恋と不良と探偵と
恋と不良と探偵と
序章―不良の生徒会長
第一章―告白⁉
第二章・第一部―水島探偵
第二章・第二部―暗躍する黒き意志
第三章―哀しみを超えて
終章―Endless Summer
あとがき
序章―不良の生徒会長
「ふぅわぁ、ああ~・・・」
大修国のとある学校内の廊下をゆっくりと歩きながら、少年は大きな欠伸をした。
少年の名は、水島 健二。
やや紺色に近い髪の毛が特徴的な、片浜高校に通う二年生だ。
彼の通う高校は、進学校であり、それなりに頭のいい人たちがそろう高校だ。
それ故に、生徒は規律を重んじ、やるべきこととそうでないことを見極め、行動する。
常に気持ちの良い挨拶をすることはもちろん、授業中は寝ない。校内で携帯をいじらないなど、かなり厳しい校則がある。
片浜高校では “今すぐ社会人になっても恥ずかしくない素行”をモットーに、生徒と先生が一丸となって学校を運営していた。
そう、していた のだ。 去年まで―――
この片浜高校は、運命のあの日を境に激変した。
その運命の日とは、学校の運営をする上で要となる生徒会長を決める日。
そう―――生徒会総選挙の日だ。
その生徒会総選挙で決められた生徒会長は、かなりの異端児だったのだ。
どこがどのように異端児だったのかというと―――
「っざけんなよぉッ‼」
突然近くの教室内から聞こえてきた罵声に、健二はびくりと肩をすくませた。
声の聞こえてきた教室の中をのぞくと、二人の人物が見えた。
うち一人、涙目になりながら、土下座をしている少年がいた。
彼の名は、宮田 樹
生徒会執行部二年、会計担当。健二と同じ二組の生徒なので、顔馴染みである。
普段は物静かで、まじめな性格だが、少し抜けているところがある。それ故に、ミスが目立つこともあるのだが・・・いくら何でも、ここまで叱られるのは、流石に同情する。
それはともかく、問題なのは、今彼を叱っている女子生徒である。
うなじよりもずっと高いところで括った艶やかな栗色の髪が特徴的なその少女の名は、柿下 桃花。
三年次生で、本校の生徒会長であり・・・不良娘だ。
何故、不良が会長に?
普通ならば、最初にそう思うのだが・・・何しろ、彼女の剣幕は物凄く、真意を確かめることなど、できようはずもなかった。
だから、皆、彼女に従うよりほかなかった。
そして、もう一つ要因がある。
それは“親の七光り”。
彼女の父は、元・事務次官。
それ故に、権限は非常に強く、ちょっとした手を使えば、彼女を生徒会長にするなど造作もないのである。
そんなこんなで、彼女が生徒会長になってからは、皆が予測した通り、最悪の方向へと学校が変化していった。
生徒は、生徒会長が不良であることに恐れをなして反抗することができず、唯一頼りになるはずの学校側も、下手なことをすれば、彼女の父親の権限で何をされるかわかったことではないので、反発することができない。
つまり、どうしようもない。
そんな状況のまま、気付けば桃花が生徒会長に決まった日から、十か月近くたっているのだった。
「さぁて・・・どうしたもんかねぇ・・・」
ため息一つ、健二は空を見上げる。
何処までも澄み渡っている五月晴れの空は、健二の問いには答えてはくれなかった。
第一章―告白⁉
~~~西の空が、紅に燃えるころ・・・
「ふぅ・・・」
ベンチにどかりと腰を下ろし、黄昏に染まる空を眺めながら、健二は息をついた。
ここは、片浜中央駅。
片浜市の中心部に位置する片浜高校にほど近い大きな駅だ。
在来線が通っているのはもちろんのこと、路面電車やローカル線までもがこの駅から発着している。
田舎に住んでいる健二は、ローカル線を利用して、毎朝二時間かけて高校に通っている。
彼が利用しているローカル線は、この片浜中央駅と、市の最東端に位置する八俣駅をつないでいる単線の鉄道だ。正式名称は《市営片浜線》。しかし、車両のカラーリングが赤なので、市民には《赤電》の愛称で親しまれている。
まぁ、兎に角、健二はその赤電が来るのを、空を見上げながら待っているのだった。
「ったく、あの生徒会長の暴挙には、つくづく呆れるな・・・」
はぁ、と彼は再びため息をつく。
正直、もう十ヶ月も見ているので若干慣れてきてはいるが、何をしでかすかわからないのでたまったものではない。
そんなことを考えていると、列車が到着するアナウンスが鳴った。
(お、そろそろだな・・・)
健二は腰を上げ、すたすたとホームのヘリまで歩いていく。
まだ帰宅ラッシュの時間の一歩手前だが、それでもたくさんのサラリーマンが、列を作っている。
健二はその列の最後尾についた。
―――程なくして、真っ赤な電車がホームに滑り込んできた。
ドアが開くや否や、サラリーマンたちはそのドアに吸い込まれるようにして入っていく。
健二も、その流れに乗って車内へ入って行くのだった。
車内に入ったが、既に人が大勢いて、空いている席がない。
仕方なく吊革に手をかけて、家まで揺られていくことにした。
(本当に、これから片浜高校はどうなることやら・・・)
あの生徒会長のことを思い出すたび、不安が募り、辟易するしかない。
だが、ここで健二は、ふと疑問を抱いた。
―――《柿下 桃花》―――
―――彼女はいったい何がしたいのだろうか? 何故会長になったのだろうか?
生徒会長になれた理由はわかっても、生徒会長になった理由がわからないのだ。
普通に考えれば、柿下が生徒会長になりたいと言い出し、親が権力を行使して生徒会長になった。それが自然。確かに、柿下会長も、ほとんどの仕事を役員に任せているが、生徒会長としての仕事を全くしていないわけではない。
だが、何かが引っかかる。
―――生徒会長。学校全体のリーダー格であり、模範。
故に、信頼もなくてはいけないし、時間にも縛られる。
そんな仕事を、不良の娘がやりたいと言い出したとは考えにくい。
上に立って威張っていたいならば、そこら辺の不良グループのガキ大将でもやっていればいいのだ。だが、何故か彼女はガキ大将ではなく、生徒会長をやっている。
会長が会長になった理由。柿下 桃花に興味はないが、調べてみるのも面白そうだ。
(よっし、明日からちょいと詮索してみるか・・・)
そんなことを考えながら、家まで揺られていくのだった。
~~~
―――次の日。
「ふわぁああああ~」
相も変わらず大きな欠伸をしながら、健二は車窓の向こうに映るビル群を見つめていた。
今は、赤電に乗って登校する真っ最中だ。
時刻は、午前七時四十分。
あと十分程度で、片浜中央駅に到着する。
・・・毎度のことながら、電車に揺られる二時間が、とても退屈で仕方がない。
小テストのある日なんかは、電車内で勉強ができるから良いものの、それ以外の日は、何をすることもなく過ごすしかない。
だから健二は、意識を窓の向こうへと移すのだ。
―――街の中心部が近づいてきたからであろう。
いくつものビルが立ち並び、その鉄鋼の谷間を、鳶が低空飛行ですり抜けていく。
ビル全面を埋め尽くす巨大なガラス窓は、朝日を受けて、きらめいていた。
―――外の景色は、普段と別段変わっているわけではない。なのに、今日は世界が一段と輝いて見える。
何故なのだろう? と、少し考えていたが、深く考えるまでもなく、その理由を悟ることができた。
(そうか・・・今日から探偵ごっこをするからだ・・・!)
―――柿下会長の詮索。
女子生徒、しかも先輩を付け回すという、正直物凄く後ろめたいことをしようとしているという自覚はあり、こんなことに興味を抱いている自分には、心底ドン引きである。
だがそれでも、昨日自分が抱いた疑問は解決しておきたいし、なにより、悪化し続ける学校の体制を看過するわけにもいかない。
(まぁ・・・こんなことをしてるのが他人にばれないように、頑張ってみるか・・・)
自分が探偵にでもなったような気分になり、うずうずしてくるのであった。
そう、彼の趣味は探偵ごっこ。幼いころから、ミステリー小説を読み漁っていたので、こうなってしまったのだ。
そして―――それからしばらく時間が経って。
午前の授業が終わる。
―――キーンコーンカーンコーン・・・
四限目の授業終了を告げるチャイムの音が、学校内に響き渡る。
「はい、じゃあこれまで。」
四限目の授業、現代文の教科担任は、開いていた教科書をぱたんと閉じ、教室を出て行った。
途端、あたりの空気が弛緩する。
これから、四十五分間の昼休憩となるのだ。
皆それぞれが、表向きは使用禁止になっているはずのスマートフォンをカバンから取り出し、ゲームを起動して遊び始めた。
(・・・それじゃ、そろそろ行きますかね・・・)
教室内の喧騒を尻目に、健二は席を発つ。
既に、秘技《早弁》を行使しているため、昼休みはフルで使える。
(さて、この時間帯・・・彼女がどこで何をしているのかは、事前調査で把握済みだ。)
そんなことを考えながら、静かに教室を出ていく。
だが、彼は気付かなかった。
健二の後を、とある男がつけていることに・・・
―――しばらく歩くと、目的の場所についた。
そこは、生徒会準備室。
生徒会室の隣の部屋で、生徒会には必要不可欠な資料の保管庫だ。
健二は、準備室の窓から、中を窺ってみると、足を汲んで弁当を食べている生徒会長の姿が目に入った。
(うっわ! 行儀悪ぅ・・・)
想像以上にやばい先輩だな・・・健二はもう、ため息しか出ない。
それはともかく。
(どうにかして、真偽を確かめないといけないんだよな。)
そう。あくまで目的は、桃花が生徒会長になった理由を探ること。
故に、観察していても、意味がない。
・・・どうにかして、会長に接触できないものか?
