第七十六話 強さの間違い探し 前編
「ほんと面白かった。」
スクリーンを後にしながら、先間がしみじみと呟いた。
今日は現在漫画が大ヒット中の【ネジれても、巻き返す】、通称【ネジ巻き】の映画上映日だ。絶賛その漫画に嵌り中である先間と香織を中心に、以前から約束をしていた通り彰人、葵、倉持を加えた5人で映画を見るため隣町まで遊びに来ていた。
初めて休日に女の子と映画を見に行く先間が妙にギクシャクとした動きをしていたり、道中あまりに彰人にべったりとくっつく倉持の姿に香織がたまらず注意したり、そんな注意を受けながらも涼しい顔で彰人の腕をとる倉持の姿に葵が羨ましそうな顔をしてみたり。
紆余曲折はあったが無事映画館へとたどり着いた彰人たちは、先ほど丁度映画を見終えたところだった。
「ぐすっ...私も明日からもっと頑張るわ。ナットに勇気をもらえたもの。」
「うんうん。でも、香織はまずは化粧を直さないと、目の周りが真っ黒...。」
映画のラストにある感動シーンで滝のような涙を流していた香織は、葵からの指摘にぎゃーと叫びながらトイレへと駆け込んでいく。
その後を「あ、待って!」と言いながら葵が追った。
「全く些細なことで騒いで、だらしないですよね。」
そう言いながら腰に手を当て香織たちを見送る倉持だったが、先間がそっと耳打ちをする。
「美和ちゃん...目の下に黒い線が...」
「私もお手洗いに行ってきます。」
急に脱兎のごとく駆け出した倉持に、彰人は目を丸くするが、その背中に「我らは外で待っておるぞ。」と声をかけた。
そして先間と共に映画館から出ると、香織たちが出てくるまで適当な場所で映画の感想を語り合うことにした。
「それで、あの小倉アナが声を合っていたキャラクターは今後も出てくるのか?」
「いや、ないと思うよ。映画だけのオリジナルキャラクターって言われているし。」
「なんと。確かに素晴らしいストーリーではあったが、今後あれほどの魅力的なキャラクターが出てこないのは少し残念だな。」
「とかいって、小倉アナのキャラクターの造形が、少し本人に似せてあったから勿体ないって思ってるんでしょ。」
そんな他愛もない話を十分程していたが、なかなか香織たちが映画館から出てこない。
彰人は「ところで、あやつらはまだか?」と言いながら、入り口の方に目を向けた。先間も「なんか遅いよね。」と言いながらポケットからスマホを取り出した。
「あ、ごめん。メッセージ来てる。」
「何と言っている?」
「なんかすでに映画館から出てるけど、僕らの事に気づかず先に進んじゃったみたい。喉も乾いたしカフェに入ってるってメッセージが来てる。」
「ではそちらに向かうとするか。」
先間がメッセージで送られてきた有名なチェーン店であるカフェの場所を調べ、「こっちだよ。」と言いながら歩き始めた。彰人もその後に続く。
それから程なくして、香織たちが言っていたカフェの外観が見えてきた。
「あったあった。あれだよ。」
「すでに中にいるのであったな。」
「そう。確かに喉乾いたし、僕らも入ってみて...あれ?」
会話をしながらお店へと近付いていき、外から香織たちの姿を探して店内へと目を向けた先間は、そう言って眉を潜めた。
彰人も先間の見ている方向を追い、店内へと目を向ける。そして先間の言葉の意味が分かった。
そこには店内の奥の方に座って何か飲み物を飲んでいる香織、葵、倉持の姿はあったのだが、その周りに見知らぬ3人の男の姿があった。
「うわ...あれって...。」
「ふむ。どうやら声をかけられているようだな。」
