第九十四話 波乱万丈の体育祭 その4
「あ、おかえり。トイレ長かったね。」
テント内に返ってきた彰人を姿を見て、先間はそう喋りかけた。
「ああ、少し遠くのトイレに行っていた。...朝霧は?」
「ギリ間に合った。ちょうど今からだよ。」
そう言いながら先間が指さした方向を見れば、朝霧がレーンへと向かうところだった。
他のメンバーよりは一回り小さな背丈だが、気合は十分と言った様子で軽くピョンピョンと跳ねている。
その姿を見て、(元気の良い子犬のようだな。)と思っていた彰人だったが、同じレーンに並ぶ生徒を見て「む。」と呟いた。
「七瀬もいるではないか。」
その言葉を聞いた先間は「そうなんだよね。」と言って頷いた。
「七瀬さんが障害物競争に出てくるのは少し意外だった気もするけど、なんか親友同士の対決っていいよね。」
レーンに横並びに立ちながら、今も何か声を掛け合っている朝霧と七瀬の対決に、先間は少年漫画的な熱い展開を期待しワクワクしているようだった。
そんな先間をチラリと見ながら、彰人は校内を歩いている窃盗グループと不良グループに意識を向ける。
今では両グループともに3人がそれぞれ別行動をとっている。
そしてそちらでも、程なくして1人目同士の接触が訪れようとしていた。
(ふむ、そろそろ念のため視界を共有しておくか。)
彰人は左目を閉じると、その瞳に向かって魔力を注入していく。
そして校内へ張り巡らせた魔力と左目の魔力をリンクさせ、不良グループ3人の視界を自らの左目へと共有させた。
その瞬間、真っ暗だった左目に3つの光景が映る。1つ目は校内の廊下。2つ目が校内の廊下。最後が校舎の裏だ。
そう、それは今歩いている不良グループ1人ずつの視界だった。
「ほら、始まる!彰人もしっかり応援してよ!」
不良グループの方に集中していた彰人に、目の前から先間の声がかかった。
その声にふと右目に映る光景に集中すれば、先ほどまで話していた朝霧たちがそれぞれ一列にならび、スタート姿勢を取っていた。
そしてその姿を見たレーン横の先生が、軽く頷くと右手に持ったピストルを上部に掲げた。
一瞬の静寂。
(くる。)
彰人が心の中でそう呟いた瞬間、ピストルが大きな音を鳴らすと同時に、左目のある視界に1人目の窃盗グループが映った。
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大きなピストルの音が鳴り響いた瞬間、香織は地面を思いっきり蹴りだしていた。
(よし!)
ベストタイミングなスタートを切った香織は、心の中で小さくガッツポーズをすると、ぐんぐんとスピードを上げていく。
そしてスタート前に確認した、今回の障害物競争のギミックを頭の中で思い返した。
(なんかこの高校の障害物競争変わったギミックが多いのよね...。まあ、一番最後のは定番だとして、まずは目の前に見える最初のコーナーに置かれたアレが問題だわ。全くどこから持ってきたのかしら。)
そう思いながら、香織が見つめる先にはトラックの最初のコーナーの先に、こちらに向かって置かれている機械があった。
一見姿形は野球部が使っているピッチングマシンに似ているが、その機械の上に大量のカラーボールが見えている。
(あの機械が何をしてくるのかは、おおかた予想がつくけど...そろそろかしら。)
香織がそう思い、キッと機械を睨みつけた瞬間、ポスンという音が響くと同時にその機械がランナーに向けてカラーボールを吐き出してきた。それも3つ同時に。
(ほんとただでさえどこから持ってきたのかわからない機械の癖に...なんで3台も並べて置いてあるのよ!)
香織は心の中で悪態をつくと同時に上半身を右に傾け、こちらに向かって飛んでくるカラーボールを避けた。
しかしその間にも、目の前に3台並んだ機械はポスンポスンという音を響かせ続けながら、カラーボールを吐き出し続けている。
「うわ!」
香織の左後ろで他の生徒の声が上がった。おそらくカラーボールを避けきれず、体のどこかに激突したのだろう。
もちろん当たるのは柔らかいカラーボールなので痛くはないのだが、走っている正面から大量の障害物が飛んでくるうざさは異常だ。
(絶対体育委員の中に性格悪い奴が紛れ込んでるわ!)
