TSロリババァ・インフィニティ
わしの名前はホシゾウ。
当年とって、百と六歳。明治最後の年生まれ。
五つの時代を駆け抜けた男は、本日このとき大往生を遂げた。
何の憂いもない、眠るような最期じゃった――
――はず、だったのじゃが。
気付けばわしは、異世界へ転生していた。
そういう話は、ひ孫から聞いたことがある。何やら、あにめじゃとか、まんがの話じゃと言うておったが。
最初はそれさえ分からんかった。
何せ、五十人近い子孫に囲まれ目を閉じたと思ったら、次の瞬間には、薄桃色のれえすやりぼんで飾られた部屋で目を覚ましたのじゃから。
起き上がろうとして、おっと思った。身体がずいぶん軽い。
わしも、百を超えた年にしては元気じゃと言われておったが、寄る年波には勝てん。最近は、得意のゴルフでも五度に一度はえいじしゅーと(年齢より下のスコアで1ラウンドを回ること)が達成できず困っておった。
だのに、その日の寝覚めはえらく爽やかで、まさに跳ね起きたのじゃ。
死んだと思うたが、ただ寝ておっただけじゃったか。そう思って、寝台から飛び降りた途端、こんこんと扉を叩く音がした。
「何じゃ」
「お嬢様、お目覚めですか? お目覚めならお返事を……まあ、お返事がなくとも入りますが」
そりゃずいぶんと強行突破じゃの。
扉が開いて入ってきたのは、黒い制服と白い前掛けを身に着けた若い娘じゃった。
「お、お嬢様……?」
「ふむ……その、お嬢様とは誰じゃ?」
辺りを見回すが、「お嬢様」と呼ばれて相応しいような娘は近くにおらん。
おかしいのう、と首を傾げたところで鏡が目に入った。
銀の彫り物で飾られた全身鏡に映るのは、確かにわしのはずじゃ。
じゃが、どうじゃろう。長い銀髪に青い瞳、薄いねぐりじぇを着た、ふらんす人形のような美少女――それが、今のわしの姿なのじゃった。
何故こうなったのかなどと難しいことは、さっぱり分からん。
まあ、分かったところで、どうしょうもない。そもそも年が年じゃから、前世ではそれなりの覚悟も出来ておったし。
百を超えたおじじが娘の姿で生きていくのはなかなかに恥ずかしいものもある。おぱんつひとつとっても、わしのふんどしとは勝手が違うものじゃ。
じゃが、待っておればそのうち、先に死んだ婆さんが、迷ったわしを迎えに来るやもしれん。そう思うて、生前と同じく、とにかく今できる最善のことをすることにした。
生きておる限りは、生を謳歌せねばならんからの。
最初は、ないふやらふぉーくの使い方も慣れんかったが――三年も過ごせば、まあ何とかなるものじゃ。
明治男子の逞しさを甘く見るでない。
若いもんの言葉でいうTSを果たしたわしは――この世界で、元気に暮らしておる。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「お嬢様! またそのような格好をなさって……!」
侍女頭が両手にどれすを抱えて走ってきたが、今や再び人生の最盛期を迎えんとするわしに、追いつくはずもない。
黒いたきしーどに身を包んだわしは、勢いよく駆け抜けた廊下の先、玄関まで続く階段の手すりにきゅっと締まった自慢の尻を乗せた。
手すりの上を滑り台のように、しゅるしゅると華麗に滑り降りる。両手を広げてうまいことばらんすを取るのがきもじゃ。
両親と家令に泣いて頼まれ、これだけは切らなんだ長い銀髪が、さらさらと後ろにそよいだ。
背後からは、まだ侍女頭の金切り声が聞こえる。
止まれと言うとるのは分かるが、とてもじゃないがそんなつもりにはなれん。
身体は女でも心は硬派な明治男子。侍女頭から言われた通りの華美できゅーとな洋装はご免被りたい。