健二は頭を悩ませる。
(う~ん・・・どうにかして接触しないことには・・・)
と思っていたその時だった。
「何してんの?」
「うわぁアアアアアア―――⁉」
それは正に、青天の霹靂だった。
あまりにも集中していたせいで、後ろから誰かが近づいてくる気配に気付かなかった。
大気を震撼させるほどの大声を出した健二は、反射的に後ろを振り返る。
すると、そこにいたのは。
「な、なんだ・・・樹かよ・・・脅かすなっつーの・・・」
健二のクラスメイトであり、生徒会書記の、宮田 樹だった。
「いやぁ、ごめん。脅かすつもりはなかったんだけどさ・・・」
苦笑いで、樹が応じる。
「ったく・・・」
やれやれと健二は肩をすくめて―――だが次の瞬間、再び驚いた。
ガラガラガラバァンッ‼
もっのすごい勢いで生徒会準備室の扉が開け放たれる。
二人は、びくりと肩を震わせる。
「おめーら、ここで何してんだ?」
恐る恐る振り返ると、そこには眉根をよせて見るからに不機嫌そうな顔の生徒会長が立っていた。
「い、いえ・・・樹と話してて、樹がバカなこと言うんで驚いただけ、です・・・」
「そ、そうです。あはは・・・」
―――生徒会長の観察をしてましたぁ なんて言ったら何をされるか分かったものではない。
生徒会長の剣幕に慄きながら、しどろもどろにそう答えた。
これで納得してくれるだろう・・・そう思ったのだが、そうは問屋が卸さない。
「嘘つけ。何もしてないんだったら、なんでそんなに冷汗垂らしてんだ?」
桃花はけんもほろろにそれを切り捨てた。
「⁉ そ、それは・・・」
即興の口裏合わせをいともたやすく看破され、二人は狼狽える。
「ホントのこと言えよ・・・おい?」
桃花はしつこく迫る。
「ホントのこと言ってみろよ・・・何のために口があんだよ・・・?」
―――ズゴゴゴゴゴ。
そんな音が聞こえてきそうなくらい、鬼のような形相で迫る会長の姿に、
二人は滝のような汗を垂らす。
(くそ・・・ここで本当のことを言うわけには・・・!)
頬を引きつらせながら、健二は頭をフル回転させる。
どうすれば・・・何か良い言い訳は?
そんなことを必死に考えていた、その時だった。
あまりの怖さに、ビビってしまったのだろうか?
樹が、決して言ってはならないことを口走ってしまった。
「あ、あの・・・! 健二が先輩のことを見てました・・・!」
「は? それは一体どういうことだ、健二?」
当然、桃花の怒りの矛先は健二に向けられ、桃花は健二に詰め寄るが。
当の本人に、その声は届いていなかった。
(だぁああああああああ~~~何言ってくれちゃってんだ、この馬鹿ぁああああああああ! やべぇ、殺されるぅううううううう‼)
―――戦々恐々と肩を震わせている、健二。
「おい、健二・・・聞いてんのかオラァ⁉」
「ひぃイイイイ⁉」
怒鳴り声で我に返った健二は、恐怖のあまり、哀れな声を上げた。
「なんで見てたんだよ・・・⁉」
(どうしよう どうしよう どうしよう ドウシヨぉおおおお‼)
考えようとしたのだが、頭が真っ白になってしまっていて、冷静な思考が紡げない。
半ば理性が崩壊しつつ、何か言おうと会長の顔を見て、あることに気付いた。気付いてしまった。
―――依然としてこちらを睨む会長。
何故かわからない。今まで思ったこともない。なんでこんな土壇場で思ってしまったのかも、分からない。わからないのだが―――
何故か少しだけ―――
(え・・・? 可愛い・・・?)
―――そう思ってしまったのだ。
「何だよ? ぶしつけに見やがって・・・⁉」
対する会長は、さらに不機嫌そうに眉根を寄せていく。
「え? いや、あの・・・きれいだなって・・・」
パニック状態だからなのか? とんでもない爆弾を放ってしまった健二。
「―ッ⁉」
「あ・・・」
―――その瞬間、時間が止まった。
風の音も、廊下の喧騒も・・・
今は何も聞こえない。
健二がはっと我に返った時には、時すでに遅し。
ダッ!
桃花は、床を蹴って駆けだし、大きな音を立てて扉を開け、走り去って行った。
・・・・・・
沈黙。再び長い沈黙。
会長が去っても、部屋の中はやはり、時が止まっていた。
―――やがて、
「な、なぁ・・・健二、お前・・・」
後ろめたそうに、樹が声をかける。
「・・・」
対する健二は、無言。
顔を蒼白にして、人形のように動かない。
(やべぇ、やっちまった・・・)
―――なぜ俺は、彼女が可愛いと思ってしまったのだろうか?
いや、確かに前々から、彼女が集会で壇上に上がるたび、顔立ちは整っているなとは思っていた。
(もしかして、あれか? 今までは、遠巻きにしか見ていなかったからか?)
それならば、合点がいく。
今日、初めて近くで顔を見たから、今までは、彼女の美しさに気付かなかったのだろう。
(くそがっ)
正直、後悔しかない。
だが、言ってしまった以上、後には引けない。
健二は、不意に立ち上がった。
「? おい、健二?」
傍にいる樹は心配そうに声をかける。
「なぁ、樹。」
「ん?」
健二は樹の方を振り返り、告げる。
「今日の放課後、少し付き合ってくれないか?」
「あ、ああ・・・わかった。」
健二の頼みを、樹は聞き入れるのだった。
「なによ、あいつ!」
一方、桃花は校舎内の廊下を、肩を怒らせて歩いていた。
「は? 何が「きれいだ」よ。意味わかんない⁉ あの状況で、しかもいきなり、告白⁉ どーゆー神経してんのかしらッ⁉」
何故か、先程とは違った口調で怒っている。
あまりにも気が動転してしまったのか、それとも―――
―――だが、そんな言葉とは裏腹に、桃花の頬には少しだけ赤みがさしていた。
別に、健二のことが好きなわけではない。
そもそも、健二と話をするのは、今日が初めてなのだ。
二年の書記の樹が、健二と話しているのをよく見かけるだけで、あくまで、知っているという程度なのだ。
しかし・・・なんとなく、もやもやしてしまう。
他人に「きれいだ」なんて言われるのが、初めてなのだ。
「ふん。だから何よ? たかが男子に告白されただけで・・・!」
胸中に渦巻く混沌を全力でガン無視しようと、頭をぶんぶん振って、桃花は速足で歩いていく。
―――
「―――おい、健二?」
「ん?」
「どこ行くんだよ? 今から。」
放課後。
学校を後にした二人は、とある大通りを歩いていた。
「どこって、ただ喫茶店に行くだけだよ。」
「はい? 喫茶店?」
てっきり、人気のない場所に連れて行かれて、ぶん殴られるのだろうと身構えていた樹は、目を白黒させる。
「そ、喫茶店。ちょいと話がしたいからさ。」
「話って・・・さっきの件について?」
「うん。」
「そっか・・・その・・・さっきは、ごめんな。」
「ん? 何が?」
「いや、だって、俺が口を滑らせて本当のこと言っちまったせいで、お前が恥をかくことになったから・・・」
心底申し訳なさそうに樹が言うが。
「いーよ、別に。もう過ぎたことだし。」
対する健二は、特に気にするそぶりも見せずに、淡々と告げる。
(しかし、どうしてこいつは、普段と僕と話すときとで、ここまでキャラが違うかなぁ・・・?)
健二は、ほっと胸をなでおろす樹を流し見て、物思う。
―――宮田 樹
前述した通り、普段は物静かなのだが、健二と話すときは人が変わったように饒舌になる。
健二としては、二重人格者を見ているようで、面白いのだが・・・
ただ、時たま、あまりのキャラの変わり様に、眩暈がすることも少なくない。
そんなことを考えているうちに、喫茶店に着いた。
窓側の席に、二人は向かい合うように座り、テキトーに飲み物を注文する。
しばらくすると、ウェイターが頼んだドリンクをトレイにのせて運んできた。
健二はレモンティー、樹はカフェオレだ。
「さて、本題に入るね。」
レモンティーを一口飲んで、健二は切り出す。
―――それは、健二が桃花のことを廊下から密かに窺っていた理由。
このままでは、健二が本当に桃花のことが好きで見ていたと、誤解されかねないので、真実を伝えるのであった。
―――程なくして・・・
「成程ね。」
全てを理解した樹は、こくりと頷くのであった。
「なんか、探偵ごっこみたいで楽しそうじゃないか。」
「ジョーダンじゃないよ。安易に彼女に近づけなくなったからね。」
やれやれと肩をすくめてみせる健二。
「いや、でもさ。それある意味、僥倖だと思うよ。」
自分の失態が招いた結果であるがゆえに、少し真摯に事態に向き合う樹。
「? 何がどう僥倖なんだよ?」
樹の真意が読めず、訝しむ健二。
「だってさ、表向き、健二は会長のことが好きってことになってるんでしょ?」
「うん、まぁそうだけど・・・・」
「ってことはさぁ、これから少しずつ接近していくふりをして、真相を探ればいいんじゃないの?」
「ちょ~っとマテ、僕はその《少しずつ接近していく》ってのがやりにくいと言ったんだが・・・?」
「だからさ、それを逆手に取るんだよ。先輩は、健二が自分のことを好きだと思ってる。それを利用して上手くやればいいんだ。まぁ、当然相手が相手だし、接近しにくいと思うけど・・・一度付け込めば、あとは何とかなるよ、きっと。」
「はぁ~成程。で、僕がもし、その接近に失敗して、会長に殺されそうになった時は、どうすればいいんだ?」
すると、樹はにこやかに笑っていった。
「大丈夫、大丈夫。そうなることは、金輪際有り得ないよ。健二、イケメンだし。」
「いや、答えになってないよ・・・」
樹の発言に、辟易するしかない。
「まぁ、健二は殴られることはないよ、たぶん。」
(いや、たぶんて・・・さっき金輪際って言ったよね?)