香織はまた1つこちらに向かって飛んできたカラーボールを避けながら、そう心の中で叫んだ。
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(なんなんだこの違和感。みんなとも別れちまったし...ただこの先をどうしても見なきゃ帰れねぇよ。)
先ほどまで校舎裏で体育祭をサボっていた不良グループ、その中のゆうき君の後輩である不良Aはそんなことを思いながら廊下を歩いていた。
今は校舎の中を1人で黙々と歩いているのだが、目の前に見えている曲がり角の先が気になって仕方がない状態だった。
その理由は全く分からなかったが、とにかく抗いようのない違和感だけがその足を押し進めていた。
(まあ、この角曲がれば違和感も消えるような気がするし、さっさと見てゆうき君と集合するか。)
そう思いながら角を曲がった瞬間。
「は?」
「え?」
そこには見たこともないおそらく20歳前後の男、もちろん生徒でなければ先生でもない。つまりは不審者が立っていた。
お互い曲がり角でばったりと出くわしたことで、目を見開き呆然としていたが、先に意識を取り戻し動いたのは向こうだった。
サッと身を翻すと、脱兎のごとく駆け出したのだ。その姿を見て不良Aもハッとした。
「待てコラァ!」
そう叫ぶと、不良Aは逃げる不審者の後を追って走り出した。
「くそ、なんで生徒が校内にいるんだよ!」
目の前で逃げる不審者はそう言いながらチラリとこちらを振り返った。
そして追ってくる不良Aの姿を見て、思いっきり顔をしかめた。その言葉から考えるに、今日がこの高校の体育祭で、その日には生徒が校内から居なくなることを知っていながら忍び込んでいることが分かる。
つまりはやはり完全なる不審者であることが確定した。
「逃げんなコラ!」
「逃げるに決まってんだろ!」
不良Aの怒号に不審者はそう返すと、不意に肩から下げているバッグの中に片手を入れた。
そして走りながら再度こっちを振り返ると口角を上げ、にやついた表情のまま叫んだ。
「これでも食らえやガキ!」
そう言うや否や、不審者はバッグに入れた手を引き抜き、こちらに向かって何かを投げてきた。
咄嗟の出来事に(なんだ?)と思った不良Aだったが、次の瞬間飛んできたものが何か分かった。色とりどりのそれは、まさかのカラーボールだった。
「なっ!」
不審者のバッグの中からカラーボールが出てくるというまさかの事態に、不良Aは大きく目を見開いた。確かに当たっても別に痛くはないが、そうは言ってもさすがに無視してそのまま駆け抜けることは出来ない。
顔などを庇いながら走ることになるので、多少スピードが落ちてしまい、不審者に逃げ切られてしまう可能性があった。
しかし急な出来事だったので、避けるのは無理だ。不良Aがそう思った瞬間。
“右だ”
頭の中にそんな声が響いた瞬間、自然と上半身を右に傾け、1つ目のボールを躱していた。
な、なんだ!?と不良Aが仰天する間にも、カラーボールは次々飛んでくる。
それに合わせて頭の中には“右”“左”と声が響き、不良Aはその声に従うように上半身を傾け続けた。
おそらく時間にすれば、ものの5~6秒くらいだろう。しかしその間に飛んできた10個近くのカラーボールを気づけばすべて躱し切っていた。
「はあ!?なんだお前!」
目の前には自分が投げたカラーボールを、上半身のみで躱しきった不良Aに驚愕してる不審者の姿があった。
しかし結果スピードを落とさず走り続けた不良Aと、こちらに向かってカラーボールを投げ続けていた不審者との間隔は近づいていた。
それに気づいたであろう不審者もまずいといった様子で顔を変えると、目の前を向き走るスピードを上げようとした。
(今だ!)
不良Aはこちらに背を向けた不審者に向かって、思いっきり飛びかかるとドロップキックを浴びせた。
「オラァァアア!」
「ぐえっ!」
不良Aの蹴りは不審者の背中を捉え、不審者は前方に吹き飛んだ。
そしてその先にあった廊下の突き当りの扉にぶち当たると、そのまま向こう側に消えていった。
「痛ってぇ。」
着地時に思いっきり腰を廊下で打った不良Aも、顔をしかめながら立ち上がる。
そして恐る恐る不審者が消えていった扉へと歩いていき、向こう側を覗き込んだ。
そこには目を回し地面に倒れている不審者の姿があった。それを見た不良Aは思いっきりガッツポーズをした。
「おっしゃあ!不良なめんな!...痛っ!」
ガッツポーズで体を動かした瞬間、地面に打った腰が痛み、不良Aは叫びながら腰を抑えたのだった。
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(ふむ。1人目は無事退治できたな。)
不良Aの視界を共有していた彰人は、地面に伸びている不審者を見て、満足げに頷いた。
しかしそんな彰人の前では、先間がものすごく微妙な顔をしていた。
(確かに応援してとは言ったけど、朝霧さんにボールが飛んで行くたびに「右」「左」ってブツブツ呟く彰人って...ちょっと気持ち悪いよ。)
しかし自分が不良Aへの指示を呟いていたことに気づいていない彰人は、右目に意識を集中させる。
どうやら朝霧も最初のギミックであるカラーボールが飛んでくるコーナーを無事切り抜けたようだった。そして今のところ順位は1位。七瀬を含む他の生徒も後に続いていた。
(朝霧も頑張っておるな。だが次のギミック...あれは何だ?)
彰人がそう思いながら朝霧の向かう先にあるギミックに目を向けた頃、左目では不良グループの2人目。
非常階段を歩く不良Bも、窃盗グループの2人目と接触しようとしていた。




