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本屋ではアンジェリカは本を買わなかった。なんだかファッション誌は兄たちが全種類買ってそうな気がして買えなかったのだ。家に帰ったら家族共有の本棚を確認しなければ。
「……そんな訳でうちにはファッション誌があるから、読みたかったら言ってちょうだい」
「はい、ファッションには疎いので嬉しいです!」
本屋から出て暗くならない内に家路に着く。暗くなっても妖精パンダに道を照らしてもらえばいいのだが、だからって帰りが遅くなっていい訳ではない。
「そういえばアンジェリカさん、『嵐舞』の話なんですけど」
「なにかあった?」
「私、髪や顔に焚き火の煤が付いたままだった気がしたのですが、ベッドが汚れてなかったんですよ」
「アナタ!汚れてる自覚があるなら拭いてからベッドに入りなさい!」
すいません、とクララは謝る。
「眠くて……」
「まったくもう……多分だけど、私以外の精霊士の誰かが洗浄魔法っていう表面の汚れを取る魔法をかけたんだと思う」
「便利な魔法ですね」
「私たち精霊士は踊ってる最中はずぶ濡れだし、終わればお湯に浸かれるけど、アナタたち雑用係は大変よね、だから黙って誰かが洗浄魔法を使ってたのよ」
「黙ってた理由は?」
アンジェリカは首を横に傾けて「うーん」、と考える。
「目の前に立って、『今からアナタに洗浄魔法をかけます』、って言うのも相手に失礼だからじゃない?」
「私なら『そんなに汚れてるかな?』、って思います」
「きっとそういうことよ」
そうして話終わると、アンジェリカの家とクララの寮への分かれ道に立ってしまっていて、パンダがちらちらこちらを見てきていた。パンダは一人歩きになったら一緒に歩いてくれるのだろう。
「アンジェリカさん、今日はありがとうございました!とても楽しかったです」
「こちらこそ、素敵なカフェに連れてってくれてありがとう」
「また明日から頑張りましょう!」
「そうね、お互いにね」
「じゃあ、私はここで!」
「……うん、さようなら」
「はい!さようなら!」
未練など微塵も無いクララはさっと背中を見せて歩いていく。そんなクララの足元にパンダが近寄っていった。
「クララ、ここでふりかえってバイバイするのよ」
言われた通りに振り返って手を振ると、まだ元の場所から動かずにこちらを見ていたアンジェリカが手を振って背を向けた。
「よくやったのよ、クララ」
クララにはなんだかよくわからなかったが、誉められたのだから良い事なのだろう。
「寮までパンダがいっしょにあるいてあげる」
「ありがとう、パンダ」
まだそれ程太陽が傾いているわけではないのだが、パンダが送ってくれるなら頼もしいな、と思う。もう迷うような道筋ではないが、パンダはクララより谷の都に詳しいのだから。
「ねえパンダ」
「なぁに?」
「今日はとっても楽しかったんだよ」
「それはよかったわね」
「えへへ」
素敵なカフェに行った、ソーダフロートを飲んだ、可愛い髪留めを買った、ペンダントも買った、美味しいランチをとった、本屋で面白そうな本も買った!
こんないい日があっていいのだろうか!
クララの臨時休暇は非常に満足いくものとなった。
「ねえパンダ」
「なぁに?」
「今日、すっごく楽しかったの」
「それはよかったわね」
「クララが友達になってくれたら、ってたくさん考えた」
「うんうん」
「でもまだ恥ずかしいから、まだ友達じゃなくてもいいの」
「アンジェリカのペースでいけばいいのよ」
「うん、私、頑張るね」
アンジェリカとパンダの影がちょっと長くなる時間のお話し。