「兎に角だ。頑張れよ、健二。」
「・・・ああ。」
健二が未だ頬を引きつらせたまま首肯した、その時だった。
ブー ブー
健二のカバンから、スマートフォンの音が鳴った。
「何だ? 誰かから電話か?」
健二は、カバンの中をごそごそと漁り、スマホを取り出す。
その画面に映っていたのは、着信画面ではなく。
「―――なんだ、ニュースかよ。 てっきり電話かと思ったよ。」
すぐに、スマホをしまおうと、カバンの中に入れかけ――
気付いた。
・・・そのニュースの内容に。
彼は、しまいかけていたスマホを開き、ニュースを読み始めた。
「―――片浜市一丁目、二十番地のガソリンスタンドで、火災発生・・・火元確認の結果、放火の可能性あり。」
「・・・またか。」
「・・・ああ。」
二人とも、途端に表情が陰鬱になった。
そう。樹が「またか」と言ったとおり、この類の事件は、最近、頻繁に起こっている。
事件の内容は、ガソリンや石油を使用する場所への放火。
別にそれだけならば、ガソリンスタンドや工場付近にあまり近づかないようにすればいいだけなので、そこまで気にしたりしないのだが・・・
残念ながら、この片浜市では気にしなければいけない。気にせざる負えないのだ。
片浜市には、石油製品総合製造工場と呼ばれるものがある。
そこでは、一日に計一千トンもの石油製品を製造しているため、それ相応の大量の石油が必要だ。あまりにも量が多すぎるため、タンクローリー等で運んで来るのでは、と手も間に合わない。
故に、この工場は、石油を《地下石油道》から直接とっているのだ。
《地下石油道》とは、片浜氏の地下全体を網目のように巡る地下道である。
率直に言うと、めちゃくちゃ危険だ。もちろん、この《地下石油道》は、各家庭にもつながっているのだが、放火対策で、使うとき以外弁が働き、《地下石油道》全体に燃え広がらないようになっている。《地下石油道》の耐震構造もばっちりらしい。
―――だが、この石油製品総合製造工場だけは、違う。
地下を流れる《地下石油道》の一部が、この工場内部で露出しており、弁などもない。
つまり、その石油製品総合製造工場に放火犯が侵入して、露出した《地下石油道》の石油に放火した瞬間、《地下石油道》の石油全てに燃え広がり、片浜市全域が一瞬で壊滅する。
もちろん、その事態を警戒して、石油製品総合製造工場には警備員や警察官を大勢動員しているのだが・・・市民の不安はぬぐえない。
「雲行きが、怪しいな・・・」
「ああ・・・」
歯がゆいが、この事件に対し、健二たちができることはない。
警官たちに任せるしかないのだ。
(できれば、こっちの事件にも関わりたいが・・・探偵ごっこは、会長のことだけで十分か・・・)
健二は再びレモンティーを啜る。
―――午後のひと時は、ゆっくりと過ぎてゆくのだった。
第二章・第一部―水島探偵
―――次の日。
キーンコーンカーンコーン・・・
昼休みの到来を告げるチャイムの音が学校全体に響き渡る。
健二はおもむろに立ち上がり、教室を後にした。
向かう先は―――生徒会準備室。
柿下桃花が、普段昼ご飯を食べながら仕事をしている部屋だ。
健二は、生徒会準備室の前に立つと、三回ほどノックをする。
コンコンコン・・・
「入れ。」
桃花健二の方をを見ずに、淡々と告げた。
「・・・失礼します。」
一応断って、中に入る。
「う~ん、ここの内容が、ちょっとなぁ・・・」
ちらりとデスクの方を流し見ると、桃花が書面とにらめっこをしているのが目に映った。
「・・・案外、仕事熱心なんですね。」
「―ッ⁉ な、なんでお前がッ⁉ ・・・生徒会でもないに、何の用だよ・・・!」
一見語気が強いようだが、その言葉尻には、どうにも力がない。
よく注意してみれば気付くくらいに、桃花の頬はほんのりと色づいていた。
・・・もしかして、私のことが好きだから、会いに来た・・・とか?
そんな想像をしていると、何故か何となく、気分が高揚してくるのがわかる。
―――別に、健二のことは好きではないはず・・・なのに。
「あ~、ここに来た理由ですか? いえね、樹が書類をこの部屋に忘れてきたみたいでして・・・持ってくるよう頼まれたんです。」
「~~~ああ、成程。」
途端、胸に張り詰めていた気持ちが、霧散した。
なんとなくほっとしたような・・・それでいて、どこか残念なような感覚。
(え~と、樹が忘れた書類は、と・・・)
健二は、その樹が忘れてきた書類とやらを探す。
正確には、“忘れてきた”ではなく“わざと忘れてきた”という方が正しいのだが。
樹が考えた、《健二が桃花に接近することを怪しまれないようにする》ための、アイデアだ。
(おっ・・・あった。)
机上に置かれた資料を取りながら、健二は桃花を一瞥する。
―――先程の慌てようは何処へやら。
今の彼女は、資料を凝視し、ひたすら思案に耽っていた。
そんな彼女を見て、健二はふと疑問に思う。
(・・・こんなに真面目に会長としての仕事をしているのに、学校が廃れていくのは、何故だ・・・?)
そうなのだ。今こうして見ても、真面目に仕事をこなしているように見える。
これだけ真剣にやっていれば、生徒会長としての株が上がって然るべきなのでは?
なのに何故か、彼女は真面目に仕事をしているように見えて、仕事が上手くできていないと、生徒や教師から不満が出ているのだ。
―――これは一体、どういうことなのだろうか?
―――やはり解せない。
「あ~も~ぉ、メンドクセェェエエエエエエエエッ‼」
突如上がった大声。会長は書類を投げだして、頭を抱えていた。
「めんどくさいって・・・生徒会長としての仕事、嫌いなんですか?」
「ああ、嫌いだよ・・・反吐が出るくらいにな。」
やれやれと、会長は肩をすくめて見せた。
「つかぬことをお聞きしますが・・・不本意なんですか? 先輩が生徒会長になった理由って・・・」
「―――、・・・まぁ、な。」
すると会長は、少し目をそらした―――自分がなぜ、生徒会長になったのかを、悟られたくないようにも見えた。
「―――やりたくないけど、やらなきゃいけないんだよ。理由は、言えないがな・・・」
今、健二の頭に一つの考察が生まれる。
彼女は、生徒会長の仕事はしたくないが、しなければいけない。
そして、その理由を言えない。
―――おそらく、例の父親が絡んでいるのだろう。
親のおかげで生徒会長になったのではなく、親のせいで生徒会長になってしまった。
そう考えるのが自然だろう。
なのだが・・・
(・・・何だろう? このぬぐえない不安は?)
健二は、違和感にかられていた。
それはいわば、探偵としての直感。
今の自分の推理は、現在手元にあるヒントからして、間違いはないはずなのだ。
―――だが、何かが違う。なにかとてつもなく大きなことを見逃しているような、抜かしているような・・・そんな感覚。
そんな違和感を抱きながら、この時間はゆっくりと過ぎゆくのだった。
―――その後数日間、健二は暇さえあれば、生徒会長の観察をしに行った。
昼休みに限らず、朝、通常の休み時間、放課後まで。
傍から見ればストーカーにしか見えない行動を繰り返していくうちに・・・
・・・例の違和感は大きくなっていった。
明らかに、何かがおかしい。
彼女の仕事時間は、朝七時から八時までの一時間、昼休みの四五分間、そして―――放課後の《五時間》。
計、六時間四五分。
―――明らかに、仕事時間が長すぎる。
それなのに、生徒会長の仕事―――書類の提出などは、期限を守れていないのである。
いくら何でも、こうまで極端に仕事効率が悪いのは、おかしい。
そして、さらに観察を続けていくうち―――健二は、あることに気付いた。
彼女が生徒会長としての仕事をしているように見えたのは、朝と昼だけ。
残りの五時間は、生徒会長用に割り当てられた、パソコンを操作していた。
朝、昼でも、時たまパソコンを使うことはあったのだが、それはおそらく生徒会長の仕事で使っていたのだろう。
放課後の会長の表情は、他の時間帯よりも何倍もこわばって見えたのだ。
―――とてつもなく大きな敵と戦っているような、そんな表情。ただ仕事をこなすだけなら、こんなに真剣にやらなくてもいいだろうと思えるほどの表情。
故に、彼は放課後生徒会長としての仕事ではなく、別のとても大事なことをしていたのだと感じたのだ。
(必ず、裏に何かあるはずなんだ。 真相を突き止めてやる・・・!)
―――
~~~事態が急速に進展したのは、健二が違和感を抱いた日から、一か月ほど経った頃であった。
この日も、健二はいつものように、桃花を遠巻きに観察する。
時刻は午後八時三十分。
いつもの会長ならば、あと小一時間ほどで仕事を終わらせ、帰宅する。
・・・この日も、おそらくそうなのだろう。
そんな風に健二が考えていた―――その時だった。
「―ッ‼ これだッ‼」
突然あがった、歓喜にも似た叫びに、健二はびくりと肩を震わせた。
会長はすぐさま、バタンッ! とパソコンを閉じると、廊下に向かって駆け出す―――
(ゲッ⁉ やべぇ、見つかるッ!)
