第九十二話 波乱万丈の体育祭 その2
力が強い。シンプルだけど、男の優劣の指標にもなり得る要素だ。
少なくとも俺自身はそう思っている。
俺は生まれた時から体が大きく、同年代の友達と遊んでいるときも上級生に間違えられたことも多かった。
もちろん地元のちびっこ相撲では、負け知らず。上級生相手にも、連戦連勝の成績を残し、小学校まではクラスの中心だった。
しかし中学生になると、違う才能を持った生徒たちが、クラスの中心となり始めた。
いわゆるスポーツ万能男子と不良たちだ。
そのころもっぱら学校では野球とサッカーが流行っていた。身体が大きく力も強い俺だったが、別段運動神経が良いわけではなかった。中でも球技を使ったスポーツは苦手な方だった。
それに不良も苦手だった。
あいつらはよくケンカをしてて危ないし、無駄に声も大きい。
俺は力は強かったが、別に人と争うことが好きなわけじゃないし、相撲を取って勝つのは好きでも、ケンカにはタダ痛いだけというイメージがあり、勝ち負けに何の価値も感じなかった。
そうするとどういうことが起きるかというと、俺はクラスの中で体が大きいけど大人しい生徒になっていった。
力だ強いからスポーツ時に時々頼られたり、不良からも特に絡まれたりすることはなかったため、比較的に平和な学校生活ではあったが、俺自身はもどかしさを感じていた。
確かに学校では目立てないかもしれない。でも、この恵まれた体格を活かして自分自身が輝ける場所はきっとある。
そんな思いを胸に秘めたまま、中学生活は終わりを告げた。
そして遂に高校生になった。
そこで俺は人生で初めて恋をすることになった。その女性の名前は七瀬葵さん。
初めて見た時からふんわりしてて優しそうな子だなと好印象だった。そんな中、入学して間もないころ、放課後トイレに寄っててたまたま遅くなった俺は、先生に呼び止められたことがあった。
「いやー、丁度良かった。今ここの掃除をしてて、申し訳ないんだけど荷物を運ぶのを手伝ってくれない?」
そう言って先生が指を指した部屋は、何かの授業で使う物品が所狭しと置かれた教室だった。
俺は面倒だなと思いながらも、頼まれたら断れない性格もあり、ついつい「分かりました。」と返事をしてしまっていた。
俺の返事を聞いた先生はパッと顔を輝かせると「ありがとう!じゃあ、その手前に置かれている段ボールを2階の物置まで運んでくれるかな?僕は少し用事抜けるからよろしくー。」と言いながら去っていった。
(はあ...これとかも俺の体が大きいからたくさん荷物を運べると思われたのかな...。)
俺はそんなことを思いながら、しぶしぶと教室の中に入った。そして先生が言っていた段ボールを手に持ち、持ち上げようとした瞬間。
(おっも!なんだこれ。何が入ってるんだ。)
その段ボールは予想以上に重かった。
確かに持てない重さではないけど、今置かれている2つの段ボールを一度に持つのは少し厳しそうな重量だった。
(まあ、頼まれごとだし、そんな頑張る必要もないか。時間は勿体ないけど1つずつ運ぼう。)
そう考えて上に乗ってる段ボールを手に持った時、後ろから「アレ?君もお手伝いを頼まれたの?」という声が聞こえた。
「ふぇ!?」
思わず変な声と共に俺は振り向いた。
そこには七瀬さんが少し疲れたような顔をして立っていた。
「あ、七瀬さん。なんで...。」
「さっき帰ろうとしたところを先生に捕まっちゃって...そこの段ボールを運ぶだけだからって言われたから思わず頷いちゃったんだけど、その段ボールめちゃくちゃ重いよね?ほんと騙された。」
そう言った七瀬さんは腕をぷらぷらと振りながら、軽くため息をついた。
「君もその段ボールを運ぶように頼まれたんだよね?1つずつ持って行こうよ。」
そう言いながらこちらに近づいてくる七瀬さんを見て、俺はぶんぶんと首を振った。
「いやそんな!これは俺が2つとも運ぶよ!」
「え?大丈夫?重いよ?」
「全然大丈夫。俺、力だけは強いから。」
俺はそう言うや否や、段ボールを2つとも一気に持ち上げて見せた。
その瞬間、腕が悲鳴を上げた。「ふぐっ。」という声が口から洩れ、七瀬さんが心配そうな顔をした。
しかし俺はそんな気配は微塵も出さないよう笑顔を見せると、七瀬さんに言った。
「ね?余裕余裕。もう七瀬さんは帰りなよ。」
「う、うーん...?」
しかし俺の言葉になぜか七瀬さんは乗ってこず、帰る気配を見せない。
(やばいって!七瀬さん早く帰って!早く運ばないと、このままじゃあ腕が...。)
「うん!わかった!」
俺がプルプルと震える腕を必死にこらえていた時、七瀬さんは手をポンと叩くとそう言った。
なにが?と俺が思っていると、七瀬さんはこちらに歩いて近づいてくると、ふっと段ボールの陰に身体が隠れて見えなくなった。
そして次の瞬間、俺の手の上から七瀬さんの手が被さり、段ボールを支えた。
(...!)
