26歳 退会宣言
「あ、私、将棋辞めるんで」
その一言に協会関係者は絶望の渦に叩き込まれた
なにせ三矢香の人気だけに支えられているのだ
今、引退されたらスポンサーである新聞社も各種企業も一斉に手を引くだろう
小5で研修会入会
19歳ギリギリで奨励会1級編入
21歳ギリギリで初段に昇段
24歳でプロ直前の3段昇段と同時に結婚
そして26歳の奨励会退会年齢制限ギリギリで惜しくも4段を逃した悲劇のヒロイン
その崖っぷちな人生は将棋に興味がない人間をもハラハラドキドキさせたという曰くつき
おまけに4段を逃したのが妊娠による欠席というのだ
そんな美味しいネタをマスコミが逃すはずがない
さらに言えば妊娠により欠席する前までは全勝しており、初の女性棋士誕生か?!とまで言われていたのだ
居るだけで将棋の人気があがるというのも当然であった
「なんとか続行を!」
という声に対して香は言った
「夫には高校の時から10年近く支えられたので、そろそろ倍返ししようかなと思います」
・・・完全に『倍返し』の使い方を間違えているよ、関係者一同の心の叫びだった
さらに説得を続ける面々に対して
「実際、夫孝行のため妊活しないと?」
とシビアな現実を突き付けた
・・・もうすでに妊娠しているが生まれるまでが妊活なので使い方は間違っていないはずである(たぶん)
香はもう26歳なのだ
子供が一人や二人いてもおかしくない年頃
言っていることは誰よりも正しかった
だからといってただでさえマイナーな将棋
居るだけに人気が爆上がりする香を手放すのはさすがに惜しいといえる
まさにワンアンドオンリー
なんとか思い留まるようにするために関係者は夫に縋った
「アンタらは『将棋界のため』と言いながら妻に続行を強要しているが、あんたらは妻に何をしてくれるつもりなんだ?」
夫はロジックモンスターだった
「ああ今まで何してきたんだ?でもいいぞ」
さらに追い打ちをかけてきた
なにせ高校時代から正論を吐きまくって数多の口論に勝利してきた問題児
さらに言ったことを自分で実行してみせた異端児
大人になっても健在であった
・・・人生経験と金がある分、タチが悪くなった、とは高校時代からの友人の談である
この嫁にしてこの夫あり
まさに夫唱婦随と言って良かった
いやこの場合は婦唱夫随の方が正しい?
今日も将棋界は大騒ぎだった