第七十七話 強さの間違い探し 中編
「おら、止まれ!」
「いちいち大声出さなくても、聞こえてるってのぉ。」
前方を歩いていた男たちが振り返り、その中の1人が威嚇するように吠えた。
それに対して島は肩を竦めながら返す。彰人は辺りを少しだけ見回した。
(少し裏路地に入っただけで、こうも雑然としているものなのだな。)
カフェから出た彰人たちが男たちに連れていかれたのは、お店の裏側にあった路地だった。
あれだけお店の正面はお洒落に整えられていたのにも関わらず、裏路地は薄汚れており、壁には落書きだらけ、地面にはゴミが散乱していた。
キョロキョロと周りを見る彰人に向かって、男たちは怒号を浴びせる。
「どこ見てんだ!」
「逃げ場はねぇぞ!」
「こっち向けやオラ!」
彰人はそれらの声に軽くため息をつきながら前を向く。
カフェの中で島に腕を掴まれた男を筆頭に、残りの2人も準備万端と言った様子で、こちらを睨みつけていた。
「ここまではついてきたが、別に争わなくても良いであろう。ただ我の友人に声をかけるのを辞めてくれるだけで良かったのだ。」
先ほど面白い映画を見たばかりで、かつ先間たちをカフェの中にまたしている状態だ。
あまり揉め事で時間を浪費したくない彰人は、そう言って一応なだめに入るが、
「もう、そう言う問題じゃねぇんだよ!」
お店の中でプライドを刺激され、激怒している男たちの耳には届かないようだった。
彰人は(面倒だ。)と思い、再度ため息をつく。
しかしそんな彰人の姿を見て、島は口を開く。
「ここは俺に任せてくれやぁ。久しぶりに体を動かせるから、嬉しいぜぇ。」
そういう島は、目を爛々と輝かせている。
明らかにやる気満々だ。彰人は(しょうがない奴だな。)と思いながらも、男たちを見たまま言った。
「別に相手は3人だ。やるのなら我も手伝うぞ。」
「いや、あんな雑魚相手に兄貴は動くまでもねぇ。」
島の言葉の中に、耳慣れない単語が聞こえた彰人は、思わず聞き返す。
「なに?兄貴?なんだそれは。」
しかし島はあっけらかんとした様子で答える。
「俺が好きで呼ばせてもらってるだけだぁ。兄貴は気にすんなぁ。」
「...そうか。」
勝手に呼んでるだけと言われてしまえば、特に何も言えない彰人はとりあえず頷いておいた。
しかしそんな彰人たちの様子に痺れを切らした男たちは、徐々にこちらに向かって距離を詰めてきていた。
「なにごちゃごちゃ喋ってんだ!」
「逃げんじゃねぇぞ!」
そんな男たちに向かって島は「わかったわかった。」と言いながら手を上げる。
「逃げねぇよぉ。ただお前たちの相手は俺一人でするっていう話をしてただけだぁ。」
そういうと島も男たちの方に向かって歩みを進めた。
全く構える様子もなく歩いてくる島に、男たちは少し怪訝そうな顔をする。
しかし島はそのまま手の届く距離まで近づくと、男たちの顔を一人ひとり順番見ながら告げた。
「で?誰からくるんだぁ?別に全員同時でもいいぜぇ。」
「こいつ...!なめてんじゃねぇぞ!」
おそらく三人の中で一番沸点が低いのか、カフェ内で島に腕を掴まれた男は、島の言葉に逆上し殴りかかった。
その瞬間、島は前かがみになりそのパンチを躱すと、男の腹に膝を叩き込んだ。
湿った重い音が響き、男の口から「ぐぅ」という声が漏れる。
「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたよぉ?」
お腹を押さえ悶絶する男を見下ろしながら、島は残虐な顔で笑う。
(すでにどっちが悪者かわからんな。)
彰人はその様子を見てそう思った。
しかし男はそこそこ体を鍛えているのか、真っ赤な顔をしながらも島を睨みつけた。
「てめぇ...。」
「いいから来い。まだ終わりじゃねぇんだろぉ?」
「当たり前だ!」
そう言った男は、腕を鋭く一閃した。
島は一瞬踏み込もうとした姿勢を見せたが、「おっと。」と言いながらバックステップで距離を取った。
「...用意がいいことでぇ。」
