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第八十三話 彰人、調査される 後編

「つまり最近心理学を勉強しようとしていたものの、専門書の内容が難しすぎたため、ライトな心理テストの本を読んでいた。そんな時に先間に声をかけられ、学校で”三澄先生は休日に本屋で心理テストを読み漁るやばい先生”という噂が立つことを恐れて、思わず後ろ手で本を取り替えたものの、それが【犯罪者の心理学】だったと。...そういうわけですか?」


「ええ。...そういうわけね。」


少しだけ嘘を交えた私の説明を、豊島くんは要約して復唱した。

やばい先生って...と思いつつも、私は頷き肯定する。

それを見た豊島くんは「なるほど。」と小声で呟いた。


「先生が犯罪者の心理を研究したがっている”すごくやばい先生”ではなくてよかったですよ。」


「豊島くん、やめて。まず別に心理テストを解いていてもやばくはないわ。」


あくまで心理テストやる先生=やばい先生というのは、私の被害妄想だ。

それなのに、そのことを前提として話す豊島くんに私はけん制を入れた。

しかしそんな私と後ろの棚に置かれている心理テストの本を見比べてながら、先間くんは言った。


「でも、本屋で心理テストの立ち読みはなかなかいないと思いますけど。何かそれほどまでに気になったテストでもあったんですか...あ、もしかして恋愛系ですか?先生って今彼氏...。」


「先間くん。」


私は意気揚々としゃべり始めた先間くんの言葉を遮ると、にこりと笑って言った。


「テストの範囲、変えるから。」


私の言葉がクリティカルヒットした先間くんの顔は真っ青になり、その場に膝から崩れ落ちた。

そんな友達の姿をなにをやってるんだと言いたげな顔でチラリと見た豊島くんは、再び私に顔を向けると言った。


「ところで、なぜ急に心理学を勉強しようと思ったのですか?」


「それはもちろん...もっと生徒と仲良くなるためよ。」


「そうですか...それだけですか?」


「え、えぇ。他意はないわ。」


虚勢を張るように胸を張りながら言い放った私の言葉を吟味するように、豊島くんは顎に手を当てると「ふむ。」と言った。

なぜかその姿から謎の威圧感を感じた私は、思わず「実は豊島くんの実態調査のために...」と口走りそうになってしまう。

しかし頑張って耐えている私をじろりと見た豊島くんは、ぼそっと「まあよいか。」と呟き、軽く肩を竦めた。


「三澄先生の努力は伝わりました。...でも今より仲良くなるには、小テストの回数を減らした方が手っ取り早いと思いますけど。」


「それは無理よ。...それに豊島くんは毎回満点じゃない。」


「先間は?」


豊島くんはそう言いつつ、隣で「あんまりだぁ...。」とぼやきながら地面でしくしくと泣いている友達の方を見た。


「先間くんは...心理学を勉強しなくても考えていることがなんとなくわかるから、小テストの回数は減らさなくていいわ。」


それを聞いた先間くんは天を仰ぐと大きな声で吠えた。


「三澄先生のいじわる!!!」


************


「では、我らはこれで。」


本屋から出た豊島くんはそう言いながら軽く頭を下げる。

私も「気を付けてね。」と言いながら手を振った。


「テスト範囲、変えないでくださいよ。」


その隣で先間くんが恨めしそうな顔でぼやいている。

私はにこりと笑うと言った。


「無理ね。頑張って授業で習った数式などを復習してくれると先生嬉しいわ。」


「いじわる!」


そう叫んだ先間くんは、その勢いのまま続ける。


「そんなにいじわるだと、彼氏できませんよ!」


「...期末テストの難易度、高めにしようかしら。」


ほっぺに指を当てながら私はそう告げる。

それを聞いた先間くんは顔面を真っ白にすると、身体をプルプルと震わせ言った。


「三澄先生の悪魔ー!」


そう言い放った先間くんは、うわーんと言いながら目に涙を浮かべ、走り去っていった。

そんな後姿を見送った豊島くんは、「先間...情けないぞ。」と呟きながらため息をつくとこちらに向き直り、ペコリと一礼をすると去っていった。


(うーん...やはり何かある気がするのよね...。)


豊島くんが角を曲がり見えなくなるのを眺めながら私は思った。

一見するとただの大人びた男子高校生に見えなくもない。

しかし接している中で、どうしても違和感というか...言動の節々に妙な威圧感を感じてしまう。

それは年齢が一回り以上離れているはずの私が、思わず敬語になってしまいそうなほどだ。


(そういった何かを隠すために、普通の高校生という仮面を被っている、そんな気がするのよね。...実は世界的大企業の御曹司だったりするのかしら。)


ふと、そんな考えが頭をよぎる。

だから幼少のころから人を従えるための覇王学を学んでいて、今は一般的な高校生の感覚を身に着けるために身分を隠して高校に通ってるとか...。

しかしそこまで考えた私は、余りのばかばかしさに自分でふっと噴き出す。


(どこの漫画の話よ!こんなことを妄想している方が、よっぽどやばい先生じゃない。...まあ、でもやはり普通の生徒には思えないし、もう少しだけ気長に色々と見てみようかしら。)