廊下にいる健二は、慌てて近くにあった給湯室に逃げ込んだ。
ダダッダッダ・・・
会長の足音が、みるみる小さくなっていく。
―――どうやら、向こうへ行ったようだ。
(ふぅ、あっぶね~。)
冷や汗を流しつつ、健二は給湯室を出る。
「しかし、会長は何を見ていたんだ・・・?」
ずっと観察し続けてきたが、この展開は初めてである。
パソコンのシャットダウンもせず、どこかへ行ってしまった今なら・・・
パソコンをみることができる。彼女の秘密が、分かるかもしれない。
半ば期待を持ちながら、そのパソコンを開き―――
―――目を見開いて、硬直した。
彼が見た、その内容というのは・・・・・・
第二章・第二部―暗躍する黒き意志
―――
「それでは、出席をとるぞ・・・ん? 何だ。水島は今日は休みか?」
翌日の朝。
二十二ホームルームにて―――
いつものように出席をとる担任。
そして本日、この教室に、水島 健二の姿はなかった。
「―――以上で朝のショートホームルームを終わる。 一時限目の準備、怠るなよ。」
そう言い残して、担任は教室を後にした。
だが、それよりも早く、教室を出ていく者がいた。
―――健二の親友である、宮田 樹だ。
彼は校舎を出て、人目に付かないグラウンドの端に着くと、とある人物へ電話をかけた。
「―――やぁ、どうだった?」
回線がつながるや否や、電話の向こう側の人物は、樹に切り込んだ。
「やっぱり、君の言うとおりだったよ、健二。」
「―――そうか。」
電話の相手―健二は不敵に笑う。
「ああ。今日、会長は休みだったよ。君の推理、もしかしたら当たってるかもね。」
「・・・当たっていない方がいいのだがな、俺としては。万が一、俺の推理が当たっているとすると・・・取り返しのつかない大惨事になる。―――、・・・まぁ、それは置いといて、だ。犯人からの手紙とかは、“学校に”届いていないのか?」
「ああ、今のところはね。」
「そうか。」
「事態が進展したら、また追って連絡する。」
「了解。」
「―――健闘を祈るぞ、健二。」
そう言うと、樹は電話を切った。
「・・・ビンゴ、か。」
健二は、スマホを置くと、そうぼやいた。
健二はふと、昨夜のことを思い出す―――
~~~
「―――これは一体何なんだッ⁉」
健二はパソコンの画面を見るや否や、戦慄に肩すら震わせていた。
その内容は―――「片浜市炎海計画」。
石油製品総合製造工場の《地下石油道》の露出部分に引火させ、街を焼き払うという、とんでもない計画の内容が、そこに記されていたのだ。
(会長は、こんなことに通じていたのか・・・⁉)
そんなことを思いながら、別のページを開き、健二は眉をひそめる。
それは―――片浜市の地図。そのところどころに、赤いバツ印が書かれていた。
(なんだよ、これ・・・? 何を表しているんだ・・・⁉)
わからない。寒気と吐き気が止まらない。
―――もしかして、会長は、「片浜市炎海計画」に携わっていた・・・のか⁉
―――だとしたら、まずいことだ。
(くっそ! 会長の目的は何だッ⁉)
事ここに至り、より一層深まる謎に、健二が辟易していた―――その時であった。
(―――ッ!)
突然、パソコン内のページが、ポインターが・・・ひとりでに動き出したのだ。
「何だこれ・・・もしかして、ハッキングされてるッ⁉」
間違いない。第三者による、意図的な操作が行われているようなのだ。
兎に角、何かがまずい。
「―――帰ろう。」
このパソコンがハッキングされている以上、こちらの位置情報もバレているかもしれない。
自分がこの事件に巻き込まれるのは、御免こうむりたい。
健二は、咄嗟に逃げ出そうとして―――
何を思ったか、スマホを取り出し、パソコンの画面にカメラを向けて、パシャリと一枚。
―――すぐに踵を返し、脱兎のごとく逃げ出すのだった。
~~~
―――過去を彷徨っていた健二の魂は、現在へと帰還する。
「あの後、色々と考えて・・・限りなく正解に近いであろう仮説が浮かんだ。」
健二は再び、己が思索を整理すし、おもむろに片浜新地図を取り出した。
それは、自前の地図。しかし、昨夜見たものと同じように、所々に赤いバツ印が書き込まれている。
そして今度は、自身のスマホを取り出し、画像を開く。
―――その画像は、昨夜健二がパソコンの画面を写した写真。
健二は祖の画像と自身の地図を照らし合わせて・・・
にやりと、不敵に笑った。
(やはりな。この赤印は、今まで放火されてきた場所を表している。)
健二が徹夜して調べていた放火場所。それを赤いバツ印で書きこんだ自前の地図と、パソコン内にあったバツ印の場所が、見事に一致したのだ。
(まぁ、会長が「片浜市炎海計画」に関与していることは間違いないとして・・・)
―――なぜ会長がこの事件に絡んだか、だ。
少なくとも、彼女が「片浜市炎海計画」の主犯であるとは考えられない。
彼女自身が放火に動くことはあり得ない。今までに様々な場所が放火されているのだが、そのどれもこれもが、生徒会長が学校にいる時間帯なのだ。
では、仮に彼女が黒幕だとして、彼女が生徒会長用のパソコンを通して、実際に放火を担当する人物に命令を下していた、というのは・・・?
(―――いや、その可能性は低い。)
彼女が放火犯に命令していたという、決定的な証拠がない。それに加え、授業中に教室を抜け出して生徒会準備室まで行き、パソコンをいじるなど不可能といっていい。
それはともかく。
(今回の事件について調べるにあたり、かなり怪しい人物の名が挙がった。おそらく、そいつが黒幕だろう。「片浜市炎海計画」の立役者だ。)
その人物の名は―――元・事務次官 柿下 敏郎。
―――そう。柿下 桃花の、実の父親。
今回の事件に何らかの形で関与しているのではないかと思い、彼の経歴を奥深くまで探ってみたところ、とある事実が浮き彫りになった。
彼は事務次官であるがゆえに相当プライドが高く、仲間と何回ももめたことがあるようなのだ。
(つまり、彼は同輩との仲が険悪になり・・・次第にストレスが溜まっていってしまったと。)
仕事仲間との関係も最悪になり、いくつか不祥事も起こした責任を取らされ、失脚。なんとも不名誉なことに、誰でも入れるような民間企業へと左遷されてしまったようなのだ。
(それでイライラが募った結果、彼はある計画を立てた。それが、「片浜市炎海計画」。)
正直、たかが左遷されただけで街を焼き払うなんてなんとも大げさすぎるし、頭でも狂っているんじゃないかとも思うが、まぁ、何度も仲間との間で悶着を幾度となく起こすヤロウだ。割と憎悪だけで街を焼き払う~なんて、バカなことを考えてもおかしくない。
それを差し引いてもやや極端な推理だが・・・現時点で考えられる推理では、これが最も辻褄が合っているものなのだ。
(そして会長は、何らかの方法で父親の計画を知り、父親の暴走を阻止しようとした。)
その方法はおそらく―――生徒会長になること。
敏郎は元・事務次官であるが故に、それ相応の権力はあった。学校に対して何らかの手引きができたと考えて差し支えない。つまり、彼のパソコンと学校のパソコンは、つながっていた。そのことを知った会長は、生徒会長用パソコンを使用して、父親の計画を妨害していたのだろう。―――石油製品総合製造工場の《地下石油道》への放火という、最悪の事態を避けるために。
それなら、毎回ものすごく怖い形相でパソコンとにらめっこしていたことに、納得がいく。
昨夜のパソコンがハッキングされていたのも、おそらく敏郎のパソコンとつながっているからなのだろう。桃花から敏郎への妨害も、敏郎から桃花への干渉も、パソコンがつながっている以上、可能である。
―――そう。全ては、父親の立てた計画に介入して、妨害工作を行うために。そして、父親が、石油製品総合製造工場の《地下石油道》へ放火する日―「片浜市炎海計画」を実行する日を察知し、父親の行動を阻止するために。
つまり・・・
(会長は・・・柿下先輩はたった一人で、この事件と向き合ってたってことだ。)
自分の父親が起こした問題だから、自分で何とかしなくてはならない。そういった思いが強かったのだろう。
もしも、彼女が父親の計画を警察に暴露すれば、その計画を阻止された怒りから、何をしでかすかわからない。
だが、自分で何とかすると決断してしまった結果、彼女は誘拐された。その主犯は、十中八九、敏郎だ。
その証拠に、彼女は今、学校に来ていない。娘に邪魔されることを不快に思った敏郎が、障害となる会長を誘拐したと考えるのが妥当だろう。
彼が先程、樹と電話した時、犯人からの手紙は学校にまだ届いていないのか? などと聞いたのは、敏郎が犯人だと推測したからだ。
実の父親が誘拐したとなれば、身代金などを取り立てる際に送る手紙の送り先は、家族ではなくなる。
―――、・・・ん? 待てよ。だが、今考えてみれば、学校に手紙は届かないんじゃないのか?
