第九十話 体育祭に向けて
「では今から、体育祭に向けた紅白のチーム分けを行います。それぞれこの箱から1枚づつ紙を取っていってください。」
黒板の前で、段ボールで作られた箱をもった体育委員の男子生徒がそう言った。
「...先間よ。確認なのだが、体育祭とは脚力や腕力など体力を競う大会なのだな?」
「うーん、まあなんか語弊がありそうだけど、それでいいや。」
先間の若干投げやりな返答を聞いた彰人は、「なるほど。」と呟き、再度前の黒板へと目を向けた。
そこでは、教壇の上に置かれた箱から生徒一人一人が順に紙を引いている。そしてその紙を確認した体育委員が、黒板に書かれた【紅】【白】のスペースに生徒の名前を記載していた。
そう、彰人たちの通う高校では一学期の後半、期末テストの前に体育祭が開かれるのだ。
人数の少ないこの高校では、学年ごとに紅白で2チームに別れ、それぞれのチームで点数を競うやり方を採用している。
体育祭で行う種目としては一般的なリレー、綱引き、玉入れ、障害物競争などがある。その中でも体育祭の一番の目玉と言えるのが、紅白のチーム全員が参加し白熱する騎馬戦だった。
人数が少ないゆえにいつもは仲の良い同学年の生徒たちが、2チームに分かれて勝敗を競う体育祭は、毎年かなりの盛り上がりを見せる一大イベントとなっていた。
「あ、僕の番だ。」
あまり乗り気でない様子の先間だったが、自分の前の生徒が黒板に名前を書かれたことに気づくと立ち上がり、教壇へと歩いていった。そして箱の中に手を突っ込むと、1枚紙を取り出す。
それを見た体育委員が黒板の【白】のスペースに先間の名前を書き込んだ。
(先間は【白】チームか...おや、朝霧と一緒だな。)
そんなことを思いながら黒板を見ている彰人の前で、朝霧は口パクで先間に何かを伝えている。
きちんと内容を読み取れた様子の先間だったが、若干顔を青くしながら席へと戻ってきた。
「先ほど、朝霧が何かを言っておったようだが。」
そう問いかけた彰人に対し、先間は元気なく「うん。」と答えた。
「口パクから読み取った僕の認識が間違ってなければ、“絶対勝つわよ。”だって。朝霧さんこういった行事に全力で取り組むタイプだから...。僕、中学生の頃も運動会はどうやって必要最小限の労力で乗り切るかを考えて生きてきたタイプなのに...今年は駄目そう。」
「まあ、良いのではないか?大会としてやるからには、やはり目指すのは勝利のみだろう。」
(そうか。彰人も勝負系は勝ちにこだわるタイプだった...。)
先間とは違い、なぜか妙に体育祭に乗り気の彰人を見て先間は軽くため息をついた。しかし同時に頭を回す。
彰人は体育祭で自分のチームを勝利させるために注力するだろう。そうなると味方でいるうちは心強いが、敵になると一気に手強い壁となるのは目に見えている。
それに加え、同じく負けず嫌いの香織と彰人がもし別チームになった時、チーム間でバチバチの対立が起こることも予想される。
さらにだ、それに先間も巻き込まれるイメージしかない。
(このままでは体育祭に血の雨が降る...主に僕の。)
そう考えた先間は手を合わせて祈った。
「彰人が【白】チームに来ますように!」
そうしている内に彰人の番になった。
教壇へと歩いていった彰人は、箱の中に手を突っ込むと、サッと1枚の紙を取り出した。
両手を合わせ祈る様な気持ちでその様子を見ていた先間だったが、しかしふと教室内ざわめきが収まっており、全員が先間と同じく彰人の結果に注目していることに気づいた。
ただ、次の瞬間にはそれはそうかと納得した。つまり、先ほど先間が考えていたことと同じことを、生徒全員も考えていたのだろう。
まず香織がこういった行事に全力で取り組むことは全員が把握している。さらに、特に彰人と香織が勝負ごとで対立した時の大変さは周知の事実だ。
だからこそこの瞬間、(朝霧と豊島が同じチームになりますように!)という思いは、生徒全員の総意となっていた。
ごくりと誰かの喉が鳴る音と共に、体育委員が緊張した面持ちでくるりと黒板に身体を向けた。
そしてチョークを掴むと、彰人の名前を黒板に書きこんだ。【白】のスペース内に。
ほっ
クラス全員の安堵のため息が聞こえた。
(おっしゃ!)