私はそう思いながら、今日は休日なのに色々と疲れたわとうーんと伸びをし、空を眺めた。

しかしその時、視界の端に何やら黒いものが見えた気がした。

私は疑問に思い、そちらに目を凝らす。最初はうっすらと空が陰っているようなものだったが、そのうち徐々にその黒は濃さを増していく。

そしてその頃には私も気づいていた。


「え!嘘!火事!?」


そう、先ほど視界に入ったのは空に立ち上る煙だった。

今ではその色が濃くなるだけでなく、量も増してきているようだった。

私は思わずその煙が立っている方向へ走り出した。


************


目の前では木造の小さなアパートの1階から火が噴き出していた。

まだ出火し始めてそれほど時間は立っていないようだったが、アパートの周りにはすでに人だかりができていた。

それぞれが煙を吸い込まない安全圏から、火事になっているアパートを見ている。中にはスマホで写真や動画を取っている若者の姿もあった。

私は思わず注意をしかけたが、それよりもアパートの住民の事が気にかかり、周りで喋っている人たちの会話に耳を澄ませた。


周りには呆然とアパートを見る人、消防署に電話する人、泣いている人などがいてかなり騒々しい雰囲気ではあったが、その中でも聞こえてくる会話を断片的に組み合わせていく。

それによると、周りの人たちの中にはアパートの住民もいるようで、どうやら住民の避難自体は完了しているようだった。

私はホッと胸をなでおろした。


その時、隣で消防署に電話していた人が通話を終えた。

私はすみません、と声をかける。


「消防車、どれくらいで着くっていってました?」


「え?あぁ、5分くらいって言われました。」


それを聞いた私は再びホッとする。


(さすがね。5分だと周りに火が移ることは防げそう。)


そう思いながらもう一度アポートを見る。

かなり古いアパートらしく、更に木造のためおそらくこの建物自体は取り壊すことになるかもしれない。

ただ、周りの建物との距離が離れているので、それらに火が移るほど火事が大きくなる前には消防車が到着し、消火が始まるだろう。

もちろん住民の人たちにとってつらい出来事なことには変わりないが、一人もけが人が出なさそうで本当に良かった。

そしてそれは周りにいる人たちの中でも、同じ考えを持っている人がいたのだろう。その場にはどこか、深刻さの欠けた空気が漂っていた。

しかしその時、そんな空気を引き裂くようにして、誰かの叫び声が聞こえた。


「いやぁぁあああ!助けて!」


その切羽詰まった叫び声に、アパートを取り囲んでいた人たちの間に一気に緊張が走った。

私も急いでその声がした方を見てみれば、そこにはまさに今買い物から帰ってきたばかりな様子の、1人の女性がいた。


「駄目だって!危険だよ!」


そう言いながら女性を抑えている男性は、先ほどまでアパートを見ていた中の一人だ。

女性は髪を振り乱しながら、半狂乱な様子でその男性を振り切り、アパートの方に向かおうとしていた。

その足元には買い物が落ちており、買ってきたばかりの食材が散乱している。

そしてその中に、赤ちゃん用のおやつがあることに気づいた私は、ハッとした。

その瞬間、再び悲痛な声でその女性の叫び声が響いた。


「2階に赤ちゃんが...私の赤ちゃんがいるんです!誰か!助けてください!」


その声が響いた瞬間、周りのざわめきが大きくなる。

先ほどまで他人事な様子でアパートを見ていた人たちも、その母親は今周りにいる全ての人たちに向かって助けを求めている状態だ。

つまり全員が完全な部外者とは言えない。

しかし、それでも誰も動く人はいなかった。


「これヤバくね?」

「え、ちょっと。中に赤ちゃんいるって言ってるけど...。」

「でも、あとちょっとで救急車来るんだろ?」

「素人が下手に何かするのは...。」


周りではそんな言葉が飛び交っている。

そんな誰も助けに行く気のない気配を感じ取った女性は、身体から力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。

そして顔を手で覆うと、おそらく赤ちゃんのものであろう名前を大声で何度も叫び続けていた。

その姿を見た私は、左右の両手を強く握りしめた。そしてキッとアパートへ目を向け、状況を確認する。


(大丈夫。まだ火は1階から出火しているだけ。階段までも火は回ってないし、あの女性から部屋を聞いてすぐに向かえば、無事に帰ってこれる!)


そう思った私は、座り込む女性の方へと一歩踏み出しかけた。

その時、その女性の後ろから声が聞こえた。


「子供は2階の中央の部屋だな。」


「...え?」


その声を聞いた女性は座ったまま後ろを振り向いた。

そして私もそちらへと顔を向ける。だが、見る前からその声には聞き覚えがあった。


(まさか...だって彼は先ほど全く別の方向に歩いていって...。)


しかし、そこにはやはり想像通りの生徒の姿、アパートを鋭い目線で見つめる豊島くんと、その後ろで少し息を切らした様子の先間くんがいた。

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