「うるせぇ!もう許さねぇからな!」
そう息巻く男は、どこからか取り出したのか短い鉄パイプのようなものを手に持っていた。
いくら短いとはいえ、凶器には変わりない。しかし、後方から島を見ていた彰人には見えた。
鉄パイプを見た島の口元が、ゆっくりと笑顔の形に裂けるのを。
(まずいな。)
彰人はそう思い、島に声をかける。
「島よ、手っ取り早く気絶をさせて終わらせるのだぞ。」
「大丈夫だぁ。わかってる。」
島がそう答えたのと、「オラァ!」と叫びながら男が島に向かって鉄パイプを振り下ろしたのは同時だった。
上段から振り下ろされた鉄パイプは島の頭に向かって一直線に落ちていく。
しかしぶつかる寸前に、島の頭が消えた。
否、そう感じるほどの鋭い踏み込みを見せた島は、一瞬で男の横に身体を移動させる。
「くっ!」
隣に移動されたことは分かっているが、思いっきり鉄パイプを振り下ろした男は、すぐに次の動きに移行できない。
そしてそんな男の無防備な脇腹に島のパンチが突き刺さった。
「ぐぼぇ!」
男は今度こそ大声で苦悶の声を上げながら吹き飛び、壁に激突した。
しかし島はそれを追うように再度踏み込む。
「...くそがぁ!」
男は自分に急接近する島に気づくと、最後の力を振り絞ったように鉄パイプを突き刺した。
その瞬間、甲高い金属音を響かせ鉄パイプが宙を舞う。
そう、その動きを読んでいた島が思いっきり上空へと鉄パイプを蹴り上げたのだった。
「うわぁ!」
もちろん握っていた鉄パイプを蹴り上げられた男は、腕も一緒に上に持ちあがる。
つまりは片手だけ万歳をしている形だ。
そしてがら空きになった男の顔は、恐怖を浮かべていた。
「ちょ、待っ「ハハァッ!」
男が上げかけた静止の声は、島の思わず漏れた笑い声にかき消される。
そして恐怖に歪む男の顔面へと、島のパンチが突き刺さった。
バゴォ
嫌な音を立てて、男の顔が後方へはじけ飛ぶ。そして後ろの壁に後頭部から勢いよくぶつかり、バウンドするように顔が戻ってきた。
その前では島が体を回転させている。どうやら戻ってきた顔に向かって、再度回転蹴りを叩き込む気なのだろう。
「島!」
彰人の声が路地に響いた。
その瞬間、男の顔に蹴りを放つ寸前で島の体はピタッと制止した。
目の前では白目を向き、完全に意識のとんだ男の姿があった。
ブシュッ
男の鼻から鼻血が飛び散り、どうっと音を立て、男の体が倒れた。
「島。」
再度、彰人はまだ固まったままの島に呼び掛ける。
島は足を下すと、ゆっくりと彰人の方を振り向いた。
「す、すまねぇ。」
「馬鹿者。やり過ぎだ。」
さっきまでの生き生きとした様子はどこへやら、島はビクビクしながら謝罪を口にする。
彰人はそんな島を静かに一喝した。
おそらくあのまま最後の蹴りを放っていたら、男の生死にもかかわる一撃になっていた危険性もあっただろう。
反省をしている様子の島に、彰人は「喧嘩自体は別にやるなとは言わん。しかし、早く程よい手加減を覚えろ。」と言った。
「さて、ところでお主たちはどうするのだ?」
そう言いながら彰人は、残り2人の男に顔を向ける。
そこには島とのあまりの実力の違いを目撃し、身体を硬直させている男たちの姿があった。
「お、俺らは...。」
その中の一人は鼻血を出しながら地面で伸びている仲間の姿と、彰人の顔を交互に見比べながら口をもごもごとさせる。
おそらく最初にあれだけ「逃げるな!」と釘を刺しまくっていた手前、「俺らはやらない。」と言いづらいのだろう。
(はぁ、全くどこの世界でも悪い者は妙なメンツにこだわるから手間がかかる。仕方ない、我から言ってやるか。)
そう思った彰人は、未だにもごもごとしている男に向かって、相手の逃げ道を用意するために口を開いた。
「最初に言ったが、別に我らはお主たちと争いたいわけではない。もし今、その男を連れて向こうへと去っていくのならば、別に追わんぞ。」
「な...でも...」
「行くならさっさとしろ。でないと、また島が暴れ始めるぞ。」
