第九十三話 波乱万丈の体育祭 その3
「葵も障害物競争を選んだのね。」
「うん。香織が参加するのは想像通りだったけどね。」
香織と葵は障害物競争の列に並びながら、そんなことを話す。
今はまだ入場ゲートで、競技スタートのアナウンスがかかるのを待っている状態だった。香織はうーんと伸びをしながら「なんで私が障害物競争に参加するって思ったの?」と葵に尋ねた。
「だって単純に足が速い人はリレーで、力が強い人は綱引きでって感じで割り振れるけど、障害物競争は色々器用じゃないとできないから。」
「それはそうね。」
「そう考えると香織こういうの全部器用にこなしそうだもん。」
葵はそう言いながら、まだうんうんと言いながら全身の筋を伸ばすようにストレッチを続ける香織を見た。
香織は小柄ながらもその持ち前の運動神経で、バドミントン以外のスポーツでも大抵の物は人並み以上にこなせる。
「なるほどね。確かに障害物競争は簡単な采配で勝負が決まる競技じゃないから、私が自分で出て確実に勝っておきたかったのよね。」
「そうだと思った。...まあ、一応香織意外にこういうことを器用にこなしそうな人で言えば、豊島くんもいるけど...。」
「あれは絶対ダメよ。」
葵が彰人の名前を出した瞬間、香織は苦虫を噛み潰したような顔をし、バッサリと切り捨てる。
「器用にこなしそうではあるけど、それ以前に問題を起こすわ。確実に。」
「否定できない...さっきの綱引きみたいに?」
葵の言葉を聞いた香織はストレッチを止めると、疲れたような顔で大きくため息をついた。
「ただ綱を引く競技であれよ?」
「うーん、あれ何が起こったの?私綱引きのメンバーに聞いたけど、みんな口を揃えて“何が起こったのか分からない。気づいたら空を舞ってた。”って言うんだけど。」
「私も知らないわよ。」
香織は手をプラプラと振りながら、投げやりな様子で答えた。
「私も競技終わった後、豊島をひっ捕まえてやろうと思ってたんだけど、先間が“僕に任せて”って言うから丸投げしてきたわ。」
そう言う香織の顔は、今から競技に参加するのに面倒なことを深く考えたくない、というように無表情だった。
それを見た葵が(香織、なんか大変そう。)と思うと同時に、運動場に障害物競争のスタートを告げる放送が響き渡った。
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(ふむ。いつも使う校舎のトイレが清掃中だったため、他のトイレを探してみたが、このような場所にあったのだな。)
そんなことを思いながら彰人は目の前のトイレを見ていた。
そこは運動場から少し離れた場所にある体育館の裏に位置していた。あまり使われていないのか外観はボロボロだったが、一応まだトイレとして機能しているようで、トイレマークの看板が入り口横に取り付けられている。
(まあ別にどうでも良いか。トイレに来る前に先間が次は朝霧が出る競技と言っておったし、早く戻るとしよう。)
そう思いながら彰人がトイレの中に踏み込んだ時、なにやらこそこそと喋る様な声が聞こえてきた。
しかし今は体育祭中で全ての生徒は運動場にいるはずのため、最初は気のせいかと思ったのだが、少なからず人の気配もするところから、どうもそうではないらしい。
彰人が耳を澄ましてみると、その声はトイレの裏側から聞こえてくるようだった。
(ここからではうまく聞こえんな。だからと言って近づけばバレそうだ。まだ相手の意図も分からぬし、仕方ないが少し聴覚を強化するか。)
そう思った彰人は体内の魔力を耳に集中し、聴覚の感覚を引き上げた。
すると今までくぐもっていた声がクリアに聞こえると同時に、こんなキーワードが耳に飛び込んできた。
「狙うのは1年の七瀬って奴の鞄だ。」
(む?七瀬とはあの七瀬か?)
