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2133年の形

作者: N(えぬ)

 彼は、私の知る限り「最も美しい容貌の友人」だった。私は男で、男性には趣味のない私だが、彼をどんな友人かと聞かれたとき、真っ先に思い浮かぶのはその美しさだったからだ。

 いまの時代、容貌を比較的思い通りに変えるのは難しいことではなかった。簡単に言うと「美容整形」であるが。世間一般に受け入れられていた。


 一方で、「変えないこと」を主義と主張する考え方があった。生まれ持っての容貌は変えるべきでないということだ。それは、一般倫理的考えからも、あるいは何らかの宗教的考えからも、そう訴えるものもいた。けれど、もはや「多かれ少なかれ大半の人ではないか」というほど多くの人が自らの容貌に手を加えている時代に、「純粋」を主張するのは無理があり、ごく少数のものだった。


「程度の問題」という意見も多かった。「やりすぎ」は、突然だと周囲の人間にも衝撃を与えるのは事実だった。見た目で判別できなくなり、家族だと証明するのにDNA鑑定などを必要とする場合さえあった。


 だが、人は「美しくなりたい」という欲求を持っていることは事実だ。人間だけではない。生物の多くが何らかの理由により「自らの美しさ」を競う様に出来ている。「こころこそ美しく」と言いながらも、「まず見た目に惹かれる」というのは、自然の摂理でもあるのだ。


 とにかく、最初に話した「彼」は美しかった。彼の名は仲川俊一というのだが、仲川というと「あの仲川か?」と多くの人が思うくらいの資産家の家庭に生まれた男だった。現在32才。当然と言うべきなのか独身。

 その彼が自らに施している「容貌の変更」は、「美容整形」などというものでは無い。脳と一部機能を残して顔全体を人工の素材に置換しており、その形状を高性能コンピューターと専用ソフトによって自在に変更できると言うシステムを使っていた。 この方法。顔の素材置換手術と制御用システム一式で一般人、数人分の生涯年収に匹敵する価格だった。さらに、月ごとの当人のメンテナンスにも相当な金額が掛かるし、システムの管理料も掛かる。だから、世界でもそれほど多くの人間が使っているわけではない。それでも、それを納得させるだけ「美しい顔」を持つことが出来た。異性も同性も、本人の性格が好きかどうかなども関係なく。彼を間近に見れば、「ちょっとため息が出るくらい」に美しいのだ。


 本人がこれほど美しいと、恋の相手にも同等の美しさを求めるのかというと、そうでもない。彼の好みは、都会とか先端とかいうものから少し離れたところにあった。彼自身は労働などというものとは無縁だが、「体を使い汗を流して働いている女性」を見ると気持ちが高ぶってしまうのだ。

「あれほどの美形ならさぞや女性関係も派手だろうと思うが、パーティーなどで彼が連れている「素朴な」女性を見ると、なんかいいヤツなんじゃないかと思う」

 周りの男どもがよく持つ感想だった。



 彼は、しばしば気分で顔を変えた。日に何度も変えることさえあった。時と場合を考えて変えてもいた。

 後頭部に受信機を差し込み、制御システムで顔の管理ソフトウェアを起動する。

 目、鼻、口、耳。それらパーツの大きさや角度をモニタ画面上で確認しながら調整する。

 大概の場合、顔モデリングの作家が提供したライブラリの中から好きなものを選び、それに自分なりの調整を加える。ソフトウェアのスライダバーを動かして直感的に操作することも出来るし、任意の位置を数値を入力することで調整することも出来る。


「きょうは、こんな感じでいいかナ」

 おかしなものだが、モニタ上で作った顔を最後は鏡で確認する。「自分で見ても美しい」と鏡の中の自分に見惚れる。ナルシストとはこういう人間のためにあることばだろう。



 ある日、彼は仕事で地方都市の牧場へ行った。彼自身は、労働はしないと言ったが、大資産家一族の中心となる人間であり、ゆくゆくは全てを掌握するであろう人間である。経営こそ彼の労働だ。

 といっても、牧場へ来たのは、こういう場所が好きだからと言うのも大きい。全てが人工的になる世界中で、あえて「手作業」に執着した事業を試みるのが、彼の売りでもあった。そして、その作業に従事する女性を見るのが好きで堪らない。牛の前にかがみ込んでいる力強い後ろ姿の背中を見ているだけで高揚を覚え「はぁっ」と声が出て天を仰ぐようなことさえした。

「造られた究極的美と偶然が生み出した二つとない自然の美が接触する化学反応」



「ああ、君ちょっと」

 彼女の背中に仲川俊一が声を掛け、彼女は腰を落としたまま肩越しに振り向いた。もうそれだけでよかった。三日後には彼女は俊一の元へ引っ越してきていた。


「今度の彼女は、あのなんだ」

 パーティーの場で、多くの人間が近くから遠くから囁いて見た。

 彼女の名前は江田ユキ。19才になったばかりだという。彼女が俊一を見たとき、どんな風に思ったかはわからないが、「見つめられて何も言えなかった」とのちに語っている。超絶の美男子がさらに羨望の瞳で彼女を見て声を掛けたのだから、一瞬で心が動かされて不思議はなかった。ただ、こういう事態は俊一の周りで仕事をする秘書などにしてみると「また火が付いてしまった」という気がするらしい。下手に大きく燃え上がる前に消さねばならないときもある。口の悪いやつは「たばこのポイ捨てで、雑草火災にならないようにしないとな」などとぼやく。


