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ミシアが客間から出てくると、クララに「もう大丈夫ですよ」と教えてくれた。黒いグラスで目元は全く見えないが、口元は微笑んでいる。
「では……僕はこれで。ヴァルキリヤももう少ししたら来ると思いますので」
クララから見たミシアはずっと年上のお兄さんに見えるが、クララ相手にも丁寧に接してくれた。それにアンジェリカを診てくれたお医者さまだ。「ありがとうございます!」とお礼を言った。
ミシアが長い廊下の角を曲がる頃に客間のドアが開く。ソフィアが笑顔で「もう入っても大丈夫ですよ」と手招きするので中を覗けば、アンジェリカはソファに座って膝掛けを掴んでいた。
脱水症状だったのに膝掛けをかけて暑くないのかと思ったが、そういえば屋敷の中は涼しい。
寮の部屋も涼しいし、精霊殿も涼しい。谷の都の特徴なのだろうか。
「アンジェリカさん、大丈夫でしたか?この部屋涼しいですね」
大声は控えて聞いてみるとアンジェリカはさらさらと答えてくれる。
「涼しいのは水と風の魔力を屋敷中に回しているからよ。壁紙の下に魔力を流すと反応する紋様が刻んであるの。オーブンと逆の理屈よ」
そのアンジェリカの姿に「元気なアンジェリカさんだ!」とクララは嬉しくなった。
「元気にはなりましたけど、まだ病み上がりですからね、もう少し休みましょう」
ソファ前のローテーブルには水やジュースや飴が置かれている。ソフィアは部屋に備え付けられているグラスを持ってきてクララにもジュースを注いでくれた。
「クララ一人に鱗剥がしさせてしまって申し訳ありませんでした。貴女も水分をしっかりと取ってくださいね」
こちらの飴は塩が入ってるんですよ、と飴も勧められたがそれは美味しくなさそうなのでクララはジュースだけを受け取って飲んだ。グレープフルーツのジュースだ。
「本当に……ごめんなさい。鱗剥がしに誘ったのは私なのに……」
アンジェリカの空気が暗くなるのを感じてクララはグラスをローテーブルに戻す。そして笑顔で言うのだ。
「今日は楽しかったです!」
アンジェリカは目をぱちぱちと開閉させた。
「竜に乗った事はあっても、鱗を剥がすのは初めてでした、今日の作業終わりに竜のダイアさんから『世話になった』ってお言葉をもらったんですよ。竜ってテレパシーで話をするんですね!初めて知りました!それに青竜も見れました!それにこちらのお宅のご飯も美味しくて、アンジェリカさんの言った通り、今日は感動する事が多かったです!」
クララは頬を少し赤くして興奮したように伝えた。特に竜と会話したことと、ユグ家の食事には本当に感動したのだと身振り手振りを交えて。
アンジェリカは客間に通されてソフィアが来た時に少し泣いていた。目が赤くなるほどではなかったけど、情けなくて泣いていたのだ。
今、なんだかわからない感情でまた泣きそうだ。でもクララが嫌なわけではない。
なんとか涙をこらえたアンジェリカはつまる声で言った。
「よかったわね」
素っ気ない言葉だ。
「はい!」
クララはいつも通りに元気に返事をした。