七瀬さんの予想外の行動に俺が石のように固まっていると、段ボールの横からひょっこりと顔を覗かせた七瀬さんが笑顔で言った。
「これで君もちょっとは楽かな?あまり力になれてないかもだけど、一緒に頑張ろ!」
今まで体の大きな俺の事を、女性のみんなは都合よく使うことの方が多かった。
今回みたいに何かの荷物持ちに遣われたことも、一度や二度じゃない。
でも、七瀬さんみたいに、こんな俺をサポートしてくれる女性に出会ったのは生まれて始めただった。だからこそその瞬間、俺はその笑顔に恋をしたのだった。
************
(だからこそ、俺はこの綱引きだけは負けられない。)
俺はそう意気込むと、向こうで綱を持つ白チームをキッと睨みつけた。
否、正確にはその中にいる澄ました顔をした生徒、豊島を睨みつけたのだ。
理由はただ一つ。どうやら、七瀬さんは豊島の事を好きらしい。いや、本人は隠せてるつもりっぽいのだが、豊島と喋るたびに目を輝かせ頬が上気する様子を見ていれば、好意を持ってるのはもろ分かりだった。
(分かる分かるぞ。さすがの俺にも分かる。確かに豊島の顔はカッコいい。巷でいる超絶イケメンというやつだ。俺とは人種が違うくらいに思える、造形の違いだ。それに頭もいい。なぜならあの頭の良い七瀬さんがテストで唯一勝てないのが、豊島だからだ。)
全く世の中は不平等だ。
顔も良くて頭もいい。そして自分が好きな人から好かれている。
俺は贅沢は言わない。最後の一つだけ、それだけ俺に与えらえるだけでいいのに。
でも実際は、そのすべてを豊島が持っている。全くもって不平等だ。
(だけど、この綱引きだけは、顔の良さも頭の良さも関係ない。純粋な力の勝負だ!)
そう、結局高校生になってもパッとした学校生活を送れていない俺だったが、この綱引きだけは輝ける場所だと言う確信があった。
もちろんそれは同じチーム内の全員の総意でもあった。
だからこそ俺は綱を持つしんがりを務めており、今のこの瞬間も周りからは「お前の力だ頼りだ!」「頑張って!」と声をかけられ続けている。
俺はそれらの声にうんうんと頷きながらも、顔を自分の紅チームがいるテントに向けた。
そして目を凝らせば中心の辺りに七瀬さんがいるのが見えた。七瀬さんは相変わらず優しそうな顔でニコニコとほほ笑みながら、こちらを眺めている。
(まあ、そうか。自分が好きな男の出てる競技だから、この瞬間は自分のチームじゃなくて豊島の事を応援してしまうよな。しょうがないよな。)
俺はそう納得する。でも、だからと言って諦める気はない。
この勝負だけは全力で勝ちに行く。たとえ七瀬さんを落ち込ませる結果になろうとも、この勝負だけは男の...いや俺の矜持にかけて負けるわけにはいかないのだ。
俺がそんなことを思いながら、自分に気合を入れ直していたそんな時、ふと七瀬さんと目があった気がした。
しかし、たまたまだろうと自分に言い聞かせようとした次の瞬間、七瀬さんが手で何かを抱える動作をした。
そしてそのまま抱えた何かを持ち上げるように手を動かした後、グッとガッツポーズをした。
(七瀬さん...その動きは何...っ!)
