第八十話 強さの間違い探し 後編その3
店員の「またお越しくださいませー」という声に見送られ、彰人たちはカフェから出た。
すでに外は日も落ちてきつつあり、昼頃の茹だるような暑さも大分緩和されていた。
まだぺちゃくちゃと喋り続ける島妹と香織たちを尻目に、彰人は島に声をかける。
「お主たちはこのまま帰るのか?」
「あぁ、そうだぁ。」
そう言った島は、隣にいる妹をちらっと見る。
「今日は俺が飯を作る番だからなぁ。そろそろ帰らねぇと準備が間に合わねぇ。」
「え?島さんが作ってるんですか?」
先間が驚いた顔でそう尋ねる。
島は一度頷くと「そうだ。俺たちはぁ、2人暮らしだからなぁ。」と言った。
それを聞いた先間は不味いことを聞いちゃった!という顔をした後、小さな声で「ご、ごめんなさい。」と謝った。
「別に気にしなくていいですよ。」
突如聞こえた声に先間はハッと顔を上げる。
そこには柔和な顔でほほ笑む島妹がいた。
「両親は共に他界してしまいましたが、兄様と暮らしている今の生活も幸せなのです。」
「...ふん。」
島妹の言葉に、島は照れたようにそっぽを向いた。
そんな兄の姿に島妹はクスリと笑うと、次は彰人の方を向いた。
「ところで豊島君。」
「む?なんだ。」
「【YUTAKA】というパン屋が、豊島君の実家というのは本当なのですか?」
「本当だ。...あぁ、朝霧たちから聞いたのか?」
彰人がそう尋ねると、島妹はほっぺを膨らませた。
「もうっ!そう言うことならもっと早く教えてくださいよ。前に香織さんたちと食べに行って以来、私もすっかり【YUTAKA】のパンの虜なんですから。」
それを聞いた彰人は軽く肩を竦める。
「我も朝霧たちが度々行っているパン屋が、うちだと気づいたのは最近なのだ。まあでも、いつでも来るが良い。何なら今度は兄と一緒に来るか?」
彰人はそう言いながら島を見るが、島は少し顔をしかめると「...ガラじゃねぇよ。勘弁してくれぇ。」と言った。
そんな兄を見て島妹はくすくすと笑い、そんな島妹を見て先間はぽけーとしていた。
「ねぇ!今度また遊べる日を決めましょうよ!」
「あ、ぜひお願いしたいですわ。」
香織からの呼びかけに島妹はくるりと振り返ると、再度香織たちと話し始める。
その背中を未だにぽけーと見ていた先間は、ぽつりと呟いた。
「...嘘だよね?」
「ん?先間よ、今何か言ったか?」
彰人の声に反応しこちらを見た先間は、もう一度言った。
「あの子がナンパ男を血祭りにあげる戦闘狂なんて嘘だよね?だって...あんなに可憐で儚げなのに。」
そう言いながら懇願するような顔をする先間に、彰人はうーむと唸った。
そのような顔をする先間に、丁度先ほども朝霧たちをナンパした男の一人を路地裏で壁に叩き付けていたぞ、とは言えない彰人は、どのようにして先間に伝えるかを悩む。
しかしそんな時、周りを通り過ぎていく人たちに彰人は少し違和感を感じた。
一部の人たちがざわざわと興奮したように何かを喋りながら、通り過ぎていくのだ。
どうやらその人たちはある特定の話題について喋っているようだと気づいた彰人は、少しだけ耳を澄ましてみた。
「ちょっと前にたまたま通りがかった人が見つけたらしいよ。」
「もう救急車呼ばれてたよね?大丈夫かな。」
「いや、あれヤバ過ぎでしょ。どんな喧嘩したんだろう?」
「あのガタイの男の人があんな状態になるなんて...喧嘩相手は熊か何かか?」
話を聞く限りどうやら向こうの通りで、壮絶な喧嘩があった痕跡が残っているらしく、一人の男性がなかなかに痛めつけられた状態で伸びているようだ。
方角的に彰人たちがヤンキーたちを沈めた裏路地ではない。彰人は(この辺りは意外と治安が悪いのか?)と首を傾げた。
「おい、兄貴ぃ。」
そんな時、島が彰人に呼び掛けてきた。
彰人は「なんだ?」と言いながら振り向き、島の顔を見てピクッっと眉毛を動かした。
「周りの会話...気づいてるかぁ?」