今のわしは、日々をたきしーどで過ごしておる。
ちょっと気取った夜会の時には、燕尾服を着ることもあるがの。
本当は、生前着慣れた和服がいちばんじゃが、その文化のないこの世界で、そもそも仕立ててもらうことすら難しい。裁縫の腕に定評のあった妻ならば、自分で仕立てるという選択肢もあったやも知れんがの。
妻であった華は、家事全般が得意じゃった。仕立ても掃除も、料理も最高じゃ。特に、華の作る卵焼きと言ったら――いや、まあそれは良いのじゃが。
結局、そもそもの作り方もよう知らんわしでは、仕立て屋にどう説明しても果たせなかった。
それで最終的に、この国の男子に一般的な洋装であるというたきしーどに辿り着いたという訳じゃ。
わしからしても、ばんからすたいるじゃと思えば、まあ慣れたもの。十代の頃を思い出すようじゃ――いや、今が十代と言えばそうなのじゃが。
「お嬢様、お待ちください! どうかこのドレスをお召しくださいませ――ああ、もう! そんな恰好でお尻ぺんぺんしていてもお可愛らしいってどういうことですか!」
「へへん、わしを捕まえられたら考えてやるぞい♪」
侍女頭の悔し気な顔を尻目に、わしは堂々と玄関の扉を開けて外に出た。
扉の向こうで待っておった厩舎の長が、栗毛の馬を連れて笑顔で出迎える。
「お嬢様、おはようございます」
「うむ、出迎えご苦労。今日も良い天気じゃの♪」
「はい、レディ・ファルコンも良い調子でございますよ。お馬に乗れるほど大きくなられて、本当にようございました」
「おお、よしよし。良い子じゃのう。今日も頼むぞよ」
わしは笑顔で応え、ひらりと馬上に跨った。
慣れた鞍が、わしの小さな尻を支えてくれる。
「――お嬢様ったら、もう! こんなに元気に育ってくださって……嬉しいやら憎らしいやら!」
侍女頭が追いついて扉を開ける頃には、わしは既に館を出て、いつもの学園に向かっておるという寸法じゃ。
この国の子どもは成人するまで学園に通い、国民として相応しい知識と精神を養うらしい。
特に、わしはこの国の侯爵の一人娘に生まれ変わっとるのじゃから、国の繁栄のために我と我が身を鍛えるのは、高貴なる責務の一つと言えるじゃろう。
慣れた道を隼号と共に、なみあしで学園に向かう。
生前、馬に親しむことはなかったが、慣れれば可愛い動物じゃ。乗り手の思いをよう汲んでくれる。
まだ六、七十歳の若い頃の、二輪で風を切るときの血沸き肉躍るような興奮を思い出すぞい。米寿を数えて免許を返納した時は、どんなに寂しかったことか。
手綱を緩め足を締めて、隼号を走らせる。喜んでぎゃろっぷする隼号と、学園までの道のりを楽しんだ。
学園の門が見えてきたところでなみあしに戻す。
そこに、背後から鈴を振るような声がかかった。
「まあ、おはようございます、エストレヤさま」
「おお、こりゃあ、ジュリオ嬢じゃないかね。うむ、良い朝ですな」
わしはさっと隼号の背を降り、出迎えの馬丁に手綱を渡す。
そして、横乗りのままわしの後ろで馬丁を待つジュリオ嬢に、手を差し出した。
ジュリオ嬢もまた侯爵の娘で、花も恥じらううら若き乙女。その見事な金髪は、他の貴族子弟からも評判が高い。
手が触れた途端、ジュリオ嬢の真珠のような頬にさっと朱がはしった。
「ありがとうございます。朝からエストレヤさまにお会いできるなんて、今日は良い1日になりそうですわ」
「ふふ、わしこそ、麗しのジュリオ嬢をお出迎え出来、光栄ですぞ」
「まあ、嬉しい……!」
ますます赤らんだジュリオ嬢の頬を眺めつつ、わしは心の中でうむうむと頷いた。