ガッツポーズする先間の前で、香織が先間の時と同じく彰人に向かって口をパクパクさせた。
ただ内容は同じだったのだろう。それに対して、彰人はもちろんだと言わんばかりの顔で、大きく頷いていた。
こうして体育祭に血の雨が降ることは回避されたのだった。
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放課後。
はあ、とため息をつき落ち込む葵を香織は励ましていた。
「まあ、しょうがないわよ。あればかりは運だもの。」
「でも私以外、香織も先間くんも豊島くんも同じ【白】チームじゃない...。私だけ【紅】チーム...。」
そう言うと、葵は再度ため息をついた。
そう、血の雨は回避した体育祭だったのだが、あれから葵が箱から引いたのは【紅】チームの紙だった。
自分だけ香織たちとは別のチームになってしまった葵は、黒板の【紅】スペースに書き込まれる自分の名前を呆然と眺めた後、肩を落としながらとぼとぼと自分の席に戻ったのだった。
「当日も紅白のチームごとで、待機場所とかも分かれているんでしょ?私、独りぼっち。」
「大丈夫よ!葵を独りぼっちにするわけないじゃない。私が約束するわ!」
「ほんと?」
「ほんとよ!」
「当日になると“負けられない!”って思いが先行して、【紅】チーム全員が敵に見えて、喧嘩腰になったりしない?」
「な、なったりしないわ...。多分。」
最初は胸を張っていたが後半になるにつれ徐々に声が小さくなっていった香織を見ながら、葵は「そっか。」と呟いた。
そして、ちらりと香織を見るとおずおずと切り出した。
「じゃあ、追加でもう一つだけお願いがあるんだけど...。」
「いいわよ!どーんと来なさい。」
「ありがとう。...当日、豊島君がどの種目に参加するか教えてくれない?」
「そ、それは...。」
葵のお願いに、香織は思わず言い淀んだ。
というのも、この高校の体育祭では前述の通り、様々な種目が行われる。しかし、その中でも紅白チームが全員で参加する種目は騎馬戦だけだ。
では他の種目の参加者はというと、生徒ごとの参加回数が全員均等になるようにして、希望する種目へと生徒を割り振るのだ。
もちろん足が速い生徒はリレーに参加するし、力が強い生徒は綱引きに参加するなどある程度のセオリーは決まってるが、それでも誰がどの種目に参加しているのかは体育祭で相手チームに勝つためには重要な情報だった。
そして、特に今回のキーマンは何といっても彰人だ。
1学期の体育で彰人の異常性を散々見せつけられた結果、生徒全員の認識として「豊島の運動能力、ちょっとヤバくね?」となっていたからだ。
なぜなら、体育でなにかスポーツを行う際、彰人はなぜかそのほぼすべてが未経験だった。
しかし、いつも授業中にメキメキと異常な成長をみせ、授業終わりには経験者と肩を並べるほどの実力を身に着けていたのだ。
中でも一度体育で野球を行ったことがあった。
その際、最初はボールを持ったこともない様子だった彰人が、最後には外野でキャッチしたフライをそのままレーザービームでホームへ投げ返し、ランナーを刺したというある種事件のような出来事が起こったのだ。
もちろん、一緒に授業を受けていた生徒は全員が度肝を抜かれたが、たまたまその日その様子を野球部の顧問が見ていた。
本人曰く「10年に1度の逸材。ダイヤモンドの原石。」と大興奮した末、その日のうちに彰人に頭を下げ「うちの野球部へ入ってくれないか!」と頼み込む事態にまで発展したのだ。
もちろん彰人は「他の事が忙しいので。」とさらっと断ってはいるが、野球部顧問はいまだに諦めきれないらしく、虎視眈々と勧誘の機会を狙っている。
似たような出来事をほかにも起こしている彰人が、体育祭でどの種目に参加するのかという情報は、相手チームからすると喉から手が出るほど欲しいものだった。
香織は未だに落ち込んだ表情のまま、こちらを見つめている葵を見返した。
しかし、よく見ると目だけは力強い光を持っているような気がする。香織は恐る恐る口を開いた。
「豊島の参加する種目は...それはさすがに内緒よ。」
「...ちぇっ。」
今、葵「ちぇっ」って言った!
香織は思わず口をあんぐりと開けながら言う。
「葵、あんた...実はチーム分けそこまで落ち込んでないわね?」
その言葉を聞いた葵はふるふると首を振る。
「そんなことないよ。紙を引いたときは、ちゃんと落ち込んだよ。...でもどうやるなら、勝ちたいなって。」
そう言った葵の顔に、先ほどまでの暗い雰囲気はなかった。
騙されたわ!と香織は思い、改めて自分の親友の強かさに身震いした。
しかし、それならば香織も真っ正面からぶつかることができる。香織は胸を張ると、葵にビシッと告げた。
「いいわ!じゃあ、私も全力で挑ませてもらうわ!」
「うん。当日は正々堂々と戦お。」
「そうね!...でも、葵はさっきズルしかけたけどね。」
「ズルじゃなよ。これも作戦だよ。すでに勝負は始まっているんだよ。」
そう言って葵はぺろりと舌を出して笑った。
そんな葵に香織は困ったように笑うと、「じゃあ、改めて...体育祭、負けないわよ。」と言ったのだった。