そう言う島は、困ったような、そして半ば何かを達観したような目をしている。
彰人は一度頷くと、先間に聞こえないように声を潜めながら言った。
「それがどうした?」
「俺、気づいたんだがよぉ。」
「うむ。」
「...周りの奴らが言っている男がのされてる方角って...俺らの喧嘩中に妹が出てきた方角だよなぁ?」
その言葉を聞いた瞬間、彰人はハッとした。
確かにそうだ。周りでざわついている人たちから聞こえてくる、男が凄惨な状態で転がってる方角というのは、彰人と島の喧嘩中に島妹がひょっこりと顔をのぞかせた方角と一致している。
「それによぉ、俺思ったんだがあいつ等途中で格闘家の先輩って奴を呼んでただろぉ?結局、最後まで顔を見せなかったが、もしかすると...。」
「わかっておる。お主の妹から話を聞くぞ。」
島の言葉を皆まで言うなという感じで止めた彰人は、島に妹を呼ぶように言う。島は一度頷くと大きな声で妹を呼んだ。
呼ばれた島妹は、丁度香織たちと次回遊ぶ日の約束もできたのか「では、ごきげんよう。」と言いながら一礼をした後、こちらに近寄ってきた。
「どうしたんですか?もう、帰りますか?」
「いや、その前にちょっと聞きたいことがあるぅ。」
島の言葉にキョトンとした顔を見せる島妹に、彰人は真面目な顔で言った。
「お主、先ほど裏路地に入ってくる前は何をしておったのだ?」
「え?あぁ、あの時の話ですね...えっと、映画を見た後、カフェに向かいましたけど...。」
「違う。そこで店内に兄の姿がないことに気づき、探しておったのだろう?その時の話だ。」
彰人は首を振りながらそう言い、島妹はうーんと言いながら考え始める。
しかし少し考えたのち彰人の顔を見ると、「特に何もなかったと思いますが...。」と言った。
彰人と島は顔を見合わせる。そして何からこそこそと喋っている彰人たちに、話の内容が気になったのか、先間もトコトコと寄ってきた。
「本当かぁ?俺を探したままぁ、何もなくあの路地に来たのか?」
「そうですけど...。」
あくまで何事もなく裏路地まで来たと言い張る島妹に、彰人は直接切り込むことにする。
「...今、周りの一部の人たちが、あることでざわめいているのは気づいておるか?」
「え?そうなんですか?なんでしょう、全く気付いていなかったです。」
そう言う島妹に、彰人はある方角を指さしながら告げた。
「皆があちらの方角で、何者かが争った形跡が残っていると話しておるのだ。...いや、争ったというのは語弊があるな。正しくは何者かがガタイのよい男を一方的に痛めつけている形跡があると言う口ぶりだ。...これに本当に見覚えはないか?」
彰人はそう言いながら島妹の目をじっと見た。
島妹は再度うーんと考える仕草をした後、あっという顔をして手をポンと叩いた。
「もしかしたら、それはあの殿方の事を指しているのかもしれませんわ。」
「...あの殿方とは何だ。」
「すっかり私も忘れていたのですが、実はあの裏路地に入る前にある殿方に話しかけられていまして...。」
「...ふむ、それで?」
「兄を探してるのでと断ったのですが、”俺も今後輩の喧嘩に呼ばれているところだ。でも、そっちよりもあんたと遊ぶ方が楽しそうだ。だからあんたも兄の事は放っておいて、俺と遊びに行こう”としつこく...。」
「......ふむ、それで?」
彰人は島妹の語った言葉の中の「後輩の喧嘩に~」辺りで何を察したように目を閉じていた。
同時に島も額に手を当てて、顔をしかめている。
しかしそれを聞いている中で先間だけが、(妹さんそれナンパだよ...。)と思いながら不安そうな顔で島妹の次の言葉を待っていた。
そして彰人の「それで?」という催促を聞いた島妹は、今日一番の笑顔を見せると言った。
「二~三度地面に叩き付けると大人しくなったので、丁度道端に置かれていた大きなゴミ箱の中に捨てておいたのです!」
(...え?なんて?)