俺の体に電流が走った。
そう先ほどの七瀬さんの動きは間違いなくあの時一緒に段ボールを運んだ時の動作だ。
おそらく、その時の事を表現し、あんなに重い段ボールを運べた力持ちの君なら大丈夫。と言ってくれたのだろう。
その答えに思い当たった瞬間、身体の奥底から沸々と湧き上がる闘志を感じた。
その闘志はそのまま体全体に広がっていくと同時に、俺はあの頃...つまりクラスの中心でちびっこ相撲腕負けなしだった俺の一番輝いていた時代に戻った気がした。
「この綱引き...勝とう。」
口から零れ出た俺の呟きに、同じく綱を持っていたメンバーが驚いて振り返った。
日ごろ無口な俺が勝ちたいと言う意思を示したことへの驚きだと思うが、振り向いたメンバーはそんな俺の目を見てさらに驚くことになった。
「みんな...勝とう。」
振り向いたメンバーの目を見ながら、先ほどの呟きよりもはっきりとした口調でそう言いきった俺の目からは、溢れ出んばかりの闘志が顔を覗かせていた。
「お、おう!もちろんだ!」
「勝とうぜこの綱引き!」
「負ける気がしないよ!」
俺の闘志に鼓舞されるようにメンバー全員の士気が高まっていく。
そして全員が綱をもう一度深く握り直し、前を向いた。俺ももう一度白チームに目を向けて豊島を見た。
しかし、先ほどまでは体も固く気負っていて思わず睨みつけてしまったが、冷静に見ると何ということはない。
相変わらず整った顔はしているが、体格が俺と豊島では天と地ほどの差がある。
それにどこか浮ついたように見える向こうのチームに比べ、こちらのチームの心は一つだ。どんなことが起きても負ける気がしなかった。
(今なら例え相手が車でこの綱を引こうが勝てる気がする。いや、勝てる!)
俺がそう思った瞬間、両チームの真ん中にいた先生がピストルを天に向けて構えた。
いよいよ始まる。
こちらのチームの姿勢が惚れ惚れするほど揃った次の瞬間、ピストルが大きな音を鳴らした。
(引けぇぇえええええ!!!!)
俺は心の中で叫ぶと同時に、全身の力を振り絞って綱を引いた。
そしてそれはチームの全員がそうだった。みんなが完璧なタイミングで、一斉に綱を全力で引いたのだ。...引いたのだった。
(えええええ...え?)
その違和感はすぐ訪れた。単純に綱が動かない。
いや、力が拮抗しており動かないとかそう言う次元の話ではない。
何というか...そうまるで綱の先に巨石が結ばれているかの如く、本当にびくともしないのだ。
俺は全力で綱を引きながらも、思わず相手チームに目を向けた。
そこには、相手チームも体を傾け引っ張っている中、綱を持ったまま立ちつくしている豊島の姿があった。
(なんだ?何が起こって...?)
俺の頭に疑問の嵐が吹き荒れるのと、白チームのテントからその声が響くのは同時だった。
「彰人!その綱を引くんだってば!」
そう言いながら手で綱を引くジェスチャーをしているのは、先間というよく豊島と一緒にいる生徒だった。
その声を聞いた豊島は「ああ。」と呟くと、手に持った綱を見て言った。
「もう引いてよいのか。」
(なんだよそれ...綱引きのルールくらい覚えてきてよ。)
俺がそう思った次の瞬間、紅チームのみんなが空を舞った。
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「もう一度確認するけど、魔法は使ってないんだよね?」
「使っておらぬ。」
「...ただ力いっぱい引いただけ?」
「まあ、力いっぱいでもないが...ただ綱を引いただけだ。」
「はあ...わかったよ。彰人はただ綱を引いただけで、紅チームのみんなが前方に吹き飛んだわけね。」
「...怪我はしないように手加減はしたぞ。」
「肉体的にはそうでも、綱引きがトラウマになった子絶対いるよ...。だって、トラックで綱を引っ張られたみたいに、綺麗にみんな吹き飛んでたもん。」
「ふむ...後で少し癒しておくか。確かに申し訳ないことをした。」
「ほんとだよ...。それともう一つ、さっき”これで今は白チームが優勢か?”って聞いてきたけど、体育祭は全競技の合計点で勝ち負けが決まるから、彰人がいくら1つの競技で大勝を収めたからと言って、それで勝てるわけじゃないからね。」
「なんと!」
「やっぱりわかってなかったんだ...まあ、いいや。ほら次は朝霧さんの出てる障害物競争だよ。応援しよう。」
「...先間よ、その前に我は少しトイレに行ってくる。」
「うん分かった。じゃあ、後でね。」




