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第八十五話 私のヒーロー 前編

「やっぱり夏は海よね。」


「はぁ?クーラーの聞いた部屋で漫画にゲーム、時々アイス。これでしょ。」


「なにそれ!もったいな!そんなんだから、先間は体力無いのよ。」


「べ、別に体力無くてもいいだろ!」


昼食を食べ終えた後、食堂で朝霧と先間が言い合いをしていた。

最初はこうではなかった。どちらかというと、互いに機嫌がよく、ウキウキとしていた。

そう最初は近くなってきた高校最初の夏休みについて、話を弾ませていたのだ。しかし、どうやら夏こそ外で思いっきり遊ぶべきというアウトドア派の朝霧と、夏なんて熱いだけじゃんクーラー最高というインドア派の先間とでは意見が真っ向から対立。

しかしなぜだか、互いに夏の楽しみ方には一定の矜持があるらしく、それぞれの意見を曲げようとしなかった。


「そもそも先間の楽しみ方なんて夏休み以外でもできるじゃない。」


そう言い放つ朝霧に、先間は「分かってない!」と吠える。


「あの連休の開放感の中で貪る怠惰!昼過ぎに起きて、頭からっぽで読む漫画は格別なんだよ!」


「全然何言ってるのかわかんないわ。」


興奮したように熱弁する先間の意見を、朝霧は冷めた顔で切って捨てる。

ガーンという音が響いたような顔をした先間は、隣に座っている彰人に同意を求めようとした。


「彰人もそう思うよね?肌黒くて頭金髪でYO!みたいなこと言う人たちがたむろしてる海より、家でゲームをしてる方がよっぽど有意義だよね?」


「海への偏見が凄まじいわね!」


朝霧の突っ込みを無視しながら自分を見る先間に、彰人は至極真面目な顔で返答する。


「1つ気になるのは...海には本当に入れるのか?」


「...え?」


何を言ってるの?という顔をする先間と香織だったが、当の本人である彰人は相変わらず真面目な顔で続ける。


「つまりだな...なんというか...海の生物に襲われたりはしないのか?突如海面から生える触手に引きずり込まれるといったようなことだ。」


「...彰人。」


先間が残念な人を見る目で彰人を見て呟いた。

その前では香織が首を振っている。


「駄目ね。漫画の読み過ぎだわ。現実世界と混合しちゃってるじゃない。」


「うん...ちょっと彰人には漫画やゲームを勧めるのを控えたほうがいいかも。」


そう言って先間と香織はうんうんと頷き合った。

それを見ながら彰人は誰にも聞こえないような小声で「別にただの確認ではないか...我の世界では海は一番危険な場所であったのだぞ...。魔物が厄介で。」とぶつぶつ呟いていた。


