第八十二話 彰人、調査される 中編
「先生、また学校で!」
「はい。買い物楽しんでね。」
そう言いながら私は去っていく朝霧さんと七瀬さんを見送った。
自分の想いを思いっきり吐き出せたおかげか七瀬さんは心なしかすっきりとした顔をしており、それを横でずっと聞いていた朝霧さんは心なしかげっそりとした顔をしていた。
(...うーん、多少感情が入っているから信ぴょう性は定かじゃないけど、色々と話は聞けたわね。)
私はそう思いながら、こっそりとメモを取っていたノートに目を落とす。
そこには先ほどまで驚異のマシンガントークにより七瀬さんから語られた、豊島くんのエピソードが書き殴られている。
ざっと目で追ってみるが、正直な感想としては”どこのスーパーマンだ”だった。
(...でも朝霧さんに何度か確認をとっても、悔しそうではあるけど”そうです”と頷いていたし、多少盛っている部分はあれ嘘ではないみたいね。)
まあ、盛っている部分はなんとなくわかる。
特に現役のモデルから好かれているけどその好意をスルーしている部分などは、何かしら盛っているはずだ。
流石に高校生の男子が現役モデルからの好意を無下には出来ないだろう。
「...でも、まだ彼の全容は見えてこないわね。」
私はそう呟いた。
そう、色々と話は聞けたものの、七瀬さん自身が豊島くんに対してなんの不信感を抱いていないこともあり、懐疑的な目線からの話は聞けなかった。
そういう意味では、もう少し朝霧さんからの話を聞いた方が良かったかもしれない。
ただ、そんなネガティブな印象の話を七瀬さんが許せばだが...。
(はぁ、10代の恋への熱量はすごいわね。私だって高校生の頃は...。)
そんなことを思いながら領収書を手に持ち、私は立ち上がった。
************
ペラペラとページをめくりながら内容に目を通してみるが、読めば読むほど分からない。
私は軽くため息をつきながら手に持た本を閉じると、棚の中の定位置に戻した。
(心理学は私には無理ね。専門外だわ。)
そんなことを思いながら、目の前に並ぶ本を流し見する。
そこには様々な専門用語が並び、正直タイトルだけでは内容の想像すら出来ない心理学の本がずらりと並んでいた。
朝霧さんと七瀬さんに出会ったカフェを出た後、私は街の中でも一番大きな本屋へと足を運んでいた。
というのも、私が知識不足なだけで、豊島くんの言動などを心理学的な視点から分析すれば、どういう人物なのかが分かるのではないか、と考えたからだ。
しかし、実際に心理学の本を手に取り中身を呼んでみるが、全く内容が頭の中に入ってこない。
現在数学の教師をしていることからも元々数字には強かったのだが、そのぶん学生時代から国語は苦手だった。
テストの時など、作者の気持ちが分かって何になるのよ!と頭を抱えた数も、一度や二度ではない。
しかしまさかその時の努力不足を今になって嘆くことになるとは思わなかった。
「どうしよう...もう少しライトな心理学の本はないのかしら。」
そんなことを考えながら、周りを見渡す。
最初通り過ぎた本棚の辺りを遠巻きに見てみれば、【よくわかる~~】や【はじめての~~】など、今の私にぴったりなタイトルが書かれた心理学の本が目に入った。
(なんだあるじゃない。どれどれ...)
私はいくつかの本を手に取り、中身に目を通してみる。
どれも興味深い内容ではあるけど、それほど参考になりそうな内容ではなかった。
(こっちはどんな内容かしら...なにこれ?心理テスト?)