だって、身代金とか関係ないし、そもそも、行動の障害になるのなら、誘拐したままの方が好都合だ。わざわざ学校に、手紙を送る意味はないし―――
ぶー、ぶー。
その時、着メロと共に、バイブするスマホ。
相手は・・・樹だ。
「もしもし、どうしたの?」
耳元にスマホを当て、友に問う。
「君の殺気の推測、正しかったよ。犯人からの手紙は、学校に届いたみたいだ。」
―――⁉ なんてことだ。今訂正した考察が、間違っていたとは。
彼が先程、学校に手紙が届くと推測したのは、半ばテキトーな推理だ。子供を誘拐した場合、その誘拐された子供の家に身代金が要求される。これが普通である。だが、誘拐犯が敏郎だとすれば、必然的に家庭に身代金の要求は来ない。だから、なんとなく学校に届くのではないかと思っていたのだ。だが、前述の通り、今回の事件においては、「片浜市炎海計画」の実施において、邪魔である柿下を始末したかっただけ。なのに、身代金の要求というのは筋が通らない。誘拐=身代金の要求という先入観にとらわれてしまっていた健二は、己が考えを修正したのだ。
にも関わらず・・・
(どういうことだ⁉ 前の推理が正しかっただと⁉)
事ここに至り。自分の推理に自信が持てなくなってくる健二。
だが、こんなことでへこたれている暇はない。事態は一刻を争う。「片浜市炎海計画」が実行されれば、全てが手遅れだ。
この計画を防ぐためにも、たくさんの情報が欲しい。故に。
「なぁ、樹。折り入って、頼みがある。」
「ん? 何だい?」
健二はひと呼吸おくと、一言こう切り出した。
「―――その手紙の内容を教えてくれ・・・」
無茶なのは、わかってる。おそらく、手紙は職員の手の内だ。生徒が見るなど、到底不可能。だが、そんなことは言っていられないのだ。
「ああ。任せろ。」
対する樹は、この展開はわかっていた とばかりにすぐさま返事をし、
ピッ。
電話を切った。
「・・・どうにかして、会長の救出と「片浜市炎海計画」の阻止をしないと・・・」
―――時刻は、午前十時三十分。
昨夜見たパソコンの画面に、地図の他に、計画の実行日時が記載されていたのを思い出す。
それには、計画実行は、「明日、午後四時」とあった。つまり、本日の十六時。
計画執行まで、残り五時間と三十分。
(その時刻に、石油製品総合製造工場の前で、敏郎を待ち受ける・・・!)
健二は決意と共に、拳をグッと握りしめるのだった。
「さて、やるか・・・」
電話を切った樹は、そう呟く。
―――健二が、無茶な要求を通してきていることは、分かっていた。
誘拐犯からの手紙を見るには、職員室に忍び込み、先生の目を掻い潜って手紙のところまで近づかなくてはいけない。
そんなバカげた芸当、できるはずがない。そんなことは、樹とてわかっている。
それでも、健二の要求を断らなかったのは―――
―――、・・・早朝、健二から電話が来て、件の事件とそれに対する考察を聞いたときは、度肝を抜かれた。
だから・・・できることなら、学校を休んでまで会長の身を案じて戦っている友に、できる限りのエールを送りたい。できる限りの協力をしたい。
(あいつは・・・健二は自分のすべきだと思ったことを、実行に移している。例え学校を休んででも・・・!)
彼がそこまでしているのなら―――
俺だって―――
「少しは、勇気ある行動をしなくちゃ・・・な。」
―――そのころ、職員室にて。
「この手紙は、どういうことなのだ⁉」
講師陣は、誘拐犯からの手紙の内容の不自然さに、頭を抱えていた。
「なぜだ? なぜこの犯人は、人質の解放に、身代金を要求していない⁉」
完全にイレギュラーな内容に戸惑う教師たち。
「兎に角、警察に相談しましょう。」
別の教師が、そう告げたその時だった。
ガラガラガラバンッ!
物凄い音を立てて、職員室の扉が開かれる。
「たたた、た、大変ですッ!」
一人の男子生徒が、大声をあげて飛び込んできた。
「なんだ、樹。血相を変えて飛び込んできて・・・先生たちは今忙しいんだ、できれば後にしてくれ。」
「す、すす、すみません! って、そんなこと言ってる場合じゃなくて! 大事件なんですよぉ! 学校のグラウンド傍の植え込みが燃えていますぅ‼」
「何ッ⁉ それは本当かッ」
周りにいた教師陣も、一斉に青ざめた。
「くっ 何でこうも不幸が続く⁉ 話し合いはいったん中止だ! グラウンドに向かうぞ!」
「は、はい!」
・・・そんなこんなで、教師たちは皆、職員室を飛び出していく。
「やれやれ。どうして、こんな簡単な嘘に引っかかるかねぇ。」
そんな教師陣を、樹は冷めた目で見送っていた。
―――。
「―――よくも今まで計画の邪魔をしてくれたな・・・この小娘が・・・!」
某所。
薄暗い室内にて。
一人の男が、青白く冷め切った目で、眼下にへたり込む少女をにらんでいた。
少女―桃花は、その男を見上げる。
桃花は―――ひどい有様だ。
全身に擦り傷やあざがあり、衣服の一部が破れ、柔肌があらわになっている。
父親によほど殴られたのだろう。
だが、それでもなお、その栗色の瞳には、強い意志が漲っていた。
「ふん。いけ好かない目だ。実の父親に対して、そのような態度。嘆かわしい。」
「父親だなんて・・・貴方は私の父親ではないわ! この町を滅ぼそうとする、モンスターよッ!」
心なしか、普段とは口調が違う。学校で使っているツンケンしたものではなく、かなり自然な言い回しだ。
「言ってくれるじゃないか・・・何もできんごみクズのくせによぉ!」
ガン!
不意に、父―敏郎が桃花の顔を蹴り飛ばす。
「あぐぅうっ!」
桃花はニ、三回床をバウンドしながら転がり、壁に激しく叩きつけられた。
「てめぇを育ててやったのはこの俺だ。もっと敬意を払うべきだと思うがなぁ⁉」
「ぅぐ・・・ぅ・・・」
近寄ってきたと豺狼に胸ぐらをつかまれて、持ち上げられ、その体を宙釣りされる形になってしまった桃花。
気道を締め付けられ、息をすることができない。
「お前は俺と一緒に死ぬんだ。俺の憎悪と共に・・・この街ごと消し去る!」
「憎悪、だなん、て・・・たかが、仲間との・・・仲が、悪化して・・・左遷、されただけで・・・そんなこと、言う、なんて・・・器の、小さい、人・・・!」
「黙れッ!」
ドガン!
胸ぐらをつかまれていた手を離され、床に叩きつけられる桃花。
「げほっ、ごほっ・・・!」
酸素を求めて激しくむせる娘を睥睨して、敏郎は告げる。
「いいか。俺はその左遷で、全てを失った! 権力も、財力も‼」
「それは、あなたの自業自得よッ!」
「五月蠅いぞ! 俺はもうこの街を許さない! 俺のすべてを奪ったこの街を、復習の炎で焼き捨ててくれるわッ! そして、俺の計画をことあるごとに妨害し続けてきたお前も、確実に殺す! 逃げる時間など与えん! 俺と一緒に来い! 俺とお前で一緒に死ぬんだ!」
「いやよ・・・絶対に行かないッ!」
桃花は必死に抵抗するのだが・・・
どんっ・・・
「ぐっ・・・」
容赦なくみぞおちに叩きつけられた、冷たい拳。
刹那、桃花の意識が暗転していく。
「・・・ぁ・・・」
薄れゆく意識の中、桃花は物思う。
―――別に私は、不良に“なりたかったわけじゃない”。
“ならざるを得なかった”・・・
私は、小学校のころから、出来の悪い子だった。
勉強もできなければ、スポーツもできない。
そんな私が進学校に入ることができたのは、父の権力による裏口入学とか、そんなことではない。
時分がこの学校に入れたのも、生徒会長になったのも、父の権力が理由ではない。
「―――お前は左遷された俺に・・・すべてを失った俺に代わって、一人前にならなければいけないのだッ! さもなくば、お前をこの家から追放するッ‼」
父の失脚が原因で私に重圧がかけられ、必死に勉強し、片浜高校に合格ラインギリギリで滑り込んだ。
その矢先、私は父の恐るべき計画を知ってしまったのだ。
「片浜市炎海計画」。
その内容を知った私は、彼の行動を止める方法を考えた。
そして、考えついたのが、生徒会長になること。
元・事務次官である父は、市内高校と何かしらの関係を築いており、父のパソコンと学校のパソコンは、つながっている場合が多かった。
生徒会長になれば、学校のパソコンを使うことができる・・・だから・・・!
そんな考えで、私は生徒会長になることを目指した。
だが皮肉なことに、この学校には、成績が評定平均八・〇以上の生徒しか生徒会長に立候補する権利が与えられないという、ルールがある。
高校二年になった時点で評定平均が三・ニという桃花にはハードルが高すぎて・・・むしろ、各教科で赤点をとらないようにするのが、精一杯で・・・
だから、不良になったのだ。・・・いや、不良の“ふり”をしたのだ。
不良のふりをして、周りの人々に威圧感を与え、彼等を従え、生徒会総選挙の時期になるころには、教師数名をも含む、学校のほとんどを牛耳るまでになっていた。
もちろん、急に性格を不良っぽくしたので、最初、一部の親しかった友人に心配されたが、それらを突っぱねて、ひたすらに生徒会長になることを目指した。
最初は心配してくれていた友達も、次第に私を避けるようになり、ついには、私を心から信用してくれる者は、誰もいなくなった。だが、それはしかたがないことなのだ・・・理不尽であることこの上ないが。
そう。全ては、この街を守るために―――友達失い、心をすり減らしていきながら―――
なのに―――だというのに―――全てが水の泡となってしまった。
心がボロボロになりながら、この町を救おうとしたのに。守ろうとしたのに―――できなかった。
悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。
(私は・・・こんなことで・・・死んじゃう、の・・・?)
