36歳 引退前夜
「引退を取り消すように説得をお願いします」
将棋の広報の人から頭を下げられた
「いや嫁が「引退したい」って言ったなら協力するのが夫ってものでしょ」
と声を大にして言いたい
高校の頃から嫁を支え続けたおかげで結婚できた
大学時代には土曜深夜に嫁を車で大阪の将棋会館まで送っていた
まあ結婚してからも送ったけどな
深夜のドライブというやつだ
・・・行きも帰りも嫁は寝ているか将棋の勉強をしているかで会話は全然なかったんだけどな
結婚してからは食事を作ったり、掃除したり、洗濯したりが加わった
今思うと結構尽くしていたな
そんな嫁が
「そろそろ旦那孝行しないと」
と言う理由で女流棋士を引退すると言いだした
協会の人間は驚いたそうだ
そして総員で引き留め工作にかかった
ところが妻ほもうすでに投了しているため説得に応じなかった
そこで引退の原因となっている夫に話がきたと言う訳だ
「だが断る」
少々社会人っぽくないのは亀さんのせいだな
36(歳)にもなって中二病が止まらない
でも協会の広報の人は必死になって夫にしがみ付く
そりゃそうだ
実力の棋士
人気の女流棋士
とまで言われるようになったのは妻のおかがだ
将棋の人気を一身に背負う妻は捨てられないわな
「でも妻が引退したなら夫が作った将棋のソフトは市販できるようになりますよ?」
そう言うと広報の人が悩みだした
『A級棋士であっても平気で勝つ』
と言われるほど成長したボクのソフト
高校時代でも凄かったけど、年月を経た分、さらに磨きがかかった(らしい)
妻が言っていたからそうなんだろう
夫は素人に毛が生えたようなものなのでいまいち判断がつかないんだけどな
そんなソフトを使って勉強しているおかげで妻は連戦連勝中
将棋指しには喉から手が出るほど欲しい一品と化していた(らしい)
だったらここで使わない手はない
ということで使ってみた
・・・これで妻が引退できるといいな、と思った夫は甘かった
名人の
「クイーンの引退撤回と将棋ソフトの販売は別だよね」
との一言が決め手だった
さすが棋士
頭脳戦では勝てませんでした