学園にはわしと同じような貴族の娘や、平民の娘たちも多くいる。
いずれも成人前にて、年は十代、うら若き乙女たち。わしから言えばひ孫よりもまだ若い娘らばかり。
この子らが健全に成長できるよう、わしも級友の立場からであるが、日々見守るつもりじゃ。
「あら、エストレヤさま、ジュリオさま、おはようございます」
学園前で止まった馬車から、豊かな黒髪を高く結い上げた娘が一人、顔をのぞかせた。
「おお、エルシノア姫。ご機嫌よろしう」
「エストレヤさまも。ねえ、よろしければ、わたくしの手もお取りになって」
エルシノア姫はこの国の王家の末娘。
地面に足を着いたジュリオ嬢から手を離し、わしは馬車を降りるエルシノア姫の横に立った。
しなやかな指がそっとわしの手に乗せられる。
「ふむ、エルシノア姫は羽根のように軽いのう。そんなに遠慮せず、もっとわしに身を寄せた方が良いぞ」
「うふふ……それでは、遠慮なく」
「――エルシノア姫! そんなに身体を近付けるのははしたないですわ!」
まなじりを吊り上げたジュリオ嬢が、わしとエルシノア姫の間に割って入ろうとする。
わしは慌ててエルシノア姫を抱き上げ、ジュリオ嬢の突撃を避けた。
「おお、突然走っては危ないぞ、ジュリオ嬢。エルシノア姫、お怪我はあるまいな?」
「あ、ありませんわ……!」
「おや、どうやらお顔が赤いが、少し頭に血がのぼったかの?」
「だ、大丈夫です! 近くで見たエストレヤさまのお姿が……むにゃむにゃ……あまりに可憐で……」
馬車を降りて追いかけてくる近侍にエルシノア姫のお身体を預け、わしは2人にくるりと背を向けた。
「ふむ、大丈夫ならば良し。それでは後ほど、教室で」
白手袋の片手をさっと上げ、教室へと向かう。
わしの姿を見付けた同じ学園の子女らが、歓声を上げた。
「きゃっ生徒会長のエストレヤさまだわ!」
「今日も素敵ねぇ……見て、あの男装のお似合いなこと」
「花のかんばせですわね」
「朝からお姿を拝見できるなんて……今日はツイてますわ!」
わしが最初に自分で思った通り、この姿は異世界でも美少女と呼ばれる部類らしい。
そんなわしが、可憐なたたずまいを隠すように男装をしていることで、学園の乙女たちから独特の人気を得ていることは、とうに知っている。
わしとて心は男じゃ。それが嬉しくない訳ではない。
じゃが――娘たちの誰かに応えるつもりには、到底なれなんだ。
それは、一つには、ひ孫よりまだ若い娘に手を出すのはあまりに罪深いと思えるということと。
もう一つ、わしには百年前から心に決めた人がおるからじゃ。
――互いに隣家に生まれ共に育ち、青春を駆け抜け、わしと八十年を共にした連れ添い。
愛しい婆さん。わしのただ一人の嫁、華。
彼女以外を選ぶつもりは、ない。
そう強く心に決めていたわしじゃったが――その決意が少しだけ、ほんのちょびっと揺らいだのは、この朝、新しく学園に通い始めた子女の顔を見た瞬間じゃった。
教師に連れられ、我らの前に立った娘。真っすぐな黒髪も艶やかな乙女。
「フィオレと申します。今日から、よろしくお願いいたします」
頭を下げると、花の香りがふわりと漂う。
わしは彼女のたたずまいに、うっかり目を奪われた。
何せその姿は、わしの嫁、華の若い頃にそっくりじゃったから。
「……は、華?」
思わず呟いた声は届いたのか、否か。
フィオレは何も言わず、ただ微かに微笑むだけじゃった。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「おどきなさい、エストレヤさまと踊るのはわたくしよ」
「いいえ、あなたは昨日もご一緒したじゃないの。今日こそはわたくしに」
