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第八十一話 彰人、調査される 前編

私、三澄華は教師だ。

ここだけの話、私はあまり人とコミュニケーションを取ることが得意だとは思っていない。

それは別に人見知りだとか、口下手だとか、そういうわけではなく、教師として生徒から慕われる関係を自然に築けるほどの能力を持ち合わせていないという意味だ。


だからこそ、ある一定の努力をするべきだと思っているし、現にしている自負がある。

その1つが生徒とする何気ない会話の中から分かった、相手の趣味や嗜好を書き溜めているノートだ。

それほど膨大な情報ではなく、単に「○○さんはバトミントンが好き。」や「○○くんは授業中に漫画を隠れて読む癖があるから要注意。」など、一人一人の把握しておきたい個性の部分を、思い立ったときに軽くメモをする程度のノートだ。


いや、ノートだったというべきだろう。

今私の目の前には2冊のノートが置かれていた。


「まさか新しく買ったノートの方が、もう1冊のボリュームを超えるなんて...。」


そう思いながらまだ綺麗な方のノートをペラペラとめくる。

その中にはある生徒の情報が事細かに書かれてある。


(...あまりにも非常識なことが多すぎるのよね...豊島くんは。)


そう、最初は全ての生徒に関するメモを1冊のノートに書いていたが、現在受け持つクラスにいる1人の生徒、豊島くんに関するメモが膨大な量になった。

そのため、豊島くん専用のノートを一冊用意し、途中からはそちらにメモを残していたのだが、気づけば最初から使っているノートのボリュームを1人で超えていたのだ。

私はテーブルに置かれたコーヒーを1口のみ、軽くため息をついた。


(でも、これはしょうがないわよね。だって他の生徒に比べて個性が強すぎるもの。以前の小テストの時だってそう。実態が掴めないというか...何かを常に隠している気がするのよね。)


そんなことを考えつつ、再度コーヒーに手を伸ばした時だった。

隣の席に若い女性2人組が案内をされてきた。


「あ、ごめんなさい。」


私はそう言いつつ、隣の席まで侵略しかけていた自分の荷物を手で引き寄せた。

それを見た隣の女性は軽く頭を下げる。


「いえいえ、ありがとござ...あれ、三澄先生?」


「え?」


私は呼ばれたことに驚き隣を見ると、そこには見知った2人の顔があった。


「朝霧さん、七瀬さん...。」


そこにいたのはいつも元気な小柄な女子生徒である朝霧さんと、おっとりとした笑みを浮かべている癒し系の女子生徒である七瀬さんの2人がいた。

確かに学校内でもいつも一緒にいる仲の良い生徒だ。おそらく今日も2人で遊びにでも来ていたのだろう。

隣の席に着いた2人は、私に向かってペコリと頭を下げた。


「まさかこんな場所にあるカフェの中で、先生に会うなんて思いませんでした!」


朝霧さんが元気よく言う。

確かにこのカフェはそもそも隣町にあり、更にそれほど人通りの多い通りに面してもいない、小さなお店だ。

私も来たのは今日が初めてなので、本当にただの偶然だろう。

朝霧さんの言葉を聞いた七瀬さんもうんうんと頷く。


「先生は今日は買い物ですか?」


「えぇ、そんなところね。...2人は何をしていたの?」


2人ともが店員に飲み物を頼むのを見ながら、質問をしてみた。

それを聞いた朝霧さんは「よく聞いてくれました!」と言うと、足元に置いたバッグの中からじゃーんと言いながら、何かを取り出した。


「えっと、これは...何?テープかしら?」


パッと見何かのテープに見えた。けれど、嬉しそうなところ申し訳ないのだが、用途が分からない。

朝霧さんは「もう!」と言いながら、説明をしてくれる。


「これはグリップテープですよ!」


「あ!もしかしてバドミントンのラケットに付けるのかしら?」


「そうです!」


私は朝霧さんが無類のバトミントン好きだということを思い出しながら喋る。

朝霧さんは嬉しそうな顔をすると「ずっと欲しかったこのテープを買いに来たんですよー。」と言いながらパッケージを一撫でする。

しかし、そのすぐ後に今度は目をきりっと上げ、怒ったような顔をした。


「この新しいテープに変えて、倒さなきゃいけない奴がいるんですよ!」


「そうなの?確か私の記憶だと朝霧さんは同年代に負けなしだったはずだけど、先輩かしら?」


私はまた朝霧さんのメモとして書いていた情報を思い出しながら言った。

確か中学生の時からバトミントンでいい結果を残していた朝霧さんは、今のバトミントン部で同じ学年だとトップレベルって話を聞いた覚えがあるのだけど...。


「うっ...実はそいつはバトミントン部じゃなくて...。」


痛いところをつかれたといった様子の朝霧さんの隣で、七瀬さんが告げ口をするように言った。


「香織が倒したいのは、豊島くんなんです。」


「ちょ、葵!」


慌てたように振り向く朝霧さんだったが、私は目を丸くしていた。


「え?豊島くん?彼もバトミントンするの?」


しかし私の言葉を聞いた朝霧さんは、むすっとした顔をする。

なにも喋らない朝霧さんに私が「えーと...」と言っていると、七瀬さんが助け舟を出してくれた。


「先生、豊島くんが運動が得意ってことは知ってますか?」


「まあ、そうね。体育教師がいつの日か職員室で興奮してた記憶があるわ。”あいつが本気でスポーツに取り組めば世界を狙える器がある!”とかなんとか...。でも、本人は何かやりたいことがあるとかで、特に部活には入ってないようだけど。」