暗くなってゆく視界。瞼の裏に、親しかった者たちの顔が、浮かんでは消えていく。
彼らは皆、私の所から去っていった者達―――まだ、父親というモンスターにとらわれていなかった頃の自分と一緒にいてくれた、かけがえのない友人たち―――
そして、最後に浮かんだのは―――
紺色の髪が特徴的な、男の子の笑顔。
一か月ほど前に突然私の前に現れて、「きれいだ」と言ってきた、男の子の笑顔。
―――正直、嬉しかった。友達を失い、信用を失った私のひび割れた心に、あの言葉は染み渡った。
まだ、私のことを見捨てないでいてくれる人がいる―――そんな気がしたから。
―――自分のせいで、自分が不甲斐ないせいで、皆死んでしまうのだ。何の関係も、罪もない人々が―――
(ごめん・・・ごめん、ね・・・皆・・・けん、じ・・・・・・)
最後に、そう心の中で呟いて―――
彼女の意識は、闇の奥底へと埋没していくのだった。
第三章―哀しみを超えて
―――川底から泡が立ち上るがごとく。
―――ゆっくりと、意識が浮上してゆく。
そして・・・やがて・・・意識が覚醒する。
「・・・ん・・・」
ゆっくりと開いた虚ろな目は、やがて一つの景色を紡いだ。
目前にあるのは。真っ白な天井。
―――私は、どこかに寝かされているようだ。
さぁああ~・・・と、風がカーテンをなでる音。
体のあちこちに、ガーゼが当てられている。どうやら、ここは病院のベッドの上のようだ。
「・・・気付いたみたいですね。」
横からいきなり声を掛けられ、私は、びくりと肩を震わせて、声のした方を見ると・・・そこには、一人の少年がいた。
優しげに微笑んで、私の方を見つめるその少年は―――
「・・・健二・・・?」
そう。自分のことを「きれいだ」と言ってくれたその人が、すぐ傍にいた。
と、不意に思い出される。
「そういえば・・・父さんは・・・? 街は、どうなったの・・・?」
急に青ざめて、独り言のように消えそうな声で呟く私―桃花に。
「大丈夫ですよ。事はすべて片付きました。・・・もう、この街は安全です。」
健二が優しく真実を告げた。
「ぇ・・・? うそ・・・」
「嘘じゃありません。街も人々も皆無事ですよ。信じられないなら、窓の外を見てください。」
桃花は、言われるがままに外を見る。
―――窓の外に広がるは・・・確かに、片浜氏の街並みだ。間違いない。
「・・・夢じゃ、ないんだよね・・・?」
桃花は、恐る恐る自分のほっぺをつねる。
つねったところで、気が付いた。
「え? 待って・・・健二、あなた・・・もしかして、私がやろうとしていたこと―――」
「ええ、知ってますよ。すべて、僕の推理どおりでした。」
「推理って? 一体どうゆうこと?」
「・・・そうですね。まぁとりあえず、少し長くなりますが、どうか聞いてください。」
そう言って、健二は語りだした。
―――時間は、多少巻き戻って。
ぶー、ぶー。
再び、健二のスマホが鳴った。
「もしもし、樹? どうだった? 手紙の中身、見れたか?」
樹に無理な要求を通した後、わずか数分で樹は電話をよこしてきた。
「ああ、ばっちり。」
「すまん。恩に着る。」
「―――本日午後四時、片浜中央駅から三番目の、“赤電の走る駅に、人質を連れてくる“。」
「・・・ややこしいな。なんつーか、回りくどい。」
「ああ。そうだね。」
「まあでも・・・本当に助かった、ありがと。」
「いーよ、別に。お前に会長と俺らの命運・・・託したぞ。」
「・・・任せろ。」
ピッ。
電話を切った途端、健二は頭を抱えていた。
―――めちゃくちゃ謎が多い表現だ。
身代金を要求してきていないというのは、まぁ予想通りだとして。
“人質を解放する”ではなく、“連れてくる”―――まるで、開放する気がないようだ。
“赤電の駅”ではなく、“赤電の走る駅”―――後者の言い回しにしなければいけない理由があったのか?
最初、健二はこの手紙に書いてある内容は嘘だと思った。
誘拐犯の目的は、あくまで石油製品総合製造工場の《地下石油道》への放火。工場から遠く離れた赤電の三駅目で桃花を開放すれば、誘拐犯も捕まってしまう。
だが、健二はふと思った。
―――この手紙、嘘ではなく本当のことを書いているのではないかと。
実は既に、誘拐犯がわざわざ学校に手紙を送った目的は、粗方予想がついていた。
そして、その目的のために手紙に嘘を書くならば、もっと効率のいい方法があったはずなのだ。
そこをあえて、回りくどい言い方にしている。それが、この手紙に真実が記されていることを示す証拠なのだ。
健二は、手元の地図を開いた。
石油製品総合製造工場の最寄り駅を調べ始める。
石油製品総合製造工場に最も近い駅は・・・赤電ではなく、路面電車の駅。そして―――片浜中央駅から、三番目。
この手紙を真実だとみた場合。そして、健二の予想が正しい場合、本来「路面電車」であるべき文字が、「赤電」にすり替わっている、というべきか。
健二は、パソコンを開き、「赤電」と検索した。
その画面に映し出された答えに―――
「なるほどね。案外簡単なミステリーじゃないか。」
ニヤリと不敵に笑うのであった。
~~~
時間は流れる。あっという間に流れて・・・
午後三時。
(ふん。ついにこの時が来た。)
一人の男が、黒い大きな何かを背負い、石油製品総合製造工場の正門へと真っすぐに歩いていく。
不思議なことに、普段は幾人か正門の前に立っている警備官、警察官の姿がない。
(ふ・・・警官たちは、あの手紙にまんまと騙されたわけだな? これなら、楽に中へ入れそうだ。)
ニヤリとほくそ笑んで、男がその正門をくぐり抜けようとしていた―――その時だった。
「待ちなよ。」
不意に、後ろから投げかけられる何者かの声。
振り向いた男―敏郎の瞳に、一人の少年の姿が映った。
「何でしょう?」
今からこの工場に放火するのを、悟られるわけにはいかない。
故に、好々爺然としてそう問うが・・・
「なんか、猫かぶってるようだけどね・・・バレバレなんだよ。柿下 桃花の誘拐犯であり、今かからここに放火しようとしている、放火犯さん?」
「―ッ⁉」
図星を疲れて押し黙る男―敏郎に、
「隠しても無駄だよ?」
少年―健二はすごむ。
「―――あんたの計画は、実に巧妙だよ。・・・「片浜市炎海計画」。それを実行するには、ターゲットとなる石油製品総合製造工場の警備があまりにも厳重すぎる。この町で、《地下石油道》が地上に露出しているのは、この場所だけだからね。当然、保安側も、あんたみたいな輩を警戒して、この工場の警備を厳重にする。それでは、あんたは《片浜市炎海計画》を実行することができない。だから、下準備として、市内のガソリンスタンドなどに放火し、警備をそちらの方にさいて、工場の警備を手薄にする。しかし、その程度では、あんたの計画を実行するには、工場内に侵入しても捕まるリスクがあった。だから、自分の計画に水を差してきた実の娘を誘拐し、身代金とか一切関係ない手紙を、学校側へ送りつけた。それで焦った職員たちは警察に相談し、ただでさえ手薄の警官たちは、工場の方から、手紙の指し示す場所―赤電の、片浜中央駅から三駅目の駅に移動させられる。つまり今、この工場を警備している者は、数名の警備官のみ。あんたは、悠々と正門から侵入することが可能だ。」
「・・・・・・」
敏郎は無言。だがそれは、肯定を表す沈黙だった。
そんな敏郎へ、健二はさらに追い打ちをかけていく。
「そして、あの手紙に記されている内容は嘘ではなく、本当のことだ。―――赤電の走る駅。“赤電の駅”ではなく、“赤電の走る駅”にしなければいけなかった理由。その答えは実に単純だ。後者でないと、意味が通じないから。あんたが手紙に記した「赤電」は、《市営片浜線》の愛称である「赤電」じゃない。あんたが手紙に記したのは、「路面電車」の赤電だろ? 世間ではあまり知られていないが、路面電車の最終電車のことを、「赤電」というんだ。路面電車の最終電車限定で赤電というから、“赤電の駅”だと、表現に無理がある。“路面電車の最終電車の駅”という直訳になるからな。“赤電の走る駅”にすれば、“路面電車の最終電車が走る駅”という直訳になり、一応意味が通る。そんでもって、あんたが手紙に記した「赤電」を、《市営片浜線》であると判断した警官たちは、まんまとトリックに引っかかったってわけなんだが・・・甘かったな。警官たちは騙せても、あれだけ不自然な文章だ。僕の目をだませるわけがないだろう? ・・・そして、この石油製品総合製造工場の最寄り駅。即ち、路面電車の、片浜中央駅から三番目の駅で、あんたが下りたってことは、あんたが放火犯なんだろ? そうとしか考えられないよな?」