「だよね。こんなカフェの中でナンパする?普通。しかも、よく見えないけど3人ともめっちゃガラ悪くない?早く行かないと絶対めんどくさいことになるよ。」
「そうだな。急ごう。」
そんなことを言いながら彰人と先間はカフェの扉を開いた。
「いらっしゃいませー。」と言いながら近づいてくる店員に適当に挨拶をしつつ、店内の奥に座る香織たちの方を見る。どうやらまだ何も起こってはいないらしく、完全に無視を決め込む香織と倉持、その間で少し怯えた様子の葵の姿があった。
「2名様ですかー?」
どうやら鈍感なタイプなのか、そんな彰人たちの様子に気づかず人数の確認をしてくる店員に、先間が「先に知り合いが入ってます。」と言って対応する。
そのやり取りをちらっと見た彰人に対して、先間は目だけで先に行ってと促した。
彰人は軽く頷くと、再度香織たちのいる方向に目を向けた。
その瞬間、店内に声が響いた。
「ちょっと、触んないでよ!」
香織だ。何が起こったのかは後ろから見ていた彰人にもはっきりとわかった。
周りでニヤニヤと声をかけていた男の中の1人が、香織の隣の椅子に座るとその肩に手を置いたのだった。
その瞬間、香織は勢いよくその手を払いのけ、男を一喝した。
「おー怖い怖い。」
しかし手を払いのけられた男はそう言いながら手をひらひらと振る。
そのやり取りを見ている残りの2人の男も、香織たちを小馬鹿にしたように笑っていた。
「あぁ、やっぱり...。」
香織の声に驚くスタッフの後ろから、顔を覗かせてその光景を見た先間が、恐れていたことが起こったと頭を抱える。
彰人も心の中で(僅差で遅かったか。)と思いつつ、香織を止めるために歩き始めた。
「さっきからあんた達しつこいのよ!どっか行きなさいよ!」
「そう言うなって。ただ一緒にお茶しようって言ってるだけだろ?」
「だからそれが嫌だって言ってんのよ。何回言えばわかるわけ?その耳は飾り?」
頭に血がのぼっている様子の香織は、目の前の男を煽りまくる。
そんな香織に最初はへらへらと受け流していた男も、徐々に不穏な空気を漂わせ始めていた。
「おい、あんまり調子乗んなよ?」
そしてついに男の1人がそう言って軽く舌打ちをした。
葵はその様子にオロオロとしながら、香織の袖を引き「もういいよ。」とささやく。
倉持も男たちの様子が気になるようだったが、未だに飲み物を飲みながら無視を決め込んでいた。
そして香織はというと、全く引く様子もなく徹底抗戦の構えをとっていた。
すでに彰人の姿は確認できる距離なのだが、それぞれが現状に必死なのか、誰一人として彰人に気づいた様子がなかった。
「なによ!先に絡んできたのはあんた達でしょ!」
「あーこいつうざいわ。まじで。」
男はそう言うと香織に向かって手を伸ばした。
まずいと思った彰人は声を上げる。
「お主...「やめとけぇ。」
その瞬間、語尾を不自然に伸ばした声が響くと同時に、男が香織に向かって伸ばしかけていた手が止まった。
否、隣から別の腕に肘の辺りを掴まれ、強制的に止められていた。
「な、何だよてめぇ!」
「人が考え事している傍で争うんじゃねぇよ。飲み物もまずくなっちまうだろぉ?」
そう言って掴んでいた腕を離す男に彰人は見覚えがあった。
(あの風貌と口調...以前戦った島ではないか。)
しかし島は丁度死角にいる彰人に気づかないのか、香織の方に振り返ると言った。
「嬢ちゃんもあまり相手を煽るんじゃねぇよ。ただのナンパだぁ。適当にあしらう術を覚えなぁ。」
香織は急に出てきた男に目をぱちくりとさせるが、改めて注意をされてやっと頭が冷えた。
そして今自分がいる場所がカフェだと思い出し、周りに迷惑をかけていることに気づいて「ごめんなさい。」と頭を下げた。