「いいえいいえ、わたくしこそ!」
今日も男装ロリババァのわしは、クラスの娘たちに奪い合われておる。
ダンスは貴族の嗜み、大事な文化。我ら貴族クラスでは毎日のようにレッスンがあるのじゃが、いつもわしの相手役をどの娘が務めるか、喧嘩になってしまうから困ったものじゃ。
わしはにこりと笑って、宥めるように手を振った。
「まあまあ、こういうものは順番で良かろ? どうじゃ、いつもの順序なら、次はジュリオ嬢――」
「――あら、順序とはどういうものですか?」
背中から突然思いもよらぬ声がかかって、わしはどきりと手を止めた。
――華。
喉元まで出かかった言葉をごくりと飲み込み、後ろを振り向く。
そこには、優しい微笑みを浮かべたフィオレが、谷間に咲く白百合のような楚々とした風情で立っておった。
「……フィオレ嬢」
「エストレヤさまと踊るには、順番があるのですか? では、わたくしが踊っていただくにはどうすればよろしいのでしょうか。入ったばかりのわたくしには順番がありません」
困ったわ、と呟きながら、一向に困っていない様子はいかにも華の若い頃を思い出させる。
わしは内心に冷や汗をかきながら、首を振った。
「ふぃ、フィオレ嬢はわしと踊らぬでも、他に誰でも選べるであろ。そんなに美しいんじゃもの」
「美しいなんて、嬉しいわ。でも、それをおっしゃるなら他の皆様も――ええ、エストレヤさまご自身もそうでしょう? それでも順序を待つのは、みなエストレヤさまと踊りたい一心からでありませんこと? ……もちろん、わたくしも」
こそりと囁くように付け加えられて、わしの心が高鳴る。
「ふむ、こういうのはどうじゃ。フィオレ嬢の順序は今日、ということにしては」
「エストレヤさま!? 今日はわたくしの約束じゃありませんこと!」
順番を飛ばされそうになったジュリオ嬢が慌てて声を上げる。
わしはその手を取って、そっと胸元に近付けた。
「フィオレ嬢は学園に入ったばかり。わしらよりも年下じゃし、早く慣れんと可哀想じゃ。心優しきジュリオ嬢なら、当然、わしと同じくそう思ってくれるじゃろ?」
「えっ……ま、まあ、確かにわたくしも、エストレヤさまと同じ優しさをもっておりますので、年下には親切にして差し上げたいと思いますわ」
もう一押しと、手の甲に口付ける。
ジュリオ嬢の頬に、ぽっと赤みが灯った。
「明日のダンスは必ずジュリオ嬢と踊るぞい。約束じゃ」
「はふ、し、仕方ありませんわね……」
のぼせるジュリオ嬢を尻目に、わしはフィオレ嬢の手を取ると、だんすほおるへ向かっていった。
音楽が始まる。
慣れたすてっぷを華麗に踏むわしと、たどたどしいながらも誠実に足を運ぶフィオレ嬢。
くるりくるりと舞う間に、そっと胸元が近づき、離れていく。
「エストレヤさまの足運びのお美しいこと。わたくし、ときめいてしまいますわ」
普段通りの穏やかな笑顔でそう言われれば、わしの方こそときめいてしまう。
「フィオレ嬢こそ、初めてにしてはお上手じゃ」
「エストレヤさまと同じ学園に通えると知って、猛練習いたしましたの。こういう日がいつか来ると思って」
「わ、わしのことを知っておったということか?」
「ええ、ずぅっと前から……」
謎めいた囁き。底の見えない麗しい笑み。
妙齢のお嬢さま方には手を出すまいと、華のために操を守ろうと固く誓ったにもかかわらず、蕩けだしそうになってしまう。
「フィオレ嬢。あ、あなたは――」
――もしや、華の生まれ変わりでは。
そう口に出そうとした瞬間に、続いていた音楽が止まった。
「はい、それでは今日のダンスレッスンはここまでです。皆さま、座学教室までご移動くださいませ」