次に手に取った本は、いくつかの心理テストが掲載されており、それの解説を心理学の論文などを交えて紹介している本だった。
最初は心理テストなど遊びね、と一蹴しかけたが、その根拠が権威ある論文から引用されており、ついつい中身を読み込んでしまった。
つまりは1つのテストを自然に受けてしまったのだ。
(は!思わず答えてしまったわ!...でも、せっかく受けたのだし、答えを見てみようかしら。えーと...。)
そう思いながら解説ページを開き、中身に目を通した私は目を見開いた。
(結構当たってる!すごいわねこの本。)
「あれ?もしかして三澄先生?」
「ひえ!」
急に後ろからかけられた声に、心理テストに夢中になっていた私は飛び上がった。
そしてバッと勢いよく振り返れば、そこには同じくビックリして目を大きくしている1人の生徒がいた。
「ご、ごめんなさい。こんにちわ、先間くん。本に没頭していたもので...。」
「いえ、大丈夫ですけど...こんなところで会うなんて偶然ですね。」
「そうね。先間くんは何か参考書でも買いに来たのかしら?」
そんな私の問いに先間くんは胸を張って答える。
「そんなわけないじゃないですか!僕が本屋に来る予定といえば、漫画しかありませんよ!」
私はなぜか自信満々な様子の先間くんに、少し頭を抱えながら「漫画もいいけど...勉強もしてね。」と呟いた。
先間くんは”勉強”という単語に少し表情をピクッと動かしながらも、「そう言えば...」と言い会話を変える。
「先ほど先生が読み込んでいた本...周りが見えなくなるほど夢中になってた本って何なんですか?」
「え?えーと...。」
先間くんの問いを受け、私は即座にイメージした。
心理テストを本屋で読み込んでいる担任教師...確実に学校で話のネタにされる。
なんなら、”三澄先生、本屋で心理テストしてたぜ。””もしかしてそれって恋愛系じゃね?””先生に必死じゃん!””わははは”というやり取りが行われること必至!
私は背にしている本棚に持っていた本を突っ込むと、代わりの本を手探りで取り出し、先間くんの前に出した。
「これよ。」
「えーと...え!?」
ずいっと指し出した本を見た先間くんが驚愕の声をあげた。
私はそのリアクションに「え?」と言いながら、自分が持っている本に目を落とす。
「なっ!」
私は思わず叫びそうになった声を抑える。
そこには黒い装飾とおどろおどろしい文字で【犯罪者の心理学】と書かれた本があった。
「せ、先生...。」
先間くんがこちらをちらりと見ながら呟く。心なしか、少し後ずさっている気もする。
私は慌てて手を振ると言った。
「ち、違うのよ先間くん!これは間違いだわ!」
「何をしておるのだ。」
そんな時、本屋の中に新たな声が響く。
その声に、というよりその口調からすると思い当たる生徒は1人しかいない。
「あ。彰人。」
「と、豊島くん。」
そう言って私と先間くんが振り向いた先には、本屋の袋を片手に持ち、胡乱気な目でこちらを眺める豊島くんの姿があった。
「ねえ、彰人。先生が「先間くん!」
私は手に持った【犯罪者の心理学】を本棚の中に勢いよく叩き込むと、何かを喋ろうとした先間くんの肩をがしっと掴んだ。
そして豊島くんに聞こえないような小声で呟く。
「次の抜き打ち小テスト。来週の水曜だから。」
「っ!...範囲はどこですか。」
(ちぃ!目ざといわね!)
「...教科書の70Pから75Pまでよ。」
「分かりました。取引は成立ですね。」
私は掴んでいた手をパッと離す。
そして先間くんとアイコンタクトを交わした。先間くんも一度軽く頷く。
私は思わずホッとした。
(なぜか、豊島くんに私がさっきの本を読んでいたという認識を与えてしまうと...とても良くないことが起きる気配がしたわ。だから、仕方ないわ。)
私はそんなことを思いながらも焦りをおくびにも出さないようにし、豊島くんに話しかけた。
「こんにちわ、豊島くん。今日は本屋に何を買いに来たの?」
「こんにちわ、三澄先生。ちょっと近々予定があったので、この本ですよ。」
豊島くんはそう言いながら、こちらに近づいてくると、袋の中から一冊の本を取り出した。
その手には【バドミントン上達への道】と書かれた本が握られている。
それを見てカフェの中で朝霧さんとした会話を思い出し、私は暖かい気持ちになった。
(朝霧さんも豊島くんも...なんだかんだ言って、お互い負けず嫌いなのね。)
こういうところを見ると、実は豊島くんも何の変哲もない一人の男子高校生で、私が深く考えすぎているだけなんじゃないかという気もしてくる。
しかし、そんな穏やかな気持ちで口元を緩める私の後方にチラリと目をやり、豊島くんは言った。
「で、先生はなんでさっきその本を手に取ってたんですか?...【犯罪者の心理学】を。」
その言葉に、思わず私は失神しかけた。