先間は何かの聞き間違いかと思い、目をしばたたかせる。
しかし島妹の言葉を聞いた瞬間、彰人と島は大きなため息をついていた。
「やはりか。」
「すまねぇ兄貴...。俺がきちんと見張れていなかったばかりに...。」
頭が痛いと言いたげな様子で呟く彰人に、島が肩を落としながら言う。
しかし彰人は頭をフルフルと振ると、若干諦めの入った声で言った。
「まあ良い。もう済んでしまったことは仕方ない。周りの様子だと重症ではあるものの、特に命にかかわる状態ではなさそうだ。ならば、諦めるしかなかろう。」
そう言った彰人に、島はもう一度「すまねぇ。」と呟いた。
その様子をキョトンとした顔で見ている島妹だったが、彰人はそんな島妹を見ると「良いか。」と言う。
「前に教えたのだが、人に暴力を振るうのは最後の手段だ。」
「しかし、あの殿方は...」
「しかしではない。確かに声かけはしつこかったのだろう。だが、普通の女子高生は声かけがしつこいだけで、相手を地面に叩き付けたりはせぬ。」
「...でも、加減しました。」
「ああ、おそらくそうなのだろう。だが次はこれも覚えておいてくれ。」
彰人はそう言いながら、人差し指を一本立てる。
「今後もしどうしても欲求が抑えられない場合も、必ず一撃に留めるのだ。何度も相手を地面や壁に叩き付けてはならぬ。お主の打撃であれば、一撃で大抵の相手は意識が飛ぶ。そこで終わらせるのだ。」
彰人の言葉に島妹は「そうですか...。」と落ち込んだような顔をする。
そんな妹の様子を見た島は、「俺もぉ、無駄に喧嘩をしないよう我慢するからよぉ。一緒に頑張ろうぜぇ。」と声をかけた。
そんな兄からの言葉を受け、島妹はやっと「はい。」と言いながら頷いたのだった。
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こちらに手を振りながら去っていく島と島妹を見送った彰人たちは、それぞれその場で解散をすることにした。
「じゃあ、私たちはこのままご飯も食べてくから。」
「今日は楽しかったよ。また月曜日に学校で会おうね。」
「彰人様...本当にご飯には来れないのですか?」
香織たちの言葉に彰人は頷きながら答える。
「倉持すまんな。今日はご飯には行けぬのだ。じゃあ、皆また学校で。」
「また、【ネジ巻き】談義しようねー。」
先間はそう言いながら手を振った。
名残惜しそうな倉持の手を引きながら、香織とこちらもしょんぼりとした顔の葵も手を振り返し、人ごみの中に去っていく。
どうやら今日は3人で晩御飯も食べていくらしい。彰人も倉持から熱烈に参加をオファーされたが、今回は断っていた。
そんな3人に最後まで手を振っていた先間は、香織たちの姿が見えなくなると同時にさっと彰人を見る。
「で、さっきの話だけど。」
「うん?なんの話だ?」
「...島さんの妹さんが...誰かを吹っ飛ばしたみたいな話だよ...。」
先間が言いづらそうに口にした言葉に、彰人は「あぁ。」と言いながら納得した顔をした。
「吹っ飛ばしたと言うよりは、叩き付けたらしいが...それがどうかしたのか?」
「じゃあ、やっぱり本当なんだ...。」
「そうらしいな。」
「違うよ。ナンパしてきた男を叩き付けた話じゃなくて...妹さんが戦闘狂って話。」
先間の言葉に彰人は肩を竦めながら「我は嘘はつかぬ。」と言った。
それを聞いた先間は、泣き笑いのような表情で彰人を見返したのだった。




