第六十四話 白と黒の決闘 前編
「さっきから何をやっておるのだ?」
「え?あーちょっと待って...」
先間はそう言いながらスマホから片時も目を離さず、穴が空くほど画面を見つめている。
話しかけたものの「待って」と言われた彰人は、その様子を黙って横からじっと見ていた。
場所は学校の図書館だ。今日の天気は雨でジメジメとしており、お昼を食べたあと特に用事もなかった2人は、昼休みに図書館へと涼みに来ていたのだった。
先間はそのままうんうんと唸ったのち、画面を何度かタップしている。
あまりにも真剣な様子に彰人は興味を惹かれ、しばらく先間の様子を観察した。しかししばらくして先間は「負けたー!」と言うと天を仰いだ。
彰人は早速話しかけた。
「もう良いのか?何をやっておる。」
「あぁ、えっとね...囲碁。」
そう言いながら先間はスマホの画面を彰人に見せた。
その画面には白と黒の丸い点と、3Dでヌルヌルと動くキャラクターが表示されていた。
「最近頭の運動でも始めようかなと思ってゲームを探してたら、面白そうな囲碁のゲームを見つけたからダウンロードしたんだよね。実は小さいころおじいちゃんと囲碁をやってたから、少し腕には自信があって。」
「先間...囲碁とは何だ。」
「...久しぶりに出た。彰人の異常な物の知らなさ。」
先間は思わず体から力が抜けた。
しかし真面目な様子で「なんだ?」と尋ねる彰人に、やれやれと首を振ると説明をする。
「えーと、簡単にいうと囲碁は2人でやる遊び。ルールは単純で、この白い奴と黒い奴の事を碁石って呼ぶんだけど、それらをお互いがこの碁盤の上に順に置いていくんだよ。」
「ふむふむ。」
「ただおける場所は、この線が重なってるところだけ。それで、例えば...」
先間がスマホの画面をタップして碁石を並べていく。
真ん中に白い碁石を置き、周りを黒い碁石で囲み始めた。そして最後の碁石を四隅に置いた瞬間、
「む、白い碁石が消えたな。」
「そうそう。こうやって互いの碁石を取り合って、最終的に自分の陣地が多い方の勝ちって遊びなんだよね。」
「ふむ...理解した。」
スマホの画面を見ながらそう言った彰人に先間は軽く笑いながら告げる。
「まさか、囲碁はそんなに甘くないよ。ルールは単純だけど、本当に奥深い遊びだからね...まあこればっかりはやってみないと分からないかな。」
「ふむ、そうか。」
「でも久しぶりにやると負けたら悔しいな。ちょっと勉強しようかな。」
先間はそう言うと立ち上がり、「囲碁の本ってあるのかな?」と言って本棚の方へと歩いていった。
彰人は座ったままその姿を見送ると、目を閉じ先ほどの聞いた情報から囲碁のシミュレーションを始めた。
(白い碁石と黒い碁石...それらを交互に置き合い、相手の石を囲み自分の陣地を増やしていく...。ふむ...。)
そのまま十分程頭の中でシミュレーションを繰り返していた彰人のもとに、先間が本を抱えて帰ってきた。
「あったあった。この学校の図書館って、結構なんでもあるよね。ダメもとだったけど、まさか囲碁の本まで置いてるなんて。」
先間はそう言いながら持ってきた本の中の一冊を手に取ると、広げて中を読み始めた。
彰人はゆっくりと目を開くと、本を読んでいる先間に向かって言った。
「先間よ、先ほどの囲碁のゲームを一度やらせてもらうことは出来るか?」
「え?さっき見せたやつ?」
先間は本から目を外し彰人に尋ねた。彰人は「そうだ。」と言いながら頷く。
そんな彰人を見た先間は「まあいいけど...。」と言いながら、ポケットからスマホを取り出し操作すると、囲碁のゲームを開いた状態で彰人に手渡した。
「真ん中のレート戦って奴はやらない方がいいよ。僕の今いるレートと近い人とマッチングするから結構強い。最初はその左のフリー戦ってやつからやってみて。」
「分かった。」
彰人は先間のアドバイス通り左側にある【フリー戦】と書かれたボタンをタップした。
すると画面が変わり、中央に【マッチング中】という文字が表示された。
横からスマホを覗いていた先間は「おっけー」と言いながら頷くと、再度本に目を通し始めた。
「こっちのキャラの名前が”SEN”ってやつだから。後は少し待ってれば誰かとマッチングするよ。そしたら勝負できる。」
「勝負が始まった後は、もう碁石を置いていけばよいのだな?」
「そうそう。一応フリーマッチだから誰と当たるかは分からないけど、基本は弱い人だから。まあ時々なぜかフリー戦に潜ってる玄人と当たったらそれはご愁傷さまってことで。」
彰人は「なるほど...。」と言いながらスマホの画面を再度見た時、画面中央の文字が【マッチしました。】と変わった。
そして一瞬ロードが走ったのち、彰人の操るキャラと相手のキャラが画面に大きく表れた。
「どうやらマッチをしたようだ。」
「おっ、彰人の囲碁デビュー戦が始まるね。」
彰人はさて、と呟くとスマホの画面を見つめ、碁盤の上に自分の碁石を置いた。
それを見た先間はふふんっと笑うと、言った。
「もし囲碁面白かったら彰人も続けてみてよ。僕はその先で待ってるから。」
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「じゃあ、今日もやっちゃいますか!」
俺はパソコンの前でテーブルに置いたマイクに向かってそう叫ぶ。
すると画面上に様々なコメントが流れた。
「キタァァアアア」「今日も蹂躙祭りがはじまる」「囲碁神様のお出ましじゃあ」
そんなコメントを見ながら、俺は気分よくほくそ笑んだ。
小さなころから囲碁は好きだった。さらに才能にも恵まれていたらしく、小学校の高学年に上がるころには神童ともてはやされた。
中学に上がるころにはこのまま自分は囲碁のプロになるのだと思っていた。
それは願望ではなく確信に近かったし、それを信じていたのは自分だけでなく、周りもそうであった。
しかし中学2年生になったばかりのころ、度々同学年の相手に負けることが増えてきた。
最初のころは「あそこでミスったな」や「今日は調子悪かったな」と思っていたが、その回数が増すごとに次第に焦りと苛立ちに変わっていった。
そして中学3年生の最中、ついに小さなころからひそかにライバル視していた同学年の子がプロになった。
当時で最年少のプロ入りだったらしく、周りではお祭り騒ぎだった。
しかし俺の心は嫉妬で焼き尽くされた。
(本当なら俺があの立場だったのに...なんであいつだけ...)