「兄貴ぃ!別に俺ぁ...」
なぜか急に話題に使われた島が彰人に抗議しようとするが、彰人は手で黙らせた。
そして島の名前を聞き、先ほどの光景を思い出したのか、男の顔から血の気が引いた。
「じ、じゃあ...。」
「おい。」
しかし男がやっと逃げることに前向きになった瞬間、もう一人の男がそいつを止め、何かを耳元で告げた。
(なんだ?せっかく終わりかけたのだが...。)
何やらまだ長引きそうな雰囲気に、彰人は辟易とする。
しかしその悪い予想は的中したようで、もう一人の男から何かを告げられた瞬間、男はニヤリと笑った。
「おい!お前ら!時間をかけすぎたようだな!」
「...今度はいったいなんだ。」
急に元気を取り戻した男に、彰人は頭を抱えたくなるのを我慢しながら言う。
それを聞いた男はふんぞり返った。
「俺らの先輩が近くにいたんだ。今連絡を取ったから、後、数分で到着する。」
「そうか。」
「余裕でいられるのも今だけだぞオイ!その先輩は現役の格闘家だ!お前らなんか数秒でのしてくれんだよ!」
「あん?プロは一般人と喧嘩できねぇだろうがぁ。」
男の話を聞いた島は、眉を潜めながらそう突っ込んだ。
しかし男は「細かいことは知らねえよ!とりあえずお前らはここでボコられんだよ!」と叫んだ。
「...面倒だな。その先輩とやらが来る前に、あの2人を吹き飛ばすか。」
「ちょっ、兄貴吹き飛ばすってなんだぁ?」
なんか男たちに気を使うことが面倒になってきた彰人はそうぼやき、隣で島がギョッとした顔をした。
しかし彰人は無表情のまま、男たちを見て言う。
「なにもかにもない。文字通り吹き飛ばすのだ。」
「兄貴、待て待て。おそらくだがそれはあまり良くないことのような気がするぜぇ。」
島はいつぞやの光景が頭よぎる。
広い空き地、ゾウのぬいぐるみ、事務所、鉄のライオン。
うっ頭が...!と言った様子で顔をしかめた島は、少し慌てた様子で彰人に向かって言った。
「あの2人をやるんなら、俺に任せてくれぇ。」
「む?そうか。では、任せる。」
島はホッとした。
そして、再度眼光を強めると、男たちの方を見た。
「別にその先輩が来るまで待っていなきゃいけねぇ理由はねぇだろうがぁ。それまでにお前たちをやれば、その先輩が見るのは地面に転がっている3人の後輩の姿になるだけだぁ。」
「くっ...くそっ!」
島の言葉に男たちは焦った顔をする。
そして辺りをきょろきょろと確認するが、もちろん何があるわけでもない。
(兄貴が痺れを切らす前に、ちゃちゃっと終わらせるかぁ。)
そう思った島は、そんな男たちに向かって歩いて近づき始めた。
男たちはお互いの体を前方に押し付け合いながら、
「なんかねぇのか!」
「先輩はまだか!」
と、あたふたとしていた
その瞬間、場違いな声が路地に響いた。
「あら、こんなところでなにを?」
その声に4人全員が振り向いた。
そこには、男たち2人のさらに奥の通りからひょっこりと顔を覗かせる女性の姿があった。
そしてその姿を見た瞬間、島が驚いたように叫ぶ。
「なんでここにぃ!」
その反応を見た男たちは、その女性が島の知り合いであることを認識する。
それと同時に女性に向かって走り出した。
「てめぇ、こっちに来い!」
おそらく先輩が来るまでの人質にしようとしたのだろう。
確かに一見華奢な体をしていて儚げな雰囲気を漂わせているその女性は、人質にぴったりの風貌をしていた。
しかしその女性に見覚えのある彰人は、思わず「あ。」という声が口から漏れた。
その隣では、島も焦ったような顔をして「待て、お前ら!」と叫ぶ。
「ツキは俺らについてたようだなぁ!」
男の中の一人がそう言いながら、彰人たちの方を見てガッツポーズをした。
その後ろではもう1人の男が「これで俺らの勝ちだ」と言いたげな笑顔で、女性に手を伸ばす。
そんな男の姿を見て、女性は一度驚いた顔をしたが、そのすぐ後に残虐な光が灯った目がすっと細められた。
「あらあら...得物が向こうから来ましたわ。」