「どうしたの?何の話?」


そんな時、3人の後ろから声がかかった。

香織はパッと顔を輝かせると振り返りながら名前を呼ぶ。


「葵!」


そこには今来たばかりの葵がいた。

香織はこっちこっち!と言いながら自分の隣の席を勧め、葵もその椅子に座った。


「夏休みの過ごし方について話し合ってたのよ。」


「あ、そうなんだ。確かにそろそろだね。」


そう言いながら葵は「どういう話になっていたの?」と尋ねる。

香織はまず先間を指さすと言った。


「先間は家でだらだらするのがいい過ごし方だと思ってるんだって。もったいないわよね。」


「うーん、まあ人それぞれじゃない?でも、少しは外にもお出かけしないと不健康だよ。」


葵はそう言った。先間は「新しいゲームや漫画が発売されたら買いに行くよ。」と答える。

葵はもう一度「うーん。」と困ったように笑った。

そんな先間はさておき、香織は次に彰人を指さした。


「豊島は手遅れ。」


「て、手遅れ?豊島君が手遅れって...どういうこと?」


葵は動揺しながら言った。香織は肩を竦めながら答える。


「ゲームのやりすぎで海が怖くなったらしいわよ。お化けが出るーって。」


「お化け?豊島君、ホラー苦手なの?」


葵はなぜか少しウキウキとした声で彰人に質問をした。

しかし彰人は首を振る。


「怖いわけではない。ただ、今まで海に行ったことがないだけだ。」


彰人がそう言った瞬間、香織が叫んだ。


「もったいないわ!」


彰人の返答に耳を澄ましていた葵は、隣から響いた大声に小さく飛び上がった。

しかしそんな葵の姿に気づかず、香織は続ける。


「夏と言えば海よ!浜辺でやるスイカ割りに花火!これをやらなきゃ夏休みじゃないわ!」


「か、香織落ち着いて...。でも、珍しいね。豊島君今まで海に行ったことないんだ。」


葵の問いに彰人は頷きながら「そうだ。」と答える。

その言葉を聞いた葵は少し考えたのち、手をポンと叩きながら「そっか。」と言った。


「彰人君、この春にここら辺に引っ越してきたばかりだもんね。前住んでた所は内陸だったって言ってたし、近くに海水浴場とかがなかったんだよね?」


「うーむ、まあそうだな。海に入るという文化はなかったな。」


「文化って...まあでも、そういうわけね。」


香織も合点がいった様子で頷く。


「小波町は海に面した町だし、小さな頃から海で遊ぶことが当たり前だったけど...豊島はそういう環境じゃなかったわけね。」


「大丈夫だよ彰人。海に行かなくても夏休みは楽しめ...。」


先間がそう言いながら彰人をインドア派に引きずりこもうとした時、香織がいい事を思いついた!というようなキラキラした目で言った。


「この夏はみんなで海に行きましょう!」


「「え!」」


その言葉に先間と葵の声が被る。

先間は悲壮感の漂う声で、一方の葵は期待感の漂う声だった。


「そ、それはもしかしてこの4人で...。」


「そうよ!」


「てことは、豊島君と海...煌めく水しぶきと甘いスイカ...口元についた種を...はうっ!」


妄想がオーバーヒートした葵は胸を手で押さえて突っ伏した。

しかし先間は顔を赤くしながらも手を振って拒否をする。


「べ、別に僕は行かないよ!家でゆっくり漫画とゲーム...。」


「豊島は海が始めてなのよ!さっき想像で怯えていた豊島が、ビクビクしながら海に入る姿を見たくないわけ!?」


「彰人の怖がってる姿...?っ見たい!」


「おい。」


っ見たい!と言いながら拳を握りしめる先間に、彰人は隣から突っ込みを入れる。

しかしそんな声は聞こえないとばかりに、香織は畳みかける。


「でしょ!いつも冷めてて余裕ぶってる豊島のビビる姿なんて貴重映像よ!もしそんな映像があるなら私1万までは出せるわ。」


「僕は1万千円!」


「いい加減にせんか。」


オークションが始まりそうな雰囲気に、再度彰人から突っ込みが入る。

それを聞いた先間は握っていた拳を開くと、笑いながら言った。


「嘘嘘、冗談だよ。彰人が海に行きたいならまだしも、初めてだと確かに危険もあるだろうし、今回の夏休みは僕の家でゆっくり娯楽を貪る...。」


「島ちゃんも来るわよ。」


「行きます!!!海、最高!!!」


香織の言葉を聞いた先間は、再び拳を握りしめると立ち上がりながら叫んだ。

その声ににやけた顔で机に突っ伏していた葵もびくっと体を跳ね上げる。


「先間、別に我は海に...。」


「彰人!夏休みは海だよ!海=夏休み!これが真理!」


こちらを向きながら「真理!」と叫ぶ先間の目は必死だった。

彰人はそんな先間の姿を見て、軽くため息をつくと言った。


「まあ、良い。では夏休みは海に行くとしよう。」


************


「じゃあ、今週の日曜日に集合だからね!」


そう言いながら放課後、彰人と先間、香織と葵は分かれた。

昼休みに海に行くことが決定した後、香織が「葵、今年もいい?」と言い、葵が「大丈夫だよ。」と答える謎のやり取りがあった。

その後、今のやり取り何?と言いたげた先間に「じゃあ、具体的な計画を立てるための会議をしましょう。葵の家で!」と香織は言い放った。


「え!いいの?」


と尋ねる先間に、葵は少しほほ笑みながら「大丈夫だよー。」と答える。

それから「で、その前のやり取りってどういうこと?」と言う先間に、香織はにやりと笑うと言った。


「秘密。葵の家に来てくれれば分かるわ。」


そして放課後、2人で歩いていると葵が「そう言えば。」と言った。


「いつ、島ちゃんとも海に行く約束をしてたの?」


「え?あぁ、お昼休みのやつね。」


そう言った香織は隣を歩く葵を見て、胸を張ると言った。


「あれは嘘よ!」


「えぇ!?」


葵は驚き目を瞬かせる。


「夏休みに遊びには誘ったんだけど、前にカフェで会ったいかついお兄ちゃんの予定?か何かで、夏休みは忙しいんだって。」


「...先間くん可哀想。」


「大丈夫よ。先間、私が4人で海に行こうって言った時、顔を赤くしてたから。結局はあの時点で行きたくなってたはずだから。」


島ちゃんの名前を出すまで意地は張ってたけどね、と言いながら香織は肩を竦めた。

葵は「そうなんだ。」と呟いた。しかし、再び前を向いた香織はぽろっと言う。


「葵こそ、チャンスよ。」


「へぇっ!?な、なにが...。」


「決まってるじゃない。豊島よ。」


「そ、そんな私別に海でどうこうなんてそんな。」


「いいから。夏休みなんて嫌でも開放的になるんだから、せっかくなら攻めなさい。...わ、私と違って葵は...武器もあるし。」


香織はそう言いながら、葵の胸元を見た。

その視線に気づいた葵は顔を真っ赤にすると、「香織の馬鹿!」と言いながら手で胸を隠す。


「中3の夏からこの1年でよくそこまで...。」


「もう!見ないでよ!」


「でも真面目な話、水着あるの?」


「べ、別に水着なんて...。」


胸を隠したままそう言う葵に、香織は目をじっと見ながら言った。


「今度、水着買いに行きましょうか。」


「...うん。」


葵は真っ赤な顔で、こくりと頷いたのだった。

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