それから俺は少しづつ荒んでいった。
高校生になってからは相変わらず囲碁は続けていたものの、悪い連中が集まる様な場所に顔を出す機会が増えていた。
そんな中、ある日囲碁の自慢をしていると先輩の男から「賭けて打ってみないか?」と誘われた。
俺は最初怖いもの見たさでその男についていくと、地下にある寂れた碁会所に連れていかれた。そこではどんよりとした空気を纏ったおっさんどもが賭けをしながら囲碁を打っていた。
そしてその日、今までの人生でもらったおこずかいの総額よりも高い金額を一晩で稼ぐことができた。
その日以降、俺は賭け囲碁に嵌った。暇さえあれば地下の碁会所に顔を出しお金を稼いだ。
もちろんお金を稼げることは嬉しかったが、それ以外にも理由があった。そこでの俺は向かうところ敵なしで、小さなころに味わっていた万能感を取り戻すことができていたのだった。
しかしそんな日々も長くは続かなかった。ある日いつもと同じく地下の碁会所に行こうとすると、入り口の扉が閉まっていた。
「なんだこれ?今日は休みか?」
そんなことを思い帰った俺だったが、前日の夜警察のがさ入れが入り、その碁会所がつぶれたと知ったのは、その日から数日経ってからだった。
やっと取り戻したと思っていた自分が輝ける場所を失った俺は、それから徐々に家に引きこもるようになった。
賭け囲碁で稼いだお金でパソコンを買い、次はネットの世界にどっぷりと嵌った。
そんな中、時々細々と放送を続けたいた配信サイトで囲碁のゲームができるようなったというお知らせを見た。
どうやら元々はスマホのゲームらしいのだが、パソコンにも対応をしたとのことだった。俺は恐る恐る配信をつけると、その囲碁のゲームを始めた。
結果は、面白いくらいに圧勝をした。
その日の放送で一度も負けなかった俺を、放送を見に来たリスナーも敬い始め、方法は大盛り上がりだった。
更には囲碁の放送をし続ける中で、俺の事を”囲碁神様”と呼ぶリスナー達も現れ始めた。
俺はそんな中、また小さなころ神童と呼ばれていたころの感覚を思い出していた。
「これだ、この感覚。やっぱり俺は囲碁が強いんだ。最強なんだ!ハハハッ!」
それから俺はまだまだ囲碁の配信をし続けた。
俺の強さはこの配信サイトでも知れ渡り、気づけば日に日にリスナーも増え、今ではすっかり有名配信者の仲間入りを果たしている。
「さてと...」
俺は軽く指を鳴らすとマウスを掴んだ。
「じゃあ今日もまずは...フリーマッチからだ!」
俺はそう宣言すると、【フリー戦】と書かれたボタンをクリックした。
コメントが爆速で流れる。
「デタデタ、囲碁神様のフリーマッチ!」
「当たる相手かわいそー」
「少しは楽しませてくれる相手来い!」
(楽しませてくれる相手って...別に誰が来てもどうせ楽しいけどな。なぜなら俺が勝てるから!)
そう思った瞬間、画面の文字が【マッチしました。】に変わった。
少しのロードの後、相手のキャラが現れた。
「今日の公開処刑相手だぁあああ」
「途中で心折れるんじゃね」
「ボコボコにしちゃってくださいよ囲碁神様!」
俺はそんなリスナーの期待に応えるために、大きな声で宣言する。
「もしこれで負けたら引退してやるよ!10分以内に終わらせてやる。かかってこい!」
そしてちらっと相手のキャラ名を確認した。
(”SEN”...?面白みのない名前だな。まあいいや、誰であろうがコテンパンにしてやるよ。)




