第七十九話 強さの間違い探し 後編その2
「だから、大丈夫っていう言葉の、その根拠を言いなさいよ!」
目の前の香織の剣幕に、先間は言葉を選びながら言い返す。
「だって、彰人に加えて島さんもいるし。あの人元キックボクサーなんだよ。」
「なんでそんな人と知り合いなんですか?」
倉持が綺麗な顔の眉をしかめながら言う。
「だからそれはうまく言えないっていうか...前にちょっと揉めたっていうか...。」
「え!揉めた!?それって多分豊島くんもってことだよね?プロの格闘家と揉めるって...それにそんな人と一緒に出ていって豊島くん本当に大丈夫?」
葵は身を乗り出しながら、先間を問い詰める。
しまった口を滑らせた、と思いながらも、先間は動揺を隠しながら答える。
「いやいや、揉めたのはその場で解決したから大丈夫。そんな大したことじゃなかったし。それに揉めた時期はすでに島さんも格闘家を引退してて、その時はヤク...あ!」
先間は慌てて口を押える。
危ない。もし僕たちと揉めた時、島はヤクザだったから大丈夫だよーなんて言った暁には、鉢の巣をつついたような大騒ぎなるはずだ。
そもそもヤクザの何が大丈夫なのかもわからないし、葵に至ってはそれを聞いた瞬間、失神するかもしれない。
しかし急に口をつぐんだ先間に、香織は不審そうな顔をする。
「え?ヤク?なんなのよ。」
「えっと、だから...薬剤師みたいな感じだったていうか...。」
「みたいな感じって何よ。薬剤師じゃないわけ?」
「まあ、そうだね。」
しどろもどろな答えを返す先間に、香織たちはさらに不信感を強めていく。
先間はその雰囲気を察し、心の中で(早く彰人帰ってきて!)と叫ぶ。
そしてもっと色々と先間を問い詰めようと3人が口を開いた瞬間、カフェの扉が開く音が聞こえた。
先間は素早くその方向を振り返り、開いた入り口から彰人が入ってきたのを確認する。
「あ、帰ってきた...!」
喜びと安堵の入り混じった声を上げかけた先間だったが、彰人の後ろにいる人を見つけ、思わず飛び跳ねた。
そこには彰人と一緒に店外へと出て言った島に加え、以前公園で話し合った島の妹の姿があった。
妹の方は隣にいる島とにこやかに何かを話しながら歩いていたが、彰人の目線を追い先間たちに気づいたようだった。
(なんで妹さんがいるんだ?あの軟派なヤンキーたちと外に出た後、何があったんだろう...え!)
予想だにしていない人物の登場で狼狽える先間だったが、その島妹がこちらに向かって笑顔で手を振った。
先間は自分に向かって挨拶をされたのかと思い、その笑顔の可憐さに心臓が跳ねる。
しかし、その瞬間先間の後方から声が上がった。
「あれ!珍しい人がいるわ!」
そう驚いた香織の声にこたえるように、「本当だ。」「本当ですね。」と葵と倉持が言い、3人は立ち上がると彰人たちの元へと歩いていった。
先間もあわててその後を追う。
「みなさん、お久しぶりです。」
目の前にやってきた香織たちを見て、島妹はそう言いながら、頭を下げた。
「どうしたの?なんで豊島と一緒なの?」
「隣の方は先ほどの...知り合い?」
「3人の変なヤンキーに絡まれませんでしたか?」
香織たちの様々な質問に、島妹は笑顔で答えていく。
「みなさん今日は映画を見に来られていたんですよね?実は私も同じ映画を見に来ていたんです。そしたら先ほど外でたまたま豊島くんに会いまして...一緒に映画の話ができればなと思い、足を運ばせていただきました。」
香織たちのへーという顔を横目に、先間は聞き捨てならないワードを拾う。
(一緒の映画だって!?てことは、もしかして妹さんも【ネジ巻き】のファンなのかな。...ぜひ、一緒に語り合いたい!)