「わかりゃあいい。」
そう言った島は、今度はさっき腕を握って止めた男を見た。
「お前もナンパのやり方がしつこすぎるぜぇ。断られてんだから、さっさと退散しな。」
そう言って島は気だるげな眼で男を見た。
彰人はそんな島に近づくと声をかけた。
「島よ。久しぶりだな。」
「あん?誰だぁ...!!!」
ちらっとこちらに目を向けた島は、彰人の姿を見るなり飛び上がる。
そしてなぜか慌てたように喋り始めた。
「べ、別に俺はぁなにもしてねぇぜぇ?この騒ぎは俺が起こしてるんじゃなく、こいつらが起こしてて...」
「知っておる。なんなら、今お主が注意してくれたそやつは、我の同級生だ。」
「は?同級生ぃ?」
その言葉に島は目を見開き驚くと、何度か香織と彰人を見比べた。
そんな中、彰人の姿を見た葵と倉持ははっきりと安堵した表情を見せる。
「遅かったじゃない。」
香織があっけらかんとした様子でそう言う。
彰人は軽く肩を竦めながら言った。
「そうは言っても十数分程度であろう。その間になぜお主は騒ぎを起こすのだ。」
「私が起こしたわけじゃないわよ!...まあ、私もちょっと悪かったけど...原因はしつこいナンパ野郎どもだわ!」
そう言って香織はツンと横を向いた。その横で葵は「トラブルに発展したのは、結構香織に原因があるけどね。」と困ったような顔で苦笑いをする。
その言葉に香織は落ち込んだように肩を落とすと、「ごめんね。つい熱くなっちゃって...。」と呟いた。
そんな中、倉持は無表情のまま、すすすっと彰人の隣に移動してくるとささやくように言った。
「ナンパは今まで星の数ほどされましたが、ここまで揉めたのは人生初めてです。」
「だろうな。」
彰人はそう返すと改めて島に向き直り言った。
「というわけだ。今回は我の知り合いが世話をかけたな。」
「いやっ!別に俺は周りがうるさくて考え事に集中できなかっただけだぁ。」
そんなやり取りを行う彰人と島だったが、いきなり隣から怒号が響いた。
「なんだてめぇら!急に出てきやがって、無視すんじゃねぇ!」
「む?」
彰人が声のした方向を向くと、そこには香織たちをナンパしており、先ほど島に腕を使われていた男が顔を真っ赤にして立っていた。
正直存在を忘れかけていた彰人は(おぉ...まだおったのか。)と思った。
しかし男たちにとっては、急に出てきた訳の分からない男たちによってナンパを邪魔されただけでなく、目の前で自分たちを無視したまま意味不明なやり取りが行われている状況だ。
すでに、我慢の限界は突破していた。
「てめぇら裏に来い!」
そう言って1人の男は彰人と島をギロッと睨んだ。
彰人は島と目を合わせた後、尋ねる。
「裏とは?」
「この店の裏に決まってんだろ!舐めやがって!ボコしてやるよ!」
男はそう叫ぶと再度「来い!」と言いながら、荒々しく店から出ていった。
他の2人も「逃げれると思うなよ。」と言いながら、こちらを睨んでいる。
彰人が(なんか面倒なことになったな。)と思うその隣で、島がゆっくりと静かに呟いた。
「ボコしてやる...?くくっ誰に言ってんだぁ?」
その声は間違いなく喜んでいた。
心なしか体もウキウキと跳ねているように見える。
彰人はそんな島の様子を見て、軽くため息をついた。
(島がやり過ぎなければいいのだが。)
この話は第六十三話「漫画の恨みは漫画で晴らす 後編」で、ファミレスで約束していたみんなで映画を見に行く話です。
そして久しぶりに出てきた島は、第三十六話「任侠だけではやってけない その4」に出てきた元ヤクザです。喧嘩が三度の飯より好きな戦闘狂です。