「―――、・・・ああ、そうさ。俺が、放火犯であり、娘の誘拐犯だ。よくぞ、俺の思惑に気付いたな。だが、貴様一人で何ができるというんだ? 俺を捕まえられるとでも思っているのか?」
「さぁな? 知らん。だが・・・」
健二は、ちらりと、敏郎が背負っている黒いものを見る。
それは―――フードを目深にかぶせられた人間だ。
顔までははっきり見えないが、おそらく、柿下 桃花だ。動かないので、気絶しているようであったが。
「―――一つ聞く。あんたは《焼野の雉子 夜の鶴》ってことわざを知ってるか?」
「知らないな。」
「そうかい。そんなこったろうと思ったよ。・・・構えな。きっついお仕置き、してやるぜ‼」
健二の目は、完全に座っていた。
敏郎に対する口調も、普段の健二の口調とは違う。まがいもなく、彼が完全にブチぎれている証拠だった。
「ガキが・・・調子に乗るな!」
敏郎は、背中に背負っていた黒いものをおろし、健二に向き直る。
―――二人はにらみ合う。
視線がぶつかり合う、一触即発の状況。
―――数秒の間、空気が凛と張り詰めて・・・
「だぁああああああ―――っ!」
「はぁああああああ―――っ!」
雄たけびと共に、疾風のごとく駆け出す二人。
一瞬でつまる間合い。
敏郎が、健二の顔面に向け、右ストレートを放つ。
迅速の拳が健二の顔面を捕える―――が、
「な、に―――っ⁉」
敏郎は、驚愕した。
拳が健二の顔面に直撃する寸前、
健二は無理矢理重心をずらし、致命的な一撃をかわしていた。
「だぁあああああああああああ―――ッ‼」
崩れた体制を気合と気迫で強引に立て直し―――
全力で腕を引き絞り、敏郎のみぞおちに強烈なパンチを食らわせていた。
「ご・・・ふ・・・」
敏郎はそのままがくりと崩れ落ち、あまりにもあっさりと意識を失ってしまうのだった。
~~~
―――時間は、現在へと帰還する。
「―――というのが、今までの経緯です。」
「なるほどね・・・」
健二が、桃花が生徒会長になったことに対する疑問から調査を開始し、桃花が「片浜市炎海計画」と何らかの関係があることを看破。その後、主犯である桃花の父―敏郎と一戦交えた旨を聞いて、桃花は未だ信じられないという表情で、健二を見つめている。
「それで・・・私の父は、どうなったの?」
「ええ、一応この病院に連れてきました。流石に、先輩と先輩の父親の二人を運ぶのには、骨が折れました。あの工場からこの病院までの距離が近くて、よかったです。」
健二はちらりと窓の外を流し見る。
この病院からほど近い場所に、石油製品総合製造工場の煙突が見えた。
「それから―――あなたの父親がしたことは、病院の者たちに伝えておきました。まもなく、警察が到着するでしょう。・・・その、「人質」兼「娘」という立場故に、先輩もいろいろと問い詰められることになるかと。」
「うん・・・わかってる。」
桃花は、少し顔を伏せた。
だがその顔に、あまり憂いのような陰りは見られない。心と体を蝕む現況が消え、ほっとしたような表情だ。
それは、今までのように、他者を拒絶するような冷たい表情ではない。
他者を受け入れるような、暖かい表情。
(これが、本来の先輩の姿なんですね。)
「ん? 何か言った?」
「いえ。なんでもありません。あの・・・もし嫌でなければ、話してもらえませんか? あなたが何故、不良を装っていたのかを。」
「⁉ ・・・そこまでお見通しなんだね。」
「僕は不良のことはよく知りませんし、決して不良を侮辱するわけではないのですが・・・少しでも心が荒れている人は、今の先輩のように澄んだ目をしていませんよ。」
桃花は、また少し顔をそむける。
その頬には、ほんのりと赤みがさしていた。
「―――うん、いいよ。教える。」
そう言うと、桃花は語りだす。
今までの苦悩を―――余すことなく、残すことなく、吐露するのであった。
―――。
「そうだったんですね。」
あまりにも重い桃花の過去を知った健二は顔をしかめた。
「すみません。軽々しく聞いていい話じゃありませんでしたね。」
「いいの、別に。健二に話して、少し気が軽くなったから・・・でも・・・」
不意に桃花は顔を歪ませる。
悲哀に満ちた、うるんだ瞳。
「―――もう、失った友達は・・・戻ってこないのかな? 私の所に・・・もう・・・」
「・・・」
桃花の涙声に、健二は押し黙る。押し黙ることしかできない。
彼女の父―敏郎は、自業自得ですべてを失った。しかし、彼女は、理不尽な現実ですべてを失った。・・・本当に、世知辛いものである。
「私はもう、いっぱい失っちゃった。・・・たとえ友達に“私が不良のふりをしていた理由”を伝えても、信じてくれないかもしれない・・・! 一人残らず、私の敵に回してしまったから・・・!」
静かに嗚咽する桃花に―――
健二は声をかける。
「―――これだけは言っておきますが、たとえ皆が、先輩が不良のふりをした理由を信じなくても・・・僕は信じますよ。」
「―ッ⁉」
それは、桃花にとっての福音だった。
哀しみ広がる心に、温かな炎が、ほっ! とついたような、そんな感じ。
「・・・本当に? 信じて、くれるの・・・?」
「いや・・・信じますし、第一、それ事実ですし。事実を目の当たりにしているのにそれを信じないなんて、どんなひねくれものですか?」
そんな、健二の暖かすぎる返答がきっかけで・・・
「・・・ぅ・・・ぁ、ああああ~~~っ!」
自分のことを信じてくれる者がいたことへの安堵からか?
桃花は大粒の涙を流して泣きじゃくるのだった。
~~~
―――その後。
当然のことながら、今までひっきりなしに続いていた市内各所への放火事件も、なりを潜めることとなる。
市内各所への放火による器物損壊、自らの娘の誘拐、片浜市をすべて焼き尽くそうとしたことによる殺人未遂で、柿下 敏郎は逮捕、拘束されることとなった。本来、死刑または無期懲役となってもおかしくないことだが、桃花自身が、自らを誘拐したことを許したこと、それから、「片浜市炎海計画」における殺人未遂においては、《地下石油道》などという危険なものを設置した片浜市にも問題があったことなどを考慮して、裁判官の恩赦もあり、懲役三十五年にまで罪が軽くなった。
―――そして、桃花は、全校集会の場で、自身に降りかかった災難を、真実を、全校生徒と教師陣に伝えるのであった。
もちろん、この世界においては“真実”よりも“どう見えているか”が重要視されるので、桃花の不良としての一面だけを見てきた者にとっては、いきなり“不良のふりをしていた”などと言われても、信じることはそう簡単にできないのだと思うが・・・
何より、以前と違って明るくなり、フレンドリーになった彼女を支持するものが増え、友達もできるようになった。
「―――これが、本来の先輩の姿か・・・」
生徒会準備室で仲間たちと談笑する桃花を取薪に眺めながら、健二はいつかどこかで呟いた台詞をぼやく。
「ふっと笑みをこぼして、踵を返し立ち去っていく健二。
―――梅雨時の六月にしては珍しい、晴れた日のことであった。
終章―Endless Summer
―――あれから、三か月が過ぎた。
夏休みが終わり、三年生はより一層受験勉強にいそしむ時期。
それは、七月に任期を終えた会長も、例外ではない。
九月の、やや哀愁を含む風が、二年二組の教室で静かに読書をする健二の頬を撫でる。
今は、放課後の静かな時間。気持ちの良い風の中、本を読むことが、健二の密かな楽しみなのである。
故にここで読書をしているのだが・・・この物静かな雰囲気が、一瞬にしてぶち壊されることとなる。
ガラガラガラバンッ!
