第七十話 ストーカー退治? 中編
女神を見たことがあるか?
古今東西、様々な場面で問われた質問だと思う。
ただ、大抵の場合”見たことない”という回答になるのではないだろうか。
おそらく少し前までの俺であれば、同じ回答をしていただろう。
しかし今の俺ははっきりと言える。
「女神は雑誌の中にいた。」
俺は元々女に苦手意識を持っていた。
原因は2人の姉の存在だ。小さな頃からこき使われ、無茶ぶりや難題などで困らされた回数は星の数ほどあった。
そんな中、気づけば女という存在が苦手になっていた。
また中学高校でも女と接するときにビクビクとしてしまう俺の事を、同級生の女子たちは気持ち悪がった。
その事が女への苦手意識をさらに加速させ、大学生になった今では女性とろくに話すことすらできないほどになっていた。
だからその日も家のソファーでゴロゴロしていた時、視界の隅に入ったものに思わず舌打ちをした。
それは姉の買ったファッション雑誌だった。コンビニなどでも必ずと言っていいほど置かれているくらい有名な雑誌で、この雑誌に載ったことから人気に火が付き、テレビデビューなどを果たした読者モデルも何人かいたはずだ。
しかしそんな情報は俺には関係ない。
俺にとっては苦手な女性がたくさん載っている、いけ好かない雑誌でしかない。
そんな雑誌がまだ買ったばかりなのか綺麗な状態のままリビングの床に直に置いてあった。
「また出しっぱなしかよ...」
俺はため息をついた。
おそらくこの雑誌の持ち主は次女の方だろう。片付けが嫌いな次女は、何度自分の物は片づけてくれとお願いをしても一向に片づけてくれない。
挙句の果てには「代わりに片づけといて」とお願いをされる始末だった。
「はぁ...」
俺は再度大きなため息をつくと、ソファーから立ち上がりその雑誌のもとへ向かった。
(どうせ後で言われるくらいなら、今片づけとくか...)
そう思った俺は雑誌を片手でつまみ、持ち上げようとした。
しかし、うまくつかめていなかったらしく、持ち上げた瞬間パラパラと一部のページがめくれた。
(危ね!これでもし破けたりしたら、なんて言われるか...)
若干の冷や汗をかきながら、俺は雑誌をきちんと持ち直すためにめくれたページに手をかけた。
どうやら開いたページは中高生のファッションが載っているページだったらしい。まだ幼さの残る顔をした中学生と高校生のモデルが気取ったポーズで載っている。
(ふんっ。こんなにお洒落を気取ってるが、どうせこいつらも家じゃ横暴な態度なんだろ。そういう表裏のあるところが苦手なんだ...ん?)
俺はたまたま視界に入ったモデルたちに心の中で暴言を吐きながら雑誌を閉じようとしたところ、ある一人のモデルの姿が目に飛び込んできた。
その瞬間、俺の脳みそに電撃が走り、心臓は跳ね上がった。
「あ...はわ...」
口からは思わず変な声が漏れる。しかしそのことにすら気づかず、俺は雑誌に釘付けになっていた。
そのモデルは今まで俺が見てきた女性と何もかもが違うように見えた。
スタイルがいいことはもちろん、そのアーモンドのような形をした目や小ぶりな鼻、更にぷっくりとしている唇。
そのすべてが完璧なバランスで顔の上に載っていた。そしてなにより、そのモデルの周りが輝いて見えた。
「女神だ...」
俺はそのモデルを見ながら思わずつぶやいた。
そして慌てて名前を見る。
「倉持...美和。」
そこには女神の名前が載っていた。
俺はポッケからスマホを取り出すと、雑誌を撮影する。
そしてもう一度その写真を見ながらうっとりと呟いた。
「美和...女神だぁ...」
************
それからの俺はネットで美和の事を調べ漁った。
どうやら美和は最近モデルデビューをしたばかりらしく、めぼしい情報はなにもヒットしてこなかった。
ただし、やはり美和の存在感はすさまじいらしく、ネット上でも”今回の雑誌に載ってた倉持って子、めちゃくちゃ可愛い””これで中学生って...格差社会すぎ”などと言った書き込みも見て取れた。
しかしそれらの書き込みを目にするたびに、俺はイライラと貧乏ゆすりを繰り返していた。
(こいつら...なに分かったような口調で語ってんだ!美和は俺の美和だぞ!)
ネットの中で好き勝手に美和を評価する不特定多数のやつらに心底むかついた。
俺だけが美和の本当の良さを分かってる、俺だけが美和を評価するのにふさわしい人間、なぜなら美和は俺だけの女神なのだから!
そうやってイライラしてしまったときは、ポッケからスマホを取り出し待ち受けを眺める。
そしてそこに映る美和の姿に、俺の心は平穏を取り戻すのだ。
(美和...待っててね。今会いに行くから。)
俺はそれからも毎日一心不乱に美和の情報をネットで調べ続けた。
相変わらずネット上では美和の美貌は騒がれており、美和についての書き込みを見かける頻度は増したが、それでもやはり美和個人の情報を見つけることは出来なかった。
徐々に俺の中で焦りに似た感覚が芽生え始めていた。
(おかしい...俺は美和と結ばれる運命なはずなのに...なぜまだ出会えないんだ。こうしているうちに美和に変な虫がついたらどうするんだ!)
俺はいてもたってもいられなくなり、まずは行動を起こすことに決めた。
(まずは近くの中学校から知らべるか。)
そうして近くの中学校を回り始めて、数日後。
俺はついに美和と出会うことができたのだった。
************
その日、俺は隣町まで電車で出かけていた。
というのも、自分が住んでいる街の中学校をすべて回ってみたのだが、なぜか美和の姿がなかったのだ。
(おかしい...てっきり運命の相手ならば同じ町の中学校に通っていると思ったのに...。)
そう思い一瞬パニックになりかけたが、すぐ後にある真実にたどり着いた。
(いや、これはもしかして神様が与えた試練なのか...?この会えない期間を乗り越え、無事で会うからこそ俺たちの愛は確かなものになるんじゃないのか?絶対そうだ!)
俺は鼻息も荒く、興奮した。
すでに脳内では俺と出会った瞬間、美和が泣きながら「ずっと...会いたかったです。」と笑顔で呟く風景が描かれていた。
俺はますます気合が入った。
そんなことを考えながら電車に揺られていた時、隣町のアナウンスが聞こえた。
俺は(この街で出会える気がする。)と立ち上がり、改札へと向かった。そして改札を出た時、外はもう暗くなっていた。
そう今日から俺は泊りがけで美和を探そうと予定をしていたのだった。
(とりあえず泊まれる場所を探すか。ネカフェが駅前の商店街の中にあったはずだけど。)
そう思いながら歩き始めたその時、後ろの方から「あ!お母さん、こっちこっち。」と言う若い女の声が聞こえた。
俺はつい条件反射で振り向き、その声の主を確認した。
暗いため視界が悪く、更にその女の子は大きな帽子を被りさらにはマスクをつけていたため顔がはっきりと見えなかった。
しかし、俺の中の何かのセンサーが反応した。俺は不自然に思われないように、すすすと移動しその女の子の方に近付いていった。
同じく反対側からは母親と思わしき女性がこちらに向かって歩いて来ていた。
そしてその母親が口を開いた。
「美和。」
その瞬間、俺はこの世界の全てから祝福を受けた気がした。