教師がぱんぱんと手を叩き、学友たちは三々五々に散っていった。
繋いでいた手を名残惜しく話し、華――いや、フィオレ嬢もまたわしの傍を離れていく。
胸元に残った花の香はしばし漂っていたが――香りと共に、わしの誓いまで薄れてゆきそうな気がした。
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さて、フィオレは――いや、華は――いやいや、女のカタチをしたその存在は、自らの手腕を心より称賛した。
どうやら、ホシゾウの魂はうまく定着したらしい。
粘土をちぎって丸め、くっつけるような具合の雑な術ではあったが、この上なく上手くいっている。
ホシゾウが寿命を迎えた日、女のカタチをした存在は、その様子を見守っていた。
もちろん存在にとっては、ホシゾウを見守ると共に別の世界の様子をうかがうことなど朝飯前のことだ。
そうしてホシゾウに向ける目とは別の目で、ホシゾウが天寿を全うしたらすぐに使えるような空っぽの身体を探していた。
生まれた頃より長く病床にあった侯爵の娘は、その魂も既に薄らぎ、このままならばあと数日の命というところであった。
この身体ならば、ホシゾウが使ったところで、困る者などどこにもいないだろう。
そう確信して、存在はその身体にホシゾウを導いたのだった。
かつて、ホシゾウの身体に彼の魂を導いたように。
惜しむらくは、ホシゾウとしての記憶はこれより徐々に薄れゆくであろうということだが、まあこれも何とでもなる。
エストレヤがホシゾウの記憶を失う前に、華を――いや、フィオレを彼の心に強烈に刷り込んでしまえば良いのだ。
そうすれば、記憶がなくとも愛は残る。
そのことを存在は知っている。
――だって、今までだって、何度もこうしてきたんだもの。
そもそもは女のカタチをした存在で、一つ前には華で、その前は――いや、とにかく今はフィオレである存在は、にこりと笑って小首を傾げた。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
今日もフィオレ嬢は愛らしい。
桃色の巾着をぶら下げて、わしを呼んでいる。
「エストレヤさま、わたくし、手作りのお弁当を作ってまいりましたの」
貴族の子女が手づから弁当を作るなんて、考えられるだろうか。いや、ない。
何という定番で月並みなベタベタの手法じゃろうか。今時、小学生でもこんな手には引っかからんはずじゃ。
……しかし、その月並みさが良い。
それほどにわしのことを考えてくれたのじゃと思えば、喜びもひとしお。わしはうんうん頷いて、フィオレ嬢の傍に駆け寄った。
じんわりと、いつもの花の香りが漂う。
どこかで嗅いだような――いや、気のせいか?
「どうされました、エストレヤさま?」
「うむ、いや……うーん、何じゃったかのう。忘れてしもうた」
どうしたことじゃ。今考えたことじゃと思うに、何を考えておったのか思い出せん。
これじゃまるで、痴呆の始まった老人のようじゃ。
そう思って――そう思って――ああ、老人の気持ちがなぜか分かるような気がして。
「エストレヤさま、ぼうっと立っていらっしゃらないで。さあ、こちらで一緒にお昼にいたしましょう。わたくし、卵焼きを作りましたのよ。エストレヤさま、お好きでしょう?」
「ああ、うむ……そうじゃ。わしは卵焼きが好きじゃ」
理由は分からぬが――まあ、好物というのはそういうもんじゃろ。
好きということに、理由はない。
目の前で微笑む女のカタチをした誰かに向かって、わしは満面の笑みで頷き返したのじゃった。