突如、全開に開け放たれた扉に、健二はびくりと肩を震わせる。
反射的に扉の方を見ると、そこには一人の少年がいた。
「いやっほぉー! 健二ぃ!」
「・・・なんだ、樹かよ・・・」
少年―樹はずかずかと教室内に入ってくると、ドン! と健二の机に腰かけ、何故か真剣な眼差しで、健二の方を見つめる。
「なんだよ? 鬱陶しい。」
「なぁ、健二。今の季節は・・・?」
「は?」
いきなり、話の前後が読めない質問を投げかけられ、訝しむ健二。
「いや、まぁ・・・秋の初めくらいかな・・・」
とりあえず、思ったことを言ってみたのだが―――
「ちがァアアアアウ! 今は、夏! そして、一か月後も夏! その一か月後も、そのまた一か月後も夏だぁアアアアアアアアア―――ッ‼」
「どうした⁉ お前、頭でもおかしくなったか⁉」
急にどでかい声でわけのわからないことをのたまう友人に動揺を隠せない健二。
―――なんで普段大人しいのに、僕と話すとこんな変なキャラになるの⁉
「ていうか、何で夏なんだよ? どー考えても秋だろ?」
「ふっ・・・わからないかね? 健二君。まぁ、アレだよ。俺達高校生の夏は終わらないってことだ! そう、アオハルだよ、ア☆オ☆ハ☆ル‼」
「・・・さいですか。」
テンション上がりまくりな親友の姿に、健二の調子は狂いっぱなしだ。
「はぁ~・・・で? まさか、俺に青春しろと?」
すると、青春ー(特に恋愛)に全く興味のなさそうなそぶりを見せる健二を睥睨して、樹は続けた。
「あのなぁ、お前には桃花先輩っていうステキなgirl☆friendがいるだろう? 何せ、お前が、先輩に「きれいだ」なんて言った時点で、告ったも同然だし? それに、先輩を絶体絶命のピンチから救っちゃったし! これはもう、先輩と付き合っちゃうしかないよね? わかるよね? わかれ!」
「いや、ンなこと言われても・・・別に会長のこと、そういう目で見てるわけじゃないし・・・」
「ホ・ン・ト・に?」
テキトーに答える健二に、樹が迫る。
「いやぁ、どーみても、健二は先輩のこと好きだよな? そして、たぶん先輩も健二のこと好きだよな? あ、これってもしかして、両☆思☆い? うん、間違いない! 俺の敏感な恋愛センサーにビビビときたからぁ!」
「あっそ。」
我関せず とばかりに、本の文面に目を落とす健二に―――
樹は、もはや我慢ならぬ! とばかりに―――
「そぉおらぁアアアアアアーーーッ!」
健二の本をひっつかみ、窓の外に放り投げた。
「ちょ、おま―――何やってんだ⁉」
流石にキレた健二が、樹に向かって怒鳴るが。
「そんなもん読んでる暇があったら、こっちを読め!」
当の樹は、健二の怒りをさらりと受け流し、とあるポスターを健二の鼻先に突き付けた。
「なんだ、これ? え~と・・・「終わらない夏祭り」? こんな祭りあったっけ?」
「知らんの? 隣町で毎年開かれてるチョー有名なお祭りだけど。まぁ、兎に角だ、行ってこい、先輩と一緒に。」
「いやだ。」
「あ~ちなみに、お前に拒否権はない。なぜなら、先輩の方が、もうお前と行くことを承諾しているからな。」
「なんだそれ⁉ 聞いてねぇ⁉」
「いやぁ~我ながら、俺天才だよね? 先輩が勉強ができないことを利用して、勉強が得意なこの俺が、先輩に勉強を教えてあげる代わりに、健二との夏祭りに参加しなければいけないという条件を付けたんだ!」
「お前、心底、ダメ人間だな⁉」
はぁ~と、ため息をつく健二。
「まぁ、そういうことなのでぇ。頑張ってね。集合は今週土曜の午後六時、片浜中央駅だよ~!」
そう言うが早いか、樹は颯爽と走り去っていく。
「・・・ったく、厄介ごと持ってきやがって、あの野郎・・・」
一人残された健二は、また、はぁ~とため息をつくのだった。
―――そして、《終わらない》夏祭り当日。
午後五時五十分。片浜中央駅前のロータリーに、一人の少年の姿があった。
ジーンズと赤いチェックの上着を着た健二だ。夏祭りだから、浴衣・・・とか、そう言った格好ではなく、普段着である。
と、そこへ・・・
「ごめん、待たせちゃった?」
一人の少女が、健二の下へと近づいてくる。
「いえ、別にそんなに長くは待ってな―――」
そこまで言いかけて、健二は息を飲んだ。
目の前には、青い浴衣をゆるりと纏った桃花がいた。控えめの色彩の髪飾りと、淡い桃色の帯が、その装いに花を添えている。
「―――あんまり、こっち見ないでよ。その、恥ずかしいし・・・」
「ッ‼ す、すみませんッ!」
ブン! と、首が吹っ飛ぶくらいの速度で健二は目を背ける。
「・・・まぁ、とりあえず・・・行こ。」
「え、ええ・・・」
何処かぎこちないやり取りをしつつも、二人は祭り会場に向かうのだった。
―――数十分後。
「うわぁ! すごぉおおい!」
「本当だ・・・すごいなぁ。」
二人は、祭り会場の予想以上の賑わいに、感嘆の声を漏らしていた。
神社で行っているわけではなく、在来線で、片浜駅から十駅目の白谷駅。その目の前の広場を利用して行われている祭り故に、規模が大きく、それはそれは賑やかなものだ。
「・・・え、えーと、先輩。何から見て回りましょうか?」
「そ、そうね・・・あ、き、金魚すくいとかどう?」
「・・・おー、いいですね。で、では、行きましょう。」
やはり何処かぎこちない会話をしながら、金魚すくいの屋台を探す二人。その内心は・・・
(やっべ! 先輩に恥ずかしいとこ見せられない! 一匹もとれませんでした~。なんてなったら、男として立つ瀬がねぇ⁉)
(ど、どうしよう・・・金魚すくいなんて言わなきゃよかった。私、金魚すくい苦手だったんだ! 緊張しすぎてすっかり忘れてた! 恥ずかしいとこ見られちゃったらどうしよ~・・・)
―――戦々恐々としている二人なのであった。
~~~そんなこんなで、時間は過ぎる。
なんだかんだで、完全にデートになってしまっているわけで・・・
何と言うか、初々しいわけで・・・
「―――先輩。あそこでフランクフルト売ってますよ。」
「あ、ほんとだ! 行こう!」
「おじさん、フランクフルト、二本ください!」
「はいよ、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
「あ、先輩! ここの屋台、ケチャップとマスタード、自分で好きなだけかけれるみたいですよ?」
「へ~、そうなんだ。じゃ、私、マスタードだけにしよう。」
「僕はケチャップが好きだから、ケチャップオンリーで・・・て、ぇえええええっ⁉ 先輩⁉ なんで、そんなにたくさんマスタードかけてるんですか⁉」
「え? だって普通これくらいかけない?」
「い、いや・・・その量普通じゃないですよ。ひょっとして、辛いものにめちゃくちゃ強いんですか・・・?」
「べ、別に強くなんかないわよ! ―――(女の子って、からいもの苦手な方が、男子からかわいく見られたりするのかもしれないわ)・・・ぱくっ、ぁああああああ、からぁあああああい! マスタードかけすぎたぁあああああッ!」
「・・・いや、さっきコンくらい普通って言ってたじゃないですか・・・あと、表情とか、全然辛そうじゃないし・・・」
「はぅ・・・別にそんなことないし! ぜんっぜん、辛いし⁉」
~~~だが、時間が経つたびだんだんと、二人の距離が近くなったような。
緊張が解けたような感じがするわけで・・・
「―――ねぇ、健二。かき氷食べない?」
「いいですよ。」
「おじさん、かき氷ください!」
「はいよ~。」
「ぱくっ! う~ん! やっぱりかき氷の味といったら、イチゴに限るわね! メロンは甘すぎるし、レモンは酸っぱすぎる。イチゴ味はその中間って感じがして、ちょうど良いのよねぇ~。」
「―――どれも味一緒ですけどね。使ってる食紅の色が違うだけですよ?」
「えっ⁉ そうなの⁉」
「はい、そうです。ていうか、知らなかったんですか? イチゴもメロンもブルーハワイも・・・全て同じ味だってこと・・・」
「ま、まあ、知ってるし? どのシロップもすべて同じ味だって、知ってたし⁉」
~~~いろいろと楽しそうで。
だから、時間はあっという間に過ぎてしまうように感じるのだ。
―――今の季節は、秋。本来であれば、《秋祭り》というべきなのであるが、この祭りが、《終わらない夏祭り》と命名されている由縁がある。
それは、この夏まつりの花形であり、オオトリ。
夜九時から約一時間にわたり行われるそれは―――
ヒュ~~~ドン!
突如、大気を震撼させる音と共に、夜空に咲く、一輪の紅の華。
否、一つだけではない。
ヒュ~~~ドン! ヒュ~~~ドドン‼
赤、青、黄、緑、紫―――
色とりどりの花々が、濃紺に染まる空に開花し、瞬く間に散ってゆく・・・
それらは、夜空のキャンバスを彩る、儚き光の芸術―――花火。
今、祭り会場に集まる人たちの目線を、釘づけにしていた。
「・・・綺麗。」
「・・・ですね。」
二人も、その美しさに圧倒されている。
「! そうだ! 先輩、もっとよく花火が見える場所に行きませんか? この近くに河川敷があるんですよ。そこからの方が、きれいに見えるはずです!」
「え? そうなの?」
「はい。昔この町に来たことがあって、そういえば、近くに川があったなぁ~って、今思い出したんですよ。さ、はやく!」
「う、うん・・・!」
二人は、駆けだした。
我を忘れたように空を眺める人々の合間をすり抜け、祭り会場を飛び出し、走ってゆく。
―――数分走ると、河川敷が見えてきた。
そこには、既にたくさんの人がいた。
皆、思い思いに話をしながらも、その視線は上に向けられている。
二人は、あまり人の密集していない場所に腰を下ろし、空を見上げた。
―――頬を、心地よい風がなでる。
河川敷に咲くコスモスとリンドウが、静かに揺れている。
空に向かって駆け上るは、桃色の炎。
それもまた、色とりどりの花びらを散らせて、消えてゆく。
「―――ねぇ・・・健二・・・?」
「なんですか?」
不意に話しかけられて、桃花の方を流し見る。
桃花は、空を見続けながら、話す。
「・・・改めて、お礼が言いたいの・・・ありがとう。」
「? 何のことです・・・?」
「あの時・・・私を助けてくれたじゃない。」
「ああ、例の放火事件の時の・・・いいえ、別に当たり前のことしただけですよ。」
「・・・そう。・・・ねぇ、私達が初めてあった日のこと、覚えてる?」
「はい。確か僕が生徒会準備室の中を覗き込んでて、先輩に見つかったんですよね?」
「うん。・・・あの時、健二が言った言葉なんだけど・・・その・・・本気、なの・・・?」
「? ・・・え?」
「だから、あの時私に言った言葉! ・・・その・・・「きれいだ」・・・って。」
「あー・・・あの時は、その・・・」
二人とも、恥ずかしそうに顔を伏せる。二人の頬は、赤く紅潮していた。
「―――、・・・本当、だとしたら・・・どうします?」
「え・・・?」
「僕が、先輩のこと・・・好きだとしたら・・・その、どうします・・・?」
「私、は・・・」
桃花は目を背ける。・・・ほっぺたがとても熱かった。熱に浮かされたような、そんな感じ。
―――、・・・私に、こんなこと言う日が来るなんて、思ってもいなかったな。
「―――私は、いいよ・・・」
「え・・・?」
「私はいいよ。だって、私・・・健二のこと―――! ・・・す」
ドドォオオオオンッ‼
桃花の口から発せられようとした言葉は、一際大きな花火の音にかき消された。
続いて巻き起こる、歓声の渦。どうやら、今のが祭りの最後を飾る花火だったらしい。
だが、そんな喧騒の中、二人の周りは時が止まったかのように、静かだった。
頬を赤くしたまま、無言で見つめ合っていた。
―――たぶん、桃花の思いは、健二に届いている。
そして、健二の思いも―――
―――まだ夏は、終わらない。
二人の夏は―――
それを証明するかのように、二人の頬は、熱くほてっているのだった。