第六十五話 白と黒の決闘 中編
(こいつ...マジの素人かよ。)
俺は相手の碁石を囲みながら、小さくため息をついた。
この勝負が始まった序盤から違和感はあった。まず相手が碁石を置くまでの時間が不自然に長い。最初は(なんだ?テレビでも見ながら片手間でやってんのか?)とも思ったが、加えて碁石を置く位置が明らかに碁をやっている人の置き方ではなかった。
「相手、打つのおせー」
「これ、小学生じゃね?」
「これで囲碁神様にボコられたら、今日以降、囲碁がトラウマだろうな」
流石にリスナーも相手の実力に気づき始めているらしく、コメント欄にも白けた空気が漂い始めていた。
そんな放送の空気を感じ取った俺は、少し焦る。
(どうすっかな...いつもフリーマッチは最初一戦だけ遊びでやって、そのあとはランク戦に臨むって流れでやってきてたけど、このままだとテンション高い状態でランク戦に移行できねーじゃん。)
俺は机に片肘を立てながら、マウスを操作し自分の碁石を置き、再度ため息をつく。
確かに誰が相手でも勝てる自信はあるが、流石に素人相手では味気ない。このままでは、特に放送的な盛り上がりもないまま、圧勝して終わりだろう。
(...しょうがねー。少しエンターテインメント性を与えるか。)
俺はたくさんのリスナーを抱えるいち配信者として、テンション高めにマイクに向かって叫んだ。
「はいはいはーい、俺決めました!どうやらこの試合、本当の素人と当たってしまったようですが、俺もそこまで非情じゃありません!しっかりと俺自身もプレッシャーを感じられるように、今思いついた面白い企画をやりまーす。」
そう言った瞬間、少し勢いの落ちていたコメント欄が、一気に賑わいだす。
「おっ、なんだ!?」
「素人との試合も面白く見せる、そんな囲碁神様に痺れる!」
「ついに相手を蹂躙するだけじゃ物足りなくなったのか...」
(よしコメントの食いつきは上々だな。)
リスナーの反応を見ながら、俺は宣言をした。
「今から俺の碁石が取られるごとに、リアル千円を募金していきまーす!」
そういいながら画面上にゲーム画面と被らないよう、ネットの募金サイトを表示させた。
コメント欄はさらに勢いを増した。
「リアルマネー戦!」
「さすが囲碁神様!」
「募金したいからってわざと碁石取らせるのはやめてくださいよー?ってそんなわけないか!」
俺はそんなコメント見ながら、ほくそ笑んだ。
(昔、賭け囲碁をやってたから思いついた企画だったが、リスナーの反応はいい感じだな。確かにお金が絡むと荒れる荒れないはシビアになってくるけど、今回は支払先が募金だからな。多少払う羽目になったとしても、俺の評価が落ちることはないだろ。くくっ、我ながらナイスアイデア。)
そんな中、俺はまた相手の碁石を取り、声を上げる。
「俺が相手の碁石をとってもなんのメリットもないとか理不尽っ!だけど、だからこそ燃えてきたぜ!かかってこいや!」
「囲碁神様かっこいいー!」
「囲碁神様万歳!」
完全にコメント欄はいつもの勢いを取り戻したようだ。
俺は少しほっとしながら、ゲームに集中しようと画面に目をやった。
(ふんっ、まったく俺自身がここまで演出してあげなきゃいけないなんて、手間のかかる相手だぜ。)
俺は相手のキャラクター”SEN”の文字を見ながら、やれやれと軽く首を振った
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(ん?なんか打つ手が徐々にマシになってきてるな。)
俺は相手の打つ手を見ながら思った。
まだまだ勝負は中盤に差し掛かったばかりで、俺の募金金額は【0円】のままだった。
しかし打ち続ける中で、相手の碁石の動きが完全素人な動きではなくなってきているように感じ始めていた。
その証拠に、ある一点を見ながら俺は小さく舌打ちをした。
(くそっ、あの碁石はもう死んでるな。)
できればこのまま募金金額を0円キープでいたかったが、一部がどうしても助けられない盤面になってしまっている。
そして案の定、数手を打ち相手がその碁石をとった。
「くそー!ついに取られた!じゃあ千円募金...します!」
俺は悔しそうな声色でそう叫ぶと、キーボードでネット募金サイトの金額を【1,000円】に変更した。
「うおーついに碁石取られた!」
「諦めかけていた募金先の歓喜の声が聞こえる」
「いやいや、これだけ指して初めて碁石取られるって囲碁神様の強さ異次元すぎ!」
俺はふーと長く息を吐くと、より一層集中をしながらゲーム画面を見た。
(まあ、最初からさすがに0円で終われるとは思ってない。なんなら多少はお金を払ったほうが放送も盛り上がると想定してたから問題ない...ただ。)
相手の碁石の動きを見ながら、慎重に先読みをしていく。
(払える金額には限度があるからな...まあこの相手だと変なへまをしない限りは大丈夫だろうが...ちょっと本気出すか。)
俺はちょくちょく気にして見ていたコメント欄を視界の外に外すと、碁盤に集中し自分の碁石を置いた。
相手は相変わらず一手一手が遅い。しかしそれはそれでこちらの考える時間も長く使うことができる。
俺は今の盤面からなるべく早く終われる試合の流れを頭の中で組み立て始めた。
(あまり長引くとそれだけ碁石を取られる可能性もあって危険だからな...速攻終わらせる。)
しかしそんな時だった、相手が置いた碁石に思わず「は?」と声が出た。
それは今の盤面から想像すらしていなかった場所に打たれた一手だった。俺は(打ち間違いか?)と思いつつも、念のためその碁石の意味を見つけ出そうと考えを巡らせた。
しかしどれだけ頭を捻ってみても、どうしてもその位置に置く理由が見当たらなかった。
(...まあ、気にすることないか。所詮素人が打った手だ。別にさっき組み立てた試合の流れに影響するような場所でもない。このまま終わらせる!)
俺は先ほど打たれた相手の碁石を無視することに決めると、マウスを操作し自分の碁石を碁盤へと置いた。
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「そうか、気づけなかったか...。」
「え?彰人今なんか言った?」
先間は読んでいた本から顔を上げると、彰人に話しかけた。
彰人はじっとスマホの画面を見ている。まださっき始めた囲碁のゲームをやっているらしい。
「いや、なんでもない。」
しかし彰人はこちらを向くこともなく、そう言った。
先間は「ふーん。」と言うと、そのまま少しの間彰人を見た。
(どんな展開になってるかちょっと気になるけど...多分まだ勝負がついてないってことは、相手も素人だよね。彰人も囲碁初めてで素人同士の試合を見てもそんなに面白くないし...。)
そう考えた先間は、「まあいっか。」と言いながら再度本を読み始めた。
(まあ流石に相手は彰人と同じく初めて囲碁やる人だとは思えないしなー。多分彰人負けちゃうだろうけど、その時はおじいちゃん直々に指導を受けた僕が、囲碁を教えてあげよ。)
そんなことを考え少し口元を緩めながら本を読み始める先間は、再度言った彰人の呟きを聞き逃していた。
「その碁石の意味に気づけなかった瞬間から...お主は破滅への道を歩き始めたのだ。」




