃあ、あれは貪獣みたいなもの?」
「こんな人域に貪獣は入れない。精霊士の目から見てもあれは妖精だ」
とにかくもう少し水から離れよう、とアッディルは提案した。
ライトミィは頷いてクララとアンジェリカを立ち上がらせようとするもクララが立てないでいる。アッディルはクララを荷物のように持ち上げる魔法で水の交信室の入り口側、少し広くなっている場に連れて行った。