 江田ユキは俊一に連れられて、方々へ出向いた。公私ともに、これほど「集まり」が必要なのかと思うほどの多くの場所へ出向いた。

 彼女は洗練されてゆく。それはそうだろう。牛相手に汗を流していた女の子が、「そんなのもの日本にあるんだ?」という「社交界」にデビューしたのだ。

「恥ずかしくないようにしませんと」と俊一の女性秘書から各種の指導を受ける。「土付きの野菜は洗いませんと」これも秘書のことばだ。

 だが秘書たちは知っている。いや、身に染みていると言う方が合っているだろう。彼女は洗練などされないほうがいいのだ。育ったその場所にいるのが幸せなのだ、と。俊一は、彼女らのその朴訥さ、力強さ、自然の美に惚れているはずなのに、いつも身近に置きたがり、変化させてしまう。そして「変わってしまったものには、興味が失せる」のだ。そっとして置けば長く楽しめる華なのに、わざわざ切って洗って花瓶に生けて、枯れさせてしまう。「欲しかったのはこれじゃない」と思い投げ出してしまう。


 彼女はそれでも、「まあ、たぶん数ヶ月は「愛される」だろう」そう思われていた。確かにそうだった。アクが抜け切ってしまうまでの数ヶ月。だがそれが終わると、この「見た目は美しいが腹はどうかわからない人々の世界」に居続けられる者は滅多にいない。離れて元に帰ったほうが幸せというのが定説だった。



 ある盛大なパーティーの日。人々はいまも、俊一の変わらぬ。いや日々、わずかでも変わり続ける美しさに、羨望の目を向けている。いかなる場所へ行っても主役。そう生まれた。そうとしか思えない存在だった。そういう風に彼は見られている。

 反して、そんなときユキは、いつも不安になる。自分かここにいることの不安定さ。それが彼女を揺さぶる。人々の目を見ればわかる。

「アソビ相手の小娘」「お前なんか」そう言う目だ。そう言う思いは、日々募り、彼女のこころを乱してゆく。浸食してゆく。


 夜半を過ぎ、「善良な客」はパーティーをあとにする。俊一とユキも、今夜は引き上げた。そして自宅へ。

「俊一さん。わたし、聞いておきたいことがあるの」

 ユキは彼のへやで、他に人のいない場所で聞きたいことがあった。それは、以前に知り合った「こころある女性」からの忠告から始まっていた。その女性はユキに、「彼に本気になってはいけない。夢中にならない、その前にお別れしなさい。それがあなたのためよ」そういうものだった。

「わたしは、やっぱりただの一時の遊びなの?」

 俊一は、いままでもずっと、一瞬の愛情を楽しんできた。だが多くの相手の女性は、「こんな世界」を知らぬところから来た純粋さの欠片をまだ胸に持った娘たち。俊一の気持ちを確かめたくなるのは当然だったろう。だが、ものなれた女なら「聞くのは野暮、お門違い」と釘を刺しただろう。それとしってか知らずか、いずれにしても、聞かないほうがいいとわかっていても聞かずにおけない、彼の気持ちだった。


「ハハハ、そんなことか。そんなことどうでもいいと思わないか?僕はまだ君を愛しく思っている。君も僕をそう思っていてくれるのだろう?その二つがあれば、ほかに何が必要なんだい?キミはそんなことを心配しなくていいんだ。いいんだよ……僕は君を慈しみ、愛おしむ。その気持ち、その事実に「アソビ」なんて不潔なことばはそぐわない」

 俊一はユキを抱きしめ、遠いなにかを見るような目をした。そして、彼女が落ち着いたと見ると、俊一は彼女をいすにそっと座らせ、テーブルのブランデーをグラスに注ぐと与えて、

「きょうは緊張しただろう?いつにも増して盛大なパーティーだったからね。君は何も食べないし、飲まない。そういうのはよくない。少しそれを飲みなさい。気持ちが落ち着くだろう。そして、きょうは、早く眠ろう」

 俊一はそう言いながら、何か気になることがあるのか、姿見に自分を映して何度も振り返ったりしていた。そのうち、顔制御システムのところへ行きシステムを起動して送信装置を後頭部にセットした。

 システムの起動完了を知らせるメッセージがモニタに表示され、俊一の後頭部の受信機にも状態を示すランプが点灯する。


 俊一は顔制御ソフトをいじり始め、細かい数値を確認している。それを少し離れたいすに座っていたユキは、俊一に渡されたブランデーのグラスを持ったまま見ていた。

 ユキは、俊一が自分の顔をいじるこのような姿は、いままでにも何度も見ている。そんなときの彼の目。モニタに映る彼の顔モデル。数値。姿見の前に立ち確認する、その目。


「あなたが愛しているのは。世界で最も愛しているのは、慈しんでいるのは、愛おしいのは、誰でもないあなた自身ね」

 ユキは、グラスのブランデーを飲み干していた。

「なんだ、酔ったのかい?空きっ腹に飲ませたのは失敗だったかな」

 俊一はユキに振り返って微笑んだ。

「わたしは。わたしはあなたに、少しでも愛してもらいたい。それには、あなたが壊れてしまえばいいのかしら」

「ユキ。どうしたんだ?おかしいぞ今夜は」

 俊一がそう言いながらまた自分を見るために姿見の方へターンしたとき、ユキはいすを蹴るように立ち上がり、顔制御ソフトへ走りよるとキーボードに手を掛けた。制御ソフトが警告メッセージを出す。

『入力された値が正常範囲を超えています。このまま続行しますか? Yes No』

「カチッ」

 Yesのボタンがクリックされ、数値が反映された。俊一は声を出す間もなく、姿見の前にドサッと倒れた。

 そこに「美」が無残に崩壊していた。



 以上が、私が友人から聞いた、彼についての話のすべてである。




タイトル「2133年の形」

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