急に知った名前が聞こえてきたことで、彰人は一層神経を集中する。
「分かってる。あの七瀬グループの令嬢だろ?」
「ああ。親は随分放任しているらしいがな。」
「でも、あのグループの娘なら必ず金になる何かは持ってるはずだ。」
「そうだ。それを狙う。この高校は体育祭の時、警備がザルになることは確認済みだ。今日このタイミングで何か物が無くなったところで、俺らに足が付くことは無い。」
(相手は3人か。会話を聞く限りどうやら七瀬の私物を狙っているらしいな。金持ちというのはトラブルに巻き込まれがちで大変なのだな。)
彰人がそんなことを思っていると、「じゃあ、手筈通りに行くぞ。」と言い、3人の窃盗グループが動き始めた。
(さてどうするか。ここで我が片づけるのは簡単だが...ふむ。せっかくなら勝負事から逃げている奴らに一つ働いてもらうとするか。)
そう考えニヤリと笑う彰人の感覚では、窃盗グループがこそこそと校舎へと向かう途中に、おそらく体育祭をサボっているであろう3人の生徒の存在もキャッチしていた。
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その頃、彰人の企みに利用されることなど露ほども知らない3人の不良は、校舎裏で座ったまま煙草を吸っていた。
「はあー、体育祭だるいっすね。」
「ああ。」
「でも、参加しないはずなのになぜか俺ら学校来ちゃいますよね。」
「...ああ。」
2人の不良が喋っている言葉に、中央の背の高い不良が「ああ。」という返事を返す。
そこにいたのは入学式から程なくして先間に絡み、彰人に返り討ちにあったゆうき君+αの不良生徒たちだった。
彰人にこっぴどくやられて以降、その記憶は消えてはいるものの、毎日自動販売機の周りをせっせと掃除している彼らではあったが、別に不良を止めたわけではなかった。
しかし、彼らが彰人にやられて以降変わったのは、自販機の周りを掃除するようになっただけではない。
なぜだかどんなに気乗りがしない日でも、毎日気づけば登校してしまうと言う謎の現象に陥っていたのだ。
もちろんそれも彰人が賭けた魔法のせいなのだが、そんなことを本人たちは知る由もない。
あれだけサボっていた学校に自然と毎日足を運んでしまう自分の姿に、日々首をかしげていたのだった。
「でも、さすがに体育祭は出れねぇっすわ。だるいっすもん。ねえ、ゆうき君?」
「そうだな。...ん?」
後輩の不良の言葉に頷いていたゆうき君だったが、不意に感じた違和感に後方を振り返った。
そちらは特に何もなく、まっすぐ進めば校舎を曲がった先に、裏口があるだけの方向だ。
(なんだ?妙に向こう側が気になるな...駄目だ。我慢出来ねぇ。)
しかし、今まで感じたことのないくらいの強烈な違和感に、ゆうき君はどうしてもそちら側へと進んでみたくなった。
「お前ら、悪いけど少しあっちに行かねぇか?変な違和感を感じちまって、別に教師のやつらじゃねぇと思うが、一応煙草は消してから行くぞ。」
そう言いながら振り返ったゆうき君だったが、目の前の後輩たちの姿を見て「あ?」と呟きが口から漏れた。
「ゆうき君ごめん。理由わかんないけど、俺向こうが気になる。行かなきゃ。」
「俺もだ。ゆうき君、そっちには行けないっぽい。ごめん。」
そう言いながら後輩の不良2人は、ゆうき君とはまた別の方向を眺めていた。そちらは校舎同士を繋ぐ通路があり、小さな中庭もある方向だった。
こちらの言葉に一瞥もくれず、一点を眺め続ける後輩たちの姿に、さすがに妙な寒気を覚えた。
しかし、自分が感じている違和感もすでに耐え切れないレベルへと達しかけている。もはや“そちらに進みたい。確認したい。”という強迫観念に駆られているレベルだった。
ゆうき君は一度「分かった。」と呟くと、再度振り返り後ろにいる後輩たちに向かって声をかけた。
「じゃあ、別行動だ。それぞれ違和感が解消出来たら、またここで集まろうぜ。」
「分かったよ。」「うす。」
その返事が聞こえた後、背後で後輩たちが歩き始めた音が聞こえた。
その雰囲気を背中で感じながら、ゆうき君も(なんだこの感覚。まるで誰かにそちらに向かえと命令されているような...まあ、気のせいか。)と思いながら、一歩踏み出していた。
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彰人は1人トイレから戻りながら、「ふむ。」と呟き顎を撫でた。
(さて、窃盗グループも1人と2人に分かれたから、サボっている生徒たちも分けたが、うまくいくだろうか?)
そんなことを考えながら、魔力を校内に張り巡らせ、窃盗グループとサボりグループの生徒たちの位置を感覚で把握する。
そうしながら、生徒たちを魔法で誘導させ、窃盗グループをかち合うように仕向けていた。
(まあ良い。生徒たちだけで窃盗グループの奴らが退治できなければ、我が向かうまでだ。それまでは今行われようとしている障害物競争に合わせ、彼らにも校内へと紛れ込んだ障害物を取り除く活動に注力をしてもらおうではないか。)
そう考えると、互いの位置は把握し続けたまま、彰人は運動場に向けて歩き始めた。
そう。今、白熱した戦いを繰り広げている体育祭とは別の場所で、窃盗グループと不良グループの戦いの火蓋も切られようとしていたのだった。




