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第八十八話 私のヒーロー 後編その2

「お、おぼえてろよ!」


どこかで聞いたような捨て台詞を吐き、男の子たちは去っていった。


「覚えてろどころか、あんた達の事は絶対に忘れないわよ!まだ許してもないんだから!」


香織はフシャーとホウキを振り上げながら、そんな男の子たちの後姿に向かって威嚇をしていた。

それからふっと肩の力を抜くと、葵の方を振り返る。


「大丈夫?」


「...うん。」


葵はこくりと頷いた。それを見た香織はほっとした笑顔を見せる。

しかしそれも一瞬のうちで、また顔をしかめるとまだ興奮が冷めやらないのか、「まったく!」と言って腰に手をやった。


「年上の男の子が3人で嫌がらせなんてホントにダサい!無理!あー思い出すとまたムカついてきたわ。今度見つけたらもう一回ホウキで頭叩いてやろうかしら。」


「急に頭叩かれたら可哀想だよ...ホウキが。」


葵のその言葉を聞いた香織は最初少し驚いたような、それでいてキョトンとした顔をした。

しかしゆっくりと笑顔になると「言うわね。」と嬉しそうに言い、何度も頷いていた。

そんな香織をじっと見つめていた葵は、勇気を振り絞って聞いてみた。


「なんで私を助けてくれたの?」


「え?」


香織は今度こそキョトンとした顔で葵を見ると、さも当然のように言った。


「友達だからよ。それ以外の理由なんてないわ。」


そんな真っすぐな言葉を聞き、葵はつい「でも...」と尻込みをする。


「私、1年間あなたにひどい態度を取ってたし...今まで一度も遊んだこともないし...。」


「こら!」


「ひゃっ!」


ブツブツと呟いていた葵は、香織の突然の大声に身を竦ませた。

そして驚いた顔で正面を向くと、そこには怒った顔の香織がいた。


「さっきは呼んでくれたじゃない!」


「え?な、なにを...。」


「な!ま!え!」


「名前?...あ。」


先ほどもやり取りを思い出した葵を見て、香織は大きく頷いた。

そして「はい、もう一度。」と言いながら手をクイクイと促すように動かした。

葵は少し逡巡をした後、言った。


「七瀬さん...。」


「声が言いさいわよ!」


「七瀬さん。」


「うーん、まあいいわ。」


なにかが納得のいってない顔をしながらも、香織はOKを出した。

そして葵も久しぶりに人の名前を呼んだことに気づく。


(そっか。私この1年くらい誰の名前も呼んだことなかったんだ...。)


「それで一番重要なことだけど。」


葵がこの1年の事を思い出している時、香織がずいっと顔を近づけてきた。

そして人差し指をピンと立てながら言った。


「さっき並べた友達じゃない理由なんてどうでもいいわ。そんなものゴミ箱にポイよ。」


「ゴミ箱にポイ...。」


「そうよ。なぜなら大事なのは今だもの!」


そういうと香織は目をギラギラと輝かせながら、言った。


「私はさっき友達を助けたつもりよ。あなたは誰に助けられたの?」


「誰って...七瀬さんに...。」


「違うわ!いや、違いはしないわね...あー!面倒ね!」


香織はぶんぶんと頭を振ると、まどっろこしいのは苦手なのよ!と言いながらビシッと指を葵に突き付けた。


「だから結局ところ私はあなたの事を友達だと思ってます!じゃあ、あなたはどうなの!今までの話はいらないわ。今、この瞬間どうなのよ!」


その気迫に、葵は思わず口を閉ざす。

しかしそんな葵を香織は真っ正面から真剣な顔で見ていた。その目を見ながら葵の中では、母親から言われた「人はいつかあなたの周りから離れる。本当に助けてもらいたい時に、信用できるのは結局自分の能力だけ。」という言葉がガンガンと響きわたっていた。


(ここで頼ってしまっていいのかな...。でもどれだけ信頼していても、どうせいつか離れていってしまうんだよね...。じゃあ、中途半端に周りに頼っていざという時に困るくらいなら、自分一人で頑張ってひたすら能力を伸ばした方がいいんじゃないかな...。)


しかしその一方で、先ほどの光景も思い浮かんでいた。


(でも、さっき自分の能力不足で困っていた時に、助けてくれた...。もしかしたら、本当に助けてもらいたい時に助けてくれる...そんな奇跡のような繋がりも、もしかしたらこの世の中にあるんじゃないのかな...。)


色々な思いがグルグルと浮かんでは消えていく。

その間ずっとこちらを見つめてくる香織の視線に、葵は思わず目を反らしかけるが、それだけはしては駄目だという感覚があり、自分を鼓舞しながら真正面を向き続けていた。

そして1分くらいたった時、葵は一度大きく息を吐くと、自分の中で出た結論を告げた。


「友達...だと思ってます。友達になりたいです。」


そう言った葵の声は震えていた。

この1年自分のした仕打ちが走馬灯のように頭を駆け巡る。香織から返ってくる反応が怖い。そんな思いが葵の心を埋め尽くし、その場から走って逃げだしたい衝動に駆られた。

しかし次の瞬間、香織はニコッと笑うとこちらに手を差し出しながら言った。


「これからよろしくね。葵。また困ったことがあればいつでも言ってね。私はいつでも駆けつけるから。」


葵はその手を見て目を見開いた。

そしてその後、香織の言葉が心の中へゆっくりと染み渡っていった。

葵は今まで冷え切っていた心の奥が、ゆっくりと解け溶かされていく感覚を味わいながらも、ゆっくりと香織の手を握り返した。


「こちらこそよろしく...それとさっきは助けてくれてありがとう。香織。」


葵に名字ではなく名前を呼ばれたことに気づき、今度は香織が驚きに目を見開く番だった。

しかし、久しぶりにできた友達のそんなビックリ顔は、すぐに滲んで見えなくなってしまった。


「え、ちょっ!なんで葵泣いてるの?やっぱりさっきの男の子たち怖かったの?任せて、今からでも私ホウキで戦えるわよ!」


すぐにでも駆け出しそうな香織の袖を掴み、ゆるゆると頭を横に振りつつ、違うよとアピールする。

それでも涙が止まらなかった。親に冷たい言葉で突き放されたときにも流れなかった涙で視界が滲む中、香織の慌てたような声だけが葵の中に心地よく響いていた。

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