鼻息を荒くする先間だったが、島妹は話はまだ続く。
「ちなみにこちらは私の兄です。...ほら兄様、どうせ挨拶がまだでしょう。挨拶をしてください。」
「んだよぉ...まあ、ということだぁ。うちの妹と仲良くしてやってくれぇ。」
妹に軽く腕を叩かれた島は、困ったように眉を下げながら香織たちに挨拶をする。
それから先間をちらっと見ると、少し逡巡した仕草をしたのち、よぉといった感じで手を軽く上げた。
(本当にあの島の妹さんだったんだ...ていうか、気まずいよ...。)
以前公園で壮絶なバトルを繰り広げた島からの挨拶に、先間はなんと返せばいいのか分からず、コクコクと頭を下げた。
「こんにちわ。先ほどは助けてくださりありがとうございました!」
香織たちはそう言いながら島に向かって頭を下げた。
島は別にいい、といった感じで手を振る。
それを見た島妹は「それから...」と続ける。
「最後の質問ですが...ヤンキーという方たちとは会っていませんわ。先ほど兄たちからも話を聞いていましたが、私が出会った時には、そちらはすでに解決済みだったようです。」
そう言って島妹はふんわりとした笑顔を見せた。
その後ろでホッとしたような顔で頷く彰人には気づかず、香織は「良かったー。」と言いながら安堵のため息をつく。
「実はさっきお兄さんに助けてもらったっていたけど、この店内に最悪なヤンキーたちがいてさー。しつこくナンパされてるのを助けてもらったんだけど、怒ったヤンキーたちにお兄さんと豊島が連れ出されちゃったんだよね。」
香織の言葉に、葵も頷きながら続ける。
「だからさっきまで大丈夫かな?話をしてたの。お兄さんは強そうですけど相手は3人いたし...。」
その後、倉持がジロッと先間を見る。
「でも先間さんが”大丈夫”って言いますし、それにお兄さんを知っている風だったので問い詰めたら、”前に揉めた”って言うじゃないですか。私たち心配で心配で...。」
そんな香織たちの言葉を聞き、島はビクッと少し体を固くする。
しかし彰人は「別に大したことはなかったから大丈夫だ。」と言いながら、香織たちに説明をする。
「店内では怒った風だったが、裏路地で冷静に話しあった結果、分かってくれたのだ。そのため、特に揉めることなく穏便に解決したので心配はいらぬ。な?」
彰人はそう言いながら島の方を見た。
島も一度頷き、「全く荒れなかったぜぇ。」と言った。
「それに過去、島と揉めた件も解決済みだ。今ではこの通り確執無く付き合える関係なので、そちらも心配はいらぬ。いいな?」
彰人はそう言いながら、今度は島妹の方を見た。
島妹は一度頷き、「では、良かったです。兄様と豊島君が揉めるのは見たくないので。」と言った。
それから、じゃあ特に問題ないのかな?いう顔を見せる香織たちの方を見て、島妹は笑顔で言った。
「まあ、もしその殿方たちと揉めていたとしても、豊島くんがいたのなら問題はないですよ。」
なぜか筋肉隆々の兄より、彰人の方が強いと言いたげな島妹の言葉に、香織たちはそろって首を傾げた。
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「だよね!あのシーンで立ち上がったところにぐっと来たよね!」
「そうですわね。特にそのきっかけが依然聞いた”あの人”からの言葉というのも、心が震えましたわ。」
「ほんとそれ!」
一応ヤンキーたちとの一件は無事解決したと分かった香織たちは、その後大きなテーブル席に移動し、座りながら映画の話に華を咲かせていた。
その中で先間は思った以上に、島妹が【ネジ巻き】を好きだということが分かり、有頂天になっていた。
しかし話が盛り上がるなかにも島妹が時折見せる儚げな仕草や、可憐な笑みに先間は心がドキドキと鳴りっぱなしだった。
(やっぱり可愛らしい人だな...以前彰人は妹さんを戦闘狂だなんて言ってたけど何かの勘違いだよ、絶対。)
先間はそんなことを思いながら、離れたところに座る彰人を見た。
そこでは彰人と島が並んで座り、何かを話し合っている。
最初島は「俺は映画も見てねぇし、漫画もわからねぇから...」と言いながら一人離れた席に座ろうとしたが、それを彰人が呼び止め今の位置に座っていた。
「では、今お主は再度格闘家になろうとしているのか?」
「まあ、そうだぁ。でも前みたいに表世界のやつじゃねぇ。どうしても俺の場合、以前の事故が尾を引いてるから、裏の方で選手登録ができるように今準備中だぁ。」
島の言葉に彰人はふむふむと頷く。
「その裏...というのが、先ほど言ったような者たちが集っている世界なのだな?」
「ああ。表側には出れないような経歴を持った犯罪たち、そいつらが格闘家として金を稼いでるのが、俺が参加しようとしてる【暴獄】だぁ。」
そう言って島はコーヒーを一口飲んだ。
どうやらヤクザの世界からは足を洗った島だったが、やはり以前格闘家時代に起こした事故の影響は大きく、格闘家としての復帰は絶望的だったらしい。
かといって島に普通の社会人などできるはずもなく、今後どうしようかと考えていた時に、以前ヤクザ時代に聞いた『犯罪者専門の格闘大会』の話を思い出したのだそうだ。
その大会では、過去に殺人を犯した者、ヤクザ界を渡り歩く用心棒、政界の裏で活躍する殺し屋集団など、表の世界には顔を出せないやつらが集い、定期的に大会を開催してるとのことだった。
島はその関係者と連絡を取ることに成功し、先週大会を見学してきたところらしい。
「それで、その大会にはお主レベルの者がいたのか?」
「いや、俺が前回見た大会の参加者は大したことなかったぁ。正直、俺だったら10秒以内にノックアウトできるレベルだぁ。」
「そうか...まあ、それも仕方のないことだろう。いくら裏の大会といえど、お主とやり合えるレベルの者はそうはおらんということだな。」
しかし彰人のその言葉を、島は首を振って否定した。
「いや、だがそうでもねぇみたいだぁ。確かに俺が見た大会はレベルが低かったが、もう少し大きな大会になるとレベルも上がる。特に年に1度行われている総合トーナメントへの参加者たちは今のままでは勝てねぇような連中がゴロゴロいるって聞いたぜぇ。」
「ほう。」
島の話を聞いた彰人は、そう言って目を光らせた。
「...たまには我も体を動かしたい。その大会に参加「絶対やめてくれ。」
彰人の言葉を遮るようにして、語尾すら伸ばさないはっきりとした口調で島は言った。
しかし彰人もある程度予想はしていたのか、軽く肩を竦めてみせたのだった。
すみません。昨日更新予定だったのですが、気づいたら夢の中でした。
ちなみに今回出てきた【暴獄】ですが、その内話に絡んでくる予定です。