「そうなんです。今でも豊島くんは帰宅部です。ただ、入学してから間もないころ、体育でバトミントンをする機会があって...その時に香織は豊島くんと勝負したんです。それで...。」


「まさか、負けちゃ「負けてないです!!!」


突如響いた大きな声に私はびっくりした。

その目の前では朝霧さんがプリプリと怒った顔で、もう一度「負けてないです!」と叫んだ。


「ただ悔しい思いをしたのは確かです。なので、それから部活でもさらに頑張って腕を鍛えて...そして来週の体育でまたバトミントンをするって聞いたんです!」


「だから大分擦り切れていたテープを変えるために、今日買い替えに来たんだよね?」


「そうよ!これであいつをコテンパンに負かしてやって、いつもの涼しい顔を崩してやるんだから!」


七瀬さんの言葉にそう息巻く朝霧さんだったが、後ろから「お待たせしましたー。」と店員が飲み物を持ってきたことに気づき、顔を赤らめるといそいそとグリップテープをバッグに仕舞った。

私はその様子を見ながら、これは後でノートにメモをしようと思った。


(豊島くんはバドミントンが得意で朝霧さんとライバル関係にある...と。)


しかしそこまで考えた時、あることを思いつく。

この2人からうまく情報を聞き出すことができれば、謎のベールに包まれている豊島くんの真実に近づけるんじゃないだろうか...。

私は何気ない感じを装い、飲み物を飲み始めた朝霧さんと七瀬さんに尋ねた。


「そういえば...2人は豊島くんと仲がいいの?」


そう言った時の反応は面白かった。

まず奥の七瀬さんの顔が一瞬で真っ赤になり、手前の朝霧さんが大きくせき込んだ。


「ゴホッエホッ...急になんですか先生!びっくりさせないでくださいよ!」


「え?でも一緒にバトミントンをするために今日は買い物をしていたんでしょう?それによく考えれば、学校でも良く喋っているし...。」


「でも!...うーん、あいつとは単純に仲がいいっていうのは語弊がある気がしてならないんです!」


「そうなの?」


「そうです。だって、葵はそもそも豊島の事がす「ちょ、香織!?」


七瀬さんが後ろから朝霧さんの口を両手でがばっと覆った。

朝霧さんは「へごっ!?」と言いながらビックリした顔をする。

その口元で七瀬さんが何かを喋り、朝霧さんはそれに対してうんうんと頷くと、やっと解放された。


「...まあ、私たち確かによく喋りはします。それに最近は遊んだりもします。でも、ただ単に仲がいいってのは違うんです!そう!どちらかというと...。」


「ライバル?」


「ライ!?...うーん、ライバル...まあ...そんな感じ...なのかな...。」


朝霧さんはぶつぶつと喋りながら考え込み始める。

その奥でまだ顔を赤らめたままの七瀬さんは、自分を落ち着けるように飲み物を飲んでいた。

私はそんな2人に向かって改めて聞いてみる。


「じゃあ、豊島くんはライバルだとして...彼って休みの日とか何をしてるの?」


「え?なんでそんなこと聞くんですか?」


私の質問を聞いた朝霧さんが胡乱な目を向けてくる。

私は(聞き方が直接的過ぎた!)と思いつつも、動揺を顔に出さないようにして続ける。


「いえ、単純にね?彼あまり学校では素を見せていない感じがするから、実際はどんな性格をしているのかなとかが気になって。担任としてね。」


「うーん、性格ですか...。」


そう言って朝霧さんは少し考えた後、こちらに顔を向けて言った。


「嫌味な性格です!」

「優しい性格です。」


朝霧さんは声が被った七瀬さんの方を見る。

そこでは目に強い光を称えた七瀬さんがこちらを見ていた。


「まあ、多少はそうところもあるけど...」


「優しいよね?」


「でも、あいつことあるごとに...」


「優しいよね?」


「...優しいわよ。」


七瀬さんからの追い込みに、観念したような顔で朝霧さんがギブアップする。

それを見た七瀬さんは満足したようにニコリと笑った。

私はそんな七瀬さんの反応を見て、ターゲットを切り替えることにした。


「ちなみに彼はどんなところが優しいの?」


「!えっとですね、まず...」


水を得た魚のように豊島くんの素晴らしさについて語り始める七瀬さんを見ながら、私はこっそりと豊島くん専用ノートを取り出した。

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